第三話 斡旋所と五行適正
翌朝、白悠は空腹で目を覚ます。
横にならず、座り込んだまま寝てしまったため、ほとんど寝た気がしなかった。
目を突き込んでくる日光を手で遮りながら、周囲の光景を見渡す。
そこは住み慣れた自宅でもなければ、見慣れた住宅街でもなかった。
「夢じゃなかった…」
星明の街に来て以来、何度目か分からない溜息を吐く。
ゆっくりと立ち上がり、体をほぐす。
既に通りを数人の人たちが行きかっていた。何人かの人たちがこちらに視線を向けたり、こちらを見ながらヒソヒソと声を潜めて話をしている。
(場所を変えるか)
白悠は昨夜の記憶を頼りに斡旋所の方に歩き出す。
歩きながらポケットからスマホを取り出して時刻と充電を確認する。時刻は7:30、充電は32%と表示されていた。
電波が繋がらない異世界において、スマホはほとんど役にたたない。せいぜい時計と電卓の代わりになるくらいだろう。それでもスマホの充電が減っていくのは妙に不安を駆り立てた。
時刻は7:30。日本では役所などが開くのは9:00からと考えるとまだ斡旋所は営業時間になっていないと、判断すべきだろう。
だが、それでも白悠は斡旋所に向かって歩みを進める。もし開いていなければ、何か所持品を売って、金銭を得ようとは考えていた。しかし所持品の売却は可能ならば、最後の手段にしたかった。異世界から持ち込まれた品は珍しいものではあるが、買いたたかれる可能性も低くはない。何より可能な限り所持品を手放したくなかった。
(頼む、開いててくれ。)
角を曲がり斡旋所が目に入る。昨夜は閉じていた門が開いており、人が出入りしている。この世界の人々の朝は現代と比べると早いようだ。
白悠は思わず笑みを浮かべガッツポーズをする。
(とりあえず仕事をみつけなきゃな)
仕事がみつかって、金銭の目星がつけば、今後の指標も立てやすくなる。ほんの少しの期待を胸に白悠は斡旋所の門をくぐるのだった。
入ってすぐにある受付の人に話しかけると、漢数字が書かれた木札を渡され待たされる。
椅子に座って待とうと思い周囲を見渡した時、掲示板らしきところに文字が書かれた紙が貼りつけられたことに気付く。白悠は掲示板に近づいて書かれた内容を確認し、白悠は安堵の溜息をついた。
(文字が読める。)
昨日から言葉が通じていたため、問題ないだろうとは思っていた。だが不安が無いわけではなかった。言葉は同じでも、文字が違う可能性が0ではなかったからだ。しかし書かれていた文字がよく知る日本語だったことで白悠は安堵する。
掲示板の内容は募集している仕事の内容だった。仕事の詳細や報酬に必要な技能等が記載されているようだ。
詳細を確認してみようとしたところで、白悠の持つ木札の番号がよばれた。
窓口にいき、木札を渡すとそのまま面談が始まった。立ったまま面談を行うようだ。
対応してもらうのは若い女性だった。やや気が強そうな吊り目印象的だ顔も美人といってよいだろう。髪は短く、肩のあたりで切りそろえている。服装は地味な緑色の和服だった。その女性はやや不躾に白悠をじろじろと見る。
「本日担当します、橘です。」
笑顔どころか、不機嫌丸だしといった感じでの自己紹介だった。
(うわ、はずれを引いたかな?)
しかし、白悠は内心をおくびにも出さず、白悠は笑顔で自己紹介をする。
そののち、いくつかの質問を受ける。質問の内容は名前、出身地、希望する職種、持っている技能等だ。橘という女性は白悠の答えを手元にある紙に記載していた。
質問の内容に関しては名前と希望職種は問題なかった。問題は出身地と技能だ。
出身地は異世界です、なんて言える筈もなく素直に日本と答えたのだが、橘氏はやはり思い当たる地名がなかったらしく怪訝な顔をされた。どこらへんにあるのかと聞かれ、適当に西の方と答える。
技能に関しては白悠は元の世界でも社会で通用な資格は特に持っていなかったし、かといってこちらの世界の資格も分からなかった。そのため、読み書き計算が出来ると答えたのだ。異世界転移において、読み書きや計算が出来るのは上流階級だけという覚えがあったため、そう答えたのである。
そしたら橘はあからさまに馬鹿にしたような表情を浮かべると、手元の紙に無能と書いていた。
(こいつ…!)
笑顔が引きつるのが自分でもわかった。
しかしこの女性の反応で分かった。どうやらこの世界は教育水準が高いらしい。平民でも読み書き計算が出来るのは当たり前のようだ。
「あなたに紹介できる仕事は無いですね。」
そして橘から告げられたのは、無情な一言だった。
「それはどうして…」
納得が出来ず、白悠は理由を尋ねる。
面倒そうな表情を女性は浮かべたが理由は教えてくれた。
白悠が最初に希望していたのは短期の力仕事だった。そういった仕事は短期間で報酬がもらえる事。限度はあるが労働者の身元に対して、あまり拘らないことが多かったからだ。
しかし、そういった短期労働の仕事は、今は白悠も含まれるこの国の浮浪者たちに対して人気のある仕事であり、すでに全て持っていかれてしまったらしい。
次に白悠が希望したのは事務系の仕事だった。こういった仕事は長期に雇われることとなり、給料の支給が遅くなるため、目先の金銭が必要な現状では避けたかったが、無いよりはましだった。
しかし、それも断られた。確かにそういった仕事の募集自体はある。しかし金銭を扱う仕事が多いため、身元が不確かな人間を紹介しないようだ。
白悠はこの世界では浮浪者だ。支援者も身元引受人もいない白悠を紹介は出来ないと言われてしまう。
「ほかに何か私に出来る仕事はありませんか?」
藁にもすがる思いだった。もしここで無いと言われれば、そのまま野垂れ死に確定だ。
「防衛衆ならいつでも募集してますよ。」
「ではそれに応募します。」
二つ返事で答える。えり好みしている余裕はなかった。
やや驚いた顔をした後、改めて白悠を上から下まで眺める。体格等を見ているのだろう。
そして橘は呆れた様な表情を浮かべる。
「やるっていいますけど、やっていけるんですか?あまり戦いとか得意そうではないですけど。すぐ異形にやられちゃいそうですし?」
白悠は格闘技等や武道の経験もなければ、運動部の経験もない。中学高校と帰宅部である。しかし人並の体力と運動能力はあった。
「それとも、五行適正があるのですか?」
橘が耳慣れない言葉を発する。
「あの、五行適正とは何でしょう?」
再び呆れた様な表情を浮かべる橘、対照的に苦笑を浮かべる白悠。
「普通は12歳の時に調べるものよ。」
「何分田舎出身でして」
可能な限り橘の機嫌を損ねないように丁寧な言葉使いを崩さないようにする。
「ふーん?まあいいわ。付いてきて。」
そう告げるとグルっと回り込んで窓口を出てきた。どうやら場所を変えるようだ。白悠は黙って後をついて行くことにした。
「ここよ。」
案内されたのは埃だらけの一室だった。しばらく人が立ち入っていないのだろう。部屋の中央に台がありその上に水晶が鎮座していた。
「それに触って」
そういって水晶を指さす。説明も何もない。しかし白悠は色々と質問したいことを飲み込んで、橘の言うとおり水晶に手を伸ばす。
五行という耳慣れない言葉。おそらく魔法かなにかだろうと白悠は予想する。戸惑いはありながらも自分が魔法を使えるかもしれないという僅かな期待を込めて白悠は水晶に触れた。
一瞬の間が空いたのち、水晶は色とりどりの光を放った。
「あら、あなた五行適正あるじゃない。」
少し喜びを含んだ声で橘とともに、水晶を覗き込む。
「ま、霊力量は普通ね。」
色々分からない事は多いが二つ分かったことがあった。一つは白悠が五行という魔法を使える事。二つ目は就職の目星がついたということだ。
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