14話 新たな仲間と、僅かな予兆
ゲーム内の二人の新居に先にログインしていた「そらぽん」の元に、「アストラ」がインしてきた。
「そらぽん。ごめん、待たせた?」
中身は絶世の美少女、「アストラ」こと美月は、そう言って微笑む。
複雑に絡み合っていた罪悪感の糸は、二人きりのオフ会による彼女の告白によって解けたような気がした。
「アストラくんが……美月ちゃん。そっか、男の子じゃなかったんだね」
美月が秘密を打ち明けて肩の荷が下りたのと同様に、
「アストラ」が、女性としての「そらぽん」に憧れていたわけではないと知って、
空もまた背負っていた重荷を下ろしたようだった。
しかし、美月が自分に心を許しているのは、「そらぽん」が女性だと思っているから。
空が男性であることは、まだ当分秘密にする必要がありそうだ。
「そらぽんも、本当に可愛くて、びっくりしたよ。ゲーム内のそらぽんがそのまま現れたみたい」
美月は無邪気に笑った。
(ギルメンに褒められたときは、嬉しさより戸惑いのほうが大きかったのに……)
完璧な「そらぽん」の姿を、美月に褒められたことが、素直に嬉しかった。
(蓮さんのおかげだな)
見返りなしに協力してくれた蓮には、感謝の気持ちしかない。
「ねぇ、そらぽん。今日そらぽんの友達が来るんだって?」
「うん、さっきアカウント作ったって連絡が来たよ。今から招待するね」
空が招待を送ると、新居の一角に、新しいアバターが召喚された。
「わっ! 何これ、すごい!本当に自分の部屋みたいなんだね!」
画面に映し出されたそのアバターは、ずんぐりむっくりでひげもじゃのドワーフだった。
ゴツゴツとした岩のような肌に、一本一本がワイヤーのように太い赤茶色の髭が、
顔の下半分を完全に覆っている。
その名は……「ヒゲモジャール」。
「え……? 蓮さん?」
空は絶句した。
現実世界の蓮は、非の打ち所のない美貌と高身長を誇るユニセックスモデル。
それが、ゲームの世界では、身長も低く、顔もひげに埋もれたおじさんドワーフになっている。
「僕だよ、僕。そんなに変かい?」
事情が飲み込めていない様子の美月に、
空は、現実世界の蓮が長身美形の有名モデルであることを説明する。
「えー! 何それ、ギャップがすごい! しかも名前がヒゲモジャールって!」
「実物見たらイメージ違いすぎてびっくりするよ、本当」空もつい笑いがこぼれる。
「二人とも、僕を笑うのはやめてくれるかい?」
ドワーフの口から流れ出たのは、現実世界と全く同じ、端正で美しい蓮の声だった。
ひげでモコモコのコミカルな姿から、非の打ち所がないイケボが流れるのはなんとも違和感がある。
ボイス変換システムで、自分の声が嫌いだった空はそらぽんに女性の声を当て、
身分を明かしたくない美月は、少年キャラのアストラに少年の声を当てていたが、
蓮は「元の声のまま」の設定を選んだのだろう。
「それにしても、この世界はすごいね。本当に、もう一つの人生を生きているみたいだ」
蓮は、ドワーフの短い腕を広げ、ギルドハウスの空間を見回した。
「蓮さん、私は『アストラ』の中身の美月だよ。よろしくね。でも、みんなの前では私の中身のことは内緒ね」
「はじめまして、美月さん。空から君の話は聞いてるよ。僕もよろしく」
蓮には、あらかじめ「アストラ」とのオフ会の首尾を報告済みだ。
男だとバレずに仲良くなれたこと、
高校生の少年だと思っていたアストラが絶世の美少女でびっくりしたこと、
過去の事情により美月の性別は他の皆には伏せてほしいことなど。
「よし、じゃあ早速、ヒゲモジャールに基本をレクチャーしながら、ダンジョンに行こうか」
「ヒゲモジャール」は完全に初心者。
空と美月は、彼にチャットの方法、スキルの使い方、アイテムの装備方法などを一つずつ丁寧に教えた。
ドワーフのヒゲモジャールは、短い足でペタペタと歩きながら、
その愛らしい外見からは想像もつかないほど、真剣な声で質問を繰り返した。
「ガードはどのタイミングで使うのが一番効果的なんだい? 効果時間はどのくらい?」
「ねぇ、この剣士のスキルって、敵の弱点を突くとダメージ増えるの?」
空はモンスターが強力なスキルを打ってくるタイミングを教え、美月は剣士としての技術を教える。
「わー!そらぽんナイスヒール!モジャール、今のうちに攻撃!」
「ありがとう、美月さん!よし、ドワーフの一撃!」
空が支え、美月が切り込み、蓮が体当たりで攻撃する。
ヒーラー、アタッカー、そしてタンクという絶妙なバランスが、三人をさらに結びつける。
内向的で、現実で友達が少なかった空にとって、この時間はまさに憧れそのものだった。
(楽しいな……)
空がそう思っていると、ちょうど蓮も
「こういうゲームって初めてだったけど、これって楽しいもんだね」
と同じタイミングで言う。
蓮が自分と同じように、自分の大好きなゲームを楽しんでくれている。空はそれが単純に嬉しかった。
「ん?」
倒れたモンスターを見て、空が異変に気付く。
「あれ? モンスターの死体、消えないね?」
「あー、ギルメンもそんな事言ってたね。最近、時々あるんだって」
「ふーん」
その時は気にも止めなかった小さな出来事。
和やかに冒険を楽しむ傍ら、ゲームの世界では異変が進行していることに、
その時の三人はまだ気づいていなかった。




