北原へ向けて
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王都ハティオール 王立中央図書館
王都に住み始めて数日、ティアリルは毎日ノートを持ってこの図書館に通っていた。
調べている事は3つ。
幻獣について。幻獣の巫女について。そして、ドラゴンについてだ。
幻獣については特に幻獣が現れた、幻獣に出会ったと云う伝承についてだ。
幻獣の巫女 スティート ハティオールを手に入れたティアリルは、幻獣世界ルシオンに行く為の研究を本格的に始めた。
過去の幻獣の伝承を調べているのは、“仮に幻獣がこの世界テワイリアに来ていたなら”その条件や方法があるのかを知る為だ。
そして、幻獣の巫女について調べているのは、幻獣戦争を終わらせた伝説の幻獣の巫女 アールアーが幻獣世界に行った方法を探す事と幻獣の巫女が他の魔法使いと何が違うのかを知る為だ。
最後のドラゴンについては、ドラゴンが最も有名な幻獣の子孫だからだ。
ドラゴンのブレスは魔法の一種だと言われていて、人間の様に幻獣の力を借りて魔法を使うのでは無く、自ら魔法を使ってブレスを吐いていると言われている。
そして、ドラゴンは“しゃべる”らしい。
此れはマトゥエナ老師が言っていた事なので事実だろうと思われる。
長命なドラゴンならば、もしかしたら、幻獣世界へ行く方法を知っている者が居るかもしれない。
ティアリルは今日も必要そうな記述をノートに書き写していた……
「!!」
「どうかされましたか?ティアリル様」
図書館なので小声で聞いて来る、今日のお付きのメイム。
「ああ、ちょっと気になる事を見つけてな」
此方も小声で答えたティアリルが、ノートの一冊をパラパラ捲ってから、読んでいた本と一緒に見せる。
「この2つは何方も100年以上前の有名な5大竜の1体、光と雪の化身と言われる純白竜との遭遇記録なんだが、この本の此処だ」
「3カ所とも同じ場所?」
「ああ、そうだ。そして、この本は20年前のモノだ。
100年以上前から20年前まで同じ場所に居るなら、今もこの場所に居るかもしれない」
「なるほど……」
「其れに、共和国が失われた今なら、誰にも邪魔されずに無許可で北原に入れる」
「しかし、ティアリル様。
確かに北原へは入れるでしょうけど、この場所はプデト共和国と云うよりもフェル・ネテム王国の方が遥かに近いのでは?」
「まあ、距離で言ったらそうだろうが、北原に面する国はどこもドラゴンを警戒して北原には簡単に入れない。
共和国が無くなった今は絶好のチャンスだと言える」
「ですが、一応、国王陛下の許可を取られた方が良いのではありませんか?
万が一、ドラゴンが暴れ出して北原からやって来たら、対応するのは王国軍になるでしょうし……」
「…………そうか……。まあ、断られはしないだろうが……」
「…………すまんが、ワシは許可する事は出来ん……」
図書館の帰り道、屋敷に帰る前に王城に寄って北原へ行く許可を取ろうとした所、すんなり、国王に会えた代わりに、すんなり、断られた。
「……もし、ワシの許可の下、ティアリル殿が北原に入り、ドラゴンが暴れ出して他国を襲撃した場合。
ハティオール王国の責任が問われる。
だが、現在、プデト共和国とハティオール王国の国境は曖昧だ。
そんな状態では、“プデト共和国に入国した者”を全て把握するのは難しいだろう」
「…………なるほど、“ハティオール王国から北原に行く”のはダメだから、“ハティオール王国からプデト共和国に行け”と言う事だな。
そうすれば、万が一オレの所為でドラゴンが暴れて他国に被害が出ても、北原行きを止めなかったプデト共和国の責任だと……」
「……そう言う事だな。
だが、大丈夫なのか?
かの、マトゥエナ老師と暗黒竜の戦いで、マトゥエナ老師すら命懸けで口の中に飛び込み、体内から倒したと云うが…………」
「其れは、退治しようとしたからだ。
オレは純白竜が喋れるなら話しが聞きたいだけだから、別に無闇に刺激しようとは思っていない」
「長く生きるドラゴンは人の言葉を操るとは云うが、話せるのか?」
「どういう事だ?」
「喋れるからといって、会話になるのか?と云う事だ」
「其処は仮にも生物なんだ。
最悪、拷問でもすれば良いかと思っている」
「「「ドラゴンを拷問?!」」」
「見てみないと分からないが、逃げ続けながら苦しめれば其の内素直になるんじゃないかと思っている。
殺せるかどうかは分からないが、苦しめる事は可能だと思うからな」
「…………まあ、ティアリル殿だしな……。
深く考えるのはやめよう……。
ところで、スティートから聞いたが、どの様な方法であれ幻獣世界に行くならば、スティートは必ず同行する筈。
其れならば、ワシとしては早く孫が見たいのだが?」
「…………ラーン王、其れをスティートに言っていないだろうな?」
「もちろんだ。今、おらんから言っている。
ティアリル殿、“あの拳”は凄まじく痛いのだ」
「…………なるほど、聞いているなら本人に考える時間をやってくれ」
「うむ、そうか。
まあ、時間の問題であろうがな……。
むしろ、あのスティートが2ヶ月も待てるのかの方が疑問だ……」
「…………自分の娘をなんだと思っているんだ?」
「…………可愛い猛獣だな……。いや、可愛いドラゴンかな?」
「…………メイム、ちゃんとスティートに伝えるんだぞ」
「!!ティアリル殿!!
そ、そうだティアリル殿、“プデト共和国の北部”はこの時期でもまだ寒いだろう。
ワシからの餞別で、フェンリルを寒冷地仕様にするよう手配しよう」
「…………メイム、ラーン王はスティートをとても可愛いがっている。
其れ以上でも其れ以下でも無い」
「…………分かりました。猛獣もドラゴンも私は聞いていません」
「…………と、云う訳で、オレはしばらく北原に行って来る」
“職業メイド”の為、スティートも今ではメイド服を着ているので、ティアリルの向かいには3人のメイドが座って食事をしていた。
大体みんな食べ終わった様なので、今日の図書館での成果と共に北原行きを伝えた。
「…………ティアリル様、もしかして、お一人で行かれるつもりですか?」
「いや、誰か雇って行くつもりだ。
食材は傷まないだろうが、寒いだろうからな」
「以前申し上げた通り、私が御同行致します」
「ティアリル様、私も行きます」
「もちろん、私も行きます」
「いや、言った通り誰かを雇って行く。
フェンリルをドラゴンの近く迄持って行く訳にはいかないから、何処かに長時間待機させる事になる。
そうなったら、いつフェンリルにドラゴンがやって来るか、大型の野生動物が来るか分からない。
今回行くのは北原なんだ。
だから、死ぬかもしれなくても良いから大金が欲しいヤツを雇うつもりだ」
「イヤです!!」
「いや、ルティ、イヤですって……」
「私もイヤです!!」
「私もです!!絶対に着いて行きます!!」
「あのな、そんな、何ヶ月も何年も行く訳じゃないんだぞ?」
「ティアリル様、そうではありません。
私が付いて行きたいと言っているのは、ティアリル様にもしもの事があった時に側に居られないのがイヤなのです。
今回は純白竜の下に行かれるのです。
如何にティアリル様でも万が一と云う事があるかもしれません。
そんな時にただ待って居るのはイヤなのです」
「私もです。私じゃあ足手纏いかもしれませんが、其れでも付いて行きたいです」
「私もこの命を捧げる覚悟でティアリル様の下に来ました。
最初は王女としての責務と思っていましたが、今は違います。
私は自分の意思でティアリル様にこの命を捧げる覚悟です」
「…………3人とも、“純白竜のところ迄”付いて来ると言ってるのか?」
ティアリルは少しキツい視線を3人に向ける……
しかし、強く頷いた3人の目は真剣そのものだった。
純白竜を舐めている訳でも、自分の命を軽く見ている訳でも無い。
命を賭け、そしてやり遂げる覚悟の目だった。
「…………分かった。
だが、メイムが言った通り、ハッキリ言って足手纏いだ」
3人とも、僅かに悔しそうにするが『そんな事は分かっている。それでも!!』と、目が訴えていた。
「…………だから、少し特訓をしよう。
但し、たとえ以前言った様に此処を出て行くとしても、今回教える技術は絶対に他言しないと約束出来るか?」
3人は再度、力強く頷いた…………
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「魔法は大きく分けて2種類有るとオレは考えている」
ルティ、メイム、スティートの3人を北原行きに同行させる事にした翌日、ラーン王の命によりやって来たフェンリルの整備チームを地下ドックへと案内してから、3人の特訓が始まった!!
気合いを入れ、いつの間に準備したのかお揃いのジャージを着た3人がティアリルに連れられてやって来たのが、此処!!
リビングだ!!
いつもと違うのは、テーブルの上に置かれた1人2冊づつのノートと壁際のホワイトボードだ。
『先ずは特訓の説明をされる』、そう思った3人にティアリルは言った。
「最初の特訓は勉強だ!!」と…………
ホワイトボードに大きなマルを2つ描いて、ティアリルの説明は続く。
「1つは、科学的な魔法だ。
例えば、ヘリを動かす魔法は知ってるな?」
そう言って、“プデト共和国首都壊滅作戦”でフェンリルの副運転手をしていたルティを指す。
「はい、“ライトニング エナージェスト”です」
「そう。じゃあ、電動自動車を動かす魔法は?」
次に指されたのは、メイム。
「同じく、“ライトニング エナージェスト”です」
「そうだな。なら、2つの違いは?」
最後のスティートは、
「威力の違いですか?」
と、疑問系。
「そうだな。威力と言うと語弊がありそうだが出力の違いだ。
同じ“ライトニング エナージェスト”でも、用途によって出力が違う。
殆どの人は、この出力の違う“ライトニング エナージェスト”を契約の書の別々のページに書いている。
其れは何故か?
この魔法が其々の機械に合わせて、効率の良い出力迄設定して使う事が出来る魔法だからだ。
そして、この効率の良さは科学的に計算された内容だ。
雷と云うエネルギーを科学的に起こる事象として効率的に使う魔法がオレの考える、『科学的な魔法』だ」
優等生なルティがティアリルの説明に何も言われなくてもノートを取り始めると、脳筋っぽさが拭えないメイムとスティートも遅れてノートを取り始める。
「では、もう1つ。
其れは、概念的な魔法だ。
此れは先に答えを言うと、その属性が持つイメージを魔力で再現したモノが、オレの考える『概念的な魔法』だ。
メイムの“ライティケーション”が良い例だ。
メイムはあの魔法をどんな魔法だと思っている?」
「自身を雷に変える魔法だと思ってます」
「残念だがその考えは間違いだ。
あの魔法は、雷の持つ、“速い”、“痺れる”、“物質を透過する”と云うイメージを魔力で再現した魔法だ。
その証拠に、敵と対峙した時、通電し易い剣に向かって身体が引っ張られたり、雷の様に発生した場所に戻ったりしないだろ?」
「!!言われてみれば……」
「もう1つ例を挙げようか。
スティート。
この間見た“ライトニング フィスト”だが、オレが言った様に『手に纏った雷で物質を焼き、魔法を魔力に変えて吸い取る魔法』で、合ってるか?」
「はい!!更に言うと、鋼鉄の様に硬くなって、触れると感電します」
「そうか。なら、“ライトニング フィスト”の雷で焼く事と感電させる事。
この2つが科学的魔法の効果で、魔力を吸い取る事と硬くなる事が概念的魔法の効果だ。
そもそも自然現象の雷は魔力を吸ったりしないが、エネルギーを集めると云うイメージが魔力を吸う効果を与えていて、高い破壊力と云うイメージが拳を強固にしているんだ。
この、科学的な魔法の効果と概念的な魔法の効果を使い分ける、又は上手く融合させる事で、効率的で、高威力の魔法になるんだ」
最初は特訓が勉強だと聞いて表情を硬くしていたメイムとスティートも、ティアリルの話しに引き込まれる様に真剣にノートを取りつつ聞いていた。
「普通の人は大体が会社の指定する魔法を契約の書に書き取り、其れを覚えて仕事をする。
ロイヤルガードの様な戦闘職業の人間でさえ、殆どが“魔法全集”なんかの内容を書き写して、その魔法を使いこなす事だけを考える。
其れは何故か?
理由は、契約の書に書き込んだ内容が適当だとまともな魔法にならないからだ。
だから、先人達の成功例だけで何とかしようとする。
しかし、魔法使いは違う。
自分で新たな魔法を生み出したり、同じ魔法名の魔法でも自分の戦闘スタイルにマッチした内容のモノを自ら組んで使っている。
だから、魔法使いは強いんだ。
もう分かったな?
最初の特訓の“勉強”は、先ず、契約の書の内容を科学的な魔法と概念的な魔法とをキチンと理解して、自分の戦闘スタイルに有ったモノに作り変える事だ」
「「「はい!!」」」
この第1の特訓“勉強”は絶大な効果を発揮した!!
ティアリルの科学知識、柔軟且つ説得力の有るイメージの発想は3人から凄まじい敬愛を得て、普段のだらし無さが“能ある鷹が爪を隠すが如く”映り、3人をメロメロにした。
そして、メロメロの3人は、『もっと私に教えて欲しい』と云う、邪なパワーを発揮して、貪欲に知識を吸収して行ったのだ……
3日間の“勉強”を経た4日目。
今まで使っていた魔法の改変と戦闘スタイルに合ったオリジナル版の新魔法の追加に一旦区切りを付けると言われた翌日、そろそろ魔法を実際に使ってみたかった3人が集められたのは、やはり、リビングだった……
少し残念そうにする3人だったが、ティアリルの言葉に一瞬にして輝く瞳に変わる。
「今日は、オレの秘蔵のオリジナル魔法を雷属性版にしたモノを書き込んで覚えて貰う」
と、云う言葉だ。
今まで覚えた、オリジナル版の魔法とティアリルの言うオリジナル魔法は全くの別物だ。
オリジナル版の魔法と云うのは、魔法名は既に周知のモノで内容や呪文が魔法全集記載のモノとは異なるモノを指す。
其れに対して、オリジナル魔法と言うのは、本人が一から作った魔法で魔法全集に載っていないどころか、魔法名すら本人か聞いた者以外は知らない魔法の事だ。
一般的には、作った魔法が魔法全集に魔法名すら無かった場合に「オリジナル魔法が出来た」と、云う言い方をする方が多い。
多少違うだけの既に似たような魔法が有る場合には、その似たような魔法と同じ魔法名になるからだ。
「因みに、覚えて貰う魔法は2つだ。
先ずはどんな魔法か見せよう。
…………我が意に遍く従え『自由自在なる風の腕』“フリィリー ウィンドアームズ”……」
ティアリルの唱えた魔法に従って、左肩口からエメラルドグリーンの腕が生まれる。
「……1つ目は此れだ。
この魔法の1番の使い道は……」
ティアリルが持っていたエメラルドグリーンの契約の書を“風の腕に手渡す”。
「「「!!!!」」」
「見ての通り、魔法は消えない。
そして、2つ目の魔法だ。
…………求める全ての色と成せ『風の色彩』“ブリーズティンクシャー”……
“トランスパァント”……」
柔らかなエメラルドグリーンの風が風の腕を包み込み、そして、契約の書と共に透明になって行き見えなくなった…………
「「「!!!!」」」
「と、この2つが覚えて貰う魔法だ」
「ティアリル様、今、2つの魔法を同時に?!」
「2つと仰られていましたが、全く別の魔法を同時に使われたのですか?!」
「ああ。だが、此れは大した事じゃ無い。
単に2つの魔法を同じところの左右のページに書いておけば誰でも出来る事なんだよ。
多分、このやり方は知っているヤツもいると思うぞ?
あ!!ゴライオスおじさんは知ってた筈だ。じーさんもやってたからな」
「!!そうなのですか?
父上は私には教えてくれませんでしたが……」
「其れは多分、ルティがまだその段階に無いと思ったからじゃないか?
将来的には教えるつもりだったんじゃないかと思うけどな」
「其れは、かなり高度な技術だからと云う事ですよね」
「まあ、普通はな。
組み合わせをしっかりと考えないと意味がないし、魔力の消費も1つづつ使うよりも多くなっちゃうからな。
だが、今見せた2つの魔法は、ぱっと見ショボイだろ?
其れにこの2つは、基本的にセットで使う事が前提だから組み合わせを気にする必要も無いしな」
「…………あの、ティアリル様、ちょっと、言いづらいんですが……」
基本ハッキリモノを言うメイムが、複雑そうな表情で聞いてくる。
「その……。魔法の腕で契約の書を持って、透明になる魔法迄同時使うのはとても凄い事だと思うんですけど…………
其れだと、結局他の魔法が使えないから意味ないですよね?」
「「確かに!!」」
「ああ。確かにここ迄しか出来ない内は意味が無いな。
だが、先ずは此処からだ。
此れが出来る様になって、で……」
「!!イタッ!!」
突然、頭を押さえて痛がるメイム。
ティアリルが“透明な契約の書”で、コツンとやったのだ。
「こうやって、自由に動かせる様になって、その後は24時間使いっぱなしの状態を維持出来る様になったら、次の段階だ」
「「「24時間?!」」」
「そうだ。この状態でずっと過ごす。寝てる時もな」
「其れは、人知れず魔力を高める特訓と云う事ですか?」
「ああ、その意味もある。
其れと魔法はブッ放すよりも維持する方が神経を使うから自然と使える様にする意味も有る。
後は腕が増えている感覚に慣れる意味も有る。
今回の特訓だけじゃ無理だろうが、最終目標はこうだ!!
“オリジナルカラー 風の腕”」
「「「ええ〜〜……!!!!」」」
思わず椅子から引っ繰り返りそうになる3人。
其れもその筈、ティアリルの背には長さの違う20本のエメラルドグリーンの腕がまるで翼の様に生えていたのだ。
そして、その20本の全ての腕には契約の書が持たれていた…………
「オレが魔法名を言わずに魔法を使ってるから不思議に思っただろ?
その答えがこれだ。
オレはちゃんと魔法名を言ってたんだ。何日も前にな」
「!!つまり、ティアリル様は幾つもの魔法を24時間使いっぱなしと云う事ですか?
寝ている間もずっと?」
「ああ。さっきの2つの他に最低でももう5つの魔法を常時使ってる」
「7つの魔法を同時に24時間ですか?!」
「あの!!其れも凄い事だと思うのですが、其れよりもどうしてこんなに沢山の契約の書が?」
「「確かに!!」」
「其れについては、“腕”と“透明”が24時間出来る様になったらな」
普通の事の様に言うティアリルに対して、ルティはゆっくりと噛み締めながら思い出す様に言う。
「……父上が仰っていました。
『マトゥエナ老師の後継者はティアを置いて他に居ない。
自分も他の弟子も含めて、マトゥエナ老師を超える事が出来るのはティアだけだろう。
ティアだけが唯一、マトゥエナ老師と同じく、我々の常識の外に居る』
と…………
常に魔法を使い続けると云う事も、多数の契約の書を持つと云う事も私達では思い付きもしません…………
ですが!!
教えて頂いて学ぶ事は出来ます!!
私も必ずティアリル様と並び立てる様になって見せます、伴侶として!!」
「私だって追いついて見せます!!」
「私も追いつきます!!」
「…………3人とも気合いが入ってるのは良い事だが、難しいんじゃないか?
オレは7歳の頃からずっと魔法の常時使用をしてるんだぞ?」
「こんな凄いのを7歳から?!」
「いや、その頃はこんなに多く無かったけどな。
此れからやるメニューは全部オレが6歳の時にしてたモノだし……」
「「「6歳児のメニューなんですか?!」」」
「ああ。今回の特訓はその頃やってたメニューだ。
まあ、オレは独学だったから、その頃のオレよりは早いペースで出来ると思うが……」
「あの、其れで純白竜のところに行って大丈夫なんですか?」
「一緒に行くだけなら大丈夫だと思ってやってるよ。
今回の目標は“ドラゴンに攻撃されても即死しない”レベルにまでしようと思ってるだけだから」
「…………ティアリル様。帰って来ても特訓をお願いします……」
「ああ。トレーニングメニューを考えとこう」
意気消沈してしまった3人に、ティアリルのオリジナル魔法の記入の長さと覚えなければならない呪文の長さがトドメを刺したのだった…………
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特訓開始から10日、昨日フェンリルの寒冷地仕様への改造が終わり、整備チームにお礼を言って見送った。
国王払いなのを良い事にティアリルはアレコレと注文していたのだが、どれもティアリルの言った以上の仕上がりにしてくれた整備チームとティアリルはとても仲良くなっており、完成パーティー迄催す程だった。
そして、特訓を受けている3人は、未だ折角リニューアルした契約の書を自由に使えていなかった…………
3人が使っている魔法はティアリルの“風の腕”と“風の色彩”の雷属性版『自由自在なる雷の腕 フリィリー ライトニングアームズ』と『雷の色彩 ライトニングティンクシャー』だけだった。
その2つの魔法を24時間使いっぱなしにして、“透明なままのその腕”で食事をさせられたり、文字を書いたりさせられつつ、反射神経を鍛える肉体的な特訓をさせられていた。
何度も挫けそうになる3人だったが『ティアリル様に此れから先付いて行く為!!』だと己を奮い立たせ、『此れは6歳児の訓練!!』だと己に言い続けて出来ると思い込む様にして頑張った。
「じゃあ、今日から実際に魔法を使った特訓に入る。
特訓の間は“腕”と“透明”は解いて良いが、終わったら再度使う様に」
「「「はい!!」」」
「じゃあ、先ず、今回改修した魔法を全て順番に使って行ってくれ。10周」
「「「10周?!」」」
「ああ。まあ、やってみれば分かる。
おっと注意事項だ。
各魔法で其々だろうが、全力で使わなくても良いからちゃんと意味のある威力で使う様に」
戸惑いつつも言われた通り魔法を使って行く3人。
3人が戸惑っていたのは『そんなに魔法を使っては途中で魔力が尽きてしまう』と思ったからだ。
だが、結果は…………
「どうだ?まだまだ行けそうだろ?」
「はい、自分でも驚きです。
此れが24時間魔法を使い続ける効果ですか……」
「たった1週間でこんなにも魔力量と魔力回復速度が上がるなんて……」
「ティアリル様は私達よりももっと多くの魔法をずっと使われているんですよね……。
其れも幼少の頃から、一体どれ程の魔力が……」
「まあ、オレは自主練以上にじーさんから訓練を受けてたからな」
「!!そう言えば、確か今のメニューは自分で考えたと仰っていましたよね!!
もしかして、ティアリル様は私達がやっていたメニューとは別にマトゥエナ老師の訓練を受けられていたんですか?」
「ああ。だが、じーさんのと同じ訓練じゃあ成果が出る迄に時間が掛かるからな。
命掛けの割に……」
「「「命掛け?!」」」
「オオカミの群れに放り込まれたりな」
「6歳の子供をですか?!」
「いいや、6歳の時じゃない」
「「「はぁ〜〜……」」」
「3歳の時だ」
「「「ええ〜〜……!!」」」
「まあ、今にして思えば死なないギリギリの一瞬で助ける自信があったからだろうが、やっとまともに走り回り始めたばっかりの子供にやる事じゃないよな」
「ティアリル様、有難う御座います。生きていて下さって…………」
「ルティ、恐らくゴライオスおじさんも同じ目に遭って生き延びたから君が産まれたんだと思うけど?」
「しかし、父上が弟子入りしたのは10歳の時だと……」
「10歳には10歳の訓練がある」
「…………父上、よくぞご無事で…………」
「じゃあ、次の特訓だ。
次は1発の“サンダーアロー”に全力で魔力を込めて自在に操る訓練だ」
「「「はい!!」」」
ティアリルとの差を感じつつも、自身の成長を感じられた3人は一層、訓練に励んだのだった……
更に10日たった。
今日は、次の段階へと言われている。
リビングでのお勉強モードの3人も心無しソワソワしていた。
「じゃあ、次の段階だが、此れはある意味、今回の特訓の最終段階だ。
ある意味でと云うのは、此処からは同じ事の繰り返しで上げて行く事になるからだ」
力強く頷く3人。
「内容は“腕”と“契約の書”を“増やして”、同時に複数の魔法を使い分けて行く訓練だ」
「「「!!!!」」」
そう、ティアリルが以前見せてくてた普段透明化させている20本もの“風の腕”と其処に持たれた20冊の“契約の書”。
此れは、ティアリルの最大の秘密と言って良い程の事だ。
ティアリルはホワイトボードの裏から箱を引っ張り出して来る。
其処には10本の丸められた布が刺さっている。
その内の2本を出してテーブルに置くと、一冊のノートを出した。
広げられた布には魔法陣が、ノートには呪文が描かれている。
「……この、魔法陣と呪文は知ってるな?」
「はい、雷属性の契約の魔法陣と契約の呪文ですね」
「ああ、そうだ。
3人とも呪文文字は読めるだろうが、魔法陣文字は読めるか?」
「いいえ、私は読めません」
ルティに続いて、メイムとスティートも首を横に振る。
「そうか、まあ、文字を覚えるのは時間が掛かるから後々にして、この2つの魔法陣だが、どうだ?」
「同じ魔法陣…………じゃない?」
「そうだ、此処が違う」
指差す先は確かに1つ目と2つ目だと、2つ目の方に何か文字が足されている様だ。
「此処には、『第二の』と書かれている」
「「「!!!!」」」
「ティアリル様、もしかして、たった其れだけで第二の契約の書が手に入るのですか?」
「用意するモノはな。
後は、このノートに書いてある様に、契約の呪文でも『第二の』と足すだけだ」
「…………たったそれだけなのに、どうして誰も複数の契約の書を持っていないのでしょう……」
「誰もって事は無いぞ。
そもそも、此れはオレが考えたんじゃない。
居るだろう?2冊の契約の書を操る有名な魔法使いが」
「!!“十二人の大魔導師 トゥエルウィザード 双雷帝 アムセティ セヌエフ”……」
「そうだ。
この魔法陣は“双雷帝”が考えたモノだ。
だが、使い手は少ない。
とても単純だが、最大の秘密が双雷帝の著書には無いからだ」
「最大の秘密ですか?」
「ああ、この魔法陣と契約の呪文は文章で簡単にではあるがちゃんと書かれている。
だが、“使い方”が書かれていないんだよ。
答えを言うと、“右手で”契約しないといけないんだ。
契約の書は、腕1本につき1冊しか契約出来ないんだよ」
「!!まさか、ティアリル様の“風の腕”は!!」
「そうだ。
別に便利だから“人間の腕の形”をしてる訳じゃない。
契約の書を複数契約する為に有るんだ」
「「「!!!!」」」
「ですが、ティアリル様。
ティアリル様の“風の腕”は別にしても、2冊迄なら“双雷帝”のお弟子さんが広められるとか、もっと多くの人に知られていても良いと思いますが……」
「其れは、複数の契約の書で魔法を使うのが効率が悪いからだ。
魔力の消費が倍以上必要になる」
「!!そんなにですか?!」
「ああ、2冊で2倍、3冊で2.2倍、4冊で2.4倍で、50冊目だと11.6倍だ」
「11.6倍?!」
「ティアリル様は一体何冊の契約の書をお持ちなのですか?」
「50冊だ。正直言ってそこ迄使う事は無いが実験の為にな」
「なるほど…………」
「と、云う訳で、3人には此れから2本目の“雷の腕”を出して、2冊目、3冊目、4冊目迄の契約をして貰う」
「い、一度にそんなにですか?」
「多分、大丈夫だ。
其れに使って行く数自体は徐々に上げて行く。
4冊が自在に操れる様になったら、今回の特訓は一旦終了だ」
こうして、最終段階の訓練が始まったのだが、そこからが長かった……
ティアリルから3人がOKを貰ったのは特訓開始から3ヶ月後。
季節は完全に夏真っ盛りだった…………