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爆炎の賢者の風魔法  作者: 山司
2/89

爆炎の賢者

▪️▪️▪️▪️






「!!テメェ、もういっぺん言ってみやがれ!!」


「だから、『自分の命の価値も知らない愚かなお姫様だったとはな』と、言ったんだ」


「姫様は、少しでも兵達を勇気付けようと危険を犯して前線の街まで行ったんだ!!

おまえが来れば、戦況が変わるって伝える為に!!


そんで、自分の身を挺して子供を救ったんだ!!

墜落して来る戦闘機に向けて自ら駆け出して!!


なのに!!そんな姫様が愚かだと?!自分の命の価値も知らない愚かな姫だと?!」


「そうだ。お姫様の命はこの国を救う希望だった筈だ。そうで無くても、王位継承者。

無闇に前線に出向いたり、子供1人の為に命を投げ出すなんて愚かな事だ。


其れを止めなかったあんた達もな。


此れでこの国が滅びる可能性が一気に高くなった。

オレが手を貸さないからだ。


報酬が無くなったんだ、オレは帰らせて貰う」





約束の日、ティアリルを城門迄迎えに来たのはリティだけだった。

リティの案内のもと通された部屋には、ゴメスが既に掛けていたが、アフロディーテの姿は無かった。


そして、ゴメスの口から、昨日、アフロディーテが亡くなった事を聞く。

ティアリルは落胆の溜め息と共に呟いた、『自分の命の価値も知らない愚かなお姫様だったとはな』と…………




「ティアリル殿…………。待って…………。頂きたい…………」


ゴメスの絞り出した声は、怒りに震えて、拳から血も滴っている……


この怒りは、無神経なティアリルの言葉に対してか、アフロディーテを護れなかった自分に対してか、若しくはその両方か……



「私の口から言う事は出来ないが、貴殿への“報酬”について陛下とお話し頂きたい……」


「…………ゴメスさん、其れは“オレにとって聞く価値のある”報酬なのか?」


「…………ある…………」


「分かった。聞くだけ聞こう」






謁見の間


大きな扉の向こうには長い絨毯が続き、左右にはフルプレートの兵が等間隔に並んでいる。

先頭にゴメス、続いてティアリル、最後にリティ。


並んで歩く3人の向こう、玉座に座る壮年の威厳有る人物こそが、アフロディーテの父、ラーン ハティオール王だ。



王の手前で、ゴメスが立ち止まり右に避ける。ティアリルもゴメスの横で止まり、左にリティが並ぶと、ザッと、音を立ててゴメスとリティが跪く。もちろん、ティアリルは立ったままだ。



「陛下、ティアリル マトゥエナ殿をお連れ致しました」


「うむ、ご苦労。ティアリル殿、ワシがラーン ハティオールだ。

覚えているか?」


「ああ、朧げだが、此処にも来た様な気がする」


「そうか、マトゥエナ老師が自慢していただけはある。

先王の横に立っていただけのワシを僅かでも覚えているとは……」


「…………陛下、からかっているのか?

当時の貴方は先王の後ろの椅子に座っていた」


「…………なるほど、本当に覚えているのだな。

すまんな、アフロディーテから聞いてはいたが、其方が信じるに足るか試した。


アフロディーテの事はゴメスから聞いているな?」


頷くティアリルに国王の言葉は続く、


「アフロディーテ亡き今、其方に報酬としてアフロディーテを差し出す事は出来んが、別の“幻獣の巫女”を報酬とする事は出来る。


聞けば、其方はアフロディーテを女として求めたのでは無いと云う、其れならば、“幻獣の巫女”ならば誰でも良いと云うことだな?」


「ああ、オレが欲しいのは、幻獣の巫女だ。姫である必要は無い」


「そうか、其れならば話しは早い。


まあ、姫である事に変わりはないが、其方が見事プデト共和国の首都壊滅を成し遂げたなら、第2王女 スティート ハティオールを報酬として差し出そう。スティートも幻獣の巫女だ」


「…………オレは其れでも構わないが、スティート姫本人は良いのか?


アフロディーテ姫には言ったが、オレの目的は幻獣世界ルシオンに行く事だ。

二度と帰って来れない可能性もある」


「と、言う事だが、良いのだな?スティート」



ラーン王の言葉に、垂幕の奥から、アフロディーテを幼くした様な15、6歳くらいの少女が出て来た。

旅装だったアフロディーテと違い、お姫様と言わんばかりのドレスを纏っている美少女だ。



「はい、お父様。お姉様に代わり、私がこの国の礎となります」


ハッキリした口調だが、ほんの僅か、“恐れ”を含んだ声で、少女 スティート ハティオールは答えた。

化粧で隠していても、ハッキリと分かる泣き腫らした瞳で、強くティアリルを見詰める。



「ティアリル マトゥエナ様。お姉様からお話しは聞いております。

幻獣世界ルシオンへは、私が御同行致しますので、何卒、このハティオール王国をお救い下さい」


「分かった。“報酬の変更”を受け入れよう」


「そうか、では、宜しく頼む。


ところで、ティアリル殿。

アフロディーテが行った契約とは別に、王としてでは無く、ワシ、個人として貴殿に依頼が有るのだが……」


「…………内容と報酬は?」


「うむ、内容は北部国境の砦、ノーエスド砦に居るであろう、プデト共和国南部方面軍司令官ヌヌトン中将を殺して貰いたい。


報酬は、今回、貴殿の要望で改修した大型ヘリ、フェンリルでどうだろうか?」


「…………砦が無くなっても良い、万が一、今、中将が砦に居なかった場合には、取り逃がしても良いと云う条件なら引き受けよう」


「其れで構わない。

しかし、今居なかったら、と言うのは、これから直ぐに行ってくれると云う事か?」


「ああ、王都から国境迄は飛行機で片道4時間くらいだったよな?」


「うむ、旅客機でその位だな」


「なら、3時間で戻って来る。


ゴメスさん、砦の位置の詳細な地図と砦の設計図を準備してくれ。

リティさんは、用意して貰ってた小麦粉を10kgだけ持って来ておいてくれ」


「『この爆炎の魔導師の前じゃあ、軍事費用なんて税金の無駄遣いだ。優秀な魔法使い1人の方が一国の軍隊よりも遥かに強い』」


「!!其れは……」


「思い出したかね?先程話した、先王にマトゥエナ老師が謁見された時に言っていた言葉だ。


1人の父親として、娘の仇を取って貰いたい、宜しく頼む。“爆炎の賢者”よ」


立ち上がり、頭を下げる、ラーン ハティオール王……


「「「陛下!!」」」


「良いのか?王が頭を下げて」


「王としては頭を下げる訳にはいかん。だが、父としては別だ。


多くの兵を失っている。

王として、アフロディーテの死に涙を流す訳にはいかん。


しかし、父としてプデトを憎む気持ちを消す事は出来ん……」


「…………分かった。

なら、ノーエスド砦と一緒に、プデト共和国のエスアス砦もサービスで破壊して来よう。

3時間じゃ無理だが、明日のアフロディーテの葬儀迄には戻って来れるだろう。


オレからの手向けだ。


おっと、そうだ。言っておくが、オレは“爆炎の賢者”じゃ無い。

オレの属性は……」


「聞いている。風魔法なのだろう?

だが、“風の賢者”よりも“爆炎の賢者”の方が強そうだ」


「…………まあ良い。

戻って来るのは深夜になるだろうから、話しの通じるヤツを用意しておいてくれ」


「安心して良い。ワシが起きておる。

アフロディーテとの最後の夜だからな…………」







ラーン王は自室でスティート姫と2人、窓の外を眺めていた……


あっと言う間に、小さくなり、見えなくなる黒いコートに麻袋を担いだ男の後ろ姿を……



「すまんな、スティート。彼も魔法使い、おまえには辛い思いをさせてしまうかもしれん……」


「いいえ、お姉様が繋いだこの国の希望です。

私の命1つで済むならば安いモノです。


其れに、あの方は信じるに足ると仰っていたお姉様の言葉を私も信じます」


「そうか……。しかし、油断してはいかんぞ。男は皆オオカミなのだ!!」


「え?!そ、其れは……」


「確かに、おまえはアフロディーテに比べて、まだまだ子供かもしれん。

いや、もう16だ、そもそも見込みが無いのかもしれ……グフォ!!」


スティートの雷を纏う右拳がラーン王の脇腹を抉る様に殴りつけた。


「“ライトニングフィスト”!!」



脇腹を押さえて蹲るラーン王を雷を迸らせた右拳を握り締め、左手に“分厚い黄色の本”を持ったスティートが見下ろす……



「お父様……。私はお姉様や他の方達に比べて、“ほんの少しだけ”成長が、“ほんの少しだけ”遅いだけです…………」


瞳の色彩の消えた奈落の底の様な目で見下ろすスティート……

ラーン王は首の稼働範囲の限界まで何度も頷く。


「そうだな!!スティートの言う通り、成長が遅いだけ……グハァ!!」


「…………ほんの少し……」


「あ、ああ……。ほ、ほんの少しだけ……成長が……遅い……だけだ……」



ガチャッ!!


「陛下!!何事で……御座い……………………」


バタンッ!!


ラーン王の部屋を守護する近衛騎士は、何も見なかった。そう、何も見なかった……






▪️▪️▪️▪️







ハティオール王国とプデト共和国を結ぶ陸路は1本しか無い。

険しい山脈の間、僅かに低い王国側のノーエスド山と共和国側のエスアス山とを結ぶルートだ。



この世界では、異世界チキュウから科学が持ち込まれる迄は、人々は風魔法で空を飛んで移動していた。


そして、科学が持ち込まれてからも、自動車、列車、ヘリ、飛行機が次々と普及した為、道路や線路は近距離の移動を主に考えられていて街の中以外は、街と街を繋ぐ街道が1本有るかどうかだ。


長距離の移動は基本、ヘリか飛行機を使うからだ。



チキュウでは殆どの航空機は“化石燃料”と云われるモノを動力源にして動いているそうだが、この世界には魔法が有る。


飛行機は火魔法使いの運転手が、ヘリは雷魔法使いの運転手が自分の魔法で動かす為、飛行機も自動車も動かす労力は変わらない。


強いて言えば、魔力が弱いとヘリや飛行機は飛ばせないが、自動車はゆっくりでも動く事くらいだ。

どちらにしろ魔力の弱い運転手の自動車では遅すぎて意味がない。


なので、この国同士を繋ぐ街道も殆ど使われていない。

そう、“殆ど”だ。


今、正にこの街道は活用されていた。





現代の戦争は基本的に何処も同じだ。


陸ならば戦車、海ならば軍艦を並べて相手の戦車や軍艦の壁をこじ開ける。


道が出来たら航空機で空から焼き払う。

此れを先に行えた方の勝利だ。



航空機には大きな弱点が2つ有る。

脆い事と、離着陸のスペースが必要な事だ。



脆い事は言うまでもなく、軽くなければ飛べないからだ。


此れを克服しようと、頑丈なヘリが作られたが、プロペラが多くなり過ぎて弱点だらけになった。

頑丈な飛行機も作られたが、途轍も無い長さの滑走路が無ければ着陸出来ず、大きく旋回しなければ戻って来れない為に長距離の飛行が出来なかった。



離着陸のスペースが必要な事は、着陸しなければ運転手の交代が出来ないからだ。


運転手の魔力にも限界が有る。

どれ程魔力が高くともずっと飛び続ける事は出来ない。

運転手の交代が必要だ。


しかし、飛行中に交代する事は出来ない。


交代しようとすると一旦、モーターやジェットエンジンを完全に止める事になってしまう。

そうなると、その間に墜落してしまうからだ。



素早く交代出来て墜落を免れても、高度を戻す事に大量の魔力を消費してしまう。

そうなると、結局殆ど進めずに着陸しなければ墜落する。


チキュウ人曰く、この世界テワイリアは、チキュウよりも重力と気圧が高い為だそうだ。


此れも現在克服出来ていない。

複数のプロペラやジェットエンジンを搭載すれば重くなり過ぎ、飛ぶ事自体に問題がある。

機体は軽量化出来ても、モーターやジェットエンジンの軽量化は簡単には出来ないからだ。



この為、航空機は脆く、往復の必要な戦場では長距離の移動が出来ない。

なので、攻撃目標への道が出来なければ、戦車や戦艦からの散弾砲で簡単に撃墜されてしまい、敵国に鹵獲されてしまう。



但し、この条件が一瞬で覆る場合が有る。


“敵に挟まれた場合”だ。


この挟まれた距離が、航空機で移動可能になった瞬間に、その国の敗北は確定する。




ラーン王が簡単に『姫を差し出す』と言ったのは此れが分かっているからだ。


ハティオール王国は北に現在交戦中のプデト共和国、南には18年前にティアリルの師マトゥエナ老師が停戦条約を結ばせたアプアウアト帝国が有る。



マトゥエナ老師が死んだ今、帝国とはいつ開戦しても不思議では無い。


その証拠に、昨年ティアリルが焼き払ったイーサン砦も盗賊を装った帝国兵が占拠した。

機会があればいつでも攻めて来るだろう。


そして、共和国軍が十分に攻め込めば、帝国の占拠した基地を共和国軍に貸し出し、見返りに十分な王国領土を要求する事は想像に難くない。


そうなれば、王都は陥落したも同然だ。



故に、ラーン王は愛する娘を用いてでも、“基本的に”では無い、最もポピュラーな手段をとった。



“強大な力を持つ魔法使い”を戦線に投入する方法だ。



リティはアフロディーテとゴメスの“女性の魅力でティアリルを引き込む”考えを2人の妄想の様に言っていたが、ラーン王は其れも踏まえてアフロディーテを向かわせていた。


ティアリルの求めるモノが、金、女、地位のどれであっても、アフロディーテならば“答えを出せる”と考えたからだ。


ティアリルの求めるモノが“幻獣の巫女”と云う予想外のモノではあったが、ラーン王はそこ迄、なりふり構わずティアリルの戦力を求めていた…………







ノーエスド砦


ティアリルの眼下、ハティオール王国からプデト共和国へと続く街道を戦車の列が南下していた。

しかし、高速で飛行するティアリルに気付く者は居ない。



航空機の登場以降、急速に減って行った風魔法の使い手は、現在殆ど居ない。


その為、プロペラの音もジェットエンジンの音もさせず飛ぶモノには誰も意識を向けない。


“唯一の例外”も有るが、滅多に出会う事も無く、その“例外”も大きな音を立てて飛ぶ為、“無音で飛行する”ティアリルは、戦車から1度も砲撃される事無く、ノーエスド砦上空迄辿り着いていた。



普段着の着崩したワイシャツに7分のズボンと厚底のブーツ。その上からコートを羽織り、左右の腰に挿した“コダチ”と云われる2本の短剣、そして、“左手の上に浮かんだ”エメラルドグリーンの分厚い本、此れがティアリルの戦闘装備だ。



「まだ明るいが、まあ、良いだろう……」


昼食を取って、王城に行き、謁見の後、小麦粉と情報を受け取って出発したのだが、ティアリルの飛行速度が速過ぎた。

王都やティアリルの住む山よりもかなり北とはいえ、夕陽はやっと沈み始めたばかりだ。



「始めるか…………“Bエアー”」


ティアリルは、“空中に立ったまま”、“空気の箱を生み出し”、“本を浮かべたまま”、持って来た麻袋から空気の箱に小麦粉を入れて行く。


「よし、“メイクトゥータイプス オクシジェン アンド フロゥアー”、“シェイプチェンジ ウォール”、“エクスペンション”…………“ゴー”」


ティアリルの“言葉に従い”、空気の箱は、板状の“空気の壁”になり、見る間に“拡がって行った”。

そして、50m四方厚さ10cmになった空気の壁は、ティアリルの指差す砦中央の上部へと飛んで行く。


空気の壁が砦に辿り着いたのと同時に、コートの内側のホルスターから2挺の拳銃を抜く。


「……“バレットロード”……」


パンッ!!


乾いた音と共に、“同時に放たれた弾丸”が、“空気の道”をプラズマを帯びる程の速度で飛んで行く。


カツン!!


ズドンッ!!!!



「……“アブゾープション パウダー”…………“エクスペンション”……」


パンッ!!


カツン!!


ズドンッ!!!!!!



「……“アブゾープション パウダー”…………“エクスペンション”……」


パンッ!!


カツン!!


ズドンッ!!!!!!!!



「……“アブゾープション パウダー”…………“エクスペンション”……」


パンッ!!


カツン!!


ズドンッ!!!!!!!!




粉塵爆発。

ある一定の濃度の可燃性の粉塵が大気などの気体中に浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発を起こす現象だ。


小麦粉の大量に舞う空間を更に高酸素状態にして、風の道を進む弾丸同士をぶつけた火花で引火させ、大爆発を起こす。


そして、砕け散ったコンクリートから、再度粉塵を集め、範囲を拡げ、また爆発させる……


此れを繰り返す事でティアリルが“爆炎の賢者”と云われる要因となった、イーサン砦も焼き払われたのだ。



ティアリルの常軌を逸した魔法技術が有っての事とはいえ、共和国軍もまさか、たった10kgの小麦粉と10数発の弾丸で砦が吹き飛ぶとは思いもしないだろう……





「…………“シェイプチェンジ トルネード”……」


黒煙の立ち登らせ、未だ炎上する瓦礫と化したノーエスド砦を背に、巨大な竜巻を引き連れてティアリルは北上して行った……




異変に気付いた戦車部隊もノーエスド砦へと戻って来ていたが、近付く者は居なかった。

繰り返し起こる大爆発、その後生まれた巨大な竜巻に誰もが恐怖し何も出来なかった……



この世界の人々にとって魔法は身近なモノだ。

戦車部隊に所属し、戦車を運用しているならば、当然魔法を使っている。



しかし、目の前で起こる現象を“魔法によるモノ”だと考える者は殆ど居なかった。


“天災”…………。

目の前の出来事は“天災”にしか見えなかった。


そして、極一部の者はこう考えた。

“爆炎の魔導師”が蘇ったのではないかと……





▪️▪️▪️▪️





「ティアリル殿、此方です。

失礼致します。ティアリル マトゥエナ殿をお連れ致しました」


元々指示を受けていたのか、ゴメスは返事も待たず扉を開ける。


薄いピンクを基調としたファンシーだがちゃんと落ち着きの有る部屋だ。

そんな部屋には全く似つかわしく無い、厳つい顔の壮年の男性がベッドの横の豪華な椅子に腰掛けて居た。




「…………最後に見たのは4日前だ。君の所から戻って来た後に報告を聞いてな……。


アフロディーテももう子供では無い。ましてや今は戦時下だ。

その後、一緒に食事を取る事も無いままだった……


だが、最後に見たアフロディーテは、君との契約を目を輝かせて語っていた。


ゴメスしか居ないから言うが、君の力が本物ならば、ワシはアフロディーテを君に嫁がせようと考えていた。

アフロディーテは、“幻獣の巫女”とは別に、もう1つ特別な力を持っていてな。


“真実の眼”と云う。


名前の通り、嘘を見抜く力でな。

君に“首輪を着けよう”と考えていたのだ。



…………前置きが長くなってしまったな。


ノーエスド砦については報告を受けている。

アフロディーテの言葉通り、君は信じるに足る人物だった様だ。


そして、その様子ならば、“アフロディーテへの手向け”も持って来てくれたと考えて良いかな?」


「ああ、ちゃんとエスアス砦の壊滅もサービスしておいた」


ティアリルの言葉に目を閉じて、天を仰いだラーン王はゆっくりと目を開けると、ティアリルの前に立ち、深く頭を下げた……



「1人の父親として、心から礼を言う。本当に有り難う…………」


「依頼をこなしただけだ。礼には及ばないが、1人の父親からの感謝の言葉として受け取っておく。


…………ところで、酷いのか?」


ティアリルの向けた視線の先、ベッドの上には盛り上がった純白の布団とベールが掛かっていたが、明らかに人1人分のサイズ感では無い。

おそらく、アフロディーテの遺体は大きく欠損してしまっているのだろう……



「…………ゴメス達も頑張ってくれたと思うが、5体すら揃わなくてな……」


「…………そうか……。気休めにしかならないが……。ラーン王、少し下がってくれ。


…………蘇生の風よ、全てを癒せ。“ルサセリーション ブリーズ”……」


ティアリルの翳した右手から、エメラルドグリーンの柔な風がベッドの上を撫でて、布団の中に吸い込まれる様に消えて行った……


「!!な、まさか!!」


「もしも、期待させてしまったなら済まない。死者は蘇りはしない。

だが…………」


ティアリルがゆっくりとめくったベールの下には、傷一つ無い、生前と変わらない美しいアフロディーテの顔が有った……。



「…………そうだな。死者が蘇る訳が無い……。だが……だが……本当に有り難う……。


最後にまた顔を見る事が出来た……。

其れに、氷葬してやる事が出来る…………」


「うう……。うう……姫様…………」


号泣するゴメス……。ラーン王の瞳にも光るモノが見えたが、ティアリルは何も言わずそっと部屋を出た……




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