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爆炎の賢者の風魔法  作者: 山司
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裏切り者

▪️▪️▪️▪️





プデト共和国、南部最大の都市 サウサミンの街


予定通りリティと共にティアリルはブラブラと歩いていた。

しっかり者の美人彼女とだらしないイケメン彼氏……


街の人にはそんな風に2人は見えていた。

1番の理由はリティが何故か“腕を組んで”歩いているからだ。



何故こうなったのか、


「此れだと、いざと云う時に動き難い……」

と、言うティアリルに対して、


「諜報活動に於いて、出来るだけ自然である事が最も重要です」

と、答えるリティ。


ティアリルは反論の言葉が出て来なかったのだ…………




公園のベンチに座って、ムシャムシャと串肉を食べるティアリル。

その横で上品にハムハムと串肉を食べるリティ。


もちろん、デートを楽しんでいる訳では無い。

2人の視線の先には、一際大きな無骨なビルが建っている。



「…………あれが、南部方面司令部か……」


「はい、其れと、彼処の通りよりも向こうは、ほぼ軍関連の建物ですので、此処よりも先に進むのは危険かと思われます」


「そうか。なら、とりあえず今日は宿を取って、仕事帰りの軍人が寄りそうな飯屋にでも行こう。

発電所と浄水場は明日だな」


「了解しました。

…………ティアリル殿、この街もノーエスド砦の様に壊滅させてしまうのですよね?」



呟いたリティの視線は、公園で遊ぶ子供達や、周囲を歩く街の人々に向けられている。

戦争中の敵国とはいえ、目の前の人々は戦争の事など全く知らないかの様な日常を送っている様に見える。

笑顔で駆け回る子供達の声がやけに大きく響いて…………




「…………リティさん、其れは『あの子供達も殺すのか』って意味か?」


「…………はい…………」


「あの子供達を1番守らなければいけないのは、あの子達の親だ。


その親達が戦争に賛成、もしくは反対意見を通し切らなかったから戦争が起きている。

其れが共和国と云うモノだ。


自分の利益の為に相手を殺す。でも、自分や家族は殺さないで欲しい。

そんな事を言うヤツらは、動物以下だ。


悪いがオレは彼らに微塵も同情しない。

この街は壊滅させる」


「…………申し訳ありません。無用な問答でした……」


「まあ、騎士にとっては、戦意の無い者を斬るのは道理に反するかもしれないが、魔法使いは所詮、“人間兵器”だって事かもしれないがな」


「いえ、ティアリル殿にはティアリル殿の道理が有ると云う事だと思います。


少なくとも未来を見ず、その場の利益だけを求めるならば、アフロディーテ姫様と王国内の敵軍の排除の契約だけをすれば、ノーエスド砦の壊滅だけで報酬を得られていたのですから」


「…………其れは買い被りな気もするけどな……」


「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。

宿を探しに向かいましょうか」




その後、リティと一悶着あった。

ホテルのフロントマンが、何も聞かずにダブルルームに案内したからだ。


リティは恋人設定でこのままが自然だと言い。

ティアリルは姉弟設定にしてシングル2部屋にすべきだと言った。


結局間を取って、姉弟設定で、ツインルームに変更となったが、リティのネグリジェ姿は、ティアリルを欲求不満にするには十分な攻撃力だった……







「…………以上です。

他に必要と思われる情報は有りますでしょうか?」


「いや、十分だ。

密偵の撤退は今夜中に終わらせる事が出来るか?」


「はい、問題ありません」


「なら、今夜中に撤退させてくれ。

オレ達は日没と共にフェンリルに戻って、明朝、作戦を開始する」


「了解しました。

ところで、ティアリルさん、少し疲れている様ですが、もしかして、リティが眠らせてくれませんでしたか?」


「!!……まあ、ある意味な……」


「アン!!ティアリル殿!!」


「ある意味ですか……。


ティアリルさん、リティとは軍学校で同期だったので、よく知っています。

多分、満更でも無い筈なので、“我慢しなくても良かった”と、思いますよ?」


「アン!!なんて事を!!」


「オレの目的が、幻獣世界ルシオンに行く事だって云うのは聞いてるか?


二度と帰って来れないかもしれない。だから、この世界にしがらみを残したくないんだよ」


「…………しがらみですか……」


「なら、しがらみの無い、私が“今夜お相手”しましょうか?」


「いや、遠慮しとく。

“情報を支払う”気も無いし、タダだともっと怖い」


「ふふ、気が向いたらいつでも言って下さい。

“お安く”しておきますから」




その夜、アンはティアリルとリティをカラかった罰を受けてしまった。

ティアリルの飛行魔法での帰還の際に、“1番下だった”のだ。


これ以降、ティアリルの飛行魔法で移動する場合の“順番”も作戦会議で厳正な、くじ引きが行われる事となったのだった…………







ティアリルは、プデト共和国の首都壊滅を安請け合いしたが、もしも相手がハティオール王国の南に在るアプアウアト帝国だったなら、もう少し慎重に、内容も小ぢんまりしたモノにしただろう。


敵がプデト共和国だから、首都そのものの壊滅を自分1人の能力だけで可能だと考えたのだ。



理由は、プデト共和国が寒冷地だからだ。



ハティオール王国の北部もそうだが、寒い地域に在る街の浄水場は、水魔法使いだけで無く、火魔法使いも勤務している。


水が凍って供給が止まらない様に、水道管を温める為だ。



街の各地に在る分岐場で、水道管を温めて、各建物内に“高温の水”を送り出している。


そして、その高温の水を床暖房として活用した後で蛇口から出している。


この水道網が在るからこそ、首都壊滅を簡単に引き受けたのだ。




今回のサウサミンの街は、南部方面司令部の壊滅と共に、首都壊滅の実験でもある。

此処での作戦が成功すれば、同じ方法で首都の壊滅も行える可能性が高い。


もちろん、失敗した場合も考え、第二、第三の作戦も用意していて、その為の十分な情報収集だったのだが、中にはカモフラージュの為に集めた情報も多い。


ティアリルは今回の作戦メンバーと其れなりに和気藹々とやっているが、其れでも裏切り者が絶対に居ないとは考えていない。


共和国に潜伏している密偵もそうだ。



なので、メイムとの模擬戦でも殆ど魔法を見せていないし、作戦決行時も1人で現場に向かい他のメンバーには次のポイントへの移動をさせている。



そんなティアリルは今、木陰で昼寝をしていた。

午前中から寝ているので、昼寝は適切では無いかもしれないが、まあ、寝ていた。


此れも事前に考えていた作戦だ。


日の出と共に、早朝から出発して、夕方迄はのんびり過ごして、サウサミンの街を壊滅させてから夜間に合流する。



1人で色々と準備をしてから街を吹き飛ばした様に見せ掛けて、自分が一瞬で壊滅させた事を隠し、疲れ果てた様に見える様、振る舞う事で裏切り者が居た場合の炙り出しをしようと考えていたのだ。



正直言って、現段階で怪しい人物が居る訳では無いが、万が一、自分が本当に無防備になった時に備えておく必要がある。



日が沈み掛けて来た頃、ティアリルは目を覚まして立ち上がった。


作戦開始だ!!






ティアリルは、サウサミンの遥か上空に来て居た。

大都市であるサウサミンの街が最早、掌に収まる程の高度だ。


しかし、この距離でも安全かどうかは分からない。

それ程の魔法を使おうとしていた。



「…………絶対なる風よ、森羅万象を住なせ“シークレッドネス ブリーズ”」


『不可侵の風 シークレッドネス ブリーズ』、ティアリルが“常に使っている”メイムの攻撃を妨げた魔法だ。

ティアリルはこれから使う魔法に対して、更にもう一枚の風の盾を使った。


「どれ程の結果になるか恐ろしくもあるが…………やるか……」


大きく息を吐いて、吸い、集中する……



「…………全てを失いし時、破滅を齎らす虚無となる……。

“ディストラクション アブソルネス ヴァキュアリー”!!……」


掌台のサウサミンの街の各地で小さな爆発が無数に見えた。


その瞬間、雷と化したメイムすら全く寄せ付けなかった風の盾を2重にしているにも関わらず、凄まじい衝撃が立て続けに起こった!!



ドンドンドンドンドンドンドンドン………………

ドンドンドンドンドンドンドンドン………………



衝撃に遅れて、延々と続く爆発音が鳴り響く…………


そして…………


グゴゥ!!!!



辺りの全てを巻き込む様な嵐が、サウサミンの街に引き込まれる様に巻き起こった!!






元サウサミンの街を中心に周囲数十キロの荒野は、岩が、地面が、抉り取られ大災害の様相だった。

しかし、中心たる元サウサミンの街はそんなモノでは無い。


無事な建物など存在せず、何もかもが吹き飛び、白煙を立ち昇らせる地獄絵図と化していた……




「想像以上にヤバい魔法だな……。“絶対真空”…………。

環境が環境だったとは言え、凄まじ過ぎる…………。


首都への攻撃は、別の方法を取る事も視野に入れておいた方が良さそうだ……」



ティアリルが“絶対真空”と呼んだ、『破滅の絶対真空 ディストラクション アブソルネス ヴァキュアリー』、科学的には実在しないと云われる“完全なる真空”を作り出す魔法だ。


この魔法は水の有る所では絶大な効果を齎らす。


水の沸点は気圧が下がる程に上昇し、理論上、完全な真空では、マイナス70度ですら沸騰すると言われている。


つまり、常温ですら一瞬で沸騰するのだ。

其れをサウサミンの街では更に火魔法で加熱している。


瞬時に沸騰した水は気化して1,700倍とも云われる大膨張をする。

ティアリルが初めて使った時は、コップ一杯の水で辺りが吹き飛んだ。


其れが街中に張り巡らされた全ての水道管で起こるのだ。

延々と続く大爆発になる。



更に恐ろしいのは爆発した後の水蒸気だ。


水は液体だが、水蒸気は気体、空気だ。

“絶対真空”の中では、その存在を認められない。



その為、瞬時に魔法の範囲外迄押し出される。


魔法の影響速度は、使用者の魔法に込めた魔力に比例するので、大量の魔力を使う広範囲での使用であれば、その分影響速度も早い。ティアリルの高い魔力ならば尚更だ。


結果、音速を超える水蒸気の移動が街の外に向かって起こり続けた。


どれ程強固な建物も水の大爆発の後の、この音速を超える水蒸気の衝撃にひとたまりも無く、崩れ去った。


しかし、まだ終わらない。


魔法が解けると、最後に押し出されていた空気が一気に戻って来る。


其れによって起こった無茶苦茶な乱気流によって、崩れ去った街をグチャグチャに掻き回し、周囲から引き寄せた岩や砂が追い討ちを掛けたのだった……




サウサミンの街は、たった1発の魔法で、廃墟どころか、荒野となった…………





▪️▪️▪️▪️






「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです。

お怪我などは御座いませんか?」


「ああ、問題ない。このまま部屋で休むから、悪いが食事も部屋迄持って来てくれるか。

あと、此れが結果写真だ。リティさんに渡しといてくれ。内容は明日伝える」



出迎えてくれた、ルティにカメラを渡して、早々に階下へと降りて自室に入る。

持って来てくれた食事もさっさと食べて、ルティにも下がって貰ってベットに横になる。


室内には誰も潜んではいない様だったので、仮眠に入った……





何事も無く翌朝を迎えた。


『杞憂だったか?いや、まだ油断は出来ないか……。


まだ、共和国がオレの事を甘く見ていて抹殺命令が出ていないだけの可能性や共和国以外の国のスパイで、共和国壊滅後に狙って来る可能性も捨てきれないからな……』



「おはよう御座います、ティアリル様。

お身体の方は大丈夫ですか?」



ノックと共にメイムが入って来た。

ティアリルが部屋に鍵を掛けない事が当たり前となってしまっている。



「ああ、大丈夫だ。

朝食はちゃんと食堂で取るよ」



昨夜はそのまま寝たので、普段着のまま起き上がり、一緒に食堂に行く。


誰かに出会う都度に「大丈夫だ」と答え、食堂に着いても何度も「大丈夫だ」と答えた後で、リティと共にメイムを引き連れて自室に戻る。



「…………では、お疲れの事とは思いますが、ご報告をお願い致します」


「ああ。写真にある通り、壊滅させた。


念の為、隠しシェルターなんかに生存者が居ないか簡単に確認はしたが、其れらしい残骸はあっても生きている者は居なかった。


だが、一つだけ気になるのが、飛行機の残骸の量だ。

少な過ぎる気がする」


「…………申し訳ありません。頂いた写真からは分かりかねます……」


「ああ、ワザと撮って無い」


「…………裏切り者の可能性があるとお考えですか?」


「!!え!!」


「メイム、驚き過ぎだ。

騎士団だろうが軍隊だろうが、集団には付き物だ。


其れに、このメンバーの中に居るとは限らない。

もちろん、このメンバーに居ないとも限らないがな」


ティアリルの言葉に怒るでも驚くでも無く目を閉じたリティが、ゆっくりと目を開けて真剣な表情で意を決した様に声を紡ぐ。



「…………ティアリル殿、恥を忍んで申し上げるならば、最も可能性が高いのは、ルティです。

ルティの以前付き合っていた恋人は、共和国の将校です」



王国と共和国は平和条約を結んでいた。

お互いに行き来も活発だったし本来で有れば問題無い。


戦争が起こる前までであれば…………



「…………だったら何で選んだ?」


「父上の仇を取りたいと…………。

あの時の目に嘘は無いと思ったのですが……」


「だが、ルティはフェンリルから出て居ない筈だ。

フェンリル周辺で誰かに接触した可能性は?」


「私の見る限りでは有りません。メイムは如何ですか?」


リティはティアリルと共に出ていた為、ずっとフェンリルにいたメイムに話しを振る。

メイムは暫し考えたが、ハッキリと否定した。



「いいえ、有りません。


私とルティさんはティアリル様のお世話と副運転手の任務以外、諜報はもちろん、周辺警戒の任務も有りませんから……」


「…………副運転手でも、メイン運転手の目を盗めば、通信センサーのスイッチくらいは切れなくもないか……」


「ティアリル様、其れでしたら雷魔法には、特定の人物と連絡が取り合えるモノが有ります」


「“エレクトリック シグナル”か?

オレが居た間は無いが、居なかった時に使ったのなら分からないな……」



“エレクトリック シグナル”、魔法での通信は、現行犯以外では発見出来ない。

通信を行った時以外は一切証拠が無いからだ。



「…………ルティを問い詰めます……」


「いや、何もしなくていい」


硬く拳を握って顔を顰めて声を絞り出したリティをティアリルは即否定した。



「そもそも、裏切り者は居ないかも知れない。


飛行機は元々少なかった可能性もあるし、ノーエスド砦とエスアス砦が落ちたと聞いて、こっそり逃げ出した者が居たのかも知れない。


元々の情報ではサウサミンの街に居た筈の3人の南部方面幹部が逃げていないかの確認と、次の目標のプデト共和国海軍本部の情報収集に関しては幹部の目視確認をさせてくれ」


「…………分かりました……。

ティアリル殿、ルティにはせめて監視だけでも……」


「そんなにルティが疑わしいのか?」


「!!いえ、そうでは無いのですが、もし、万が一…………」


リティは指揮官としての責任と、妹を信じたい気持ちとで板挟みなのだろう。

そんなリティにティアリルは敢えてキツい言葉を掛けた。



「なあ、リティさん。もしも、ルティが裏切り者だった場合、殺す覚悟は有るのか?」


「!!…………有ります。

もしも、ルティが父をそして、多くの王国民を死に追いやる手引きをした裏切り者であるならば、其れを止め、償わせるのが姉である私の務めです」


覚悟と共に大いに焦りの見えるリティの言葉に少し考えたティアリルは大きな溜息と共に答えた。


「はぁ〜……。分かった。

なら、ルティを連れて来てくれ。オレが直接聞く」







「ティアリル様、お呼びでしょうか」


「ああ、ルティ。今、今回のメンバーの中に裏切り者が居ないかと云う話しをしていてな。

其れで、共和国の将校と以前付き合っていたルティが怪しいんじゃないかって事になったんだ」


「ティアリル殿、そんなストレートな!!」


「姉上から聞かれたのですね……。

確かに、私は以前、共和国の少佐とお付き合いしていましたが、別れてからは一切連絡を取っていません」


「なら、連絡を取っていない事を証明しろ!!

と、言っても、“無いモノの証明”は不可能だろうから…………」



立ち上がったティアリルは、左手に本を出して、右手をルティの顔の前に翳す。

一瞬身構えたルティだったが、大人しく指の隙間からティアリルを見詰める……


「攻撃魔法じゃ無いから、安心して良い。


…………心を開け、真実の風よ“ルビエゥ ブリーズ”……」


目を閉じたルティの頭の周囲をエメラルドグリーンの風がクルクルと回ってフッと消えた……



「ルティ、おまえは今でも共和国と繋がっているのか?」


ティアリルの質問にルティはゆっくりと目を開いて、ハッキリとした口調で答えた。



「いいえ、共和国との繋がりなど一切ありません。


共和国は……憎むべき敵です!!


あんな男の事も全く何とも思っていません!!


私が今好きなのは、ティアリル様です!!」



「「ええ〜〜〜〜!!」」


「…………え?!」


「その、シャツの襟元から覗く、細っそりとしていて、其れでいて逞しい胸元に今直ぐにでも飛び込みたい!!

でも!!そんな大好きなティアリル様に疑われて、とても悲しい!!


どうでも良い事をティアリル様に吹き込んだ、クソ姉貴を殴りたい!!

ああ、殴りたい!!」


「!!クソ姉貴……。ルティが私の事をクソ姉貴…………」


「…………殴る!!」


「ちょっと待てルティ!!」


ティアリルは、不意にリティに殴り掛かろうとするルティの右手を掴んで抱き止める。


「あ!!ティアリル様…………。

ずっとこのままで居たい…………」


「…………はぁ〜〜……。

メイム、ルティを風呂にでもツッ込んで来てくれ。落ち着けば治る」


「あ!!はい!!畏まりました!!」


なかなか離れようとしないルティを強引に引っぺがして、メイムが引き摺り出して行く。


「はぁ〜〜…………」


今だに落ち込んでいるリティを見て、ティアリルは再度大きな溜め息をついた…………





“ルビエゥ ブリーズ”、真実の風などと云う大仰なのは名ばかりで、ティアリルが実験で作った欠陥魔法だ。


この魔法は、風魔法が音や音波に使えないかと試行錯誤していた時に生まれたモノで、真実を暴く能力も嘘を見破る能力も無い。


実際の効果は、人間の耳には聞こえない超音波で、何千回も『心を開け、自分に正直になれ』とただ言われるだけの魔法だ。



だが、人間とは不思議なモノで、音としては聴こえていない筈のその言葉を、所謂、“虫の知らせ”や“自分の心の声”の様に感じて、ルティの様に自分を曝け出す者が偶にいるのだ。


もちろん、殆どの者は嘘を突き通すが、『心を開け、自分に正直になれ』と云う言葉が何処かに引っ掛かり、僅かだがぎこちなさが出てしまう。

本来は其処を見抜く為のとてもショボイ魔法なのだ。



しかし、この魔法は絶大な結果を齎した。



普段大人しいルティが騒いでいたので、みんな何事か?と集まって来た。

そして、思っている事を何もかも暴露しまくるルティに全員が、ティアリルの魔法に恐怖した。


『あんな醜態は絶対に晒したく無い!!あそこまで言ってしまったら生きて行けない!!』と……






▪️▪️▪️▪️






昼食事、ルティを除く全員を食堂に集め、裏切り者が居ないか確認するつもりだったティアリルだが、その前に、頭を抱えてブツブツ言っている3人が目に付いた。


ダンストン、スイン、アンの3人だ。


リティと同じく、ルティに何か言われただろう事は想像に難くないが、一応聞いてみた。



「…………ダンストンさん、どうしたんだ?」


「…………ルティに、『体臭がキツくて、コックピットがむさ苦しい』と言われてしまって……

入隊当時から、ずっとヘリの運転を教えて来たのに…………」


「…………ダンストンさん、事実は事実として受け止めろ。

どうしても気になるなら、シャワーじゃなくて、1階の風呂を使え。


で、スインさんは?」


「『粋がってんじゃねぇぞ!!私より弱っちい分際で!!』って言われてしまって……

ルティに戦闘のイロハを教えたのはオレなのに…………」


「スインさん、強くなれ。


で、アンさんは?」


「『このアバズレ、クソ姉貴と同じ“行き遅れ”のくせに、ティアリル様に色目使ってんじゃねぇ!!』って…………。

私は本当の妹の様に思っていたのに…………」


「!!クソ姉貴と同じ“行き遅れ”!!」


「……リティさん迄……。2人共、歳は知らないが、オレの目にも世間一般の目にも十分若く見える。

実年齢よりも見た目年齢の方が重要だから、気にするな」


「…………アバズレは?」


「自分の心に聞いてみて大丈夫なら気にするな。大丈夫じゃなければ頑張れ」


自分の心に聞いたアンは、「頑張ろう……」と、呟いた…………





「リティさんがこんなだから、オレが仕切る。


ルティを見た者もいると思うが、ルティが“ああなった”のは、この中に裏切り者が居る可能性があって、ルティが疑われたからだ。


結果はシロだった訳だが、アレを見られたら隠して探ってもしょうがないからハッキリ聞くが、この中に裏切り者は居るか?」


全員が静まり返る。

今回集まったメンバーは全員が近衛騎士団 ロイヤルガードの騎士達だ。


国を、王家を守る事に命を賭ける騎士達は、自然と『裏切り者など居る訳が無い』と全員を信じている。


なので、ティアリルの言葉に耳を疑い、僅かな苛立ちを覚えた……

1人を除いて……


未だ放心状態のリティでは無い。

ゆっくりと立ち上がった“裏切り者”だ……



「ハンナさんか…………。理由は?」


「…………娘を人質に取られています……」



諜報担当メンバーのハンナの説明はティアリルが警戒していた通り、密偵の中に2重スパイが居た所から始まった。


その2重スパイの話しでは、今回脅されたハンナだけで無く、ミルクとリラの子供も人質に取られているらしい。

今回、そのスパイに接触したのが偶々ハンナだったと云う事だった。


ミルクとリラの動揺から予想出来たが、ミルクとリラはスパイとは接触して居ないそうだ。



人質と言っても誘拐されているとかでは無かった。


ハンナ、ミルク、リラの3人は母子家庭で、今回の様に、長期任務に際しては、王立児童院に子供を預けて来ている。

敵の脅しは、児童院の爆破だった。


内部事情に詳しい、2重スパイらしい脅しだ。



しかし、ティアリルが最も気になったのは其処では無い。

ミルクに8歳の娘が居ると云う話しだった。


ミルクは見た目、12、3歳にしか見えない。

子供が居ると聞いても、ミルクが童顔で、赤ん坊が居るのだろうと勝手に思っていた。


ハティオール王国では20代で結婚する者が多いが、成人は15歳。中には幼く見える母親だっている。


しかし、8歳の娘がいると云う事は、成人して直ぐに結婚していても23歳、ティアリルよりも年上だ。


確かに、ティアリルとそう歳が変わらない様に見える、スインやルティ達も、ミルクをミルクさんと呼んでいた。


ハンナの話しにみんなが真剣な雰囲気だったので、ティアリルは何とか女性に年齢を聞くと云う暴挙に出ずに済んだのだった。



先程迄、放心状態だったリティも、凹んでいたアンも真剣な表情で唸っていた。


「…………以上です。申し訳ありません……」


ハンナから、漏らした情報が一通り告げられた。

まあ、完全に此方の作戦が漏れていると云う内容だった。



「分かった。リティさん、悪いが今回のハンナさんの処分は、お咎め無しで済ませてくれ」


「!!流石にそう云う訳には行きません。何らかの処分は必要です!!」


「はい。私も近衛騎士団に身を置く者です。

ティアリルさんのお言葉には感謝致しますが、処分は甘んじて受ける所存です」


「いや、今回はオレの認識不足を学ばせて貰った。

人員の家族についてまで考えていなかったオレの責任でもある。


オレが処分や罰を受けたく無いから、ハンナさんも無しにしてくれ」


「其れを言うならば、人選を行った私の責任です!!

私がハンナと共に罰を受けます!!」


真剣な眼差しでお咎め無しを否定するハンナとリティにティアリルは仕方ないと言いたげな表情の後に、ニヤッと笑ってこう言った。



「そうか、なら罰として、リティさんとハンナさんには、ルティと同じく、“ルビエゥ ブリーズ”を掛けると云う事にしようか…………」


「!!ハンナ、今回だけですよ!!次は有りませんよ!!」


「はい!!二度と軽率な行動は取りません!!」


何もかもを曝け出し、暴言を吐きまくるルティの姿を自分に重ねた瞬間、リティとハンナは直ぐに手のひらを返した。

結局、全員がお咎め無しで解決したが、問題はここからだ。



「問題は、オレ達が共和国に潜入している事がバレた事と、攻撃目標と移動ポイントが敵に知られてしまった事だ。

サウサミンの現状が確認出来次第、恐らく、此処を攻撃して来るだろう。


スインさん、滞空するだけなら何時間保つ?」


「ただ滞空するだけなら、メイムとルティを付ければ12時間は保つと思います」


「ダンストンさんを副運転手に付けたら?」


「其れなら15時間は行けると思います」


「…………良し、なら作戦の変更を伝える。


此れから、監視に2人だけ残して、残りは全員、休息を取って貰う。

6時間以内に敵の攻撃が有った場合は、オレにだけ連絡して、全員休んで居てくれ」


「!!ティアリル殿、敵の規模に関わらずですか?」


「ああ、6時間以内に攻撃して来るなら航空部隊だ。

航空機なら何千機来ようと関係無い。

“風魔法使い”は航空機の天敵だ。


其れで、6時間後からミッションを開始する。


先ずはオレがこのフェンリルを高度10,000m迄持ち上げる」


「高度10,000m?!ティアリル殿、其れは不可能なのでは?!」


「ダンストンさん、其れはヘリの運用を学んだ時の知識か?」


「はい、高度5,000m以上をヘリは飛ぶ事が出来ないから其れ以上は高度を上げてはいけないと……」


「其の知識は間違いだ。


異世界チキュウでは、5,000m以上の高度は空気が薄過ぎて飛べないらしいが、このテワイリアでは単に運転手の魔力の出力が足りずに上がれないだけだ。


ヘリの運転手は基本、長く魔力を放出する訓練はしても、一瞬の瞬発力を上げる訓練はしないからな。

つまり、上がりさえすれば飛ぶ事は出来る。


でだ、おそらく敵は着陸しているフェンリルを狙って来るだろうから、第1陣は、そこまで高度の高いルートでは飛んで来ないだろう。


だから、此方は敵機が見えたら上空から適当に魔法攻撃をしてくれ。


そうすれば、一旦は早々に立ち去るだろう。


そして、高空のフェンリルを狙って、高軌道のルートを飛ぶ大勢を取るか、着陸するのを待って攻撃する大勢を取るかの2択になる訳だが、オレ達の位置的に、共和国首都から出発して、海軍本部に着陸するルートでなければ、高度10,000mを攻撃するのは難しい。


其れに、そんな飛行が出来る者はごく僅かな筈だ。


もしも、このごく僅かな攻撃が来た場合には、一気に高度を下げてくれ。

ヘリには出来て、飛行機には出来ない動きだ。

そして、全力で攻撃を防いでくれ。


以上だ。



オレは、その間に王都に行って人質の救出をして来る」


「!!たった15時間でですか?!」


「いや、一応、10時間以内には帰って来るつもりだ。

特にトラブルが無ければな」








▪️▪️▪️▪️






コンコンコンッ


「ルティ、入るぞ」


ガチャガチャ……


パキンッ


ガチャ……



「…………鍵の意味が……。ティアリル様、仮にも女性の部屋ですよ……」


ベッドに腰掛けたルティは、元気の無い笑みを向けた。

搭乗員室は、殆どベッドで、申し訳程度に、棚と机が有るだけだ。


ルティが端に寄ったので、ティアリルもベッドに座る。


「…………ティアリル様、先程は申し訳ありませんでした……。

ティアリル様は、この作戦が成功されたら、スティート姫様とご婚約されるのですよね?


出来れば、先程の言葉は忘れて下さい…………」


「…………スティート姫と婚約?何の話しだ?

オレが今回の報酬で、“スティート姫を貰う”って話しか?」


「はい。あ!!ご婚約では無くご結婚と云うお話しでしたか」


「どっちも違う。オレは報酬に“幻獣の巫女”を貰うんだ。

幻獣世界ルシオンに行く為にな。


だから、スティート姫が何処の誰と付き合おうが、結婚しようが、研究への協力と幻獣世界に行く事が出来るなら自由にしてくれて良い。


もしも、幻獣世界へ行く方法が複数人でも可能で、スティート姫の恋人なり夫なりが着いて来たいと言えば連れて行っても良い」


「!!では、スティート姫と婚約や結婚をされる訳では無いと云う事ですか?

私にもチャンスが有ると?!」


「…………其れに関しては、答えはノーだ」


「!!!!」


「オレの目的は幻獣世界に行く事だ。

さっきは『複数人で行く事が可能なら』と言ったが、もし、幻獣世界へ行けるのが、幻獣の巫女と術者だけだった場合でも、オレは幻獣世界に行く。


その場合は二度と戻って来れないかもしれない。


だから、オレ自身はこの世界にしがらみを作りたく無いんだ……」


「…………ティアリル様、もしも、私が幻獣世界に行く事が出来るなら、私がティアリル様と結婚する事も可能と云う事でしょうか?」


「…………まあ、可能か不可能かで言えばな」


「なら、私は幻獣世界に着いて行きます!!


もし、ティアリル様の言われた様に、幻獣の巫女と術者しか幻獣世界に行く事が出来ないならば、私も幻獣の巫女を攫っ…………手に入れて、幻獣世界に行きます!!


幻獣世界へ行く方法を見つける事は私には出来ませんが、幻獣の巫女を攫っ…………手に入れる事は私にも出来ます!!


ティアリル様が見付けられた方法で私も幻獣世界に行きます!!」


ルティの勢いに一瞬引いたティアリルだったが、暫く考えてから納得した様に答えた。



「…………確かに盲点だったな……。

そう言われると断れない……。


だが、ルティ。出会って数日のオレに何でそこまで入れ込むんだ?

惚れ易くて、周りが見えなくなるタイプなのか?」


「…………とても失礼な事を言われてしまいましたが……


其れは、私にとっての“白馬の王子様”がティアリル様だからです。


あ!!また失礼な事を考えられていますね!!

違いますからね。“子供の頃に夢見ていた”って意味ですからね!!」


強い口調でそう言ったルティは、大きく息を吐いて、ゆっくりと目を開いた…………



「…………私は母上の顔を覚えて居ません。

母上は私が幼い頃に亡くなりました…………


なので、私は本当に父上に男手ひとつで育てられました。


父上は余りお仕事の話しはされませんでしたが、時折り師匠である、マトゥエナ老師の所に行かれた後はとても楽しそうに魔法の話しをしてくれました。


その殆どが、ティアリル様、貴方のお話しです。



私と同い年の“天才魔法使い”のお話し。


いつもいつも、信じられない様な事を父上が一生懸命、身振り手振りで話してくれました。


其れこそ、幼い頃は絵本の中の人物の様に思って聞いていました。

夢の中の憧れの人、其れがティアリル様でした。


しかし、父上が北方軍大将に任命されてからは、父上もマトゥエナ老師の元に行かれる事も難しくなり、程なくマトゥエナ老師もお亡くなりになってしまって…………


ティアリル様への想いもいつしか、幼い頃の思い出になっていました。

あの夜、リティ姉上からノーエスド砦壊滅のお話しを聞く迄は、ノーエスド砦を壊滅させたのが、ティアリル様だとお聞きする迄は…………


私は噂話しには疎くて、“爆炎の賢者”の噂は聞いた事は有りましたが、名前迄は知りませんでした。


今回の任務も、大好きだった父上を奪った憎い共和国に一矢報いる作戦だと聞いて参加を決意しました。


なので、お世話をする警護対象である“戦闘魔法使い”の“爆炎の賢者”がティアリル様だとは知りませんでした。


私の任務がティアリル様のお世話だと知ったのは、リティ姉上から『父上の仇を取ってくれたのは、マトゥエナ老師の弟子、父上の弟弟子の“爆炎の賢者”ティアリル マトゥエナ殿だ』と聞いた時でした。



運命だと思いました。


身も心も、この命も全てティアリル様に捧げようと思いました。


でも、ティアリル様を毎日見る度に、好きで好きで仕方なくなってしまったんです。

ずっと一緒に、何時迄もずっと一緒に居たくなってしまったんです…………」


目に涙を溜めて、ジッと見詰めるルティを前に、ティアリルは、答える事も、目を逸らす事も出来なかった…………



ティアリルは格好はだらしないが、ルックスは良い。

今迄も女性から声を掛けられた事は何度も有る。


だが、深く関わった事が無い為、此処まで真剣に告白をされた事が無かった……


どれくらい、そうして見詰め合って居ただろうか……

何分もそうしていたのか、其れとも、ほんの数秒か……


そっと眼を伏せたルティの頬を溜まっていた涙が滑り落ちる……

そして、潤んだ唇に吸い寄せられる様に、ゆっくりと唇を重ね合わせた……


時間が止まった様だった……



のは、気のせいだった!!


ガチャ!!


「ルティ!!抜け駆けなんて、約束が違うじゃない!!」


メイムが勢い良く入って来た!!

メイムは怒っている!!


しかし、ティアリルもルティも子供では無い、慌てず騒がず、ゆっくりと離れた。



「メイム、違うの。私は約束を破った訳じゃないの。


実は、ティアリル様は、スティート姫様とご婚約やご結婚をされる訳じゃなくて、スティート姫様の幻獣の巫女としての御力を借りられるだけだったの。


だから、スティート姫様とのご結婚を待ってからお妾にして頂く必要が無かったの」


「…………ねぇ、ルティ……。


普通、その場合は、まずその事実を私にも伝えるのが筋じゃないかしら?


私が『ティアリル様の事を好きになっちゃった』って言ったら、『私もティアリル様の事が好きだけど、ティアリル様はスティート姫様とご婚約されるんだから、ちゃんとご結婚を待ってから、一緒にお妾にして貰える様に協力しましょ』ってルティから言って来たわよね?」


「…………其れは……その…………。良い雰囲気だったから……つい…………」


「…………なんだか、2人で話し合った方が良さそうだな。


オレはもう休むから、作戦内容はメイムから伝えてくれ。

あと、ルティは作戦前にはみんなに謝っておけよ」


自分もその場の雰囲気に流されてしまった事を誤魔化す様に、ティアリルは早々にルティの部屋を出て行った…………




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