【第八話】初耳!他人は自分の鏡ってホント?
「ああもう、碧ったら!」
魔術科学園福岡校の、ある日の放課後にて。
「碧ったら、ボクと遊ぶ約束をドタキャンとか最悪!」
普段は朗らかで明るい桜燕が、珍しく不機嫌そうに歩いている。
ぶつくさと文句を言いながら廊下の床を乱暴に蹴るように踏みつけ、その表情はしわが寄っている上に眉毛が鋭く下がっており、苛立たしげに舌打ち交じりにため息をつきとても幸せそうとは言い難い。
他の生徒や教師とすれ違う時だけは辛うじて笑顔の仮面を被るも、それが去るとすぐに元の表情になる。
というのも今日は親友の碧と遊びに行く約束をしていたにも関わらず、待ち合わせの時間直前にキャンセルされておりそれで憤っているのだ。
碧は善の人物ではあるが、時に気分屋になることがある。
何かをすると決めても、それを実行している最中に飽きる。
昨日まではやる気に満ちていても、今日は何だか気だるげな態度を見せる。
絶好調なら五分でできることを、調子が悪ければ五十分かけてする。
「やっぱや〜めた。」が口癖で、時にそれで周囲の人間を振り回し迷惑をかけることも。
今日も朝から燕と遊びに行く約束を交わしていたにも関わらず、その直前になって億劫になったと言い出しキャンセルをしたのだ。
「碧の気まぐれさ、どうにかならないもんかなぁ〜。ボクなら絶対そんなことしないのに。」
125/08/27 02:40:08
翌日の放課後。
今日は燕と碧の所属する書道部の活動日だ。
幼少期から字が綺麗だと褒められることが多く、小学生の頃に入賞したこともある燕にとって書道部のひとときは非常に楽しい。
碧や他の友達に会えることもあって、燕は書道部を非常に気に入っていた。
もちろん今日も、部活へのやる気は満々………の、はずだったのだが。
「あれ………? 何だか部活に行くのが、めんどくさく感じてきた気がする。」
別に体調が悪いわけではない。
熱も特になく、風邪をひいているわけでもない。
にも関わらず今は、何だか身体が重い気がする。
部活動の開始時刻まであと二分。
すぐに活動場所である和室に向かわなければ、遅刻扱いとなってしまう。
「急がなきゃ! ………いや、待てよ?」
具合が悪くなったと嘘をつき、書道部を休んでしまってもいいのではないか。
そんな邪な思考が、燕の脳裏をよぎった。
最終的に彼女の善性は差した魔に抗うことはできず、燕は茶道部長に欠席連絡を入れてしまった。
その後も燕は、自分の行動を棚に上げて碧の言動を批判し続けた。
眠い碧に話しかけて厭われ嫌な気持ちになったにも関わらず、自分も眠い時に声を掛けられて同じ対応を取ってしまう。
学食の列で最後尾が分からず誤って割り込んだ碧を咎めておきながら、自分も試験が返却される際の列で同じ失敗をしてしまう。
せっかちな碧に結論を言うのを急かされて苛立ちを覚えるも、自分も同級生と話す時に同じことをしてしまう。
そんなことを繰り返していたら、碧はとうとう怒ってしまった。
「燕ちゃん!!!」
「え、何!?」
「燕ちゃんって人にあれこれ言う割には、自分も結構できてないよね!!」
「どゆこと………?」
「碧が遊ぶ約束をドタキャンしたら怒るのに自分も仮病で書道部をサボったり、碧が列にうっかり割り込んだら注意するのに自分もちゃんと並べてなかったり、碧が急いでるからって急かすと怒るのに自分も人を急かしたり………。」
その瞳には確かな、怒りの印が浮かんでいた。
久々に親友に面と向かって怒られたことで、流石の燕も反省していた。
その晩彼女は自室にて、碧に言われたことを振り返る。
「他人の短所は自分にも当てはまるかもしれない………か。」
それを直感的に自覚するには、一体どうすれば良いのだろうか。
「………ということがあったの。」
「なるほど………。」
燕が自室で電話をかけた相手は、大阪校にいる親友の山陽。
碧に怒られたことが、もはや夢にも出そうな勢いで何度も脳内を反復するのだ。
他人の短所は自分にも当てはまっているかもしれない………そのことは、如何にすれば自覚できるのだろうか。
それを相談する為に、最も信頼できる山陽に燕は電話をかけたのだ。
「そういうことなら、この『ブーイングメラン』を使うといい。」
「出た! 山陽の謎道具!」
前回の『どうでもい石』に引き続き、聞き慣れない名前の魔導具が登場した。
ブーイングメランとは他人に投げて使用するもので、当たっても相手にぶつかって怪我をさせることはなくその者の周囲を旋回し続ける。
そしてその者の誤った言動を投げた者が自分にも当てはまるにも関わらず非難や批判をした場合、投げた者に勢いよくぶつかる。
プラスチック製なので大した痛みは与えないが、自分の短所を棚に上げる者を懲らしめるには充分ーーー山陽はその道具について、そう燕に説明をした。
「これをお前の元に送っておく。役に立てると良いのだが。」
「ありがと!」
一晩のうちにブーイングメランは、燕の枕元へと届いた。
二日後の放課後、燕は碧とちょっとした喧嘩をしていた。
碧の腰の周囲には既に、例のブーイングメランが旋回している。
最初こそ困惑されたものの、ぶつかって怪我をすることはないと説明し何とか納得させたのだ。
喧嘩の内容はずばり、昨日碧が再び燕と遊ぶ約束をドタキャンしたこと。
「なんでドタキャンしたのさ! ボクすっごく楽しいと思って誘ったのに!!」
「碧も遊びたい気持ちは山々だったけど、その、先生が宿題をたくさん出すから………」
まーたそうやって人のせいにして!! と燕が碧を責めた、その時。
碧の腰の周囲のブーイングメランが、唐突に軌道を飛び出し燕の腹に勢いよく激突した。
ドッ。あぐうっ!!
大丈夫かという碧の尋ねに答えながら、燕は今の発言の何が自分にも当てはまったのか考える。
その時、あることを思い出した。
「あれ、そういえばボクって前に宿題を出し遅れて怒られた時………本当はいない弟の遊び相手をしてたからって言い訳をしたよな。」
追い詰められると思わず責任転嫁をしてしまうのは、碧も燕も同じであった。
それからというもの燕は他人の短所が気になる度に、必ずこう考えるようになった。
「これ、ボクにも当てはまってないかな?」
【第八話】迷惑!魔物ナゲルサル
魔術科学園渋谷校の、校舎裏に停められたボロボロのキャンピングカーの車内。
そこでは非公式の部活「問題解決部」の活動拠点となっており、一人の部長と三人の部員が暇を持て余しながら依頼者を待っていた。
この部活は非公式であるが故に学園内での知名度が低く、知っている者もその得体の知れなさから中々頼ろうとはしない為に仕事が全くと言っていいほどない。
幸いにも部長の方針で依頼人を待つ間の過ごし方はとにかく自由なので、部員達は漫画を読んだりゲームをしたり課題を進めたり読書をしたりと各々のやり方で暇を潰していた。
「依頼者まだー? できれば魔物に追われて困ってる系の依頼ぷりーず。魔物ボコんのまぢ楽しいから。」
と部員の一人の初雁狛がベッドに寝そべってネイルを塗りながらそう言うと、それに対して部員の一人の獅子賀煌輝が同意しつつも冷静に嗜める。
「気持ちは分かるが発言には気をつけろ。それでは他人の不幸を喜んでいるように見える。」
「僕はどのような依頼でも構いません。ああ、尻尾を失うような依頼でなければ………ですが。」
ベッドに腰掛けてゲームをしながら、部員の一人の雲雀椿樹がそう述べた。
彼は前回の依頼で尻尾を魔物に切られてしばらく失っており、尻尾を取り戻せた今でも尚その出来事がショックで仕方ないのだ。
「まあいいじゃない。何でも屋を兼ねているだけのお茶会のようなものだと思えば、こうして四人で過ごしているだけで立派に部活動をしていることになるわ。」
部長にして狛の双子の姉である隼が、恋愛小説を読みながらそう口にした時。
車体側面のドア付近に設置されたベルが、チリンチリンと何者かに鳴らされた。
依頼者だ。
「もしもーし。活動中でありますか?」
「今行きます!!!」
真っ先に稲妻のように反応したのは、先ほどまでゲームに熱中していた椿樹。
ゲーム機を閉じるとベッドから立ち上がり、迅速にキャンピングカーを飛び出して外にいる依頼者の元に駆け付けた。
その早さには依頼者である男子生徒も、少し驚いていたようであった。
「もう来たでありますか………人の気配はありませんでしたが、活動をしていたでありますね。」
その生徒はホワイトタイガーのような耳と尻尾を持つが、それ以上に特徴的なのが左右それぞれのこめかみから瞳にかけて入った黒く鋭いラインで、さながら歌舞伎役者のような出で立ちをしていた。
隼は彼が高等部一年生の教室で見かけた同級生であることに気付いたが、名前を思い出せなかった。
「あなたは………ごめんなさい、肝心の名前が出てこないわ。」
「常盤來と申すであります。よろしくお願いしますであります。」
ーーーであります。
アニメキャラのような特徴的な語尾だが、キャラ付けの為なのか素なのかは分からない。
いや、今はそんなことはどうでも良い。
大切なのは來の依頼を完璧に解決し、彼の顔に笑いを灯すことだ。
「そんで? 來。あんたは何用で此処来た感じ?」
「実は………最近困っていることがあるであります。」
「困っている内容………どのようなものですか?」
「それは………。」
椿樹に尋ねられ、來はゆっくりと話し始めた。
「………僕の通学路に最近、魔物ナゲルサルが現れたであります。」
ナゲルサルとは、あらゆる物を投げつける習性のある猿の魔物だ。
元々は高い場所に生っている果実を落とす為に投擲を覚えた種族なのだが、最近では人間への嫌がらせの為に石や泥を投げつけて楽しむ悪い個体が増えてきており、それが社会問題にもなりつつあるのだ。
「この前は僕が両手で持つほど大きな石を投げてきて、危険性がエスカレートしているであります。どうか助けて欲しいであります。」
確かにナゲルサルは、自分達の脅威にもなりかねかい。
単純に集団で物を投げつけられては常識的に危険極まりないし、怪我だってさせられることだろう。
授業中に教室の窓を投石で割られたら危険だし、学園の壁に泥を投げられて汚されてはたまったものではない。
隼達が寝泊まりする渋谷校の寮室は三階以上にあるものの、そこまで届く投げ物をしてくる個体が現れないとも限らない。
部室であるこのこのキャンピングカーに投石で穴でも開けられたら、とても耐えられないし落ち着かない。
そもそも目の前の困っている來が実際に被害を受けているのだから、それを見捨てては問題解決部のポリシーとプライドに反する。
故に全員がナゲルサル退治を來と約束するまで、そう時間はかからなかった。
「ありがとうございますであります!!」
その後來は学園を後にし、いつものように帰路を歩いていた。
後ろでは隼達四人が、そっと跡をつけている。
坂を下り、交差点を曲がり、高速道路を潜る。
美容院、焼肉屋、そば屋の前を通過。
そして來が公園に入り、道をショートカットしようとしたその時。
「常盤、駄目!!!」
「えっ!?」
隼がそう叫ぶのと同時に、何者かの黒い影によって木々の枝や葉が揺らされた。
「ウキーーーッ!!!」
「ウッキウッキーーーッ!!!」
甲高い猿のような鳴き声が響く。
そしてその鳴き声の主である黒い影は木から大きく跳躍すると、來と隼達の元にドシッと音を立てて飛び降りた。
一匹や二匹ではない。
何匹ものそれがぞろぞろと、その場に群れるように集まってくる。
ナゲルサルだ。
赤い毛に黄色い目、長い手足。
口元が前に突き出ており、耳の大きい猿らしい顔つき。
様々な色の戦闘服を纏い、それが並んだ様はかなりカラフルだ。
どの個体も片手に手ごろな石を持っており、攻撃態勢は万全なようだ。
「アイツらか!!!」
「はい、そうであります。いつも僕の登下校の安全を脅かす、憎たらしい奴らであります!!!」
リーダーらしい最も大きく青いトサカを生やした個体がギャアアアと高らかに奇声を上げると、それを合図に部下のナゲルサルが一切に石と泥玉を投げ始めた。
「うわっ!!」
「任せて!!」
投げられた石の群の前に、隼と椿樹が自ら飛び出す。
そして隼が抜刀し、舞うように剣を振るいながら無数の石を粉へと変えていった。
刀で捌き切れない部分は二人が自身の太長い尻尾を妖魔法術で硬化させ、踊るようにくねりながら操り石を跳ね返していった。
全く攻撃が入らないことで、やがて飽きて疲れたのかナゲルサルは何処かへと去っていった。
二人の尻尾は傷つき、汚れたが何とか仲間を守り切れた。
その後五人は公園のベンチに座り、どうすればナゲルサルを追い払えるか話し合っていた。
まだ完全に勝ったわけではない。
先ほどのではきっと懲りておらず、再び襲ってくるはずだ。
「ナゲルサルが嫌う匂いの木の実でもあると良いのだが。」
「えーそれ絶対ウチらにとっても臭くね? んなもん絶対触りたくもないし、公共の場に置くとか迷惑行為っしょ。」
「狛お嬢様の仰る通りですね。僕達に一切害がなく、ナゲルサルにのみ有効なものとは何でしょうか。」
「うーん、隼さんはどう思うでありますか。………って、隼さん?」
來が隣にいるはずの隼に話しかけた時、彼女はそこにいなかった。
五人で座って話していたはずなのに、いつの間にかその場を抜けていたのだ。
見れば隼はベンチから少し離れた、水飲み場の近くに移動していた。
遠くで石をショベルカーのようにかき集め、ひたすら一箇所に置いている。
「隼ーー!! 何してんのーー!? 石遊びでもしたくなっちゃったーー!?」
「気持ちは分からなくもないが、今はそんなことをしている場合ではない。」
何故煌輝は隼の石遊びをしたい気持ちが分からなくもないのだろうか。
それに対する隼の応答は、驚きを与えるものであった。
「こうやって投げてくださいと言わんばかりに石を置けば、ナゲルサルは石を投げやすくなるでしょう。」
一体何を言っているというのか。
ナゲルサルに物を投げるのをやめさせる為の作戦なのに、あろうことかそれを逆に手伝ってしまうとはどういうことだ。
当然ながら他の四人の頭の上には、ハテナマークが浮かんでいた。
「なんで? 投げさせない為に動いてるんでしょウチら。」
「隼お嬢様のお考えであろうと、僕には理解しかねます!!」
「だから、それを逆手に取ってかくかくしかじかでこうこうこうして………。」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
翌日の同じ場所にて。
隼達は積まれて並べられた石の上で、ナゲルサルの登場を待っていた。
作戦は既に話されており隼の行動に疑問を抱く者はいないが、それでも來は不安であった。
「普段は昨日ナゲルサルに物を投げられた道は避け、何度もルートを変えるであります。それも無駄ではありますが………それでも、襲われたばかりの場所に来るのは不安であります。」
「大丈夫よ、來。私の作戦さえ成功すれば、その問題では二度と悩まないから。」
やがて程なくして、思惑通りにナゲルサルが再び集まってきた。
投げてくれと言わんばかりの大量の石に興奮し、ナゲルサルの群れは普段隼達に石の雨を浴びせる。
「うっ、やはり来たでありますか!!」
「来ると分かってても怖いよー!!」
無数の礫を直視できず、來と狛が思わず目を覆ったその時だ。
五人の目の前とナゲルサルの群れの背後に、一対の金色のリングが出現した。
投げられた石の群は隼達の前のリングを潜り、彼らにぶつかる寸前で消えた。
「!?」
そして消えたと思わせておいて、ナゲルサル達の背後のリングから唐突に出現した。
「!!」
それはナゲルサルに見事に命中し、彼らに強烈な痛みと辛さを与えた。
「ウギッ!! ウギウギッ!! ウギャーーッ!!」
投げたはずの石がどうしてか、自分の元へと降り注ぐ。
確実に前に飛んでいった石が、何故か後ろから飛んでくる。
投げれば投げるほど、自分に当たる石の数が明らかに増える。
その事態の理解に苦しみながら、ナゲルサル達は痛みで喚いてのたうち回った。
二つのリングを使い、離れた空間を繋ぐーーー隼の自慢の固有魔術が大いに活躍したのだ。
石の吹雪を浴びせられ続ける状況に、とうとう怒り狂ったボスのナゲルサル。
彼はこの事態の原因が隼だと看破し、彼女に威嚇の中指を立てた。
「ギイイイイィィィィ!!!!!!!!」
ナゲルサルの特徴として、中指が長くて黄色くかなり目立つ。
それは主に威嚇の際に使われ、中指をまっすぐピンと立てることで威嚇し激昂を表現するのだ。
それは人間が相手を侮辱・軽蔑の際に使うフ●ックサインと非常に似通っていた。
キリキリと歯軋りをしながら奇声を上げ、隼に中指を立てるナゲルサル。
しかしその絵面は椿樹からすれば、尊くて敬すべき先輩にして主人である隼が他人に中指を立てられているという屈辱的な代物に他ならなかった。
力強く地面を踏みながら、ドスドスとボスに歩み出る椿樹。
「今貴方が中指を立てたのが、どれほど美しくて強く誇り高きお方なのか存じておられますでしょうか………?」
キッと鋭く睨む椿樹に、睨まれた上存じるはずもないことを尋ねられ困惑するナゲルサル。
「水流の妖魔法術・威力V!!! 『豪雨の暴君』!!!」
椿樹が呼んだ雨雲が、物凄い勢いの豪雨を降らす。
ナゲルサル達は全身がびしょ濡れになり、堪らず何処かへと去っていった。
物を投げつけられる痛みと怖さを因果応報で思い知った彼らは、來や他の誰かにも二度と物を投げることはないだろう………。




