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第二話 鈴の音

 マジマジと目の前の男の角を見つめてしまっている白悠。

 その様子をに鬼人の男は苦笑を浮かべる。


 「わりぃな、変な物見せちまった。」


 どこか、悲しげな様子の鬼人の男に、白悠はハッとする。


 「ごめんなさい!初めて鬼人?を見たものですから、動揺して。」


 そういって白悠は改めて貸りていた頭巾を差し出す。


 「すみません、こちらありがとうございます。本当は洗って返すべきだと思うんですけど…」


 鬼人の男はやや呆気にとられた顔をした後、笑顔を浮かべると、頭巾を受け取る。


 「気にすんな!こっちも汚れるのを承知で貸したわけだし。」


 鬼人の男は受け取った頭巾を頭にかぶる。


 「で、兄ちゃん、一人で帰れそうか?ここがどこか分かったか?」


 鬼人の男の質問に白悠は沈黙で答えるしかなかった。

 異世界に転移する、そんな非常識な事が起きた現状、白悠は右も左も分からないような状態だ。

 意思の疎通は出来る、しかしそれだけだ。神からチートを貰ったわけでも、突如強力な力に目覚めた訳でも、元々特殊な能力を持っていた訳でもない。ただただ普通の高校生、それが白悠だ。

 そんな彼にとって、現状はとうに己が理解の範疇を超えていた。何をどうして良いのか分からなかった。

 しかし白悠は未だ混乱から立ち直らない頭を必死に巡らせる。自分はどうしたら良いのか、自分に何が出来るのか。白悠はこういった異世界物に関して触れた事が無いわけではない。かといって詳しい訳ではなかった。話題になったり、友人から勧められたアニメやネット小説に軽く触れた程度だ。それでも無いよりはましだった。それらの中に何か現状を打破しうる手がかりがないか、頭を巡らせ一つの可能性に思い至る。


 「兄ちゃん?」


 鬼人の男の問いかけに、白悠は我にかえると一つの質問を男にする。


 「あの、冒険者ギルドってありますか?」


 冒険者ギルド。異世界ファンタジーにおいては定番ともいうべき存在だ。町や村の住民の困りごと、それらを一か所に集め、有償での解決を請け負う組織。

 多少の違いはあるが概ね共通している事は、犯罪歴等がなければ身分問わず会員になれることだ。異世界にいった先人達は大抵この組織に所属してる。異世界出身という身元不明者達にとって、身分問わず仕事にありつけるというのは、非常にありがたい存在だ。

 白悠もその一縷の望みにかける事にした。


 「冒険者ギルド?なんだそりゃ?」


 そしてその望みは無情にも打ち砕かれた。


 (そんな…)

 「何だよ、その冒険者?ギルドってやつは?」


 頭に疑問符を浮かべた男の言葉に絶望が押し寄せてくるような気持ちになりながら、冒険者ギルドについて説明する白悠。


 「それって、斡旋所の事か?ならあるぞ。」

 「ほんとですか?!」


 名前こそ違うものの、似たような組織はあるようだ。一縷の望みが繋がった事で、白悠は笑顔を浮かべる。


 この鬼人の男曰く、身分問わず労働者を募集している、斡旋所と呼ばれる組織があるようだ。

 雇用希望者側の要望に応じて就業希望者を無償で紹介する国家運営の組織、それが斡旋所と呼ばれるところらしい。


(それって冒険者ギルドというよりハロー〇ークじゃ?)


 本来なら白悠は高校生として、学生の本分である学業に励んでいる筈の身の上だ。

 通っていた高校はアルバイト可だった為、家計を助けるべく、あるバイトもしていた事もある。

 退学になった訳でもないのに、いきなり就職となった事に戸惑いと忌避感は当然あった。

 しかし背に腹は代えられない。支援者もなく、超能力やチートがある訳でもなく、明日どころか今日の宿と食事にも困っている始末。白悠に迷っている暇はなかった。


 「その斡旋所までの道を教えてもらえませんか?」

 「え、それは構わねぇけどよ」


 そういって丁寧に鬼人の男は道順を教えてくれる。


 「ありがとうございます!早速行ってきます!大変助かりました!」


 道順を聞くや否や、白悠は駆け出す。

 自分の知識にあった冒険者ギルドと似た斡旋所があった喜び。明日どころか今日の身の上も分からない不安。その二つの要素が先程までの混乱による体調不良を吹き飛ばす程の活力を白悠に与えていた。


 「兄ちゃん!今日は…」


 勢いに任せて飛び出した白悠は、鬼人の男の説明を最後まで聞いていなかった事に気がついていなかった。


 数分後、道端に座り込み俯く白悠の姿があった。理由は単純、斡旋所は深夜の現在営業時間外であり、白悠は門前払いを食らったからだ。


 (そういえば鬼人の人、何か言ってたなぁ。)


 きっともう閉まっている事を教えようとしてくれたのだろう。

 そこまで考えて丁寧に接してくれた彼の名前も聞いていなかったことに気付いた。


 (何やってんだろ、俺)


 胸中で1人自嘲する。

 スマホを取り出して時刻を確認する。時刻は深夜0時を過ぎていた。

 祭りの日といえど、どうやら人々は家路についたらしく、人通りはほとんどなくなっていた。

 周囲の光景を改めて見回す。巨大な月、空をおおう程の提灯の数々。しかし、少し周りの光景になれたのか、先程は気付かなかったものにも気付く。


 (星が綺麗だ。それに桜が咲いてる。)


 日本は冬だった筈だ。なのにこの街は桜が咲いていた。


 月と星、夜を煌々と照らす提灯の数々に夜風に吹かれひらひらと舞う桜の花びら。


 その光景をみて改めて自分が異世界に来たのだと実感した。

 明日の自分がどうなるのかも分からないのに、目の前の景色に見入ってしまう。

 

 その時であるシャリーンっとどこかで聞いたような鈴の音が白悠の耳に届く。

 思わずそちらの方に目を向けた。


 シャリーンッ、シャリーンッと鈴の音を響かせながら、一人の女性が通りを歩いていた。

 雨が降っているわけでもないのに、薄紅色の和傘をさした女性。

 やや幼さを残した顔立ち、腰まである長い黒髪、前髪の左右に髪飾りを着けている。黒い布地に色とりどりの華の模様が施されている着物に、薄く華の刺繍がされた白い羽織を羽織っている。

 思わず、白悠はその女性に見惚れてしまう。

 夜が遅いにも関わらず女性は一人だった。本来なら違和感を覚えるべき光景だろう。しかしそんな違和感は、その女性の持つ雰囲気に霧散してしまうほど、その女性は美しかった。

 その女性は白悠の視線に気づいたのか、白悠から5歩程の距離で歩みを止める。


 「あの、何か私の顔についておりましたでしょうか?」


 そういって女性は困惑したように首をかしげる。

 その雰囲気に違わぬ丁寧な言葉使いだった。


 知り合いでもない女性に対して不躾に視線を向けていたことに気づいた白悠は、慌てて立ち上がる。


 「失礼しました!つい、見惚れてしまって…」


 言葉に出してから、自分がとんでもないことを口走ったことに気付いた白悠は赤面する。

 恐る恐る女性の反応を伺うと、女性はキョトンとした顔を浮かべたあと、クスリと微笑んだ。


 「まあ、嬉しいですわ。」


 気を悪くした訳ではないらしいと分かり、白悠はほっと胸を撫でおろす。

 改めて女性をみる。先ほどまでは座り込んでいたため、女性を見上げる形となり分からなかったが、こうして女性を見てみると小柄であることがわかる。おそらく、150cmあるかないかぐらいだろう。顔立ちも女性というより、少女といった方が正しい顔立ちだ。現代でいうと年齢中学生くらいかもしれない。


 (あれ?)


 もしかしたら中学生相手に見惚れてしまったと言ったのかもしれない。白悠の胸にこれまでとは別の焦りが浮かぶ。


 (やば、どうしよう?)


 さすがに見ず知らずの、しかも中学生かもしれない女性に対して口説くようなことを言うのはNGだ。口説く気がないため、なおさらである。しかし何か言い訳をせねばと胸中で焦るものの、何も言葉がでてこない。


 「あの、もう宜しいでしょうか?私、家に帰らなければならないのです。」


 困ったように尋ねてくる少女に、白悠は何も言えず、コクンとうなずく。


 「では、ご機嫌よう。」


 女性は微笑むとそのままゆっくりと鈴の音を響かせながら歩き去ってしまった。


 (綺麗な少女だったな。)


 そのまま少女を見送って姿が見えなくなった瞬間、白悠は鈴の音について思い出した。


 (ここに来た時だ!)


 この不思議な星明ホシアケの国に足を踏み入れる瞬間に聞こえた鈴の音が、先ほどの少女が付けていた鈴の音とよく似ていたのだ。

 偶然だろうか、今からあの少女を追いかけて質問するべきか?思考を巡らせて首を横に振る。おそらくただの偶然だ、白悠はそう判断する。

 そこでふと我にかえる。明日の斡旋所の営業開始時間まで、どうするか決めていなかったのだ。

 宿に泊まろうにも、もう営業していないだろうし、第一金がない。

 今現在持っているものを売ろうにもおそらく店は開いていないだろう。八方塞がりだ。


 はぁ~と盛大にため息を吐く。人生初の野宿が確定した瞬間だった。

 

まだ主人公以外の人名が出てきておりませんが、暫くお待ちください。

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