第四話 五行適正と早い話
適正検査を受けたのち、受付には戻らず白悠は橘に個室に案内された。
部屋の中にはには木製の椅子が二つと机が一つ。机はを挟んで、椅子は向かい合うように置かれている。
「ここで座って待ってて下さい。」
先ほどまでの不機嫌全開といった対応が嘘のような丁寧な対応だった。
白悠が椅子に座ったのを確認すると、橘は部屋を出ていく。
暫くしたのち、一人の男性が橘を伴って部屋に入ってきた。
若い男だった。年は30程だろうか。やや鋭い眼光に短くきった髪。服装は橘と似たような色の緑の和服だ。その出で立ちもだが、何より白悠の目を引いたのは腰に差した刀だった。
この世界にきて初めてみる凶器に思わずギョッとして刀を凝視するとともに、白悠の体に緊張が走る。しかし、その緊張も長く続かなかった。
後から入ってきた橘がおにぎり一つと湯呑をお盆に乗せて部屋に入ってきたからだ。
その瞬間、白悠は昨夜から飲まず食わずだったことを思い出すとともに、白悠の腹が鳴った。
白悠は赤面するも、その視線がおにぎりから離れる事はなかった。
白悠の様子に男は苦笑を浮かべると、白悠と正面の椅子に腰を下ろす。
橘はお盆ごと、机の上におにぎりと湯呑を置くと、そのまま部屋をでる。
「食べていいぞ。」
男の言葉と同時に白悠はおにぎりをつかむと、それを口に運んだ。
「食べながらでいいから、聞け。」
白悠は口を動かしなら、男の方に視線を向ける。
「私はここの防衛衆の採用を受け持っている菊川というものだ。」
男、菊川は自己紹介するとともに、懐から紙を取り出し机の上に置く。
白悠がそれに視線を向けると、見覚えがある無能の字が見えた。橘が白悠との面談の際に記載していた紙のようだ。だが、面談時に覗き見た内容以外にもいくつか記載があった。先ほどの五行適正の内容が追記されているようだ。
「防衛衆担当者の私の方からもいくつか質問をさせてもらおうか。」
有無を言わせぬ雰囲気を感じ、白悠は頷く。
「先ほどの橘からも質問があったと思うが、改めて君の身の上について私の方からも質問させてもらおう。」
白悠は改めて自分の名前と出身地について答える。
「日本という地名は聞いた事が無い。本当にそんな場所があるのか?」
やはり出身地が気になるらしく、質問を受ける。菊川の疑問も尤もであろう。ここは異世界、日本について知らないのは当然のことである。しかし白悠にとっても答えようのない質問だ。正直に答えたところで信じてもらえないか、頭の異常を疑われるかの二択だ。
故に白悠は自分の身の上について質問を受けた時の為に、あらかじめ考えておいた自分の身の上の設定について話すことにする。ちなみにいつ考えたのかというと、この部屋に案内されてから二人が入ってくるまでの間である。
「ここから西の方にある山間部にある村の名前なんですよ。人の往来も少ないので、あまり知られていないのだと思います。」
白悠は胸をはり、堂々と言う。
「なるほど。ちなみにそこでは皆が君みたいな服装をしているのか?」
その質問に白悠は少し安堵する。想定していた質問の一つだからだ。この世界にきて初めてあった鬼人の人も言っていたが、和服が当たり前のこの国において洋服は非常に珍しいようだ。そのため、服について質問された際の答えも用意してあった。
「私だけですよ。以前に村を訪れた商人に都で流行りの服装と聞いて買ったのですが、騙されたみたいです。ここに来た時、誰も同じような格好をしていなくて驚きました。」
「ふうむ?なるほど。」
こちらの様子をちらちらと確認しながら、菊川は手元の紙に白悠の答えを記載していく。一応は納得しているようだが、あまり信じていない様子だ。少しの反応も見逃すまいと、白悠から視線を外そうとしない。
「犯罪歴は無いんだな?」
「はい。」
ここは噓を吐くところでもないため、正直に答える。
「両腕を見せてみろ。」
質問の意味は分からなかったが、白悠は素直に両腕の袖をめくる。
菊川は白悠の両腕をジッと見つめる。
「たしかに。」
何を確認したかったかは分からないが、菊川は納得したらしい。
「出身地はともかくとしてだ、犯罪歴は無いようだし、何より君は五行適正持ちだ。よろしい、君を防衛衆に推挙しよう。」
「…」
本来なら仕事が決まって喜ぶべきところだろう。だが、たった二つの質問で決まってしまったことに逆に不安になる。
「推挙のため、まだ本決定ではないが、私の推薦である以上問題あるまい。安心しろ。」
どうやら本決定という訳ではないようだが、胸の不安は消えなかった。そもそも、白悠は防衛衆について何も知らない。ただただ、流されるままに推挙が決まってしまったようなものだ。名前からして戦いをメインとするような仕事のようだ。仕事の内容の中には殺人も含まれている可能性もある。
だがここで防衛衆について質問を行えば、内容も知らないのに応募したのかと、落とされる可能性がある。故に白悠は質問をすることが出来なかった。
「ん、どうした?」
白悠の不安が表情にでたのか、菊川は白悠の顔をジッと見る。
「実は少し不安で。」
白悠は正直に胸の内を吐露する。
「言っただろ、私の推挙だ。問題ない。」
「いえ、そうではなくて、私で務まるかが不安で。」
白悠は慌てて首を横に振りながら防衛衆の仕事が自分に務まるのかが不安だと告げる。
ああ、と納得したように菊川は頷いた。
「貴様は五行適正持ちだ。雑に扱われることはない。」
先ほども出ていた五行適正という未知の単語。これならば、質問しても問題ないだろうと白悠は菊川に五行適正について質問をしてみる事にした。
「あの五行適正って何ですか?」
「貴様、そんなことも知らんのか?」
やや呆れたような菊川の態度に先ほどの橘とのやり取りについて話す。
「そういえばそんなことも書いてあったか。」
そういって手元の紙に目線を下ろしたのち、菊川は五行適正について話をしてくれる。
五行適正とは名前の通り、五行についての適正である。この適正がある人間は五行という特殊な力を扱うことが出来るようだ。五行の力は強力な一方で使い手は希少。しかも適正の有無は先天的であり、適正の無い人間はどんなに努力しても、使えるようにならない。
この国の者は15歳になる年に必ず、適正検査を受ける事になっているようだ。白悠のように15を超えていても適性検査を受けていない人間はかなり珍しいらしい。15になる前に犯罪を犯し、労役につけられた人間などが、その一例となるようだ。
この国では犯罪を犯すと腕に刺青を入れるらしく、先ほど菊川が白悠の腕を確認したのはそういう理由かららしい。
続いて五行について説明を受ける。
五行とは万物を司るとされる属性、木火土金水を指す言葉だ。この世に存在する全ての物は生物、非生物これらの要素から構成されている思想を指す言葉でもあるらしい。そして五行適正がある人間はこの五つの属性を自在に操ることができるそうだ。得意とする属性については個人差があるが、適正があれば全ての属性を使えるようだ。
「ちなみに試しの水晶によると、貴様の得意属性は木と金。霊力は中級のようだな。」
菊川が手元の紙を見ながら言う。
白悠の触れた五行適正を調べる試しの水晶と云うらしい。試しの水晶では得意とする属性まで分かるようだ。霊力という耳慣れない言葉についても白悠は質問をする。
霊力とはいわばRPGでいうところのMPに値するものらしい。霊力が多ければ多いほど、より大量に五行を使うことが出来るようだ。中級というのはその階級のようだ。五行適正がある人間達の中では中級というのは平均値くらいを指す言葉のようだ。
そして、五行適正がある人間の中でも訓練を行い、自在に五行を操ることが出来るようになった一人前の人間を、五行使いと称するようだ。
白悠はそれらの説明を聞き終わるとズズッと湯呑のお茶をすする。
五行について概ね聞きたい事は聞けた。
「それで貴様、これからどうする?」
「?、どうするとは?」
質問の意味が分からず聞き返す。
「問題なければ、防衛衆の詰め所に連れて行こうと思うのだが。」
やや慇懃な口調とは裏腹に菊川という男は面倒見がよいらしい。何やら裏があるような気がしないでもないが、話が早いに越したことはないため、白悠は承諾する。
「よし、ならついてこい。」
白悠の返事を聞かず、菊川は立ち上がるとそのまま部屋を出る。白悠は慌てて手に持った湯呑を置くと、菊川の後をついていくのだった。