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16話 鳴り止まないエラーメッセージ

 

 三人の新しいパーティは、絶妙なバランスでダンジョンを攻略し続けていた。

ヒーラーのそらぽんが後衛から二人を支え、アストラが剣で切り込み、

ドワーフのヒゲモジャールが短い足でモンスターに体当たりをかます。

ゲーム初心者の蓮だが、その勘の良さと、持ち前の器用さで、すぐに操作に慣れた。


「わーい、レア素材ゲット!今のそらぽんのプレイ、最高だったよ!」


 アストラこと美月が、少年アバターのまま無邪気に喜ぶ。


「僕の今のガードも完璧だっただろ? 褒めてくれてもいいんだよ、空」


 ドワーフのひげ面から流れる端正な声は、いつ聞いても違和感があるが、

空はそれが蓮という人間の飾らない姿だと理解していた。

現実世界ではまだまだぎこちなかった二人が、ゲーム内では友人として急速に親しくなっていく。

空にとって、それが何よりも嬉しかった。


 その日、手に入れた戦利品をギルドハウスの保管庫に収め、三人は暖炉の傍で休憩していた。


「そういえばさ、蓮さん」


 美月が、ふいに切り出した。


「どうしたんだい、美月さん」


 蓮は、ドワーフの短い手を暖炉にかざすエモートをしながら答える。


「昨日、私ネットで調べたんだ。モデルの『萩原蓮』さんのこと……」


「すごかった。なんていうか、息を呑むほどの美しさで」


「男性の格好をしてても、女性の格好をしてても、性別を超越してるっていうか……」


「本当に、まるでエピキュクルス・オンラインのエルフみたい。そう思った」


 美月の言葉は、空が大学で蓮を見た時に感じたことと全く同じだった。


 ドワーフのアバターは、美月の言葉に一瞬だけ沈黙した。

そして、静かな、しかし少しだけ寂しそうな声がヘッドホン越しに響いた。


「ありがとう、美月さん。そう言ってもらえるのは、純粋に嬉しいよ」


 空は、その寂しそうな声色に、蓮にも秘めている悩みがあるのかなと感じた。


 (余計なお世話かもしれないけど……)


 空は、さり気なくパスを出した。

「でも、ひょっとしたら見た目で注目されるってのも、苦労があったりする?」


 話したかったら、話せばいい。話したくないことなら、スルーしてくれればいい。


 蓮は少しためらったあと、淡々と話し始めた。

「子供の頃から、僕は見た目が『男らしくない』って言われて育ったんだ」


「僕の好む服は、女の子の服が多かったからなおさらね。親は僕の服の好みに理解があったけど」


「そのせいで、男子からはからかわれて、女子からは面白がられた。純粋に友達として接してくれる人が、ほとんどいなかったんだ」


 蓮は続けた。


「ユニセックスなファッションに傾倒したのは、単純に、僕が『素敵だ』とか『可愛い』と思う服が女性ものに多かったからだよ」


「男ものの服だって好きだし、着ないわけじゃない。だけど、それでも『男のくせに』とか、『女みたいで気持ち悪い』とか……」


「心無い言葉を浴びせられることは多かったよ。自分の存在自体が、周りの『普通』から外れているんじゃないかって、毎日怯えてた」


 空が目を見開いたまま、言葉を失っていると、美月が静かに、しかし力強い声で答えた。


「蓮さん。私には、その気持ち……よく分かるよ」


 アストラのアバターの美月は、その小さなエルフの身体で、深く頷いた。


「私の過去の話、そらぽんは蓮さんに話したんだよね? 私は、絶世の美少女だなんて大げさなことを言われてた」


「みんなが祭り上げてくれたおかげで、一時は全土統一なんていうすごいこともできたけど……」


 美月の声が、ふと途切れる。


「でも、みんなが私を見てくれたのは、可愛い女子中学生っていう、ネットゲームにはあまりいないタイプだったからだよ」


「私自身のことを知ろうとしてくれた人は、ほとんどいなかった。そのせいで、ギルドは崩壊した」


「ストーカー騒ぎにまでなって、家族にも迷惑かけちゃって……。だから、私にとって、普通じゃないことは、呪いみたいなものだったよ」


 絶世の美貌を持つユニセックスモデルの蓮。絶世の美少女としてゲームの歴史を変えた美月。

外見の美しさという、どちらもコントロールできない『個性』のせいで、苦しみ、孤独を味わってきた二人が、今、このゲームの世界で共鳴し合った。


「僕と同じような悩みを、君も抱えていたんだね」

蓮の声に、共感が交じる。その響きには、美月への優しさが滲み出ていた。


 空もまた、二人の話を聞きながら、そっと心のなかで思った。


(俺も……自分に自信がなくて、『男らしくない』って言われるのが怖くて、女性キャラを選んだ)


(みんなに本当の自分を知られるのが怖いっていうのは、二人と同じだよ)


 空が蓮に女装を頼んだことは、空が男性だということを秘密にしている以上、決して美月の前で言うことはできない。

でも、蓮が快く協力してくれたのは、ひょっとしたら自分と共通するものを感じたからなのかもしれない。

三人は、お互いが思っているより遥かに、根本的なところでわかり合える友人になれるのかもしれなかった。


 三人の話が終わり、再びダンジョンへと向かおうとした、その時だった。


『そらぽん、ログアウトしました』


 ギルドチャットに、システムログが流れた。空がまだログインしているはずなのに、システムが誤作動を起こしたのだ。


「えっ? 私、まだここにいるよ!?」


 空がヘッドセットの向こうで慌てる。


「何これ、バグ?ラグ?」


「いや、さっきからモンスターの挙動もおかしい。詠唱が途中でキャンセルされたり、ドロップアイテムが虚空に消えたり……」


「このゲームに慣れていない僕でも、これはなにかの異常事態が起きている、それだけはわかる」


 蓮はそう断言した。


 それは、以前気づいた小さな異変とは比べ物にならない、深刻な兆候だった。

ゲームを遊ぶための「土台」そのものが、少しずつ崩れ始めているような、不吉な予感。


 そこに、


 「──[サーバー負荷上昇]――」

 「──[サーバー負荷上昇]――」


 異常を示すシステムメッセージが、淡々と流れた。


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