第一話 夜灯の祭りと鬼の人
「これは…」
路地を曲がった先の光景を見て、思わず息を呑む。
そこにあったのはあまりに幻想的な光景だった。ドラマやインターネット等でしか見たことがない、木造建築の家々。道の両端にある様々な露店。夜闇を照らす、落ちてくると錯覚するほどの巨大な月の明かりに、空を覆いつくさんばかりの数の提灯。家々や露店にも大小異なる提灯が吊るされている。道路は舗装されておらず、行きかう人々は皆祭りに合わせたのか和服をきており、人々のおしゃべりと露店の客引き、笛や琴の演奏が合わさった喧騒。
それら全てはまるで幻想郷に迷いこんだと白悠に錯覚させるほどだった。
「すごいな。」
そんなシンプルな感想しか出てこないほど、目の前に広がる非現実的な光景に白悠は心を奪われていた。
「ちょいと兄ちゃん、邪魔だよ!」
背後から聞こえた強めな語気に振り向くとやや恰幅の良い女性がそこにいた。
「道の真ん中にボーと突っ立って、さっさとどいとくれ!」
「あ、ごめんなさい!」
すぐに道の端によった白悠を一瞥すると、興味がなくなったのか、そのまま女性は歩いて行ってしまった。
(近くにこんな場所があるなんて知らなかったな。)
道の端によって行き交う人々の邪魔にならないように脇によけると、周囲を改めて見回す。そして写真を撮るためにスマホを取り出した。周囲の景色を数枚、景色と自撮りを一枚撮影する。
(ほんとにきれいだな。)
撮影した写真と景色を見比べていたことで、ふと気づく。
(ここどこなんだろう?)
全力追いかけっこや幻想的な祭り景色と色々な事があったため、すっかり頭から抜け落ちていたが、自分のいる場所がわからないことに白悠は気づく。場所を確認しようとしてスマホの地図アプリを起動する。しかし、一行に現在地が表示されず、読み込み画面のみが表示されたのち、圏外と表示された。
「圏外?」
昨今どこにおいても電波がある世の中において珍しく、ここには電波がないらしい。場所を確認しようにもスマホに電波がないことには確認できない。
(さっきまでいた路地に戻れば、電波入るかな?)
いくらこの町の景色に見惚れていたとはいえ、数分前まで自分がいた場所だ。すぐにそれらしき横道をみつけ、足を踏み入れる。
「ん?」
しかしそこはほんの数分前までへたり込んでいた場所とは全く違う様相を呈していた。白悠がへたりこんでいた場所は街灯もないため真っ暗で、アスファルトで舗装された道路だった。しかし、今目の前の道は土がむき出しとなっており、そして何より家々の軒先に吊るされた提灯によって明るかった。
(別の道だったかな?)
来た道を戻り、周囲を見渡してみるがそれらしき通りは見つからなかった。ことここに至り白悠の胸に焦りが生じる。
「そこの珍しい恰好した兄ちゃん」
自分の事かと思い、そちらに顔を向ける。
そこにいたのは和服をきた若い男性だった。背が高くがっしりとした体つきで、強面というよりは精悍な顔付で何故か頭に頭巾をしている。精悍な顔つきだが今は人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「えっと、俺の事ですか?」
白悠の戸惑いながらの返事に男は苦笑する。
「周り見てみな。そんな珍しい恰好した人は兄ちゃんしかいないよ?」
白悠は改めて自分の服装を見る。冬場のため着こんだ黒のダウンジャケットに茶色のスラックスと白いスニーカー、別段変な恰好ではないだろう。だが、周囲の人々が和服を着ているため、白悠の服装は確かに浮いていた。
「あー、確かに。ごめんなさい、今日がお祭りとは知らなかったもので。」
もしかしたら和服で参加するのがマナーだったのかもしれないと思い、白悠は謝罪する。
「いや、別に謝んなくてもいいんだけどよ。けど珍しいな今日が夜灯祭りって知らねぇなんて」
別に和服参加者以外NGということはなかったらしい。思わず安堵する。しかし、それよりも気になるワードがあった。
「夜灯祭り?」
聞きなれない単語をオウム返しで質問する。
「何だ夜灯祭りも知らないのか?」
そういって祭りについて男は説明してくれる。どうやら人の良さそうな笑顔に違わない性格らしい。
曰く、沢山の提灯を飾るこの祭りは死者を弔う慰霊祭らしい。人々の魂を提灯にみたて、一晩中町を明るく照らすことで戦争や流行り病、災害といった寿命以外でなくなった人々を弔う、年に一度の祭り。この時期になると周辺地域からも多くの人々が集まるようだ。
「祭り目当ての客じゃねぇなら、兄ちゃんどこからきたんだい?」
白悠はハっとする。祭りの話に聞き入ってしまったが、自分は今どこにいるかもわからないのだ。
「実は道に迷ってしまってここがどこか教えてもらえませんか?」
「何かキョロキョロしてると思ったら、道に迷ってたのかい?てっきり財布を落としたのかと思ったよ。」
その言葉に思わず白悠は赤面する。だが、それと同時に少し安心する。ここがどこか、ようやくわかるからだ。
「ここは、牛の区域2番街だよ。」
しかし、白悠の安心はあっさりと打ち砕かれた。
全く耳慣れない地名に白悠は頭に疑問符を浮かべる。
「牛の区域の2番街?」
「オウ!」
あまりに非現実的な光景、自分の服装が珍しいと言われる状況。薄々そうなのではないかと思っていた。しかし、そんなことはある筈がないと否定していた可能性が、耳慣れない地名を聞いたことで俄かに現実を帯びてくる。
(まさか、まさか…)
この男性と話したことで消えていた焦燥感がより強く、再燃する。
恐る恐る目の前に人の良さそうな男性に尋ねる。
「あの、この国の名前は?」
一瞬質問の意味が分からなかったのかキョトンとした顔を浮かべる。そして、
「国の名前って…ここは星明の国だよ。」
全く聞きなれない国の名前に思わず絶句する。
「兄ちゃん?だいじょぶかい?顔色がわりーぞ?」
ハッとして次の質問を投げかける
「日本という国をご存じです…か…?」
思いがけない衝撃に声が消え入りそうになるも、何とか質問をする。
「日本?いや、聞いた事ねーけど?」
現実においてありえないと排除していた正解が可能性を帯びてくる。もしそんな事を人に話せば、笑われるか精神異常を疑われるような可能性だ。
昨今においては創作でもよくあるシチェーション、異世界転移。
日本においてごく普通に暮らしていた人間が神様と接触したり、あるいは異世界側の干渉によって現実世界とは異なる世界に行く事になるという。しかしそれはあくまで創作の中での話であって、現実的において絶対にありえない事。
しかし、白悠にとって今自分の目の前に広がる光景と状況は、まさに異世界転移としか思えないような状況だ。混乱と動揺でグルグルとする頭の中が影響してきたのか、白悠の視界もグルグルしているような気がして、思わず地面に膝をつく。
「おい!兄ちゃん、だいじょうぶか!?病気か?どこか頭ぶつけたりしたか?」
急にへたり込んだ白悠に焦ったのか、若い男が駆け寄ってくる。
大丈夫です。そう返事をした白悠だが、暑くもないのに汗が吹き出し、寒くもないのに体が震えて呼吸が荒くなる。誰が見ても大丈夫な様子ではなかった。実際に目の前の男もそう判断したのだろう。
「ひでえ汗だな。こんなもんしかねえけど、せめて汗だけでもふいとけ。」
そういって頭の頭巾を外して白悠に渡す。
白悠は俯きながら頭巾を貸してくれた事に礼をいうと、顔の汗を少し臭う男の頭巾で拭きながら、考えを巡らせる。
(落ち着け、落ち着け、まだ異世界と決まったわけじゃない。)
必死に自分に言い聞かせる。
異世界と決めつけるにはまだ早い筈だと、白悠はここが異世界じゃないという理由を必死に考える。
言葉は通じているし、周囲の人々の人種は一般的な日本人にしかみえない。そこまで考えて、白悠は一つの可能性に思い至る。
(これは映画の撮影ではないか?)
時代劇なのか、和風の異世界ものなのかわからない。しかし、その可能性が一番高い気がしてきた。その可能性に至ったときに猛烈に自分が恥ずかしくなる。
(自分が異世界転移したと考えたなんて。)
きっと目の前の人の良い男は自分をキャストと勘違いしたか、部外者が入り込んできたから注意したのだろう。
ふぅと一息ついたのち、呼吸を整えると白悠は顔を上げる。
「すみません、落ち着きました。これありが…」
男に頭巾を貸してくれた礼を述べている途中で白悠の視線は男の頭に釘付けになった。
先ほどまでは頭巾を被っていたため見えなかった。しかし、頭巾を外した男の頭には般若の面のように突き出した二本の角があったのだ。般若の面のように長くはなく、白くて小ぶりではあるのだが、そこには明確に角があった。
「もしかして兄ちゃん、鬼人を見るのは初めてかい?」
こくん、とただ頷く事しかできない白悠に対して苦笑を浮かべる男。
異世界ものにおける定番の存在、亜人。
人と似ているが角があったり、人と違う耳だったり、シッポがあったりする存在。その定番という存在が目の前にいる事で白悠は確信するしかなかった。
白悠はこの美しい幻想郷のような世界に転移してしまったのだ。
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