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第3章―会社発展編 第21話 システム部門立上③ 【1999年9月】

ブックマーク1,000件超えありがとうございます。

長い目でお付き合い頂ければ幸いです。引き続きよろしくお願いします。



 そして後日、東海地区に地盤があるネットに強い七七証券に話を持って行った。予想以上に弊社の要望を丸呑みしてくれる形で契約が成立する運びとなった。七七証券は仕手戦でも有名な相場師が口座を持っており、その方の手数料も一定価格下げる予定だったために個別優遇の手数料を検討しているところだった。そのため問題なく手数料の削減交渉は進める事ができた。もちろん手数料を下げるのではなく固定する事で合意できた。年間手数料は固定で月額100万円にて話がまとまった。当分の間はかなり割高に感じるかもしれないが、順調に株取引を増やしていけば負担金額としてはかなりの少額となる見込みである。

七七証券としても新規で手数料とはいえ、年間1200万円の増加と大口の口座開設は、証券会社の社長まで同席してくれて会社を上げての歓迎だった。



余談になるが、この証券会社に口座を持っている有名な相場師とは、とある愛知県に本社のある会社の創業一族であった。社長業の早期に息子に引渡し、会社の余裕あった資金で株の取引を行い、大きく資産を増加させることに成功し有名になった方だった。当初、大手証券会社で口座開設し株の売買をしていた。そんな時に、名古屋に本社があった七七証券の営業の方が、毎朝経済新聞を届けること数年続け、相場師の方と雑談をするような仲となり、ある日交通事故にあって新聞を届ける事ができなくなってしまった。そのことを知らずに雪の日も届けていた新聞が、届かなかった事を気にした相場師が初めて七七証券に問合せた結果、入院していることを聞いた。

相場師は営業の方が入院している病院にお見舞いをしたことがきっかけで、口座開設を営業の方から頼まれたことはなかったが、今回のタイミングを機会として七七証券に口座を切り替えた。結果七七証券の預かり資産が地方地場の証券会社としては突出して大きくなった。預かり資産が大きくなったことが当時話題になったがそんな理由があった。七七証券の預かり資産の大半がこの相場師の保有資産だったことは、後年まずい方向に行ってしまうのは、後日また記載する予定だ。



またこの証券会社と取引をしていくにつれて、ネット取引などのシステム業務を前に記していた私の会社と同じビルに構えているシステム開発会社の社員が、七七証券に常駐してWEBシステムの開発と保守を行っていることを知った。そのためシステム連携の話がスムーズに進めていけると感じた。しかし早急にシステム連携の話を進めるに当たり、どうしても弊社側に開発の頭となるシステムエンジニアのリーダーだけでも出せないかと思案をしていた。



そんな悩んでいたある日、佐藤部長より、とてもいい提案を頂いた。

「そういえば、株取引のシステムを立ち上げたいって話聞きましたが、うってつけのやつがいますが如何ですか?」

「うってつけのやつって、どんな奴ですか?佐藤部長の紹介なら喜んで会いますよ。いい人ならすぐに採用しますよ。」


「前職時にY證券のシステム業務担当の会社でプロジェクトリーダーをしていた人です。そいつとこの間、久しぶりに電話で会話したのですが、Y証券が倒産しプロジェクト解散後、新たなプロジェクトのリーダーをしておりましたが、せっかく培った金融系の知識を使うことはなく、様々な会社のシステムの2000年問題のチェックばかりでつまらないと話聞いたんですよ。東京の会社で東京在住ですが、名古屋が実家でこっちに戻ってこようかなと愚痴を聞かされ、これなら渡りに船かなと思い、社長に話を持ってきました。」

「金融系のSEなんて珍しい。ピンポイントな人員ですね。すぐに会いましょう」


後日無事に採用し弊社に中途採用され、証券会社との連携プロジェクトのリーダーに抜擢し、システム開発を進めていくことになる。時間はかかる事となったが、七七証券のシステムとの連携部分を今回採用したリーダーと同じビルにいるシステム会社と開発を進める事ができた。


この売買予約システムは、七七証券のシステムと連携し、うちの会社の株式売買に大きく貢献する事となった。日本国内の株式市場だけでなく、アメリカやヨーロッパなどの株式市場でも同様の仕組みを作る事となった。

また七七証券だけでは、自分の会社の株取引の動きがばれやすくなるため、数年後には複数の証券会社と同様なシステムを作る事となった。そのため大規模な仕組みの構築が必要となり、10年規模の大型の開発案件となった。しかし十分に会社として発展に大きく付与される投資となった。



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1999.3  投資会社立ち上げ

1999.3  高校卒業

1999.4  投資会社 名古屋駅前に本社移転

1999.5-7 親族や佐藤さんなど即戦力入社 

1999.8  不動産会社買収 

1999.9  システム部門立上 システム開発開始


実際に発生した出来事

※.1999年10月1日に株式売買委託手数料を完全自由化


数多くの小説の中で、私の小説を読んで頂きありがとうございます。


読んで頂ける皆様にお願いがございます。


「ブックマーク」と広告下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして頂けますととても嬉しいです!



皆様の応援が、本作の連載を続ける原動力になります!


どうか清き一票をよろしくお願いします!!


選挙っぽくしてすみません。



カクヨム様にも投稿しています。

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