大吉という男。
菊川について行き、斡旋所の建物を出るとそこには馬車が用意されていた。
菊川が乗り込むのに続いて、白悠も馬車に乗り込む。
(馬車があるとは思わなかったな。)
日本の歴史において馬車が登場したのは明治時代以降である。この世界の建物や人々の服装などから、文明レベルは日本でいうところの戦国時代~江戸時代かと予測していたため、馬車があることに白悠は驚いていた。
初めて馬車に乗るという経験に少し期待をしていた白悠だが、その期待はすぐに悲しみに変わった。
(尻が痛い。)
ものすごく乗り心地が悪かったのである。道路は舗装されておらず石や窪みで馬車はバウンドして、その度に白悠の尻にダメージを与える。サスペンションなどの衝撃を吸収するものもないため、衝撃は白悠の尻にダイレクトに伝わってくるのだ。
白悠が馬車がバウンドする度に苦痛で顔をゆがめるのに対して、向かいに座る菊川は眉一つ動かさなかった。馬車になれているか、そうでないかの違いかもしれないな、と白悠は推測する。
ガタンゴトンと何かに車輪がぶつかる度に響く音とはねる馬車に揺られながら、白悠は菊川に視線を向ける。白悠はこれまでの菊川の白悠に対する態度を思い出していた。口調は慇懃で明らかにこちらを下に見ている。物腰も丁寧とは言い難い。しかしそんな態度に対して、白悠の疑問には丁寧に答えたり、防衛衆の詰め所まで馬車に同乗してまで白悠を送り届けようとしたりと、、やや過剰ともいうべきくらいに白悠の世話をしている。この異世界について何も情報が無い白悠でも、菊川という男がそれなりに上の身分の人間ということを察することが出来た。
そんな男が何故ここまで白悠の世話をやくのか。それが分からず白悠は一人考え込んでいた。質問をしてみようかと思い、菊川に話かけようとしたところで、馬車が止まった。どうやら目的地についたらしい。
「来い。」
馬車の戸が御者によって開けられるとほぼ同時に菊川はさっさと馬車を降りてしまった。白悠は慌てて後をついていく。
防衛衆の詰め所はこの国の建築物らしい、立派な門構えの建物だった。門の向こうには大き目な日本家屋のような建物が見える。どこかで訓練でもしているのか、大勢の人間の掛け声のようなものがどこからともなく響いてきていた。
掛け声に思わず怯みそうになる白悠とは対照的に、菊川は詰め所らしき建物に向かってズンズンと歩いて行ってしまうため、白悠も慌てて後をおいかける。
「大吉!、大吉はいるか!?」
菊川は詰め所の建物の戸を無造作に開くと、大きな声で大吉を呼ぶ。どうやらここの責任者の名前らしい。
(縁起のよさそうな名前だな。)
白悠がそんな呑気な事を考えていると、廊下の奥から一人の男がやってきた。
この男が大吉だろうか、そう考えていた白悠はその男の出で立ちを見て驚く。
そこにいたのは大柄な男だった。上半身が裸で下半身はふんどし姿とどう考えても人前に出る姿ではないが、その体は一目みて分かるほど鍛え上げられている。筋骨隆々という言葉が似合うようなそんな男がいた。
「誰かと思えば、菊川様でしたか。このような格好で申し訳ありませんなぁ。」
とても申し訳ないとは思っていないような態度で大吉は謝罪の言葉を口にする。
「全くだ。この貴族たる私が訪ねてきたというのに。」
その後も何やらぐちぐちと大吉に言っている。
白悠は薄々感じてはいたがやはり菊川は貴族だったようだ。そうなるとどうして白悠に対して世話をやくのか、白悠は疑問に思わずにいられなかった。
「あ~それで、どういったご用件で?」
菊川の文句を遮り、大吉は訪問の理由を菊川に尋ねる。その際にちらりと菊川の後ろにいる白悠に視線を向けた。
ハッとしたのか、菊川は咳払いをすると手のひらで白悠を指さした。
「防衛衆の入願者だ。ここで面倒を見るように。」
菊川はただ一方的に大吉に告げる。
その言葉に大吉は再び白悠に視線を向けて上から下まで白悠を眺める。そして視線を菊川に戻すと文句を言い始めた。
「おいおい、勘弁してくださいよ。今は新人を見ている余裕はないんですって。ご存じでしょう?」
明らかに歓迎されてないことに、白悠は悲しい気持ちになり思わずうなだれる。
どうやら防衛衆という組織は新人を見る余裕がある状況ではないらしい。大吉という男は白悠の事を厄介者をみる目でみていた。
「彼が五行適正持ちでもか?」
菊川のその言葉を聞いた途端、大吉の様子が変わる。白悠を見るその目がは、厄介者を見る目から興味深いものを見る目に変わっていた。五行適正持ちというのは彼にすぐに態度を変えるほどの価値があるようだ。
「それは、本当で?」
「ああ、水晶で職員が確認した。事実だ。全く教育を受けてない完全な素人だがな。」
大吉は再度白悠に視線を向けた。
「ボウズ、名前は?」
「白悠です。」
白悠は下の名前だけを名乗る。
そのまま立て続けに大吉から質問をぶつけられた。白悠の年齢、霊力量、得意とする適正、使える武器等についてだ。それらに白悠が正直に答えていく。使える武器についても正直に無いと答えた。
「ま、将来に期待といったところかね?」
そういって大吉は白悠にに微笑みかける。
「菊川殿、こいつは確かに防衛衆で引き取りましょう。」
「ふん、最初からそういえば良いのだ。では、私は忙しいので帰るぞ。」
そういうと、菊川は白悠と大吉に背を向けると、歩き出した。
「あの!」
いきなり帰るといった菊川に驚きながらも白悠は菊川を呼び止める。
「?何だ?」
菊川は歩みを止めるとゆっくりと振り返る。
「短い間ですけど、お世話になりました!俺、防衛衆で頑張ります!」
菊川に世話になった例を告げて白悠は頭を下げる。
礼を言われるとは思っていなかったのだろう。菊川は少し困惑したような、驚いたような表情を浮かべる。
「そうか。良く励むように。」
それだけ告げると今度こそ、菊川は二人に背を向けて歩き出し、馬車に乗り込むのだった。