10話 ネカマからリアル男の娘への、華麗(?)なクラスチェンジ
オフ会当日。
空は完璧な「そらぽん」として待ち合わせ場所へ向かった。
近所のランドマーク前でそわそわしながら佇む。
死刑宣告を待つような気分だ。
おまけに、なんだかじろじろ見られているような気すらする。
(これ、男ってバレバレなんじゃ……)
帰りたい。
(いっそのこと、本当に帰っちゃおうか──)
その時。
「あ、ひょっとしてそらぽん?」
突然声をかけられる。心臓が、口から飛び出そうになった。
「は、はい。そうです」
か細いと散々言われていた声は元々高いので、おそらく低めの声の女性として通用すると思う。
外見はどうだろう。
蓮の仕事は完璧だと思うが、間近で見てバレないものだろうか。冷や汗が止まらない。
すると──
「やだー!! そらぽんちゃん、超美人じゃん!」
「想像していた感じそのままだよ! いや、それより可愛い!」
ギルメンたちから歓声が上がった。
「俺、ギルマスのレオナ!女キャラだけど中身男だから!びっくりした?」
「私『不気味だいふく』だよー。そらぽんイメージ通りの超美人やん!すごいね!」
(バレなかった──)
お世辞でもなさそうな心からの賛辞に、ほっとする。
「じゃ、現地に向かおうか。他のメンバーは現地集合だからさ!」
空たちは電車で、エピキュクルス・オンラインのイベント会場へ向かう。
しかし──。イベント会場に、一番会いたくて、そして一番会うのが怖かった「アストラ」の姿はなかった。
「そらぽん」は、現地のギルメンからも「すごい美人!」と称賛された。
「髪型も可愛いし、服のセンスもいいね!モデルさんみたい!」
「写真撮ってもいい?来てないギルメンにも見せたい!」
空は愛想笑いを浮かべながら、適当に相槌を打つ。
オフ会に来ていないアストラにも、
「そらぽんは冴えない男だったよ」と伝わってがっかりさせることを回避できた。
それは確かに安堵すべきことだった。
(でも――。)
なんだろう、この感じ。
褒められれば褒められるほど、胸の奥に重たいものが沈んでいく。
これは自分じゃない。借り物の姿で、借り物の評価を受けている。
そらぽんは褒められているけれど、朝野空は誰にも見られていない。
空は、自分でも気づかないうちに、笑顔が硬くなっていた。
「そらぽん?どうかした?」不気味だいふくが心配そうに覗き込む。
「あ、ううん。なんでもない。ちょっと緊張してるだけ」
空は慌てて取り繕った。
こんなことを感じてはいけない。みんなは好意で褒めてくれているのに。
アストラを失望させないために、ここまでしたのに。
それでも、心のどこかで小さな声が囁いていた。
(これは、朝野空が褒められたわけじゃない)
その日のオフ会は、空が予想した以上に盛り上がり、その話題はすぐにギルドチャットでも持ち切りになった。
特に、そらぽんの美貌が話題の中心であり、そして熱狂的に語られた。
「そらぽん、マジ美人でさー。来てないギルメンにも見せてあげたかったよ」
「不気味ちゃんも可愛い女の子でびっくりしたよ! あとそらぽんが想像以上に美人でびびった!」
「つーか、『不気味だいふく』って名前なんなん?リアル全然不気味でもだいふくでもなかったよ」
「あー、あれ私が雪見だいふく大好きだから」
「俺はレオナさんが男だってことにびっくりしたなー」
「まあ、一番驚いたのはやっぱそらぽんだわ。美人すぎだろ!」
ともあれ、これで「アストラ」をがっかりさせることもなくなっただろう。
空はほっとする一方、今日は「アストラ」がチャットで静かなのが少し気になった。
しかし、オフ会に不参加となれば会話にも入りにくいのだろう。空は一人で納得した。
自室のベッドに横になり、天井を見つめる。
蓮に手伝ってもらったメイクはもう落とした。鏡に映るのは、いつもの冴えない男子大学生だ。
(結局、俺は誰にも会えなかったんだな)
そらぽんとして会って、そらぽんとして褒められて。でも、朝野空として誰かと向き合ったわけじゃない。
その時。スマホが震えた。
ピコン。
アストラからの、個別チャットだった。
次回、第11話「俺、そらぽんに会いたい」




