2話 相棒になった日
「そらぽん! ヒール! 死んじゃうって!」
ヘッドホン越しに、アストラの声が響く。
でも、その声は笑っていた。
(余裕あるくせに)
画面の中で、アストラが剣を振るう。
モンスターは三匹──いや、四匹。
HPバーは、まだ黄色。
空はスキルのクールダウンを確認する。
あと5秒。
アストラが跳ぶ。避ける。斬る。
3秒。
「そらぽーん!」
「わかってるって」
1秒──
「エクストラヒール!」
光が弾けた。
ピンクのローブがふわりと浮く。
魔法陣がアストラの足元に広がる。
HPバーは緑に戻った。
「いやー、ナイスヒール!」
「ちょっと突っ込みすぎて死ぬかと思った」
「でも死ななかったでしょ? アストラくん、上手だもんね」
「へへ、持つべきものは相棒だな!」
画面の向こうで、アストラが笑う。
空の頬が、緩んだ。
****
「そらぽん、ヒーラーやってて楽しい?」
唐突に、アストラが訊いてきた。
「え?」
「いや、ヒーラーって地味じゃん。攻撃できないし」
地味。
その言葉に、空の指が止まる。
(地味、か)
派手な攻撃スキルはないし、敵を倒すこともできない。
でも──
「楽しいですよ」
そらぽんがボイスチャットで答える。
「誰かを守れるから」
「お、マジ?」
「うん。アストラくんが無茶できるのも、私がいるからでしょ?」
「それな! そらぽんいないと、俺すぐ死ぬわ」
画面の向こうで、アストラが笑う。
空は思った。
(こういうの、悪くないな)
「なあ、次は新エリア行こうぜ!」
「えー、難易度高いんでしょ?」
「余裕余裕! 俺たちならいけるって!」
(ぜんぜん、根拠ないな……)
でも、不思議と、頼もしい。
そらぽんが回復するから、アストラは無茶ができる。
アストラが最前線に立つから、そらぽんは安心して支えられる。
こんなに楽しく遊べる相手は、リアルでもいなかった。
(このゲームを始めてなかったら、アストラにも出会えてなかったんだよな)
****
空が「エピキュクルス・オンライン」を知った時、
それは新時代のMMORPGとして既にブームになっていた。
公式サイトには心躍る冒険を予感させる美しいムービー。
レビューは、「楽しい!」という数々の絶賛で埋まっていた。
(面白そうかも……)
ゴーグルさえあれば、専用ハードは不要。
スマホでもPCでも遊べる。
「ちょっと、やってみようかな」
思い立った空は、すぐに家電屋へ向かった。
ゴーグルを買ってきて初めてログインした日のことを、今でも覚えている。
「うわー……!」
画面いっぱいに広がる、美しい世界。
青葉が舞い散り、
大樹がそびえ立つ。
まるで、そこに存在するかのように。
「すごい……。これがVRかあ……」
感動のままに、初めてキャラメイクする。
空の前に、色々なタイプのキャラクターが並ぶ。
筋骨隆々の戦士。
クールな暗殺者。
長身の射手。
(なんか、どれも自分のアバターにするには、かけ離れすぎてて気後れするかも……)
現実の空は、身長も平均より低いし、身体も華奢。
特に、か細いとよく言われる空の声と逞しい戦士は、ミスマッチすぎて滑稽になりそうだと思ってしまう。
そんな中、目を引いたキャラがいた。
誰からも好かれそうな、愛らしい人間女性のキャラクター。
(この子いいな……。でも、このゲームってボイスチャットあるし女キャラはなぁ……)
キャラクター説明を読むと、「プリセットボイス」という項目がある。
(へー! 自分の声を女性声優さんの声に変換してくれるんだ。しかも、何種類もある)
これなら、覇気がなく男らしくないと言われる、自分の声や話し方でも違和感がないかもしれない。
「職はなんにしようかな……?」
先陣に立つタンク。圧倒的火力のアタッカー。でも、空が惹かれたのは──。
「ヒーラー……。これにしよう」
目立たないが、ひっそりと誰かを助ける、そんな職。それは、空のありたい姿でもあった。
****
「じゃ、また明日な!」
「うん、また明日」
ログアウト。
静まり返った部屋。
(アストラは、知らないんだよな。そらぽんの中身が、男だって)
空は、天井を見上げた。
(もし、バレたら)
この関係は、終わる。きっと。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(ごめん)
誰にも聞こえない声が、暗い部屋に消えた。




