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15話 君を守りたい


 一方、現実社会でも、静かな異変が起こっていた。


「最近、視線を感じるの」


 そうゲームチャットで切り出したのは、美月だった。


「ふむ……」


 蓮はもじゃもじゃのあごひげを弄りながら思案顔をする。


「多分、気のせいじゃないだろうね。僕も、何度か経験したことがある」


 ずんぐりむっくりのこんなアバターだが、リアルの蓮は人気美形モデルだ。

そんなことがあっても、なんらおかしくない。

いや、むしろ今まで相当嫌な思い、怖い思いをしてきたのではないか。


「もし良かったら、お互いの連絡先も交換しておかないかい? 何かあった時、助けになれるかもしれない」


「わ、私も……!」空も名乗りを上げる。


 未だ男だと明かしていない空ではあったが、美月が危ないとなれば、じっとしてはいられなかった。


「ご両親に送り迎えしてもらうことはできないのかい?」


「うん……。明後日からは頼めると思う。でも、急な話だから明日だけは一人で帰ることになるかな」


 空は、なんとなく嫌な予感がした。


 次の日の夜、帰宅中の美月は暗くなった道を歩く。

 歩幅が少しだけ早くなるのを、自分でも意識せざるを得なかった。


 ──その数十メートル後ろ。

 フードを深くかぶった空は、胸の内側で鼓動が爆発しそうなのを必死に抑えていた。

 そして美月と空の間には、明らかに美月を付け狙う不審者がいる。


 ──前日。空は、美月から帰宅時間と帰宅ルートを教えてもらっていた。


 過去、ストーカー被害に遭った美月。

 その美月が、身元の特定につながりかねないような情報を空に明かしてくれているということ。


(──これは、深い信頼だ)


 そう思うと、なんとしてでも彼女を守りたくなる。


「そらぽん」である自分は、男の姿は彼女には晒せない。空は、遠くから美月を見守っていた。


(客観的に見たら、俺こそストーカーに見えるだろうな)


 その時。周りをキョロキョロと伺いながら、常に美月を監視している不審なスウェットの男を、空は発見した。


(怪しい……! でも、まだ何もしていないから、警察を呼ぶこともできない……!)


 空は、気づくとその男を追いかけていた。


(怖い……。俺が駆けつけたって、何の役にも……)


 路地裏で惨めに地面に叩きつけられた記憶が頭をよぎる。

 誰かを救いたかったのに、何もできなかった過去の悔しさが喉に刺さる。


 (でも──)


 今、美月は一人だ。

 あのときと同じような、逃げ場のない夜。


 空は震える指でフードの端を握りしめた。


(俺が怖いなら、美月はもっと怖い!逃げるな……! 美月を守れ!)


 足が勝手に前へ出る。

 胃の奥がぐっと縮むほど怖いのに、それでも足は止まらない。


 美月が角を曲がった瞬間、

 急速に速度を上げ、背後から駆け寄る足音がした──。


 (──!!)

 美月が息を呑んだその刹那。


 スウェットの男と美月の間に、深くパーカーのフードを被った空が立ちはだかった。

「か、彼女に、何か用ですか」


 いきなり男が二人も乱入してきたというのに、美月はなぜか安堵を覚えた。

(この喋り方、聞き覚えが……)


 不審者は予想外の介入に驚いたように足を止めた。

 パーカーでフードの人物が美月を庇うように立ちはだかると、不審者は舌打ちして逃げ去っていった。


「……助けて、くれたんですか?」


 フードの人影は答えない。

 声を出すだけで素性がバレると悟っているように、ただ静かにうなずいた。


 街灯の下に差し込むわずかな光が、

 その手の震えを露わにする。


 (……震えてる)


 美月は胸が締めつけられた。


 怖かったはずだ。

 逃げてもいいのに。

 でも、この人は——自分を守ってくれた。


「……あなた、もしかして……」


 確信があった。

 でも聞いたら崩れてしまう、そんな繊細な気配があった。


 代わりに、美月は震える手をそっと伸ばす。


 フードの人物の手を握りしめる。彼の手も、また震えていた。


「……ありがとう」


 その瞬間、空の胸の奥で、何かがほどけた。それは、過去の苦い思い出だろうか。

 こちらこそ、ありがとうと言いたかった。

 でも声を出すことはできなくて。空は小さく頭を下げて逃げるように背を向けた。


「待って……」


 美月の声が追いかけたが、空は何も言えない。


 声を出したら、すべてがバレてしまう。

 今のままの関係すら壊してしまう。


 フードの影が角の向こうへ消えていく。


 美月はしばらくその場に立ち尽くし、胸に手を当てた。


 (あの人だった)

 妙な確信だけがあった。


 ──言葉にしないまま、

 ふたりの距離は確かに縮まっていた。


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