1話 始まりの丘で、君に出会った
画面いっぱいに、青空が広がっていた。
草原は風に揺れる。
ゲームの中なのに、
まるで自分の身体にも心地よいそよ風を受けているようだ。
「そらぽん」のゆったりとしたピンクのローブが、ふわりと風になびく。
回復アイテムに必要な素材を探しながら、
そらぽんはのんびりと「始まりの丘」の街道を歩いていた。
始まりの丘は初心者がまず訪れるエリア。
それでも、アイテム製作に必要な基本素材がちゃんと採れる。
そらぽんのレベルなら、もっと効率のいい場所はあるのだが──
(やっぱここの風景が落ち着くんだよな)
青い空に雲が流れ、陽光が降り注ぐ。
緑豊かな草原の中に、現実ではありえない不思議な色の花々が咲き誇っていた。
こんな景色が見られるのは、やっぱり「エピキュクルス・オンライン」の中だけだ。
「あ、薬草」
そらぽんはかがみ込み、小さな手でそっと草を摘む。
アバターは愛らしい少女だが、現実の「朝野 空」は成人した男子大学生である。
その時──
「うわあ!!」
遠くから、悲鳴が聞こえた。
そらぽんが顔を上げる。街道の向こうが、ざわついている。
「うわ、モンスターの群れ引っ掛けちゃったのか!?」
「……あの数はやばいって!」
プレイヤーたちが野次馬のようになっていた。
その先に、レベルが低そうなプレイヤーが、モンスターの大群から逃げ惑っている。
装備から見ると、明らかに、始めたばかりの初心者だ。
おそらく、モンスターから逃げるうちにさらなるモンスターを呼び寄せてしまい、
こんな事になってしまったのだろう。
「誰か助けろよ!」
「いやいや、あの数は無理だって!」
いくら低レベルエリアとはいえ、この数のモンスターが相手では──。
この場にいるわずかな初心者たちではどうしようもない。
(でも、ひょっとしたら自分なら……)
「そらぽん」は、本来ここにいるべきプレイヤーよりもかなり上のレベルだ。
それは、「そらぽん」がここの風景を好み、
あえて効率の落ちる始まりの丘でたまたま採取をしていたから、なのだけど。
(──いや、自分だけじゃ無理だ)
そらぽんはヒーラー。
人をサポートすることはできても、自分ひとりでモンスターを倒し道を切り開く力はない。
(諦めるしかないのか……)
誰もが躊躇し、傍観するしかなかった。
その時。
一つの影が、モンスターの群れに飛び込んだ。
エルフの少年。
細身の剣が、銀色の軌跡を描く。
モンスターが怯む。
「逃げろ!」
少年は、今にも倒れそうな初心者と、モンスターの群れの間に割り込んだ。
「そいつらは俺が引きつける!」
剣を振るう。回避する。また振るう。
一匹、また一匹。
(すごい……)
「そらぽん」は、息を呑んだ。彼は、相当の熟練者だ。
(でも……)
彼の腕をもってしても、大群の一角をなんとか蹴散らしたのみ。
HPバーは、どんどん赤く染まっていく。
(このままじゃ、この子までやられちゃう!)
「そらぽん」は、ためらいを捨て、モンスターの群れへ突っ込んだ。
「回復します!」
そらぽんのピンクのローブがふわりと浮かび上がり、光の魔法陣が展開される。
エルフの少年はすぐに状況を理解し、魔法陣の範囲内へ飛び込んだ。
「ナイス!助かるぜ、ヒーラーさん!」
疲労困憊だった少年の顔が笑顔に変わる。
「エクストラヒール!」
光が、少年を包む。
HPバーが──満タンに戻った。
「これなら──やれるぜ!」
少年の剣が勢いを取り戻す。
そらぽんは、的確にヒールと補助を使い分け、少年をサポートする。
──それを見たモンスターの動きが、変わった。
一匹が──そらぽんに向かってくる。
(え!)
「そうはさせねえって!」
少年が、間に割り込んだ。
剣で、モンスターを弾く。
「後ろは任せたぜ!」
「は、はい!」
二人のコンビネーションで、モンスターが、一匹ずつ消えていく。
そして──
最後の一匹が、エフェクトと共に消滅した。
「……やった」
「すげえ!」
「まじか、勝ったぞ!」
「あんたらやるなぁ!」
野次馬たちの歓声。
「ありがとうございました!」
初心者は、深々と頭を下げて、走り去っていった。
そらぽんは、エルフの少年を見た。
少年も、こちらを見ている。
画面越しに、その背後にいる彼本人と、視線が合った気がした。
「ねえ」
そらぽんが問いかける。
「下手したら君まで巻き添えだったのに、どうして助けに行ったの?」
彼は、親指を立ててジェスチャーする。
「困ってる人がいたら助けるのは当然っしょ?」
「それに、君だって俺を助けに来てくれたじゃん」
その言葉に、空の口元も緩む。
「そうだね。私たち、気が合うのかもしれないね」
「良かったら、俺とフレンドになってくれない? 俺、アストラって言うんだ」
「よろしくね、アストラくん」
非現実世界の中で、空は初めて誰かと繋がった気がした。
これが、「そらぽん」と、「アストラ」の出会いだった。
最後まで完成済です。
じれったい話が続くかもしれませんが、話が動き出すまでお付き合いいただけると幸いです。




