新居の地下
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「此方です」
ハティオール王国王都ハティオールの高級住宅街の端にある周囲よりも少し広めな敷地、少し小さめな屋敷にティアリル達はリティの案内の元やって来た。
今は誰も住んで居ない様だが、其れなりにキチンと整備された庭を見て、
『思ったよりちゃんとしてるんだな、まあ、当然か……』
と、思いつつ門を潜る。
建物の中も定期的に掃除がされている様で埃っぽさは無く、床の絨毯も其れなりのモノが使われている様だった。
「……では、此方が鍵になります。
コレが門、コレが玄関、コレが裏口、コレらが各部屋の鍵で、最後にコレとコレが地下室の鍵になるのですが、陛下から必ず地下室だけは、ティアリル殿自身に最初に確認をして頂く様に仰せつかっています」
「…………地下室に何か在るのか?」
「分かりません。
ティアリル殿ならば行けば分かるだろうとしか……」
「…………分かった、取り敢えず行ってみようか……」
ティアリルが『ハティオール王国一の女垂らし』として王国中に知れ渡ってから、3日。
祝勝パーティー、祝勝パレード、壊滅させたプデト共和国の今後についての話し合いを経て、ティアリルがやっと帰れると思った所で、ハティオール王国国王ラーン王から、
「ティアリル殿、王都に屋敷を用意してあるので、今後は其処に住むのが良いだろう」
と、既にティアリルの名義になっている屋敷の権利書を渡された……
そして、ラーン王の部屋を出ると大きな荷物を持ったスティート、メイム、ルティと軽装のリティが待って居て、有無を言わさずこの屋敷に連行されたのだった……
地下室は鍵が2つあった通り、部屋が左右に有り、先ずは右手から開けてみる。
中は超大型の冷凍庫と冷蔵庫、ワインセラーなどが有り、食料貯蔵室の様だった。
冷凍庫や冷蔵庫の中も見てみたが、一応そこそこの食材が準備されていたものの、特別変わった様子は無い。
「なら、あっちか…………」
今度は左手の扉を開ける。
其方は鍵が掛かっていた。
鍵を開けて入った左の部屋は何も無かった。
真四角だった右の部屋と違って、長細く少し広い。
中をぐるりと回ってみたが特に変わった様子は無いと思ったのだが…………
「ティアリル様、恐らくコレです」
一緒に見て回っていたスティートが奥の壁の1箇所を指差す。
其処には丸に棒が付いた様な模様が薄らとあった。
「此れは王家の“隠し紋”です」
そう言ってスティートがその“隠し紋”の棒の先、何も無い壁を押すと継ぎ目一つ見えなかったコンクリートの壁が、ガチャッと云う音と共にゆっくり出っ張って来た。
そして、その出っ張った中にはボタンが2つ、スティートは迷う事無く緑のボタンを押す。
すると、ズズズズズ…………
コンクリートの壁がゆっくりと“地下室の奥”に向かって開いて行った…………
「…………この方角は王城だな。つまり……」
「はい、恐らく此処は王家の緊急時の脱出用の建物です」
「…………そうなのか?」
「え?」
「いや、オレはてっきり、ラーン王が愛人を囲う為の屋敷とコッソリ会う為の秘密の通路なのかと…………」
「そんな、流石にそんな事は…………」
「其れで、ラーン王は歳も歳だし必要無くなったから、スティートを住ませる事でいざと云う時の脱出用に見せかけようとしたんじゃないかと思ったんだが?」
「「「…………」」」
「まあ、ただの予想だが最初に此処を見させる事で、この地下通路を発見させる。
若しくは、発見出来ずに『地下に何が在るのか?』と、聞いて来させる。
其処で国王は『王城との直通通路が在る』と答えると、オレ達が勝手に緊急脱出通路だと思うだろうと考えたんじゃないか?
じゃないと後から発見して、何故こんなモノが在るのか調べられたら愛人の事がバレるかもしれないだろ?
本当に緊急脱出用なら、スティートが知らないのはおかしく無いか?」
「…………お父様を問い詰めます!!」
「じゃあ、どうせだし此処から進むか?
オレも念の為、確認しておきたいし。
もし、この通路が“国王の寝室”若しくは、“寝室近くの使われて居ない部屋”に繋がっていたら、かなりグレーだと思うしな」
「あのティアリル様、私達はどうしたら……」
「一緒に来れば良いだろ?
自分が寝てる下が、何処か知らない所に続いてたら気持ち悪いだろうし」
「…………誤解だ。アレは先王が作らせたモノだ」
地下通路は真っ直ぐ続き、突き当たりの長い螺旋階段を登った先は、国王の寝室の隣、客間の様だが普段使われて居ない部屋だった。
「リティ、ルティ。あの屋敷は元々はおまえ達の祖母の住んでいた屋敷だ。
おまえ達の祖母が正式に先王に嫁いでからは彼処は誰も住んでいない。
いざと云う時の脱出用に整備はしてあるがな。
其れと、ワシが見せようとしていたのは屋敷の地下では無く裏庭の地下だ。
鍵はもう1本あっただろう?」
そう、地下には左右に部屋があったが食料貯蔵庫に鍵は掛かっていなかった。
掛けて居なかったのでは無く、無かったらしい。
「彼処の裏庭の地下は隠しドックになっていてな。
元々は秘密裏に作られたフェンリル2号機が緊急脱出の為に隠してあったのだ。
聞けば、ティアリル殿は余りフェンリルを使わぬという話し。
ならば、あの屋敷が良いだろうと考えたのだ」
「そうだったのですね、お父様。
早とちりしてしまって申し訳ありません」
スティートの素直な謝罪で、親娘は和解したかの様に見えた。
しかし、ティアリルは見逃さなかった。
スティートの謝罪に“安堵の笑み”を見せたラーン王の表情を…………
「スティート、謝るのはまだ早い……」
ティアリルの言葉にスティートは疑問を浮かべ、他の面々も不思議そうだ。
しかし、ラーン王だけは、ほんの僅かだが表情を硬らせる。
「ラーン王。屋敷は先王が建てさせたとして、フェンリルの2号機があったと云う事は裏庭のドックはラーン王が作らせたんだよな?」
「……うむ、そうだが?……」
ティアリルの言葉に更にほんの僅かに表情を硬らせるラーン王……
「フェンリルが収納、整備が出来て、離陸出来る程の地下ドックとなると裏庭は相当な広さだろうな?
其れこそ、屋敷の裏手方面に有る歓楽街に行くのも娼婦を呼び込むのも、裏庭を通れば直ぐだろうな?」
「!!テ、ティアリル殿…………」
「行くのはもちろん、例え何人呼ぼうともあの屋敷の庭だ、誰も気付かないだろうな。
そう言えば、ラーン王、あの屋敷にはルティの祖母以降は誰も住んで居ないと言っていたが、住んではなくても、“泊まって”はいたんだろ?」
「!!!!」
「…………“ライトニングフィスト”…………」
「!!ま、待て、スティート!!おまえも此れからティアリル殿と過ごせば分かる!!
男とは、“そう云うモノ”なのだ!!
ティアリル殿!!ティアリル殿からも何か言って……グフォ!!」
スティートの稲妻の拳が、ラーン王の左頬に突き刺さる……
なんだかんだで、ラーン王に振り回されて鬱憤の溜まっていたティアリルは、とても良い笑顔で帰って行った…………
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「…………で、3人は此れからどうするんだ?」
「はい!!其れについては3人で話し合いました!!
1人がティアリル様に付いてお世話をして、残る2人が家事をします。
平等に3人でローテーションを組む事にしました。
スティートからもちゃんと了承を得ています」
3人を代表して、ルティが答える。
3人の中ではルティが少し年上だから、ルティが仕切る事になったのだろうとティアリルは思っていたが、実は違う。
3人の中で“唯一キスをした”ルティが一歩リードしている為、仕切っていたのだった。
其れと、ルティもメイムもスティートを呼び捨てで呼ぶ様になっていた。
此れも3人の平等性を示す為だ。
会話も敬語を使わない決まりになっていた。
「それと…………
夜のお相手もその日付いていた者がさせて頂きます……」
「「!!!!」」
自分達で決めた事だろうに、3人とも其れはもう真っ赤になっている…………
「…………一つ聞きたいんだが……
何で、オレが初めて聞いた内容なのに決定事項なんだ?」
「は!!そうですね!!
スティートとメイムは成人したばかりですし、当分の間、夜のお相手は私だけが…………」
「!!ルティ!!
なんで、いっつも抜け駆けしようとするの!!」
「そうです!!
私だってもう子供ではないんですから!!」
喧嘩が始まるかと思われたが、ティアリルの其れは其れは大きな溜息に遮られた。
「はぁ〜〜…………。
あのな、3人とも良く考えてみろ。
ルティからは聞いたが、メイムは何でオレなんだ?」
「そ、其れは、あのプデト共和国で野盗に襲われた日に模擬戦をして頂いて、その、圧倒的に強かったティアリル様を好きになってしまって…………」
「はぁ〜……。やっぱりな。
ゴメスさんがメイムが生まれて初めて男を好きになったと言っていたが、メイム、おまえの好きだと云う気持ちが嘘だとは言わないが、その気持ちは“オレの強さ”に対してのモノだ。
今回の任務では内容が内容だけに戦闘続きだったが、魔法使いなんて普段9割は研究をしているか何もしていない。
オレの強さを好きになったのに、そんなオレを見てたら、直ぐに失望するぞ?」
「!!そ、そんな事は……」
「スティート。
スティートも似たり寄ったりなんじゃないか?」
「いえ、私は其れだけでは……」
「ルティ。ルティもそうだ。
任務中のオレはルティの目にはカッコ良く見えたのかもしれないが、普段のオレを見て、ルティの思い描いた理想とはかけ離れた現実を見る事になるかもしれない」
「…………」
「3人ともラーン王が発表してしまったから世間の目も有るだろうが、当面の間は給料を払うからメイドとして勤めてくれ。
その上で、オレに失望したら出て行ける様にラーン王とは話しを付ける。
仕事の内容は任せるから3人で決めた内容で構わない。
何か質問は?」
「……ティアリル様、当面の間と云うのは、どれくらいの期間でお考えですか?」
「2、3ヶ月から半年くらいかな?
其れくらい有れば、オレの人となりも見えて来るだろう」
「…………分かりました……」
「「分かりました……」」
ルティが頷いた事でスティートとメイムも了承した。
本来の3人の性格なら、全力で否定していそうなモノだが、そうはならなかった。
ティアリルの言葉が自分達を思い遣ってのモノだと分かったから。
と、云うのもある。
しかし、3人は同じ事を考えた。
『コレで他の2人が脱落すれば、ティアリル様と2人っきりだ』と…………
3人の思惑にティアリルは気付いたかどうか……
取り敢えず、ティアリルは当面の予定を3人に説明したのだった……