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18話 不協和音


「うそ……もうここまで来てるの?」


 そらぽんこと空は、画面に映る光景に息を呑んだ。

本来、中級者プレイヤーが安定して狩りをするはずの「水晶の森」は、

異様に巨大化したアリ型のモンスター「クイーンズ・ソルジャー」の群れで埋め尽くされていた。


 ギルド「今夜も寝落ち団」のチャットも、悲鳴に満ちていた。


「ひのきのぼう:もうダメだ、定点狩場が全部潰された!回復間に合わねぇ!」

「不気味だいふく:これじゃゲームにならないよ〜、まったり勢には地獄だよ!」

「アストラ:みんな、落ち着いて!一旦セーフティエリアに戻って!」


 ゲーム内で生活を楽しむことを主軸にしていたエンジョイ勢主体のギルドは、

急速に悪化する状況についていけていなかった。中級者エリアが崩壊すれば、彼らのゲーム世界は本当に終わってしまう。


 SNSでも同じ状況だった。

初心者・中級者からの不満や運営への非難が溢れ、

トレンドは「エピキュクルス・オンライン サービス終了?」「バグ地獄」といったワードで占拠されつつあった。

しかし、運営からは具体的な解決策どころか、開発元である本国からの原因特定すら遅れているという無力な声明が出るばかりだ。


 「アントクイーン」を、ゲームから一時的に排除することはできないのかというプレイヤーからの疑問もあった。

しかし、運営によると、エリアボスは領地システムや雑魚モンスターの行動ともリンクしており、

本来の挙動と違う方法で排除することでシステムに何が起きるかわからず、リスクを考えるとそれはできないということだった。


「だったら、通常の手段で排除すればいいってこと?」と美月が言う。


 つまり、残された道はただ一つ。元凶であるボスモンスター「アントクイーン」を、プレイヤーたちの手で倒すこと。


 中級者ギルドのリーダーたちが集まり、緊急の合同会議が開かれた。

彼らの出した結論は、全盛期に全土を統一した伝説のギルド「シルバームーン」の元メンバーが多く在籍する、

最強の上級者ギルド「天狼星シリウス」への協力要請だった。


 空と美月は、「今夜も寝落ち団」を代表して「天狼星」のギルドハウスを訪れた。


「……以上が、現状の報告です。このままでは、ゲーム全体が崩壊します。どうか、ご協力をいただけませんか」


 空は一瞬でも自信が揺らがないよう、背筋を伸ばし、そらぽんのアバターで丁寧に頭を下げた。

横に立つアストラこと美月は、いつもよりずっと硬い表情で空を見守っている。


 応接間に出てきたのは、「天狼星」のサブリーダー格らしい、重厚な鎧に身を包んだ戦士タイプの上級者だ。

彼らはどこか見下したような表情で、空たちを一瞥した。


「初心者や中級者エリアの状況は把握している。だがな、俺たちに何のメリットがある?」戦士は静かに言った。


「メリット、ですか……」


「アントクイーン討伐は、上級者にとっても甚大な被害を覚悟しなきゃいけない」


「レベル、貴重な消耗品、何よりレアドロップで整えた装備のロスト……」


「お前らには関係のない話だろうが、俺たちにとっては色々なものを犠牲にして手に入れたものなんだ」


 上級者たちは続ける。


「俺たちにはもう初中級エリアに用はない。人のために、自分たちが犠牲になる義理はどこにもないだろう。放っておけば、そのうち開発も直すさ」


 空の心臓が冷える。彼らの言うことは、論理的で、あまりにも正論だ。しかし、それで誰が救われるのだろう。


「直るのは、いつですか! その間に、どれだけのプレイヤーが、どれだけの思い出が失われるんですか!」


 美月が、たまらずアストラの声で強く言い返した。


 戦士は鼻で笑う。


「それは俺たちの知ったことじゃねぇな。ゲームなんてな、所詮はそんなもんだ」


 空と美月は、冷たい拒絶の言葉を背に、すごすごとギルドハウスを後にした。


 中級者ギルドの面々は、顔を見合わせる。


「……結局、上級者は何もしてくれない、か」


「直るのはいつだ、その間に初中級プレイヤーが離れたら……」


「人のいなくなったゲームで、どんなにレアドロップや装備を誇ってもどうしようもないってのに……」


 中級者たちのやるせない声が、空の心に重く響いた。このままでは、本当にすべてが終わってしまう。


「ちょっといいかな」


 そんな空と美月に、後ろから声をかけるものがあった。「天狼星」の、別のメンバーだった。


「実は、俺達の中にも君たちを助けたいと思ってる連中はいるんだ。でも、みんなをまとめることができない。すまん」


 彼は、深々と頭を下げた。


「そんな……。あなたが謝ることじゃ」


「こんな時こそルナ様がいてくれたら。本当にそう思うよ」


「ルナ様って……。あの、ギルドマスターだったっていう?」


 アストラ──美月──はおずおずと問いかける。


「ああ。巷では面白おかしく言われてるけどさ、彼女は本当に素敵な子だったんだ。見た目だけじゃなくてね」


 男は遠い目をして、何かを思い出すような表情だった。


「カリスマ性があって、リーダーシップがあって、彼女のためならなんでもしてあげたくなるような──そんな子だった」


 アストラは、硬い表情でじっと話を聞いている。


「でも、彼女には本当に嫌な思いをさせちゃってね」


「彼女はキャラを削除してしまったけど、できれば一度会って謝りたかったよ。向こうは二度と会いたくないだろうけどね」


 男は、懺悔するように、そう言葉を絞り出した。


 男の言葉に美月が何を思ったのか。それは聞いてはいけないことのような気がして、空はただ黙ることしかできなかった。


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