聖蛇の生き血と聖獣の核
不気味なくらいの静けさが漂う。セレベスとの間合いをじりじり詰めていくロイドが、防御障壁を展開した。その強度はパラディンを本職とするレンダー、ザックに比べれば劣るものの、ランクAの仕上がりに等しかった。
その直後、セレベスが口をガバっと大きく開け、パワーボールを防御障壁に当て、その衝撃から出たもやに姿をくらまし、ロイドの腹に一撃を喰らわす。
「―――っぐはっ!!」
「ロイド!」
ロイドの身を案じながらも、壁を維持するポッチェがセレベスと対峙する。
ポッチェの背後からすかさずイーサンが槍で攻撃を繰り出す。その一撃がセレベスの頬を翳めた。
「我に一撃を喰らわすとは、中々の手練れ。貴殿らが“聖蛇の娘”を護っているなら、魔人ごときが奪えないだろうな。ふ、先に“聖蛇の娘”をどうするかと聞いていたな。“あの方”を蘇らせる為にその生き血が必要なのだ。」
「“あの方”…?」
「知ったところで、もう止めることなど出来はしない。教えてやろう。“あの方”とは、かつて地底魔界を支配していらしたサハマジャ様の末裔、ヴォルグ様のこと。」
「地底魔界――――――?」
「“創世の大地”の話に出て来た世界の事じゃない、ロイド?」
「円卓の会議室で聞いたあれか。ただの絵本じゃなかったのか?」
「?あなた達、地底魔界を知らないの?」
「リリン?」
「“地底魔界”はアタシ達悪魔の住む魔界の一層上にある世界よ。かつて人間と魔族の混血者が治めていたわね。今はほとんど目立った動きはないけれど、それらが地上界を我が物にしようと行動を活発化させている…って感じかしら?」
リリンの説明に関心するセレベスが頷く。
「さすがは悪魔の娘。我が地底魔界の知識も持っていたか。たしかにかつて初代勇者と妖精王、そして聖蛇ナーガによって我らの地上界支配は潰えたと誰もが思っていたに違いない。だが我々は時を待った。
サハマジャ様の核を埋め込まれたヴォルグ様の力が熟した時、聖蛇の娘の生き血、もしくは聖獣の核を手に入れることによって“地底魔界”そのものが復活する。その象徴が“地底魔城サハマジャード”だ。」
そう、セレベスが話し終えた時だった。
ズガガガァン!!!!!
神殿の下層階から轟音が鳴り響いた。と同時にマーマン達が慌ただしく動き出す。
「何事だ!?」
「も、申し訳ございません、セレベス様!!地下牢に繋いでおいた海の勇者に逃げられました!!」
「なんだと!?アレは瀕死のはずだった…。」
セレベスは拳に力を込めて、報告に来たマーマンに告げた。
「くそ、お前たちの中に聖蛇の娘がいないなら用はない。
マーマン達はこいつらを片付けよ!我は海の勇者を仕留めに行く!アレの聖獣の核、逃がすわけにはいかん!!」
「はっ!!」
海水の堀に潜むマーマン達が、尾ひれを人間の足に変化させ、ヒタヒタと堀から上がり出す。
その場から下層へ向かおうとするセレベスを止めようと、セレベスに向かってナイフを投げつけたポッチェだったが、マーマン達に受け止められてしまった。
「――――――そういえば、大地の勇者ヴァン様が海の勇者の行方を追っていたな。」
ロイドの呟きにポッチェ達も頷いた。
「とりあえず、“虹の雫”は置いておいて、海の勇者を救出しよう。セレベスは海の勇者は瀕死だと言っていた。マーマン相手なら俺も本職でいける。ここは俺と…」
「ロイドが残るなら、アタシもご一緒するわ。」
「リリン、そうだな。ペルのお墨付きだから、ここの打破をお願いするとしよう。」
「ちょっとなに―――?ペルの事がなければ信用なかったの??」
ロイドの無言に頬を膨らますリリンだったが、すぐに切り返し、L範囲で防御障壁魔法陣を展開した。
「わかった、ロイド。海の勇者救出は任せてくれ。行くぞ、ポッチェ、クアラ!」
イーサンの掛け声と共に、下層へ向かう一行に襲い掛かるマーマン達の首をリリンがその鋭い爪で切り落とした。
「に、逃がすか!」
リリンの攻撃をすり抜けたマーマンのまえに立ちふさがったのは、ベルグ隊長だった。隊長はマーマンに斬撃をくらわした。
「及ばずながら、私も加勢したい。」
「お願いします、ベルグ隊長!」
息を合わすロイドとベルグ隊長だったが、また二人きりのチャンスを消されたリリンは涙目になっていた。
――――― ピチャン…
天井から染み出る水滴が滴り落ちる。
海底神殿内は迷路の様に入り組んでいた。いくつもの岩を積み上げて創造された空間もあれば、均一の岩が積み重なって出来た空間もある。その入り組んだ作りを活かして身を隠す海の勇者の姿が、そこにはあった。
「すまない、バルフ。あいつらどこで時縛りの魔道具を…」
そう、海の勇者が声を掛けた相手は、巨魚という聖獣で、海中ではザトウクジラの様に巨大であったり、イルカの様小型に優雅に素早く泳ぐことが出来る。また、陸の姿は鋭く太い角を両耳の上に生やし、腕は六本の、体躯のいい姿を持つ。
『今は呼吸を整えるんだ、ルカ。時縛りを解いた時に魔力を相当消耗したはずだ。今は身を隠し、体力の回復を待て。』
マーマン達の捜索を搔い潜りつつ、その身を潜める海の勇者ルカ。
「あいつら、魔道具以外にも何か邪悪で異質な力を使っていたな…それを嗅がされた時から、全身の痺れと何か大きな力に潰されそうな感覚が取れない…」
ルカが手を開いたり閉じたりして、感覚を確かめる。中々呼吸を整えることもままならない。
「どこに消えた、勇者め!あの体だ、そう遠くへは行けないはず!」
「勇者と契約した聖獣は一蓮托生。勇者が死ねば、聖獣の核も手に入る。今の勇者は聖獣を封印しておくことも出来ない!これを逃すな!!」
勇者捜索の指揮を執るセレベスの号令に、マーマン達が声を上げる。
この号令を耳にしたルカが聖獣バルフと目を合わす。
「――――――あいつらが言うバルフの核、一体何に使うつもりだ?」
『大地の勇者ヴァンに仕える聖獣ハティも狙われていたらしいが、なんでも聖蛇ナーガの化身と呼ばれる娘に助けられたらしい、ハティから報告があった。ヴァンはルカの行方を心配していたが……』
「?どうした?」
『――――――マーマン以外の気配がある。』
「え―――――?」
入り組んだ構造の神殿下層の攻略に難航するイーサン一行を妖精マール、マエルが先導する。
あの轟音を伴った爆発で崩れた巨大な柱や、瓦礫があちらこちらで行く手を阻む。
瓦礫に身を潜め、次々と勇者を捜索するマーマン達を倒しながら進んで行くと、ポッチェのサーチに人間がヒットした。ポッチェがその得意能力を活かし、イーサン、クアラに伝心する。
(この位置のちょうど真下に、人間を感知した。たぶん海の勇者だ。)
その言葉に、イーサン、クアラが頷く。
一方で、襲い掛かるマーマン達を完膚なきまでに倒したロイド、リリン、ベルグ隊長。
魔人達とは違い、砂となって消えないマーマン達の亡骸が山の様に積みあがっていた。
「たしか、マーマンの核は武器の強化錬金の素材になりましたな。よければ私が核の処理をして後を追いましょうか?“虹の雫”の代わりにはなりませんが。」
「そうだな、帰って何も戦利品がないのも申し訳ない。ではベルグ隊長お願いします。」
「承知。」
ロイドがベルグ隊長にそう告げると、リリンの瞳に輝きが戻ったがしかし。
「あ、リリンもベルグ隊長を手伝ってくれ。マーマンの核の採取が終わったら、俺の居場所をサーチして合流してくれ。」
まったくもって乙女心を読めないロイドの発言に思わずリリンは目を細め小さく舌打ちした。
「―――――――――っち。」
「女の子が舌打ちしない。」
ビシっと舌打ちをロイドに注意されたリリンが、わかったとジェスチャーで示したその右手をロイドが手に取り、甲に口づけをした。ロイドは甲に口づけをしたまま、上目遣いでリリンと目を合わせた。
その行為に固まってしまったリリンを置いて、ロイドはイーサン、ポッチェ、クアラの後を追った。
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至らぬところばかりではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




