【第八話】落胆!大切なものを失った日
登場人物・用語解説
◯魔術使い
ヒトと共に暮らし、ヒトより高い身体能力と特別な術『妖魔法術』を有する希少で特別な生き物。
容姿はほぼヒトと変わりないが、中には獣の耳や尾を持つ個体も。
◯魔術科学園
魔術使いが強力かつ安全な魔術の使い方を学ぶ為に入学する公立の学園。
日本には札幌校、渋谷校、名古屋校、大阪校、高松校、福岡校の計六つがある。
中高大一貫校で、学年は九つ。
◯夏伊勢也
先端が赤く染まった白い短髪に金の瞳、チーターのような獣の耳と尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の中等部二年生の男子。
暴れん坊だが明るく天真爛漫な性格で、嫌いなことから逃げるのが得意。
◯鳴神新
紺色と薄水色の長髪に紫の瞳、ユニコーンのような耳と尻尾、角を持つ魔術科学園名古屋校の高等部二年生の男子。
美しい容姿を活かしてモデルとしての活動をしており、穏やかな物腰とは裏腹に非常に自分に対してストイックである。
◯鴨橋立
前髪のみがオレンジ色に染まった白い髪、青い瞳、カモノハシの尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の高等部二年生の男子。
おちゃらけた性格で、どんな時も騒がしく賑やか。
◯得田家路
センター分けにした黄色い髪に紺色の瞳、虎の耳と尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の高等部二年生の男子。
常に論理的かどうかを重視し、非科学的なことに弱い。
◯東海望
紺のメッシュが入った白い髪にオレンジの瞳、羊の角を持つ魔術科学園名古屋校の高等部三年生の男子。
元生徒会長で、自分のことがとにかく大好きなナルシスト。
◯鮫島光
灰色の髪に緑のメッシュと瞳、サメの尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の大等部一年生の男子。
口が悪いので誤解されやすいが、本当は面倒見が良くて優しい。
◯初雁隼
先端が水色に染まった銀の長髪に右が青で左が金の瞳、ユキヒョウのような耳と尻尾を持つ魔術科学園渋谷校の高等部一年生の女子。
北海道にある剣術の名家初雁家に双子の妹の狛と共に生まれており、剣術の達人。
真面目な性格だが、時に年頃の女子らしい一面も。
◯初雁狛
先端が赤に染まったツインテールの黒髪に右が金で左が青の瞳、クロヒョウのような耳と尻尾を持つ魔術科学園渋谷校の高等部一年生の女子。
隼とは双子の姉妹だが、姉とは違って剣術よりもおしゃれやランチが好き。
◯獅子賀煌輝
センター分けにした銅色の髪にライオンのような耳と尻尾、赤い瞳を持つ魔術科学園渋谷校の高等部一年生の男子。
誰に対しても用心深い性格で簡単に信用しようとせず、仲良くなることは難しい。
◯雲雀椿樹
コーラル色のインナーカラーが入った茶色のふわふわとした髪に柴犬のような耳と尻尾、緑色の瞳を持つ魔術科学園渋谷校の中等部二年生の男子。
初雁家に代々仕えている雲雀家の出身で、隼と狛は幼少期から従者として奉仕してきた幼馴染。
右目が長い前髪で半分ほど隠れているが、非常に怖がりで臆病な主人や勢也などの信頼している人物以外にはそれを頑なに見せたがらない。
上郷山陽
青のメッシュの入った灰色と黒の髪に緑の瞳、褐色の肌、龍の尻尾を持つ魔術科学園大阪校の高等部三年生の男子。
必要最低限なことしか話さず、助詞をよく省略しているので言いたいことが伝わらないことも。
桜燕
漆色と白の髪にピンクの瞳、燕の尻尾を持つ魔術科学園福岡校の高等部二年生の女子。
ボーイッシュな容姿だが、男に間違われることは少ない。
ある日の魔術科学園名古屋校・中等部二年生の教室にて。
「そして聖徳太子は蘇我馬子と政治を進めたわけだが………んん?」
ガラガラガラ………。
「ボサァ〜。」
午前の歴史の授業中に、唐突に魔物がが出現した。
「ボッサボーサ!!」
「わ、何だっ!?」
丸っこく棘の生えた緑色の身体に冠のような赤い花、髭を生やした顔を持つサボテンのような魔物ーーーボサボサボテンだ。
人の髪の毛や動物の毛並みをボサボサにする力を持つ魔物で、自分の能力を行使して他者にいやがらせをすることに快楽を見出している。
今日はこの名古屋校を標的にし、学園中の生徒と教員をボサボサにしてやろうと企んでいたのだ。
魔物が現れたことで、クラスは一斉にゾンビ映画の民衆のようにパニックになった。
まずボサボサボテンはクラスにいる、長く美しい髪を持つ女子生徒に標準を定めた。
そして浴びた者の髪の毛や毛並みをボサボサにする、ボサボサビームを放とうとしたその時。
「………んなことさせっかよ!!!」
正義感の強い男子生徒夏伊勢也が、ボサボサボテンの前へと飛び出した。
「ボサァーー!!」
「下がってろ!!」
「!!」
ボサボサビームが女子生徒に当たる直前。
そこに既の所で勢也が滑り込み、代わりにボサボサビームを浴びた。
ボサボサビームは緑色の光となって勢也の身体に纏わりつくと、数秒ほどで消えていった。
幸いにも浴びたところで痛みや熱さを感じることはなく、身体に別状はないように見られた。
………ただ一点を除いては。
「助けてくれてありがとう、勢也くん。でも、その、後ろ………」
「何だ!?」
助けた女子生徒に振り返るように言われ、嫌な予感を察知しながらも勢也は恐る恐る自分の尻の方を見た。
そこにあったのは………。
「オ、オオオ、オレの尻尾がぁーーー!!!」
………ボサボサビームを浴びたことで毛並みが乱れて台無しになってしまった、勢也の自慢のチーターのような美しい尻尾であった。
やがて程なくしてボサボサボテンは教員と上級生によって捕獲され、学園の外に追い出された。
それに伴って授業が再開されるも、一人だけどうしてもその気になれない者がいた。
「夏伊くん。もうボサボサボテンはいなくなったんだから、そろそろ席に着いてくれる?」
「嫌っす。」
その者とは、勢也だ。
尻尾の毛並みを乱されてからというもの、ずっとロッカーに寄りかかって不機嫌そうにそっぽを向いている。
あほだが素直な彼にしては、珍しい教師への反抗。
自慢の尻尾の毛並みを失ったことで不貞腐れてしまい、何に対しても億劫になったのだ。
既に教科書も鞄にしまっており、断固授業を聞く気がない。
「夏伊くん、さっきのあなたは確かに格好良かったわ。自慢の尻尾を台無しにされてショックなのも分かる。だけどそれと授業を受けたくないことは何の関係もないじゃない。」
「だから嫌だってさっきから言ってんでしょ。こんなみっともねぇ姿で人前でいられるもんですか。オレはもうこの教室を出ていきますよ、授業続けるんなら勝手にして下さい。」
「ええ、そっちこそどうぞ勝手になさって?」
勢也の我儘で身勝手な振る舞いには、普段は優しい担任の教師も堪えるものがあったようだ。
とうとう勢也は教師から、教室を出ていくように指示れてしまった。
それからというもの勢也は、ずっと校庭にある体育倉庫に匿っていた。
二時間目、三時間目、四時間目の授業をパス。
学食の時間になると、積み重ねられたマットに座って持ってきた弁当を独りで食べる。
誰かが探しに来ればすぐさま、跳び箱に隠れていないフリ。
それでも隠せないのであれば、断固動かない姿勢で諦めさせる。
五時間目、六時間目も無断で休み、大好きなはずの軽音部すら………彼を体育倉庫から出すには至らなかった。
長い間掃除されていない体育倉庫に籠っていたものだから、その全身は段々と埃と粉にまみれ、籠る前よりもずっと汚くみっともない姿となってしまった。
尻尾がボサボサになろうとも我慢して皆と共に授業を受けていたら、きっとこんなことにはならなかっただろう。
一方で軽音部の活動拠点たる第二音楽室では、連絡も寄越さず部活に来ない勢也を皆が心配していた。
いつも通り演奏の練習をしつつも、部員達の頭の片隅には勢也がいる。
「アイツのサボり癖なんざ今に始まったことじゃねえだろ。この前も中間試験で疲れたっつって、深っすっぽかしてただろうが。」
「そう思って放置している間に、本当に彼の身に何かが起きたらどうするつもりか? 吾輩なら到底耐えられない。」
「いや、んな状況俺だってあって欲しくないに決まってんだろ。大体てめぇはアイツを疑わなさすぎなんだよ………」
はいはいそこまで、と新が手を叩きながら言い、口論になりかけた光と望を宥める。
「とは言え二人の言う通り、勢也が心配なのは事実。ここは渋谷校にいる頼りになる後輩………あの子を頼るとしよう。」
「………え、勢也がそんなことに!?」
「ああ。先ほど体育倉庫にいるのは見つけたけど、頑なにそこから動こうとしない。尻尾がボサボサのみっともない姿は見せられないだとか言い出して、一時間目の授業を中退してからずっとそこにいるようなんだ。」
「奇遇ですね、鳴神先輩。ちょうど私のところの椿樹も似たような状態になっておりまして、先日魔物に尻尾を切られてからずっと寮室を出ようとしないのです。」
「そうなの?」
新の電話の相手は、渋谷校の後輩初雁隼だ。
どうやら向こうでも椿樹が尻尾をなくしたことで自信を喪失しており、寮室から出ようとしようとしないらしい。
あろうことか信頼して電話をかけた相手まで、似たような問題を抱えていたとは。
相手も困っていることは容易に推測できるが、自分の問題すら解決できないことにはどうにも手段が出せない。
新が思い悩んでいた、その時だ。
「あの方法で上手くいくでしょうか………。」
「え、今なんて?」
隼がさりげなく、〝あの方法〟という言葉を口にした。
どうやらまだ一つだけ、彼女には手段が残っているらしい。
新はその手段について、隼に詳しく聞いた。
そしてまず聞いた手段の通りに、勢也と椿樹を渋谷校の隼の寮室へと呼び集めた。
「唐突な呼び出しでしたが、何の御用でしょうか。」
「あんたの呼び出しだから応じるけど、オレあんまこの姿で外に出たくねぇんスからね?」
呼び出された勢也と椿樹は、隼の目の前に座った。
「分かってるわ、来てくれてどうもありがとう。」
隼の後ろには、落ち込んだ者を元気付ける力を持つ魔物たちあガールがいる。
ある隼の同級生の使い魔で、今回の事情を説明したら力を貸す為に来てくれたのだ。
たちあガールの力を借りた隼の言葉は、きっと勢也と椿樹に届くだろう。
「………あなた達の気持ちは分かるわ。獣系の魔術使いにとって、尻尾は自らの種族の象徴たる誇らしいもの。失うことがあれば、きっとその傷心は大きいはず。」
「そうっスよ。こんなみっともねぇ姿じゃ、絶対アンタにも異性として意識してもらえねぇ。」
「いや、元々あなた達を異性として意識したことはないんだけど………」
「!!」
隼の失言で勢也と椿樹は、余計に落ち込んでしまった。
物陰から見ていた狛と煌輝も、「あのバカ!」と言おうとしてしまう。
隼自身も言葉を誤ったと後悔したが、すぐに挽回をしてみせた。
「………でも、大切な友達だと思ってる。」
「えっ?」
「だから、あなた達は大切な友達だって言ったの。」
ーーー大切な友達。
その言葉を聞いて、勢也と椿樹はいくらか誇りを取り戻した。
「尻尾のない自分は何もできない無能だと思ったから、体育倉庫や寮室に引きこもっていたんでしょうけど、そんなことは決してない。椿樹はあの時尻尾を失っても懸命に戦って魔物を退治し、お礼に葡萄を貰ったじゃない。勢也も尻尾をボサボサにされても尚、悪い魔物を追い払おうとしたんでしょう? あなた達は尻尾がなくても、かけがえのない価値があるのよ。」
その言葉を最後まで聞き終わる頃には、勢也も椿樹も再び瞳に光を宿していた。
隼はこんな二人の頭を、微笑みながら優しく撫でてあげた。
勢也はそれが嬉しくて尻尾を振った。
椿樹も尻尾があったら、きっとそうしていたことだろう。
その時、背後から煌輝が現れた。
「よお、お前ら。少し恥ずかしいだろうが、尻を俺に見せろ。」
戸惑いながらも勢也達が言われた通りにすると、煌輝は力を込めながら呪文を唱える。
すると驚いたことに、勢也の尻尾のほつれや乱れは全て消えて美しく整い、椿樹の制服の尻の部分からはバツ印状に貼られたガムテープを突き破りふさふさとした立派な尻尾が生えた。
「!!」
二人は煌輝の妖魔法術で、自慢の美しい尻尾を取り戻したのだ。
「このお尻の重み………ふわふわとした感触………これです、これこそ僕にあるべき物です!!!」
「ああ。この毛ヅヤ、規則正しい毛並みの揃い、そしてこの模様………マジパネぇぐらい嬉しい!!! サンキューな煌輝先輩!!!」
「そ、そうか。それは良かった。」
勢也と椿樹は久々に戻った相棒を思いきり抱きしめる。
撫でたり、頬擦りをしたり、はむっと噛んだりしていた。
「やはり僕達には、尻尾があってこそですね。」
「だな! ………さてと。」
そう呟くと勢也は、唐突に立ち上がった。
「尻尾も取り戻したことだし、お尻がツルツルの可哀想な奴らに自慢しに行くとでもするかな。」
「ええ。尻尾があることがどんなに素晴らしいか皆様に理解して頂きましょう。」
「あっ、待ちなさい!」
椿樹も勢也に続いて立ち、二人で寮室を飛び出して行った。
つい先ほどまでしおらしかったと言うのに、尻尾を再び得た途端にこれほどまでに自信過剰になるとは。
たちあガールもこれに関しては一切関与していないようで、予想外の事態に驚いている。
「狛が思うに、アイツらはあと百回尻尾を失うまで学ばないね。」




