プロローグ
タイトルは現世と読みます。お楽しみ頂けたら幸いです。
少年、遠野白悠は一人夜の繁華街を歩いていた。
背丈は170cm程。年齢は17歳。体格は中肉中背。筋肉は年頃の男子としては普通といった程度。顔立ちは中の中から、中の上といったところだ。髪は染めていないため黒。
ガッツリのめり込んでいる訳ではないが、いわゆるオタク気質であり、ゲームとアニメ、それに加えて読書と料理を趣味としている。
性格はやや内向的。人と喋る事は嫌いじゃない一方で、誰かに積極的に話しかけたりするのは苦手。ただ、コンビニバイトをしている影響か、人の見た目や態度に関わらず臆す事なく、会話が出来る。バイト先の店長からは度胸があると言われた。
学校の成績は真ん中より少し上。生徒会に所属したりとか、地域のボランティアに参加したりとか、そういった内申点にプラスされそうな事はやっていないが、かといって暴力を振るったりとか万引きをしたりとか、いじめを行う等の非行にはしるような事も無い、どこにでもいる普通の特徴の無い少年である。
時期は12月。本格的に夜も冷え込んでいる中、これといって特徴もない少年は、どういった訳か、夜の10時過ぎに一人、繁華街を歩いているのである。
金曜日、明日は休日ということもあり、会社帰りの社会人と飲み屋やキャバクラの客引きによって混みあっている繁華街を、高校生が一人歩いているというのは異様なことであった。
警察に見つかれば補導は間違いない。そうなれば親や学校にも連絡がいき、色々と面倒なことになる。ふとここでその事に思い至り、しかしすぐに思い直してフッと笑みを浮かべる。
(迷惑かける親なんて、いないしな。)
心の中で誰にともなく、独白する。
数日前、白悠の母が亡くなった。元々体が強くなかった母だったが、今年に入って体調が悪化して先週そのまま逝ってしまったのである。父は白悠の幼いころに事故で亡くなっていたため、母は女手一つで白悠を育ててくれた。しかし元来体が弱かった母にとって、それらは大きな負担となったのであろう。むしろ、ここまで良く持った方なのかもしれない。
これまで自分を保護してくれていた存在がいなくなってしまうという事は、白悠にとって大きな喪失感をもたらした。まさに心に穴が空いてしまったというような、そんな気持ちだった。
親戚についても会った事がなく両親からも特に聞いたことがなかった白悠は、齢17歳にして天涯孤独となってしまった。
母の葬儀が終わり、遺骨を抱いたまま二人で住んでいた家に戻ってきたとき、初めて自分が独りになってしまったのだと自覚した。家には明かりがついていなければ、白悠を出迎える言葉もない。当たり前にあったそれらが無くなっただけで、こんなにも喪失感を受けるのだと初めて理解した。
靴を脱ぎ母の遺骨をテーブルの上に置くと、明かりをつける。
明かりをつければ喪失感はマシになると思い、部屋の明かりをつける。しかしその行為はこの住み慣れた家に今日から自分一人で住むことになるとい現実を、視界を用いて白悠に突きつける事になった。
住み慣れている筈なのにいつもより広く感じる我が家。そんな状況に耐えられず、家を出た。
(結構夜でも人が多いんだな…)
昼の繁華街に来たことはあっても、夜の繁華街に来たのは初めてだった。
体の弱い母に女手一つで育ててもらっていた白悠は、母に迷惑が掛からないよう、可能な限り品行方正に努めていたため、夜歩きなどはほとんどしなかった。そのため、夜の繁華街は白悠にとって非常に新鮮であった。ほんの少しだけ孤独がまぎれる。
その時、ポケットにいれたスマホが震えた事に気が付く。確認してみると、友人から連絡がきたようだった。他にもいくつか連絡が来ていた。葬式の間で気付かなかったのかもしれない。連絡をくれたのは皆、白悠の友人たちであり、母を失った白悠を心配した内容がほとんどだった。
大丈夫か?、相談のるぞ、そういった何気ない言葉は白悠の沈んだ心を、僅かばかり軽くする。
「ねえ、そこのお兄さん!」
歩いているとやや大きめな声で呼びかけられ、そちらに視線を向ける。
そこにいたのは一人の女性だった。髪はピンク色、コスプレかと思うような派手な服装をしている。
そういうコンセプトのお店の客引きだろうか?やや身構えてしまった白悠は、その女性が自撮り棒を持っていることに気づく。
「みんな、こんばんは!〇×チャンネルの時間だよ!今日は○○の繁華街にきてます!」
訳が分からず立ち尽くす白悠に動画配信者らしき女性は近づいてくる。
「早速こちらのお兄さんに、インタビューしていきたいと思います!お名前は?」
自撮り棒に取り付けたスマホのカメラに白悠と女性が映るように、白悠に肩を寄せる女性。
訳の分からない状況に呆気にとられながらも、自撮り棒に映る画面をみてコメントが更新されているのを見たことで、女性が生放送をしていることに気づいた白悠は、慌てて女性から距離をとる。
「なんですか急に!?」
「え~いいじゃん、減るものじゃないんだし。」
やや頬を膨らませながらいう女性に強い苛立ちを覚える。
「誰です、あなた?」
身勝手な女性に丁寧に話す気になれず、ややぶっきらぼうに問いかける。
「誰って…失礼ね!〇×チャンネルのエイムを知らないの?」
いきなり動画に映すという失礼な行為をした女性に失礼といわれ、白悠は自身の頬がこわばるのを感じた。
「知らないよ」
敬語もやめて、目の前の女性を苛立ちを込めて睨みつける。
「いい?〇×チャンネルは」
「テメェら!何してやがる!?」
聞いてもいないチャンネルの説明を女性がしようとした瞬間、怒声が響き渡る。声が聞こえた方を向くと、いかにもやばそうな強面な男が数人、こちらに近づいてきていた。
「ここらは撮影禁止なん…お前、〇×チャンネルのエイミか?」
「ヤバッ」
本当に有名な動画配信者だったらしい女性は、男たちの代表らしき自分に問いかけられた瞬間、脇目をふらず、走り出した。
「待て!…お前もあいつの仲間だな」
男たちの視線が白悠に向く。無関係だ、そう言い訳をしようとしたが、とても聞いてもらえそうになかった。
「そいつも捕まえろ!」
「嘘だろ!」
白悠は男たちに背を向け無我夢中で走り出す。逃げたのはまずかったかもしれない。しかし、逃げなければ無事ですむとは思えなかった。
(後でアンチコメ書き込んでやるからな!)
こうなった原因の女性に対して胸中での呪いを吐き出しながら脇目もふらず走り続ける。どこをどれ程走ったのか分からなくなったころ、背後を見て追いかけてくる人影がないことを確認した白悠は、念のため角を曲がって脇道に入ったところで、地面にへたり込んだ。
へたり込んだまま周りを見渡すとそこは家々が立ち並ぶ住宅街だ。無我夢中で走っているうちに、繁華街からは大分離れたようだ。
ポケットにいれた自分のスマホを取り出して、時刻を確認する。時刻は10:40と表示されていた。
「あ~疲れた。」
思わずおじさんのような言葉が口から洩れる。
全力疾走で長いこと走り続ける等、暫くしていなかった白悠はそのまま俯く。近くに街灯に照らされた道があるとはいえ、脇道は暗く人気がない。本来ならば人気があるような安全な場所に移動して休むべきなのだろう。しかし白悠は顔を上げているのも億劫なほど疲労困憊だった。
(何やってんだろな、俺)
皮肉な事に、さっきまでの追いかけっこをしていた時には忘れていた喪失感が、こうして落ち着いて息を整えた事で、首をもたげてくる。
そうして思い浮かんだのは母に対する申し訳なさだ。
せっかく真っすぐに育ててもらったのに、母がいなくなった途端にヤ〇ザと追いかけっこをするとか、我ながら情けなくなってくる。
(もう少し休んだら家に帰ろう。)
そうして地面に座り込んでからどれほど時間がたったのだろうか。奇妙な音を聞いた白悠は音が聞こえた方、自分が入ってきた路地とは反対の方に目を向ける。
(何の音だろう?)
聞いたことがないようなあるようなその不思議な音に導かれるように、路地の奥に向かってゆく。近づくにつれて、それが笛の音だということに気づいた。笛の音に気付いた瞬間頭をよぎったのは警察官が持っているホイッスルの音だ。思わず身構えたがすぐに違うことに気づく。その笛の音はけたたましく響くのではなく、旋律を紡いでいたからだ。
そのままゆっくりと笛の音の方へ歩みを進める白悠。近づくにつれて笛以外にも音があることに気づく。複数の楽器の音それに加えて、人々の喧騒のような音も聞こえてきた。まるでお祭りかなにかのようだ。
(今の時期に祭り?)
季節は冬。冬に開催する祭りもあるけれど、白悠が住んでいる地域では聞いたことがなかった。
今いる路地の突き当りを左に曲がった先で開催されているらしい。演奏だけでなく、路地を曲がった先が妙に明るいことに気が付く。
(少し覗いてみようかな?)
興味を惹かれ、路地の奥へと白悠は歩みを進める。そして突き当りを曲がった瞬間、シャリーンッとこれまでは聞こえなかった鈴の音が聞こえた気がした。
感想などお待ちしております!
宜しくお願いいたします。