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ちょっと! 何するのよ! この人痴漢です!
俺から見て右側の座席の中央辺りから声が聞こえた。女? それにしては汚い声だ。よくいえばハスキーだが、俺には狼の鳴き声にしか聞こえない。その女の顔を捜したよ。綺麗な顔だったけどな、あれは最悪だ。お前の方が全然マシだな。自分が綺麗だってのを鼻に掛けている。そんなタイプの女だ。嫌な臭いが顔中から溢れていた。
な・・・・ 私がか? 冗談じゃない。この袋が触れたんじゃないのか? 私はそんな事しないだろ。
その声には覚えがありまくりだ。その日はその声との出会いから随分と楽しませてくれた。
あいつだよ。あいつはその女の目を真っ直ぐ見つめていた。
そう・・・・ かな?
あいつの瞳に気圧された形で女が引っ込んだ。納得はいってないようだけどな。すいません。勘違いだったみたい・・・・
小さな声が聞こえた。周りの客が二人に視線を送る。心の強い二人だ。周りが見えていない。まるで気にもしていない。普通なら恥ずかしく感じるだろ? それが全くない。
俺はその後、ずっと二人を眺めていた。おかげで降りる筈の駅で降りられなかった。あいつは俺の想像をはるかに超えた最悪のオヤジだ。この俺が怒りを感じる程にな。
ずっと見ていたから事実を知っている。あいつが何をしていて、どんな嘘をついたのか。けれど何も言わない。告げ口するのは趣味じゃねぇ。
捕まえたわよ! これで言い逃れは出来ないわ!
その女があいつの手を掴んだ。袋を持っていない方の手だ。あいつの袋の中にはタバコやらお菓子やら訳の分からない機械やCDが入っていた。俺には分かる。きっとそれは、息子か孫、奥さんへの手土産だろうな。パチンコの景品だ。
何をするんだ! 失礼にも程があるぞ! 私が何をしたって言うんだ?
その女はあいつの手を高々と持ち上げていた。あいつはその手を強引に振り払う。
ふざけんな! さっきからずっと触ってただろ! この痴漢野郎!
電車の中だというのに大声で叫んでいた。流石にあいつも、その声の大きさには慌てていた。
私じゃないと言ってるだろ! 失礼にも程があるぞ! 何処に証拠があると言うんだ!
さっき捕まえたじゃない! あれが証拠よ!
あれって何だ! そんな証拠何処にある! 第一な、私はアンタになんて興味はない。そんなケツ触って何が楽しいって言うんだ! 私はな、そんなデッカイケツには興味がない!
何を言ってやがるって思ったね。俺は見ていた。あいつがそのケツを触っているのを。それも両手でな。かなり激しかった。一度注意されてるっていうのに、よくやるよ。あれは常習犯だ、絶対にな。スカートを捲り上げ、片方の手はパンツの中だ。袋は肘にぶら下がっていた。そこまでしてよくやるなって思う。その女もよくそこまで我慢していたよ。捕まえるならもっと前にって思うだろ? 俺はてっきり喜んでるのかと思ったね。あいつもきっとそうだったんだ。だからこそ調子に乗っていた。膨らんだアソコをケツにこすり付けたりしていたからな。もうすぐでそのモノを取り出すんじゃねぇかとドキドキしたよ。流石にそんな汚ぇものは見たくねぇからな。
だったらこれは何よ!
その女はあいつの膨らんだあそこを指差した。けれど残念な事に、そこはもう収まった後だった。
全く失礼な女だな。
あいつは首を横に振り、深く溜息を吐いた。