【第一話】緊張! はじめてのデート大作戦
登場人物・用語解説
◯魔術使い
ヒトと共に暮らし、ヒトより高い身体能力と特別な術『妖魔法術』を有する希少で特別な生き物。
容姿はほぼヒトと変わりないが、中には獣の耳や尾を持つ個体も。
◯魔術科学園
魔術使いが強力かつ安全な魔術の使い方を学ぶ為に入学する公立の学園。
日本には札幌校、渋谷校、名古屋校、大阪校、高松校、福岡校の計六つがある。
中高大一貫校で、学年は九つ。
◯夏伊勢也
先端が赤く染まった白い短髪に金の瞳、チーターのような獣の耳と尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の中等部二年生の男子。
暴れん坊だが明るく天真爛漫な性格で、嫌いなことから逃げるのが得意。
◯鳴神新
紺色と薄水色の長髪に紫の瞳、ユニコーンのような耳と尻尾、角を持つ魔術科学園名古屋校の高等部二年生の男子。
美しい容姿を活かしてモデルとしての活動をしており、穏やかな物腰とは裏腹に非常に自分に対してストイックである。
◯鴨橋立
前髪のみがオレンジ色に染まった白い髪、青い瞳、カモノハシの尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の高等部二年生の男子。
おちゃらけた性格で、どんな時も騒がしく賑やか。
◯得田家路
センター分けにした黄色い髪に紺色の瞳、虎の耳と尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の高等部二年生の男子。
常に論理的かどうかを重視し、非科学的なことに弱い。
◯東海望
紺のメッシュが入った白い髪にオレンジの瞳、羊の角を持つ魔術科学園名古屋校の高等部三年生の男子。
元生徒会長で、自分のことがとにかく大好きなナルシスト。
◯鮫島光
灰色の髪に緑のメッシュと瞳、サメの尻尾を持つ魔術科学園名古屋校の大等部一年生の男子。
口が悪いので誤解されやすいが、本当は面倒見が良くて優しい。
◯初雁隼
先端が水色に染まった銀の長髪に右が青で左が金の瞳、ユキヒョウのような耳と尻尾を持つ魔術科学園渋谷校の高等部一年生の女子。
北海道にある剣術の名家初雁家に双子の妹の狛と共に生まれており、剣術の達人。
真面目な性格だが、時に年頃の女子らしい一面も。
◯初雁狛
先端が赤に染まったツインテールの黒髪に右が金で左が青の瞳、クロヒョウのような耳と尻尾を持つ魔術科学園渋谷校の高等部一年生の女子。
隼とは双子の姉妹だが、姉とは違って剣術よりもおしゃれやランチが好き。
◯獅子賀煌輝
センター分けにした銅色の髪にライオンのような耳と尻尾、赤い瞳を持つ魔術科学園渋谷校の高等部一年生の男子。
誰に対しても用心深い性格で簡単に信用しようとせず、仲良くなることは難しい。
◯雲雀椿樹
コーラル色のインナーカラーが入った茶色のふわふわとした髪に柴犬のような耳と尻尾、緑色の瞳を持つ魔術科学園渋谷校の中等部二年生の男子。
初雁家に代々仕えている雲雀家の出身で、隼と狛は幼少期から従者として奉仕してきた幼馴染。
右目が長い前髪で半分ほど隠れているが、非常に怖がりで臆病な主人や勢也などの信頼している人物以外にはそれを頑なに見せたがらない
上郷山陽
青のメッシュの入った灰色と黒の髪に緑の瞳、褐色の肌、龍の尻尾を持つ魔術科学園大阪校の高等部三年生の男子。
必要最低限なことしか話さず、助詞をよく省略しているので言いたいことが伝わらないことも。
桜燕
漆色と白の髪にピンクの瞳、燕の尻尾を持つ魔術科学園福岡校の高等部二年生の女子。
ボーイッシュな容姿だが、男に間違われることは少ない。
中学生二年生の雲雀椿樹と高校一年生の初雁隼は、非常に仲の良い主従だ。
二人は片や剣術の名家である初雁家の、片や先祖代々初雁家家に仕えている雲雀家の末裔であるが故に生まれた瞬間から主従関係が運命付けられていた幼馴染で、数年間に渡る長い時間を一房の桜桃の果実のように共に過ごしており、故郷である初雁家のある北海道を離れ魔術科学園渋谷校に入学しても尚その繋がりは変わらなかった。
時には喧嘩をすることもあるが、それでも最終的には仲直りをし、喧嘩をする前と同じぐらいかそれ以上に仲良しになっているのだ。
隼が自分に付き従う甘えん坊な椿樹を可愛いと思うのに対し、椿樹は女子なのに男子の自分よりずっと強く美しい隼を慕っていた。
そんな椿樹は初夏のある日の放課後、高層ビルのような渋谷校の校舎をいつにもなくご機嫌な様子で飛び出した。
身に纏っているのは渋谷校の象徴たる茶色の制服ではなく、ワイシャツにサスペンダーのついたハーフパンツという彼の私服だ。
見るからに高級な銀色の腕時計にさりげなくも上質なペンダントをしており、その姿は一段と気合いが入って見える。
自身の象徴たる柴犬のそれに似た尻尾を元気よく左右に振っており、相当にテンションが高まっているのが窺える。
それもそのはず、今日は大事で大切な隼との初めてのデートの日だ。
共に過ごした時は長けれど、二人きりで何処かに出かけたことはただの一度だってないが故に今回のデートは初めての経験で、尋常でないほどの緊張を強いられる。
今回は従者としてではなく、一人の対等な男として彼女と接しなければならない。
幾ら可愛く見える見た目でも、自分だって男だ。
今こそ格好良く魅せなければならない時。
デートの約束を了承してくれた隼の気持ちに報いる為にも、このチャンスを決して無駄にしてはいけない。
そう思いながら、椿樹は校門に向かって足を進めた。
しばらく歩いて校門に着くと、そこには隼が待っていた。
隼は椿樹に気付いて振り返り、声を掛ける。
「あら、時間通りね。」
彼女はさりげないフリルとレースのついた涼しげなワンピースを身に纏っており、その姿は非常に麗しかった。
身を包む衣にはシミやシワの一つついておらず水のように清らかで、自分のそれを遥かに上回る圧倒的な力の入れようを感じさせられた。
その美しさに一瞬声が出なくなったが、椿樹はすぐに我を戻すと隼の声掛けに言葉を返す。
「隼お嬢様との大切なデートの日です。遅刻などできるものではございません。」
「ふふっ、確かにそうね。それじゃあ、行きましょうか。」
隼は優しく微笑むと、目的地に顔を向けて歩み始めた。
椿樹は前を歩く隼の、ゆらゆらと揺れるユキヒョウのような尻尾を追いかける。
こうして二人は、学園を後にし目的地へと向かって歩き始めた。
歩いている途中、椿樹は目の前で揺らぐ銀色の尻尾をじっと見ていた。
マフラーのようにも見えるそれは非常に触り心地がよく、こちらを誘い惑わしてくる。
いけないとは分かっていても、魔が差して我慢のできなくなった椿樹は踏まないように気をつけつつ尻尾にそっと近づき、勢いよく両手で掴もうとする。
「!」
その瞬間、掴もうとした尻尾が一瞬のうちに左に逸れ、椿樹の両手を交わした。
「ふぇっ!?」
「また私の尻尾に悪戯しようとして。見えなくてもすぐに分かるわ、諦めなさい?」
感覚に優れた隼は視界に頼らずとも、己に近づく者の気配にすぐに気付くことができる。
鋭い察知能力が他者の気配にまるで方位磁針のように反応し、思考よりも先に回避できるのだ。
隼はそれを活かして椿樹の目論見を見透かし、自分が一枚上手と分からせたのだ。
とは言え単なる戯れであったので本気で怒ったわけではなく、ただの馴れ合いの一環であった。
分からされた椿樹は返す言葉もぐうの音も出ず、すぐに大人しくなった。
そうやって戯れているうちに、いつしか目的地は二人の目と鼻の先になっていた。
目的地とは、学園と同じ渋谷区内に居を構える巨大なショッピングセンターであった。
そこにはファッション、グルメ&フーズ、インテリア・生活雑貨、サービス・カルチャーなど様々なジャンルの店舗が揃っている。
店舗のみならず映画館やアミューズメント施設、イベントスペース、レストラン街など様々な施設が揃っており、あまり予算のかかることは難しい初めてのデートの舞台にはあまりにもお誂え向きすぎる場所である。
椿樹が食材を購入する為に数度訪れたことはあったが、従者の仕事である買い出しには隼は基本的に同行せず、故に彼女にとって此処は生涯で初めて足を踏み入れる地帯だ。
見知らぬ場所へ二の足を踏む隼に、椿樹は手を繋いでこう言った。
「さあ、参りましょう!」
ショッピングセンターの中はそれはサッカーコートのように広く、芝生の敷かれた広場を中心に四方八方にエリアが伸びており、それら全てが上品な開放感のある白と金に塗られている。
見上げるほどに高い天井の窓には採光が填め込まれており、そこから降り注ぐ優しい陽だまりが優しく人々を包み込む。
視界の上下左右にはファッション・グルメ・インテリアの店の数々が立ち並び、互いに競り合うように己の存在を誇示している。
その姿は見ているだけでうっとりするほどに美しく、何も買わずとも訪れるだけでそこにある価値を感じられる。
隼と椿樹は店内に設置されたフロアガイドの前に立ち、各々の行きたい場所について話し合った。
「最初に訪れる場所ですが………僕の意見を一つ、聞いて頂いてもよろしいでしょうか。」
「どうぞ?」
「僕は実は、此処に興味がありまして………。」
椿樹が指した場所を、隼はじっと見つめた。
そこは彼女にとって馴染みの薄く、未知で不可解な場所であった。
隼は怪訝な反応を示したが、結局椿樹の意思を尊重し、そこに共に行くことに決めた。
「いいわ、そこに赴きましょう。」
「ありがとうございます!」
両者はフロアガイドの元を離れ、椿樹の指した場所へと向かっていった。
そんな二人をこっそり追い、物陰から様子をそっと眺めている何者かにも気付かずに………。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あいつらの初デートとか不安要素しかねー………。」
「全くだな。端から怪しすぎる場所に向かっているし、様子を見に来て正解だった。」
物陰から隼と椿樹を見ていたのは、彼らと同じ男子と女子の二人組だ。
彼らはどうやら隼らを偵察しているようで、二人の様子に困惑しながら互いに言葉を交わしている。
男子の方の名は獅子賀光輝、女子の方の名は初雁狛。
片や隼の双子の妹で、片や隼と狛と同じ高等部一年生だ。
彼らは隼らと同じ魔術科学園渋谷校に通っており、学園ではよく絡んでいる仲の良い四人組として定着していた。
狛は善性の人物だが、時として過剰に世話を焼くことがある。
学生らしい遊びをあまりしたことのない隼と椿樹の初デートというのは彼女にとって不穏の種で、それは光輝も同じ考えであった。
故に二人はデートという体で隼らを追って同じショッピングセンターに忍び込み、彼らの様子を監視した上で何かあれば助太刀しようと考えたのだ。
デートという体なので自分達も少しは楽しみつつ、隼と椿樹が自分の視界から外れないように留意する。
もし不注意で見つかってしまったのなら、「偶然」同じ場所でデートをしていたの一点張りでやり過ごす。
隼らに邪な目的で近づく者がいれば、彼らの前に現れて徹底的に懲らしめる。
要するに狛達のしていることは、デートと銘打った極秘任務だ。
必ずしも隼と椿樹のデートを無事に終わらせる………二人はそう、強く決心していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方、隼らは………
「楽しいですね! 隼お嬢様!!」
「ええ、確かに楽しい! ………けれど、これって何だか恥ずかしいわ!!」
隼らは店内に設置されたトランポリンで、共に飛び跳ねて遊んでいた。
年齢制限は決してないのだが、マットや壁が赤に青に黄色とやたら虹のようにカラフルな色合いをしており、トランポリン自体のイメージも相まって見てくれは完全に子供向けの施設だ。
全力で楽しんでいた椿樹に対し、隼も少なからず楽しみながらも少し恥じらいを覚えていた。
「何故恥ずかしいのですか? ワンピースが捲れそうだから、それともトランポリンに幼稚な印象があるからでしょうか。」
「両方よ!」
「それなら『幼稚な印象』の方は問題ございません。トランポリンは全身の筋肉をバランスよく使うので身体全体のシェイプアップ効果が科学的に立証されており、大人でもトレーニングに取り入れている方が多いのです。」
「それはそうかもしれないけど………そういう問題じゃなくて!!!」
「ちなみに僕はトランポリンで跳びながら宙返りができます。ご覧に入れましょうか?」
「危ないからやめなさい!!!」
隼は今の自分の姿を誰にも見られていないことを祈った。
しかし残念ながら、その姿は物陰に隠れた双子の妹と同級生の目に完全に映ってしまっていた。
狛はトランポリンをしている姉の様子がおかしくて、思わず隠し撮りまでしていた。
「うぅ………あれは金輪際二度とやらないわ!」
トランポリンを出て歩きながら、隼はぶつぶつと文句を言っていた。
床を蹴る音が先ほどより強まっており、苛立ちと憤怒が感じられる。
隼のその様子を見て、椿樹は激しく落ち込んだ。
自身の判断の誤りのせいで、大切なお嬢様を怒らせてしまった。
デートとは互いが楽しくあるべき物なのに、自分が隼を楽しくない気持ちにさせてしまった。
椿樹は罪悪感に駆られ、俯いてとぼとぼと隼の傍らを歩く。
「僕の案はお気に召さなかったようですね。申し訳ございません………。」
「か、勘違いしないで。別にあなたを責めているわけじゃないから。」
「さ、左様ですか?」
隼の言葉を聞いて、少しだけ安堵ができた椿樹。
そんな椿樹を眺めながら、隼は引き続き言葉を続けた。
「それにしても、トランポリンで運動しすぎたからかしら? お腹が空いたわ。」
「!!」
挽回のチャンスは、思っていたよりも早く訪れた。
「でしたら、僕に案があります!」
「!?」
隼に大見得を切り、堂々と自分の考えを言う椿樹。
今度こそ隼お嬢様の期待に沿ってみせる。
挽回のチャンスを逃さまいと、その瞳は強い意志で輝いていた。
「入口からトランポリンに向かうまでの間に、パフェが食べられるパーラーがありました。そこで食事を摂るのは如何でしょうか。」
「パ、フェ………?」
またしても怪訝な反応だ。
ああ、やはり駄目だっただろうか。
美しい肉体を目指している隼に、カロリーの高いパフェを食べることを提案したのは間違いであった。
また失望されてしまう。
またデートを楽しくなくしてしまう。
「あの………駄目でしょうか? 隼お嬢様はスタイルの良さに憧れておられますから、やはり高カロリーなパフェなどは………」
「いいわ。」
「えっ!?」
その答えは椿樹の想像とは北極と南極ほどに真逆であった。
一度判断を誤って不快にさせてしまったのに、またも僕の意思を尊重してくださるとは。
しかも普段は避けているはずのスイーツを、あろうことか一緒に食べようとまで言っているにも関わらず。
「確かにあなたの言う通り、普段は高カロリーなスイーツの類は食べないわ。でも今日は特別な日、あなたとのデートの日だから。ちょっとぐらい………贅沢しても良いでしょう?」
「左様で………ございますか?」
「ええ。それに私は別にスイーツを嫌ったりしていないわ。何なら食べること自体は他の皆んなと同じぐらい好きだし、無理に悪しきものと決めつけて禁忌するんじゃなくて、適度に上手に付き合っていくことがストレスを溜めない方法だと思っている。」
「流石は隼お嬢様………お考えになることも素晴らしくあられますね!」
隼は寛大なる心で、椿樹の提案を暖かく受け入れた。
受け入れたというより、最初から反対していなかったのだ。
椿樹は隼の言葉に感激したのと同時に、自分が少し恥ずかしくなった。
あれだけ慕っていたはずの隼を、自分の提案で顔を顰めるような狭量な人物だと思ってしまっていたのだ。
「ほら、行くわよ。」
隼は椿樹と手を繋ぎ、パフェのパーラーの方を向いた。
狛と光輝もそっと後に続き、四人はパーラーを目指して歩き始めた。
はむっ。
もぐ、もぐ、もぐ………
「………!!」
二人のパフェがそれぞれ運ばれてくると、椿樹は早速自分の注文したチェリーパフェをスプーンで掬って口に入れる。
味わっている時のその顔には満面の笑みを浮かべており、相当にこのパフェが気に入っているようだ。
「美味しい?」
「はい! 土台となるアイスはひんやりとしているのですが、そこにフルーツの瑞々しさが加わることで何とも爽やかな味わいに………。」
「そう、それは良かったわ。」
椿樹の好きな桜桃がふんだんに使われているのもあって、そのパフェは彼にとって一層に美味しく愛おしく感じられた。
自分の広げた手ほどの高さのあるパフェを椿樹は次から次へと口に運し、あっという間に半分ほどたいらげた。
隼は美味しそうにパフェを頬張る椿樹を、微笑ましげに眺めていた。
一方で隼自身は自分の注文したパフェには、全くと言っていいほど口をつけていない。
先ほどはああ言ったものの、カロリーの高いものを口に入れることはやはり彼女にとって怖いのだ。
幼少期から実家で徹底的な栄養管理を施されてきたのだから、無理もないというものだろう。
目の前の鮮やかなアップルパフェに見惚れながらも、どうしてもそれを口にすることへの躊躇いを捨てられなかったのであった。
「食べたくないわけではないわ。ただ、その………」
隼は口でそう誤魔化すも、椿樹の瞳はそれを見透かしていた。
幼馴染であるが故に、互いの好きや嫌いは自然と分かるものなのだ。
「分かりました。では、お口を開けて頂けますか?」
「えっ? ええ。」
椿樹は隼に、閉ざしていた口を開けるように言った。
そして隼が言われた通りに口を開いた瞬間………
「!!」
「!?」
瞬時にスプーンでパフェを掬い、隼の口に入れたのだ。
はむっ。
もぐ、もぐ、もぐ………
自身の好物である林檎の酸味が、口いっぱいに広がる。
隼は唐突な出来事に驚きながらも、その味わいに感化され感嘆の言葉を口にした。
「………美味しい!」
「林檎は酸っぱくて、でも甘くて、その硬さが柔らかいアイスとのはっきりしたメリハリになっていて………うん、気に入ったわ!」
「左様ですか!」
パフェを食べる隼のその表示は、先ほどの椿樹と同じ満面の笑みであった。
椿樹は躊躇していた隼の背中を押し、二の足を踏む勇気を与えたのだ。
その美味しさを知った隼は椿樹よりも早くパフェを食べ、そしてあっという間に完食してしまった。
「へぇ〜、あいつやるじゃん。」
「中々に見事だな。」
向かいの席からこっそり様子を見ていた狛と光輝も、椿樹の行動に感心していた。
「あの体型管理の鬼がスイーツを食べるとか滅多にあることじゃないよね。」
「全くだな。椿樹のおかげで珍しいものが見られた。」
「さっきのトランポリンでやや不穏になったけど、今のところ二人のデートは順調って感じでいいのかな?」
「ああ。今後も椿樹が余計な言動を一切しなければ………だがな。」
隼らの様子を優しく見守りながら、二人は自分達の注文したパフェに口をつけ始めた。
隼と椿樹はパーラーを後にし、次に何処に行きたいかについてフロアガイドの前で話し合った。
「何処に行きたいですか? 先ほどは二回も僕の要望を聞いて頂きましたから、次は隼お嬢様がなされたいことを仰る番です。」
「そうなの? ありがとう。じゃあ………。」
隼は指を顎に当て、しばらく考える素振りを見せた。
「ん〜………。」
そして一つ思いついたと呟くと、マップ上にある行きたいと望む場所を素早く指した。
「………ここに行きたい!」
「左様ですか?」
そこは、とあるファッションストアであった。
様々な服や帽子、サングラス、マフラー、アクセサリーなどを取り扱っている人気の海外ブランドの店で、このショッピングセンター全体の中でも上位に君臨する人気を見せる場所だ。
若者向けのカジュアルなファッションから少し懐かしいオールドファッションまで様々な分野に対応しており、幅広い層からの指示を得ている。
以前は服など着られればそれでいいと考えていた隼であったが、最近は同年代の女子がするおしゃれや着こなしに興味があり、そんな隼にとってこの店は非常に興味深い場所であった。
加えて隼はその店で、ある「やりたいこと」が一つあったのだ。
椿樹は自身も隼の好む服装に興味があったこともあり、二つ返事でその要望を了承した。
二人がファッションストアに向かうと、狛と光輝も大急ぎでパフェを食べ終えてそれを追いかけた。
「………似合っていますか?」
「ええ、似合っているわ!」
ファッションストアで椿樹は、隼にマネキンのように色々な衣服を着せられていた。
最初は濃色パンツを使った夏のメンズコーデ。
すっきりとしたシルエットのパンツが全体を品よく引き締め、大人っぽく清潔感のある印象を与える服装だ。
次はアロハシャツと麦わら帽子。
派手ながらも統一感のあり、ごちゃごちゃした悪目立ちのない衣装だ。
しかし帽子の上にはハート型のサングラスが乗っており、この辺りから様子がおかしくなっている気がする。
続いては黒シャツとハーフパンツの組み合わせ。
黒シャツに紺のパンツという色合い自体はシックで美しいのだが………問題は、黒シャツの背中に白い筆文字で大きく「極道」と書かれていることだ。
これでは反社会的勢力の人間に見えてしまう。
最終的に隼は椿樹に、豹柄の入ったピンク色のシャツにブカブカのジーンズという平成のヤンキーのような格好をさせられてしまった。
「隼お嬢様………もしかしてですが、僕で遊んでおられますか?」
陰から見ていた狛と光輝も、その様子に笑いを堪えられなかった。
笑い声で隼に気付かれかけ、慌ててその場にあった売り物の帽子とサングラスで即席の変装をして誤魔化した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その後も隼と椿樹は、ショッピングセンターでのデートを楽しんだ。
ボルダリングで登る速さを競い、ゲームセンターでゲーム対決をし、クレーンゲームでプライズ獲得に挑む。
プリクラでツーショットを撮ってもらい、売り物のクッションで共に横たわり、一緒に恋愛映画を眺める。
靴屋で様々な靴を試着し、アイスクリームを買って共に食べ、屋外のスプリンクラーで水浴びをする。
そうやって楽しく過ごしているうちに、いつしか外は夜になっていた。
寮の門限もあるし、そもそも学園に戻らなければならない。
二人は最後に、ショッピングセンターの傍らに設置された大きな観覧車に乗ることにした。
三階分のショッピングセンターの二倍の高さはある、それはそれは大きく立派な観覧車だ。
その頂上からは東京を丸々一望でき、夜間の景色は絶景だと言う。
スタッフが隼らを案内して扉を開け、両者をゴンドラに乗せる。
乗り込むとゴットンと音がして揺れ、少しだけ怖い。
ガラガラと扉がスタッフによって閉められた瞬間、二人だけの空間が始まった。
誰にも邪魔できない、隼と椿樹のみの空間だ。
異性と狭い空間に閉じ込められる状況は誰にとっても形容し難い緊張感のあるものであり、椿樹のような初心な人物にはそれが尚更強く感じられた。
こっそり追っていた狛と光輝もすぐ後ろのゴンドラに乗り、二人の様子をじっと見守る。
最後に従者としてではなく一人の男としてのかっこいい姿を見せ、デートを美しく締めくくらなければ。
観覧車は隼らを乗せてゆっくりと上昇し、二人を上空へと運ぶ。
段々と遠ざかっていく地上に、椿樹は少なからず恐怖を覚えていた。
「怖いの?」
椿樹の心を見透かした隼は、軽く揶揄うように言った。
「べ、別に怖くなどありません!! この程度の高さを怖がっていて、隼お嬢様の護衛など果たせるものですか!!!」
「ふうん、勇敢なのね? 椿樹って。」
格好つけて強がっても、本音を言えば実際は怖い。
隼に返す言葉も見当たらず、その空間にはしばらく静寂が続いた。
「………デート、楽しかったわね。」
閑静を裂くように、隼が口を開いて言葉を発した。
「ええ。僕はあのパフェが一番気に入りました。」
「美味しかったの? そう、それは良かった。」
言葉を交わしながら、隼は優しく椿樹を撫でる。
その時の隼の表情は、慈しみと愛情に満ちていた。
「私はほんの少し前までは男子が苦手だった。女子に生まれたせいで苦労してきたから、周りにいる男の子達を偏見で悪い子と決めつけてしまっていた。それが今ではこうしてあなたとデートを楽しんでいるのだから、人生って全く分からないものね。」
「………」
「男子への抵抗感を克したのは、きっとあなたのおかげよ。ありがとう」
「!?」
急に感謝され、きまりの悪くなった椿樹は身体を丸めてもじもじしながら恥ずかしそうに隼を見つめる。
「ぼ、僕は何もしておりません。隼お嬢様が男子への苦手意識を克服なさったのは、隼お嬢様自身の努力の成果でありますから………。」
「そう?」
そうやって言葉を紡いでいくうちに、いつしかゴンドラは頂上へと達していた。
その高度はもはや、地上を歩いている人々が小指で乗せられそうなほど小さく見えるレベルだ。
窓の外には無数の建物から発せられる白や金色の光が、夜空の星々のように輝いている。
七色に光る東京スカイツリーは、渋谷から遠くにあるにも関わらず一番一際目立って見えた。
その光景を一言で言い表すのなら、ロマンチックな幻想空間だ。
椿樹はゴンドラが頂上にいるうちに、どうしても隼に伝えたいことがあった。
「隼お嬢様。」
「何? 椿樹。」
すっと深呼吸をして、じっとしばらく目を閉じた後………ゆっくりと口を開いて、言葉を発した。
「僕は、僕は………。」
「?」
「僕は貴女の、貴女の………従者になれて、本当に良かったです。」
「!?」
唐突なる告白に、隼は頬を赤く染める。
それでも椿樹は構わず、隼へと言葉を綴った。
「貴女の元で従者として一緒に過ごせて………僕は幸せでした。僕は何回、何十回、何百回生まれ変わろうとも必ず雲雀家に生まれます。そして、貴女に仕えてみせます。ですから………」
残念なことに、ゴンドラは最後まで言い切るのを待たず下降をし始めてしまった。
しかし静かに、されど熱く想いを語る椿樹の瞳には情熱の炎が宿って見えた。
「ですから、ですから………ああ、頂上にいるうちに言いたかった………。」
「大丈夫よ。」
「!?」
「貴女が言いたかっとことは、私も言いたいと思っていたことだから。私も何百回生まれ変わろうとも初雁家の元に生まれて、あなたの主人になってみせる。あなたのような人が従者で本当に、本当に良かった………。」
椿樹の想いは、隼へとしっかり伝わっていた。
隣のゴンドラから様子を見ていた狛と光輝も、二人の様子に思わずうっとりとしていた。
隼と椿樹は、互いの手を恋人繋ぎにしながら一緒に学園へと歩いていた。
二人は余韻に浸るかのように、歩きながらずっとデートの感想を言い合っていた。
「一日中遊んだから、何だか疲れたわね。」
「ええ、ですが楽しかったです。また機会があれば、こうしてデートをしたいものですね。」
「そうね。また機会があれば………ね。」
隼が含みのある言い回しでそう呟いた、その瞬間。
両者は何者かに唐突に肩を掴まれ、その場に引き留められた。
「よっ! 楽しんできた?」
「どうやら、デートを成功させたようだな。」
聞き馴染みのある声だ。
知っている人物で安心した反面、何故あの二人がここにいるのかという疑問符が浮かぶ。
二人が声のした方を振り返ると、案の定その声の主は………狛と光輝であった。
「狛!? 光輝!?」
「これは驚きました。お二人は、どうして此処に?」
「俺と狛が此処にいる理由か?」
「話すつもりはなかったけど………どうしよっかなー? 話そっかなー?」
狛はにやにやしながら両手を天秤のように動かし、隼と椿樹を焦らして遊ぶ。
しかし隼に話さなければ不審者と見做すと脅され、しぶしぶ話すことにした。
「まあ聞かれちゃったし………ここいらで種明かしすっかな。」
「実は俺達は、お前らがあのショッピングセンターでデートを始めた時からずっと後をつけていた。」
「ええええっっっっ!?!?」
光輝の明かした事実は、隼達にとって衝撃的なものであった。
夜なので声量を控えめにしつつ、驚きの感情を口にする。
「そうそう。アンタらがパフェ食ってる時、ファッションストアでお着替えしてる時も同じ店に潜んで見てたし、観覧車ではアンタらのすぐ後ろのゴンドラに乗ってずっと様子を見守ってたから。」
「えっ、と言うことは………。」
隼と椿樹の脳裏に、不穏な事実が過ぎる。
そんな二人の想像を光輝は、残酷にも現実に変えていく。
「ああ。お前らがトランポリンで遊んでいるのも、椿樹が隼に変な服を着せられていたのも全部見たぞ。」
「そんなあ………。」
デート中に自分のしてしまった一番の醜態を、あろうことか学園で一番親しい二人に見られてしまっていたとは。
隼と椿樹は恥ずかしさのあまり、顔を抑えて嘆きを漏らした。
「あれ、あなた達に見られていたのね………。」
「うん。すっげー面白かったー。」
「もし宜しければですが、記憶を消していただくことなどはできないでしょうか………?」
「悪いが、それは無理な相談だ。」
恥の気持ちを誤魔化すように、隼は本来の疑問を述べた。
「………それで、二人は何の為に私達の後をつけたの?」
「えー? アンタらの初デートに不安要素しか感じられなかったから。」
「ああ。ウブな上にまともに学生らしい遊びを経験していないお前らじゃ、デートは失敗すると思ってな。」
「何かあったら助けてあげようと思って、後をつけてたわけ。」
狛と光輝の回答は、残酷なほどに正直であった。
加えてあまりにも真っ当な意見で反論の余地を見出せず、隼らは黙って俯くしかなかった。
そんな二人を不憫に思ったのか、フォローを入れるかのように狛が言葉を加えた。
「で、でもウチらの予想と違ってデートは大成功してたじゃん! だからアタシらの負け。ね?」
それを聞いた隼は水を浴びた植物のようにみるみる元気を取り戻し、狛らに強気に接し始めた。
「そうよ、あなた達の負けよ! 私達はあなた達の予想に反してデートを成功させた。ねえ杞憂が無駄に終わってどんな気持ち? ねえ!」
「隼お嬢様………。」
先ほどの落ち込み方が嘘のように、表情と言葉で狛らを煽る。
その豹変の様は彼女を敬愛している椿樹ですら、思わず無意識に引くほどであった。
「すげぇ………ちょっと立ち直らせてやろうとフォローしたら滅茶苦茶言うじゃんこいつ。」
「ああ、全くだ。だがまあ………良いじゃないか。デートは成功したのだから、結果オーライというやつだ。」
「そうね。私達のデートが成功したのもあはた達が見守ってくれたお陰とも言える。だから、そのことについては感謝しておくわ。」
「相変わらず隼お嬢様は素直になるのが苦手であられますね。まあ、そういったところも愛おしいのですが。」
その場にいる全員の笑い声が、辺り一面に響き渡った。
そして笑いながら歩いているうちに、見慣れた魔術科学園渋谷校が見えてきた。
現在時刻は二十一時五十七分。
校則で定められた学園の門限には、まだギリギリ達していない。
四人は図書館のように寝静まっている皆を起こさないよう気を付けつつ、各々の寮室へと戻っていった。
今日の出来事は、彼らにとってきっと末長く良い思い出となることだろう………。