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恋は地平線の彼方より  作者: Henry
2/2

梅雨前線

 始業式のあの日、彼女を初めて見たときから早くも二ヶ月が過ぎようとしていた。

 授業中だが俺は白浜彼方のことで頭がいっぱいだった。今までこんな経験は無かったので、まさかこんなにも自分が軟弱だとは思っていなかった。白浜に話しかけたいのに話しかける事が出来ない。言葉も浮かばない。

 教室の窓から見えるのびのびと流れる雲に余裕のない自分を煽られている気がして、少しの苛立ちと焦りを交えたため息を校庭に向かって放り出す。

「おい日向、ぼーっとするなよ。そんなに余裕ならここ、解いてみなさい。」

 教師は嫌いだ。俺とした事が・・・あまり悪く目立つのは好きじゃないというのに、これではみんなの注目の的だ。

「すみません、聞いてませんでした。」

 そう言う俺に先生は呆れた様な表情でこう言う。

「お前なぁ、今年受験だぞ。分かってるのか?」

 その後も少し先生の愚痴は続いていたが、それすら気の遠くなる思いで聞いていた。

 

 

六月三○日の三時間目と四時間目の間のほんの僅かな短い休み時間

「日向君、ちょっと良いかな?」

 佐久間では無いが聞き覚えのある声だった。俺は少し期待して寝不足のせいで机に伏せていた顔を上げた。

 そこには、息を飲む程美しく、秀麗な白浜彼方さんが立っていた。

「な、なに?」

 しまった、少し言葉が詰まった。不審に思われてないだろうか、心配になっていると白浜は大きな目をパチパチとさせた後、何故か笑い始めた。不思議に思っていたところに衝撃的な言葉をいただく。

「よだれ、出てるよ」

「え?」

 ヤバイ、俺は何をやってるんだ。噛んだ上によだれを垂らしていたなんて。一瞬絶望しかけたが、俺は早急にティッシュでヨダレを拭き取り、冷静に返答する。

「そ、それで何か御用でございましょうか?」

 少しうかれているのが自分でも分かるほど、声に出ていた気がする。

「そっか、初めて話すね。そんな事より、千鶴に誕生日プレゼントを買いたいんだけど、日向君仲良いよね。千鶴は何もらったら喜ぶかな?」

 初めて話せたという喜びで心拍数が跳ね上がっている。自分の耳にも鼓動が聞こえるほどだ。

「千鶴は鳥が好きだよ。一番好きなのは」

 俺が言い終わらない内に割り込んできて

「鶴」

 白浜とハモリながらそう言ってしまった。

 白浜は不覚にも笑ってしまったといった感じで、俺も思わず笑ってしまった。誰と笑い合うより嬉しい。こんな時だけど、やっぱり笑っている白浜は可愛かった。

「名前から適当に言ったの」

 と白浜は続ける。

「それで当てたのか、ところで白浜は何か好きなものあるの?」

 自分でも驚くほど軽く言葉が出た。いや、でもこれはいきなり話題を変えすぎたかもしれない。

 白浜はしゃがみこむと机に顎を乗せて、考えていた。この光景はきっとこの世の全ての事象よりも美しく、神秘的だ。

「んー、好きって言うのか分からないけど、色?」

「色?」

 色が好きだと言う白浜の事が俺にはよくわからない。何色というわけでもないのだからわかるはずもない。

「私に色が無いからかなー?」

 そう言った後の白浜の表情は、しまったと言わんばかりの表情だった。だが、この時の俺にはよく分からなかった。

「比喩表現か何か?」

 そう尋ねると彼女は笑みを浮かべてこう答えた。

「そうかもね。色のある物が好きで、将来は世界中の色を見て何色にも染まらない私は、一番好きな色を決めたいの」

 白浜は勢いよく机に乗せていた顔を上げ、立ち上がると拳を掲げて壮大な冒険の物語を語るように話した。

「すげー、冒険家みたい」

 そう言うと、白浜は少し笑って俺を見て、恥ずかしそうにこう言った。

「ありがと、笑わないで聞いてくれたのは、君が初めてだよ」

 言い終わると白浜はこちらに背を向けて教室を出て行った。

 俺は、ふと我に帰り自分の頭の中のフィルムに記録された出来事を再上映させ、何度も鑑賞した。多分、このフィルムは一生保管されると思う。

 すこし頬の筋肉が緩んでいる気がする。

 そんな時だった、今度は聞き覚えのある男の声で名前を呼ばれ、振り返ってみると俺の親友である田村 カイが立っていた。

「よっ!日向ー今日一緒に飯食わない?食堂今日限定の生姜焼き定食やってるってさ!」

 限定定食は一日に僅か五食で勝ち取るのは至難の技だ。

「勝敗は?」

 幼稚だと思いつつ、俺は乗る事にした。こういう勝負は割と好きだ。俺と田村の間にはある決まりがあった。勝敗は?と聞くと

「フィフティー・フィフティーだ」

 と答える事だ。つまり五分五分なのだ。コナンの赤井秀一の影響でこのセリフはお決まりとなっている。

「乗った。」

 そう言ってニヤリと笑った。

「愛してるぜ、ブラザー」

 田村は海外の文化にも影響を受けており、たまにアメリカンジョークじみた事を言う。

 そして、四時間目。すぐそこに決戦の時が近づいている。限定定食には大抵高級食材が使われており、味も抜群なのだ。この学校の男子生徒は皆限定定食が発表された日は己を信じて奮闘するのだ。

 俺たちの高校の食堂は本館とは離れたところにある。つまり、本館出口に一番近いクラスが有利なのだ。だが、俺と田村は限定定食の覇者と言われており、特別な戦略を持っている。

 世はグルメ時代、未知なる味を求めて探求する時代なのだ。

 開戦の合図はまだ鳴らない。

 まだか、まだか、そう思っていると田村と目があった。

 田村は顎で時計を指し、秒針が九時の方角を指している事を俺に教えた。

 開戦まで一五秒、ここからすでに勝負は始まっている。予め上靴を脱いで、外履きに履き替えるのだ。

 そして・・・

 キーンコーンカーンコーン

 鳴った。俺たち定食族にとっては開戦の合図、ホラ貝の音にしか聞こえない。

「あざーした!」

 授業をしてくれた先生へのお礼は忘れないのが、俺と田村のモットーだ。

 二人別々の窓から飛び降りた。

 俺たちの教室は二階。高さは約三メートルと言ったところで少し足は痺れるが飛び降りれない事もない。窓から出ると俺達は、二〜三秒程立てなかった。

「ぬ、ぬぉぉぉー!」

 田村が変な雄叫びを上げると俺も変に気が入り、立ち上がることができた。

 飛び降りた地点から、食堂に続く一本道に向かって走る。

 一本道に沿う事は出来たが、すぐ後ろには本館の出入口付近のクラスの奴が四人と、大勢の男達。柔道着を着た柔道部も居た。

「おい!日向!先頭の奴らローラースケート履いてるぞ!」

「なんだと!?そんな卑劣な手をっ・・・」

 自分達も、卑怯を働いた事には変わりないがそれを分かって叫んだ。限定定食の食券は食堂の前に、ペットボトルの中に入れられて置いてあり、食券と一緒におばちゃんに払うシステムなのだ。

 食堂まで残り二〇メートルというところで、俺たちはローラースケーターに並ばれてしまった。そして、ローラースケートに勝てる訳もなく、あっさり抜かれた。

 敗戦を感じたのも束の間でローラスケート集団の先頭を走る一人が、豪快に滑り、そのままボウリングのピンを倒すように、ペットボトルを吹っ飛ばし、その一人につまずき、他の奴らも続々と倒れていった。俺と田村は散らばったペットボトルを拾い、なんだか呆気ない勝利となってしまった事を、目を合わせて笑うと食堂のおばちゃんに食券を渡し、本日の限定定食である「黒豚の生姜焼き定食」を美味しく食したのであった。

 ちなみに、コケた奴らはそのままの勢いで水やりをしていたおばちゃんのシャワーを自ら浴びに行く形となってしまった。

 止まり方を知らなかったらしい。

 

 

 放課後、豪雨の帰り道。傘をさして歩きながら、おばちゃんの水やり無駄だったな・・・あれ?じゃあアイツらも濡れ損なんじゃ・・・そんな事を考えながら、学校近くの雑貨屋の前を通った時の事だった。その雑貨屋に白浜が居た。俺がその雑貨屋に足を踏み入れた事は言うまでもない。

 この雑貨屋は、それはそれは小さな店で、店の明かりは今にも消えてしまいそうな電球しかなかった。

 入り口から入って左奥に進み白浜に声をかけようとした。白浜はこちらに背を向けて、何かを選んでいるようだった。

 おかしい。言葉が見つからない。白浜はこんなに近く、髪の匂いがするぐらいの距離にいて、声は届くはずなのに。

 これが、恋なのか。そして、次に俺に重くのしかかった疑問は(話しかけて良いのだろか?)だった。

 こんなに近いのだから、話しかけるべき。せっかく二人きりなのだ。声を出せ。

「白浜」

 あ、声が出た。と、安堵できたのも束の間で、白浜はこちらを向いて少し微笑んで

「日向君、どうしたの?」

 白浜は近くで見ると可愛い。あの時は綺麗だと思ったのが。

「ひ、日向で良いよ。」

 良いよとは言ったものの、いきなり馴れ馴れし過ぎではなかろうかと、少し後悔したが

「そっか、じゃあ私の事も彼方って呼んで。」

「呼び捨て?」

 俺は何を聞き返してるんだ。馬鹿なのか?白浜を名前で呼べるチャンスなのに。訂正されたらどうする?

「あ、そっか変な関係だと思われちゃうもんね。やっぱ白浜で良いや」

 左手に鶴のストラップ、右手に鶴のぬいぐるみを持ち、選別の眼差しを品に向けながらそう言った。

 しまった・・・完全にやらかしてしまった。

「あーそうだよね」

 と、苦笑いしながら答える仕草に白浜は疑問を抱いたのか

「なんでちょっと残念そうなの?」

 と、言う白浜の顔には、分からない。と書いてあるようだった。俺とした事が、顔に出ていたようだ。

「いや、別にそんな事ないよ?」

 いつも佐久間と話す時に心がけている無心の表情でそう返す。

「ふーん、ねぇ、千鶴ならどっちの方が喜ぶかな?」

 佐久間が白浜から誕生日プレゼントを貰える事が羨ましく感じるが、その感情を抑えて

「うーん、アイツはぬいぐるみよりストラッの方が喜ぶんじゃないかな」

 と、真面目に回答してみると

 右手に持つ鶴の縫いぐるみを元の位置に戻して

「じゃあ、こっちにしよう!」

 と、笑顔で一言。

 白浜が会計を終えるのを外に出て待つ。雨は降り止まないどころか強まっていた。

 この辺りは田舎で、晴れているなら見渡す限り山が広がっているが、今日は生憎の天気で雑貨屋の駐車場と、新しく整備された舗装道路、それと数メートル先の田んぼしか見えない。梅雨時の雨には独特の匂いがある。どこか懐かしいようで、寂しいような匂いが孤独を招いているようだった。だが、風情があって嫌いじゃない。

 白浜は入り口から出てくると

「ところで日向、これ」

 そう言って、俺に太陽のペンダントを手渡してくれた。

「あ、ありがとう」

 俺は表情こそ素っ気なくしているがまさか、白浜からプレゼントを貰えるとは思ってなかったので心中では舞い上がっていた。

「日向陽介って名前だから太陽がピッタリかなって。プレゼント選び手伝ってくれたお礼」

 そう言って白浜は俺に一生の宝物を手渡してくれた。こんなに幸せな事があるだろうか。

 白浜と目が合う。

「なに?あ、目の事?」

 目の事?最初は意味がわからなかった。だが、彼女の目は白色だった。学校で目が合った時は黒色だったはず。

「え、えっと、なんで目白いの?」

 白浜は一瞬悩む様な表情を浮かべて、ため息をついた。

「なんだか、不思議だね。君になら話せそう。立ち話もなんだから、あのベンチで座って話そう」

 そう言う白浜はなんだか少し悲しそうだった。屋根の下のベンチに座ると重たく、冷たい雨のような声で白浜は話を始めた。

「アルビノって知ってる?色素が無い病気」

「一応、小耳に挟んだ事はあるよ?」

 もし、白浜がアルビノだったとしても、俺は何も気にしないが、きっと本人は気にしているのだろう。

「私もね、アルビノなの。この髪も染めてるんだ。学校の時は目にだってカラーコンタクトを入れてる。だから、私には色が無いって言ったの」

 そう言う白浜の目は、いつもの少し独特な気配はかけらも見えない、ただ誰かに助けを求める一人のか弱い人の目だった。

「そう・・・だったんだ。辛い話をさせてごめん」

 俺は白浜にこんな表情をさせた事を酷く後悔した。こんなはずじゃなかった。白浜の笑顔が見たかったはずなのに。

「いや、ずっと隠すのが辛かったから、話せてよかった。ありがとう」

 そう言うと、白浜はいつものように、純粋な笑顔を向けてくれた。そんな彼女に俺はなんて声をかければ良いだろうか。

「でも、白浜の目すごい綺麗じゃん」

 言ってから気づいた。俺は白浜に直接、綺麗だと言ったことに。一時の空白の時間は雨の音が埋めてくれた。

 白浜は驚いたような表情だっで頬を濡らしていた。

「雨で顔がずぶ濡れだ。」

 白浜はそう言うとこちらに背を向けて

「だから雨は嫌いなの、海も濁るし。」

 と言った。これが強がりなのか、本当に嫌いだったのかは分からない。俺はかける言葉が見つからなかった。

「日向!」

 活気あふれる声でいきなり呼ばれたせいで、俺は慌てて

「は、はい」

 とだけ言うと

「友達になって」

 そう言いながら白浜は、右手を出していた。

 僕は戸惑うことなく彼女と握手をして、白浜の友達になる事ができた。

「名前と同じであったかいんだ」

 そう言うと白浜は走って帰ってしまった。

「嫌われた・・・訳じゃないよな?」

 と漏れた声は後ろにひっそりと立っていた雑貨屋のお婆さんに聞かれてしまった。

 何でこのおばさんは外まで出てきたんだ。

「青春だねぇ」

 と、細い目を開いて言われた事は人生で恥ずかしい出来事TOP5には入る出来だろう。

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