空飛ぶ毛布
▪️▪️▪️▪️
コンコンコンッ
「「ティアリル様、入ります」」
ガチャ……
「「!!!!」」
いつも通り、寝ているティアリルを起こすつもりで部屋へと入った、仲直りをした?メイムとルティの2人は、目の前の状況に息を呑み、理解して驚愕した。
ティアリルは寝ていなかった。
“ベッドの上”で坐禅を組んで瞑想をしていた。
信じられない程の光景だった。
魔力だけで宙に浮き、文字通り、“ベッドの上”に居たのだ。
そして、2人は気付く。
これ程の凄まじい魔力なのに、“部屋に入る迄、全く気付かなかった”事に……
「…………ふぅ〜〜…………。時間か?」
「はい、間も無く作戦開始時間です……
あの、ティアリル様、今のは……」
「ああ、今日はちょっとだけ本気を出すつもりだから少し瞑想をな」
「…………ティアリル様、もしかして、ノーエスド砦やサウサミンの街への攻撃は本気では無かったと云う事ですか?」
「ああ。結果だけ見たら大きな被害かもしれないが、其れはやり方の問題で、魔法自体はそんなに使ってない」
「……そんなティアリル様が本気を出される様な作戦と云う事ですね。今回の作戦は……」
「今回は色々やる必要があるし、場合によっては本気で魔法を使う必要があるかもしれないが、まあ、そんなに心配そうな顔をする必要は無い。
オレは基本的に自分に危険の有る事はしない」
「全員揃ってるな?じゃあ、作戦を開始する。
結局、敵襲は無かったから、夜間の攻撃もあり得る、幾ら高度が高くても警戒は緩めない様にしてくれ。
オレは、フェンリルを持ち上げたら、そのまま出発する。
オレが出発したら、急激に気圧が下がって酸素が薄くなるから、無理に動かず酸素ボンベは携帯して置いてくれ。
万が一、オレが13時間経っても戻って来なかった場合は、高度を下げながらハティオール王国の方に向かってくれ。
以上だ。
作戦開始!!」
「「「は!!」」」
食堂を出て行こうとするティアリルの前に、ハンナ、ミルク、リラが並ぶと深く頭を下げた。
「「「ティアリル様、子供達の事、宜しくお願いします!!」」」
「様?」
「はい、子供達の命の恩人になる方ですので」
「命の恩人に“なる”か……。まあ、心配するな。今、ちゃんと生きていれば必ず助ける。
簡単に殺したら人質の価値が無いから、きっと、今は元気な筈だ」
「はい、信じます」
左手の上にエメラルドグリーンの本を浮かせて、上部デッキに立つティアリル。
伝声管ボックスから受話器を取って、全ての部屋のチャンネルをONにする。
「スインさん、離陸してくれ」
『了解しました。…………フェンリル、離陸開始!!』
キュイィィーー……………ン………
バラバラバラバラバラバラ…………
6機のプロペラが徐々にスピードを上げ、フェンリルをゆっくりと浮上させる……
「……じゃあ、上昇する。衝撃も圧力もそんなに無いと思うが一応構えておいてくれ。
…………“Bエアー”“ゴー”…………“エクスペンション”……“ターンオーバー”……」
ティアリルの前に魔法で生み出された“空気の箱”は、ティアリルの言葉に従い上空に昇ると50m四方の大きな箱となり、フェンリルを包む様に、展開して裏返った。
「…………その全てを天空へと帰せ“ヒィレックジェット アップドラフト”!!……」
ティアリルが唱えた魔法名が聞こえ、コックピットのスイン達や、窓の外を見ていたリティ達は、フェンリルの周囲に渦巻く風を見た様な気がした、次の瞬間、一瞬にして外の光景は、雲を突き抜け、空だけになった。
雲の上、更に雲の上へと変わらない、しかし、変わり続ける外の景色に、一体どれ程のスピードなのか、理解出来る者は居なかった。
程なく動かなくなった景色と共に、スピーカーからティアリルの声が響く。
「じゃあ、着いたからオレは出発する。
みんな、酸素ボンベを忘れずに、ゆっくり動く様に。
…………行ってくる!!」
ガチャリ……と、云う受話器を置く音が聞こえたかと思うと、一気に息がしんどくなった。
言いつけ通り、すぐさま酸素ボンベを口に当てて、全員、大人しくなった……
音速を遥かに超えるティアリルは瞬く間に見えなくなっていった……
▪️▪️▪️▪️
「ざっと30人か……。多分、大人5人に子供25人くらいだな……」
児童院の裏手にひっそりと身を潜めるティアリル…………。
完全に不審者だ……
「問題は赤ん坊っぽい2人だな……。やっぱり、協力者を得ようか……」
子供が居そうな部屋は5部屋。その内1部屋は、赤ん坊が2人だけの部屋のようだ。
更に、不審者っぽく、女の子達の声のする部屋に近付き、窓を軽くノックする。
「…………だれ?だれかいるの?」
女の子の怯えた声と共に、先程までワイワイ話していた室内が静まり返る。
「ああ、聞きたい事がある。恐ければ窓を閉めたままで良いから教えてくれ。
この部屋に、ハンナさんの娘のチェルシーか、ミルクさんの娘のケーザは居るか?」
先程よりも更に怯えた声で答えが返ってくる。
「……ケーザはわたし、チェルシーもいるけど、いったいだれなの?」
窓際で答えた女の子がケーザだった様だ。
混じりっけの無い白髪のミルクに比べ、若干、金色の色合いを含んだ髪色の女の子だった。
「オレはハンナさんとミルクさんの仕事仲間だ。2人から手紙を預かっている。
悪いが、窓を少しだけ開けて、受け取って直ぐに読んでくれ」
夜中に現れた黒いコートの不審な男、警戒するなと云うのが無理な話しだ。
しかし、小さな子供にとって、出張中の母親の名前と母親からの手紙は、勇気を出すのに十分な材料だった。
ゆっくりと開かれた窓にそっと差し出される手紙。
しかし、怖い事に変わりは無く、手紙を受け取ると直ぐさま窓を閉めて鍵を掛ける。
宛名を見て、一通をケーザの後ろに隠れる女の子へと渡し、恐る恐る手紙を読み始める……
「…………ええ〜〜!!お兄さんが“あの爆炎の賢者”なの〜〜!!」
手紙を読むと一転、先程迄の怯えた声と表情が、大はしゃぎな声と輝く瞳になった!!
「!!おい、静かにしろ!!周りに聞こえる!!」
「!!ご、ごめんなさい……。でも、わたし、爆炎の賢者って、怖い顔のおじさんの魔法使いだと思ってたから、すごくカッコイイお兄さんでビックリしちゃった」
「ねえ、ケーザちゃん、この人が爆炎の賢者ってホント?チェルシーちゃんのお手紙にもそう書いてあるの?」
ケーザが、今話題の爆炎の賢者の名前を出した所為で、部屋に居る他の女の子達も騒ぎ出した。
「本当に静かにしてくれ……。遊びに来たんじゃないんだ……。
この部屋に居るのはこの5人だけか?」
「うん、そう」
「じゃあ、5人とも窓際迄来てくれ。大事な話しがある」
爆炎の賢者だと聞いて、テンションの上がっている子供達は、先程迄の怯えが嘘の様に、キラキラした瞳でやって来て窓を開けた。
「いいか、先ず此れから話しをするが、絶対に大きな声を出さないでくれ」
5人の女の子達は、強く頷くと口を手で押さえた。
『其れは、大声を出すフラグなんじゃ……』と思ったティアリルだが、グッと堪えて話し出す。
「ケーザとチェルシーの手紙に書いてあったと思うが、君達のお母さんが『オレを信じて言う事を良く聞いてくれ』と言っていたのは、実はこの児童院が共和国から狙われているからなんだ」
「え!!共和国って戦争してる?」
「ああ、そうだ。だから、オレは君達をお城迄、逃がす為に此処に来た」
「え?!ケーザちゃんとチェルシーちゃん、お城に行っちゃうの?」
「そうじゃ無い。この児童院の子供達全員でお城に行くんだ」
「先生達は?」
「先生達は此処に残って貰う。
じゃないと、共和国のヤツらに君達が居なくなったって教える人間が居なくなるからな」
ティアリルはハッキリと言わなかったが、児童院の教師の中にも裏切り者が居ると考えていた。
なので、子供達だけを逃そうとしているのだ。
「其れでだ。君達には他の子供達を内緒でこの部屋に連れて来て欲しい。
その時、毛布を持って大人に見つからない様に来て欲しいんだ」
「毛布?」
「ああ、此処の子供達は25人で合ってるか?」
「うん、赤ちゃんも入れたら、今日泊まってるのは25人だよ」
「なら、毛布は10枚くらい有ったら良い」
「毛布を何に使うの?」
「毛布で空を飛ぶ」
「「「ええ〜〜!!」」」
「静かに!!」
「「「むぐっ!!」」」
やっぱり、口を手で押さえるのはフラグで、大きな声を出した後、また口を手で押さえた子供達…………
「で、出来るか?」
「あの、もしも、失敗しちゃって先生達に見つかっちゃったら?」
「その時は全員気絶させて運ぶ。
目が覚めたらお城のベッドの上だ」
「わたし、毛布でお空を飛んでみたい!!
「「「わたしも!!」」」
「なら、バレない様に、他の子供達も静かにさせて連れて来てくれ」
「「「はい!!」」」
「なあなあ、にいちゃんが本当に本物の爆炎の賢者なのか?」
「カッケー!!」
「ねえ、その剣ってホンモノ?!」
小さな子供達が大勢泊まる施設だ。
普段から騒がしくて当たり前なのかもしれないが、これだけ騒いでいるのに教師達が誰も見にも来ない…………
「みんな!!静かにして!!見つかっちゃうでしょ!!」
実はガキ大将なのか、この場を仕切るケーザ。
だが、そのケーザの声は誰よりも大きい…………
「全員揃ったな?じゃあ、毛布を持って向こうの陰迄移動しよう」
子供達を引き連れて、丁度建物の陰になって見えない場所へと移動する。
完全に集団誘拐の絵面だ。
「いいか、全員騒ぐんじゃ無いぞ」
セリフまでもが誘拐犯だ。
「…………“Pエアー”……“エクスペンション”……」
魔法で生み出した空気の板を大きくして、上に毛布を敷いて行く。
「おお、すっげー!!」
「毛布が浮いてる!!」
「なあ、これで飛ぶのか?!」
「何回も言わせないで!!静かにして!!」
相変わらず、最も大きなケーザの声がみんなを静かにさせる。
「よし、全員、乗って良いぞ。
但し!!この毛布から出たら落っこちるから、端の方には行くなよ。
上に上がったら騒いでも良いから、其れまでは大人しくしてろよ」
子供達は恐る恐る、だが上がってしまえば興奮を隠せない表情で、空を飛ぶのを今か今かと待っている。
「じゃあ、飛ぶぞ。…………“ゴー”!!」
王都ではその日、空を飛ぶ、黒い四角い何かを見たと言う者が何人もいた。
王都ではその日、空から子供のはしゃぐ声が聞こえたと言う者が何人もいた。
「貴様、何者だ!!なんだその子供達は!!」
「あ!!貴方はもしや、“爆炎の賢者 ティアリル”殿では?!」
3日程、王城で過ごしたのが幸いだった。
空飛ぶ毛布でやって来た、不審なティアリルの顔を知っている者が居たのだ。
「ああ、そうだ。悪いが、ゴメスさんか国王に内密で連絡してくれ」
「はい!!しかし、その子供達は……」
「この子供達の件で内密の話しがある。
上司とかを通さずに、直接伝えてくれ。
でないと、あんた達に、国家反逆罪の要らぬ疑いが掛かってしまうかもしれないからな」
「国家反逆罪?!」
「ああ、其れほどの案件だ。
だから、ゴメスさんが不在なら、直接国王で良い」
「!!了解致しました!!」
程なく、ゴメスが直接迎えに来た。
子供達は一旦客間で待たせて、ゴメスと2人、国王の私室に入る。
「…………なるほど、分かった。
子供達は今回の任務終了迄、王城にて預かろう。
其れと、児童院の職員と念の為、ロイヤルガード第7隊も身辺調査をさせよう。
して、情報が漏れた今、作戦はどうするのだ?」
「内容の変更はするが、作戦自体はこのまま続行するつもりだ」
「…………本来なら、ティアリル殿が共和国に向かった事自体が共和国に知られていない事が前提であった筈。
護衛部隊を編成するか?」
「いや、今の人員で問題無い。
攻撃目標を場所から、施設と人物に変更すれば済む。
其れに元々、サウサミンでの結果から、そうしようかとも思っていた」
「!!もしや、サウサミンももう落としたのか?」
「ああ………」
「!!!!」
「!!!!」
ティアリルから手渡された写真を見て、ラーン王は、言葉も無くゴメスにも写真を見せた。
受け取ったゴメスも写真に映る余りにも凄まじい惨状に言葉を失った。
「対象の条件が完璧だったとはいえ、周囲迄破壊し過ぎたからな。
今後は施設の破壊と周囲の街は巻き込む程度にしようかと思っていたんだ」
「…………頼もしいが、恐ろしい惨状だな……」
「はい、砦と街では規模が違います。
かの、トゥエルウィザードでも此処までの結果になるかどうか……」
ゴメスの感想にティアリルは疑問顔で問い掛ける。
「ゴメスさんは、じーさんの魔法を見た事が無いのか?」
「一度だけ有りますが、此処まででは有りませんでした」
「まあ、魔法1発って意味じゃあそうかもしれないが……」
「「魔法1発?!」」
「ああ、このサウサミンを攻撃したのは魔法1発だけだ。
だが、さっきも言ったが条件が完璧に揃っていたからだ。
でも、じーさんは違う。
じーさんなら、オレみたいに色々情報を集めたり、確認したりせずに、そのまま乗り込んで、1時間もすれば同じ状態になるよ。
トゥエルウィザードの連中が本当にじーさんレベルなら、同じ事が出来る筈だ」
ラーン王とゴメスがティアリルの言葉に再度驚愕する。
「“戦闘魔法使い”と云うのは其れ程の存在か…………
我が国には、騎士団にも軍にも、そこ迄の者は居ないからな……」
絞り出した様なラーン王の言葉にティアリルも沈んだ声で答える。
「…………聞いたよ、ゴライオスおじさんは亡くなられたって……」
「ああ……。しかし、ゴライオスが生きていても、ティアリル殿の様には行くまい……」
「?ラーン王は、ゴライオスおじさんの兄貴じゃないのか?」
「?ゴライオスはワシの弟だが?」
「なら、仲が悪かったのか?」
「いや、そんな事は無い。
確かにワシとゴライオスは母が違うが、歳が近かったから、寧ろ他の兄弟よりも仲は良かった筈だ」
「そうか、じゃあ、余り人には見せなかったのかな…………」
「どう云う事だ?」
「さっきのサウサミンで例えるなら、じーさんなら1時間と言ったが、オレは大人数で調査して3日掛けている。
この3日が有れば、ゴライオスおじさんでも同じくらいの結果になっていた筈だ」
「!!なに?!ゴライオスは其れ程の“戦闘魔法使い”だったと云うのか?!」
「あの温厚なゴライオス様がですか?!」
ティアリルのゴライオスの話しにラーン王もゴメスも信じられないといった表情だ。
ティアリルはゆっくりと思い出す様に語った。
「ラーン王もゴメスさんも知らないって事は本当に隠してたのかもな……
ゴライオスおじさんは強かったよ。
今なら勝てるだろうが、子供の頃は手も足も出なかった。
ただ、じーさんと同じで完全に攻撃特化だったから、砦を守るのは向かなかったのかもな。
其れに、ゴライオスおじさんの性格なら、オレと違って、他のヤツらを見捨てて自分だけ逃げる事はしないだろうし」
「…………そうなのか……。
何故言ってくれなかった、ゴライオス…………」
「昔聞いた事がある。
『なんでゴライオスおじさんが居るのに帝国に仕返しをしないのか?』ってな。
ゴライオスおじさんは、『オレの様な“破壊の魔法”ばかり使う者こそ、守る為に力を使わないといけない』と言っていた。
だから、例え不向きだと分かっていても“最北を護る”事にやり甲斐を感じてたのかもな」
「そうか…………。
すまんな、ティアリル殿。話しが逸れてしまった。
では、人員は不要として、他に必要なモノはあるか?」
「ああ、情報が欲しい。
漁業に詳しい人物に当てがあるか?」
「「漁業?!」」
▪️▪️▪️▪️
プデト共和国海軍本部
「大将閣下!!緊急事態です!!」
海軍大将コヌトンの寝室に警備の兵が駆け込んで来た。
緊急事態。そんな事は分かっている。
先程から警報が鳴り響いていて目を覚ましたのだ。
「本部が襲撃を受けています!!」
「なんだ?王国の大型ヘリが此方に攻めて来たのか?」
「いいえ、恐らく数人の部隊が宿舎へと攻撃をしています!!」
「なにぃ?」
侵入者の意図を考え表情を歪めるコヌトンの元に更に伝令が現れる。
「大将閣下!!ご報告致します!!
本部を襲撃した犯人が逃走しました!!犯人は1名のもよう!!
尚、その際に数人を拉致された様です!!」
「たった一人だと?
まさか、報告にあった“爆炎の賢者”か?
襲撃犯の属性は?」
「不明です。短剣のみで戦闘をした様で、銃器の使用も確認されていません」
「銃器を使わず短剣だけで戦ったと云う事は雷魔法か?
しかし、不明と云う事は、雷電を纏う事も放つ事も無かったと云う事だな?」
「はい!!ですので、銃器を温存した可能性もあります!!」
「逃走方向は?」
「東に向かって逃走した模様です!!」
「……航空ドックに向かったのか?
しかし、属性が分からんのでは、ヘリか飛行機、何方を奪うつもりか分からんな……」
対応策を考えようとした矢先、更なる伝令兵が駆け込んで来た。
「大将閣下!!緊急事態です!!」
「次から次へと!!今度はなんだ!!」
「海上より、大型の竜巻が接近中との事です!!」
「クソ!!こんなタイミングで!!
現在、出航中の船は?」
「近海の哨戒任務のモノのみです!!」
「だったら、ソイツらを直ぐに寄港させろ!!
あと、航空ドックに何としても、襲撃犯からヘリも飛行機も守り通せと伝えろ!!」
「了解致しました!!
王国の大型ヘリへ向けて出撃予定だった部隊はどう致しましょうか?」
「そんなモノ、待機に決まっているだろうが!!さっさと行け!!」
「「「は!!」」」
「クソ!!なんとタイミングの悪い…………
まさか、偶然では無いのか?
…………もしも、もしもだ。
襲撃犯が王国の手の者だったとして、拉致されたと云うヤツらが王国のスパイで救出の為に来ていたとしたら?
竜巻が何らかの魔法か兵器で、味方を前以て逃す程の威力だったとしたら?
…………いや、まさかな……
街の者達には悪いが、如何に強力な竜巻であっても、この本部が被害を受ける事は無いだろう……」
海軍本部大将コヌトンは念の為、着替えて、司令部へと向かった。
最悪の想像など起こる筈も無いモノとして…………
だが、コヌトンの最悪の想像は、まだまだ想像力不足だった……
この日、プデト共和国海軍本部は海に沈んだ……
海軍本部を襲った竜巻は、本部どころか、地面迄削り取り、本部の有った場所は、海水が流れ込んで海になった……
後にその真円に近い湾は、自然に出来たモノか、人為的なモノか、賛否の分かれる地形となったのだった…………
▪️▪️▪️▪️
東の空が白んで来た頃、ティアリルはフェンリルに帰って来た。
ハンナ達に、「子供達は無事だ」とだけ告げて、リティにティアリルが13時間以内に戻って来た場合の着陸予定ポイントへ向かう様に指示してから、自室に入って爆睡し始めた。
今回のコトで作戦の大幅な変更が必要な為、リティは全員に順次休む様に伝えて、メイムとルティにもティアリルが起きる迄は寝かせておく様に指示した。
「…………もしかして、もう夜か?」
「おはよう御座います、ティアリル様。
仰る通り、そろそろ夕食の時間です」
何もせず、ただただティアリルの寝顔を眺めていたルティが答えてくれた。
ティアリルがいつ目覚めても良い様に、メイムとルティは2時間おきに交代していたのだが、自分のタイミングで目覚めてくれた事に心の中でガッツポーズをするルティは満面の笑みだ。
「そうか、通りで腹が減ってる訳だ……」
「お食事は此方にお持ち致しましょうか?」
「いや、みんなにも昨日の結果を報告した方が良いだろうから食堂に行こう…………
先に風呂に入って来るから、全員集まる様に言っておいてくれ」
「はい。あの、お疲れでしたらお背中お流し致しましょうか?」
「いやいい。余計に疲れそうだ……。
其れに、潮風でベタつくから入りたいだけだから」
「そう云えば、確かにティアリル様から海の香りが……」
「其れについても纏めて説明する」
「ティアリル殿、改めて、ご無事で何よりです。
ご説明の方、宜しくお願いします」
「ああ…………」
ティアリルの言葉で、先に全員食事を済ませて、コーヒーが配られて一息ついて、結果報告となった。
「先ずは最も重要な子供達の事だが、昨日は無事だとだけ伝えたが、現在は児童院の子供全員が王城で保護されている。
その上で、児童院周辺の調査と教員達の身辺調査が入る事になっている。
其れと、アンさん達には悪い知らせだろうが、ロイヤルガード第7隊にも内部調査が入る予定だ」
全員、子供達が無事な事に安堵しつつも複雑な表情だ。
リティ達にとっては同じロイヤルガードが疑われ、アン達は更に自分の所属する部隊、ハンナ達に至っては追加で顔見知りの児童院教員迄が疑われているのだ。
「まあ、裏切り者がハンナさんに接触した1人しか居ない場合もある。
余り気にせず、帰ってから結果だけ受け止めれば良いだろう。
オレ達が帰る時には調査も終わっているだろうし、戦争そのものが終わっている予定だからな」
ティアリルの言葉に全員、気持ちを切り替えて力強く頷いた。
今回のハンナの裏切りと子供達が人質になっていた事件は、結果として、ティアリルへの信頼を高め、結束を強くする形となった。
「で、帰りに共和国の海軍本部も壊滅させて帰って来た。以上だ」
「「「!!!!」」」
「ティアリル殿、『以上だ』って、海軍本部も壊滅させて来たんですか?帰って来るついでに?」
「リティさん、今の、ちょっと似ててムカつくな」
「いやいや、其処はどうでも良いでしょう!!
其れより海軍本部の事です!!」
全員が激しく頷く。
プデト共和国が東にしか海を持たず、海軍の規模が其れ程大きく無いとは云え、一軍を一晩で、其れも、もののついでで壊滅させて来たと言うのだ。
ティアリルの事を何も知らなければ、頭のおかしい発言以外の何物でも無い。
「ああ、実はミルクさんの娘のケーザが凄く活発な子でな」
全員が頭にハテナマークを浮かべている。もちろん、ミルクもだ。
「児童院の子供達を早々に纏めてくれたから、思ったよりも早く、王城に連れて行く事が出来たんだ。
だから、どうせなら、海軍本部も壊滅させて帰ろうと思って……」
「だから、どうしてそう云う発想になるんですか?」
「ちょっと待って、リティ姉上。
ティアリル様、最初から海軍本部も壊滅させるつもりで出発されたのですね?
だから、瞑想をされて、あんなに魔力を錬っておられたのですね?」
ルティの言葉にティアリルの瞑想を一緒に目撃したメイムがハッとする。
「まあ、確かに最初から可能ならやろうと思っていたが、多分、ルティの想像とは違う。
ルティはオレが強引にとても強力な魔法で海軍本部を壊滅させる為に魔力を錬っていたと思ってるんじゃないか?」
頷くルティ。
「そうじゃない。
オレが魔力を錬っていたのは“速く飛ぶ為”だ。
速く飛ぶには、スピードを出す事と共に、そのスピードの圧力を受け流す事の両方が必要だ。
だから、前以てしっかり魔力を錬っておいたんだ」
「では、あんなに眠られていたのは、無理な魔法を使われたからでは無く、高速の飛行魔法でお疲れだったからなんですね?」
ルティの話しで、ティアリルに無理をさせたのでは無いかと考えた面々も、ルティと共に安堵の溜息を吐いた。
しかし…………
「いや、寝まくっていたのは、出発前に瞑想をして寝てなかったから徹夜で眠かっただけだ。
オレの魔力回復速度は早いから、帰って来た時も多分、9割以上魔力が残ってた」
「……………………」
「…………隊長もルティも、ティアリル殿とオレらの常識で話すの辞めませんか?
オレはもう、言われた事を素直に受け入れるのが正解だと思いますけど?」
固まってしまっているリティ達にスインがバカっぽいが正しい回答を言う。
しかし、常識とは当たり前であるからこそ、なかなか拭えないモノなのだ。
「じゃあ、オレの方は此れくらいで、常識的なスインさん達の方はどうだった?」
「ティアリル殿、オレは助け船を出したつもりだったんですけどね……。
まあ、ぶっちゃけオレらの方は何も無かったです。
ティアリル殿の予想通り、かなり下を一回、首都の方から海軍本部の方に飛行機の部隊が通過しましたけど、そんだけです。
多分、ティアリル殿が海軍本部を壊滅させた所為で戻っても来なかったんじゃないですかね?」
「そうか、因みにどのくらいの数が通過して行ったか分かるか?」
「多分ですが、50か其処らだと思います」
「…………少ないな……」
「そうですか?こっちはヘリ1機なんですから、むしろ多いと思いますけど?」
「う〜〜ん…………。
昨日、ラーン王とゴメスさんとも話したが、もしかして、世の中の“魔法使い”や“十二人の大魔導師 トゥエルウィザード”に対する認識は、オレが思ってるより、ずっと低いのか?」
「どう云う事ですか?ティアリル殿」
やっと復活したリティが聞いて来る。
「リティさんはじーさんの事知ってるよな?
例えば、このヘリにじーさんが乗ってたとして、リティさんならどんな作戦を立てる?」
「そうですね……。
マトゥエナ老師程の方を相手にするなら大隊を編成して、ヘリ部隊で離陸させない様に牽制しつつ、戦車部隊で囲んでから上空から飛行機で爆撃します」
「隊長、本気ですか?
相手はヘリ1機と仮にも人間ですよ?」
「相手が英雄“爆炎の魔導師 マトゥエナ老師”なら此れくらいはやらねば!!」
全体的にリティの力強い言葉よりも、スインの言葉の方に同意する雰囲気だ。
「…………スインさんの考えが普通で、リティさんの考えが最大限に警戒してって事だよな?」
「はい。マトゥエナ老師を相手に手を抜くなど有り得ません!!」
「そうか……。ハッキリ言って、リティさんのやり方程度じゃ、ヘリは壊せてもじーさんは殺せないよ」
「そんな!!」
「ティアリル殿、マトゥエナ老師は人間ですよね?」
「スインさん、あのじーさんは人間じゃなくてバケモノだよ。
オレが共和国の元帥で、じーさんの乗ったこのヘリを攻撃するなら、国中のヘリと飛行機を集めて、じーさんに向かって墜落させ続ける。国を挙げて、飛行機の製造をしながらな。
そうすれば、いつかはじーさんも死ぬだろう。
多分、死因は餓死だろうがな」
「!!そこ迄しないといけないんですか?!」
「ああ。ラーン王にも言ったが、サウサミンの壊滅程度なら、じーさんなら1時間もあれば終わってる。
今回の首都壊滅も2、3日で終わらせてるだろう。
“爆炎の魔導師”はそんなバケモノなんだよ。
だから、オレの事をじーさん程じゃないにしても、本気で警戒してるなら、たった50機程度の部隊じゃ少な過ぎる。
共和国はまだまだ警戒が足りない。十分に付け入る隙がありそうだ」
この後、ティアリルから今後の作戦について説明があった。
全員がスインの言葉に従い、言われた事を受け入れようと頑張ったのだった…………