黒い欠片と悪魔“ベルゼ”③
空中で、聖蛇ナーガとの通信が途切れてしまった、モモ達一行。
「って、いやいや、そのナーガ様のおっしゃったドワーフの“ブレーブ”?はどこにいるっすか?」
「この先にって、とりあえずドワーフだから、地上よね?」
――――――確かに、肝心な事を聞けなかった…――――――!!
ザックとトルチェを筆頭に、頭を悩ませるモモ達。
カロルが情報を整理する。
「私たちが向かう“カピルス村”には、かつて地底魔界の支配者サハマジャが治めていた城に続く
転移門が封印されている。その封印はサハマジャの核である“闇のオーブ”がないと解かれることはないが、海の女神の手によって“黒い欠片”となり、散ったそれは全部で五つ。この世界を揺るがしている黒幕の悪魔“ベルゼ”がすでに二つ手中に収め、モモ様の“エイルのネックレス”に二つ。あと一つがヤツの手に渡れば、転移門の半分の封印が解かれ、封印されているおぞましい瘴気に世界が包まれてしまう。
“ブレーブ”というドワーフを見つけ、彼に協力を仰げとの仰せ。」
すでに漏れ出している瘴気の影響なのか。
雲行きが妖しく、モモ達を照らしていた陽を不気味なまでに静かに淀んだ雲が飲み込んでいく。肌を翳める風も冷たくなってきた。
ここで行動派のダンが、乗っていた竜の手綱を引いた。
「ここで止まっていても仕方ねー。降りるか。」
ダンの指示に、竜が翼を羽ばたき、一気に急降下を開始した。
「あっ!!こらっ、ダン―――――――――っ!!!」
「ひゃあ――――――――――っっ!!!」
同乗していた竜騎士とシュアの悲鳴が大空に響き渡った。
「・・・・・・」
残された一行の時が一瞬止まったが、ハッと我に返り。
「ちょ!!待つっすよ!!ダ———ンっ!!」
ダンの後を単騎のザックと竜騎士達が追う。
「ちょっと!!ポーカテペトルを越えたからいいものの、まだ山脈の上空じゃない!?」
そう言いながら、続く単騎のナナ。
ダン達の行動に唖然としながら、慌ててレンダー、カーティス、オーフェンが後を追う。
「脳筋とは思ってたけどっ、ここまでとは思わなかったわ!!」
トルチェが、竜にしがみつきながら半泣きで、ダンとザックを罵った。
それにはレンダーも苦笑いしか出来なかった。
上空から一気に降下し、眼下に広がったのは、大小ゴツゴツとした岩が積み重なって出来た
ポーカテペトル山より続く荒々しい山肌。霧も立ち込め、とても竜の着地場所に適しているとは言えない。
長年の月日、雨、風に晒され風化した岩々が転がる中、人工的に作られたと思われる平坦な場所が
ダンの目に入った。
「よし、あそこなら着地出来るよな?」
「ギャーウ!!」
ダンの指揮のもと、竜は大きな翼を広げ、その降下スピードをコントロールし、スムーズに着地した。同乗するシュアは目が回って返事も出来ずに竜の背にグッタリ。同じく指揮を執るはずの竜騎士も、ダンの見事なまでのコントロールには言葉が出ず、驚いていた。
ダンに続いて、次々とその地に上空から仲間達が集結する。
どうやらここは、山の中腹のようだ。徐々に抜ける風に濃霧が晴れていく。
大小さまざまな、褐色した奇岩が密集し、いくつもの入り口の様な穴が点在する。
「ここって…“奇岩洞窟”じゃない?」
ナナが、辺りを見廻した。
「奇岩洞窟って、冒険者の間で一度迷い込んだら出てこれないって噂の?」
トルチェが、その不気味に響く、いくつも口を開ける洞窟が奏でる重く深い風の音に身を震わせた。
と、同時にポツポツと雨が降って来た。まるで洞窟内に入れと言わんばかりに。
山の天候はあっという間に変化する。小雨だと思っていた雨も、いつの間にかバケツをひっくり返したような土砂降りに、レンダー達は仕方なく洞窟の入り口付近に避難した。
「うわー、濡れたっ。」
「スゲー降りっすね」
ダンが、犬が頭を振るようにブンブンさせ、濡れた髪の雨水を切り、ザックも乱れた髪をかきあげた。
「水も滴るなんとやら?」
「ふざけないでよ、ザック。このダンジョン、ほとんど攻略者のいない上級コースよ!よくそんな呑気に構えていられるわね!」
「まぁまぁ、トルチェ。とりあえず雨が止むのを待って、それから…―――――」
レンダーが苛立つトルチェをなだめつつ、外の様子を窺おうとした時だった。
――――― ガンッ!!!――――― ガンガンガン!!!
入り口が大岩で次々と塞がれてしまった。
「なっ…」
『侵入者。侵入者。侵入者ヲ殺セ。』
ズン…ズン…ズン…
闇深い洞窟の奥から、重い足音が響く。それに相まってここは洞窟。パラパラと天井からその足音が響くたび、小さな石が降って来た。
――――――――― カピルス村 ――――――――――
バタッ…ドサッ…
「人間ってのは、本当にヤワイ生き物だ。魔人化してもすぐ死んじまう。」
倒れ込んだ人間の男性二人の躰が、灰となって散っていく。その傍には、ムチや棍棒を手にした混血魔族達が立っていた。混血魔族の風貌はほとんど人間と変わらないが、耳が尖り、肌は舛花色。灰色がかった淡い青色で、その両肩には混血だという痣が生まれつき刻まれているのが特徴だ。
ここは、現在モモ達が向かっている目的地、カピルス村。
国宝の黒曜石が多く眠る地で、常に近衛隊が常駐している。
黒曜石を採掘する仕事を主に、村人達は静かに生活をしていた。ところがある日、村の井戸の改修工事をしていた大工が、突然倒れた。徐々にその体は死人の様な色になり、ついには我を失い、村人達を次々に襲って行った。大工は近衛隊によって刺殺され、灰となって消えた。
原因不明のまま、近衛隊や村人達は、大工と同じ症状に侵され、我を失い狂暴化する者、そのまま息絶える者が続出。聖水の効果もなく教会に避難していた女子供、神父まで次々に魔人化していった。
この報告が王都にままならないまま、地上界に潜んでいた混血魔族達に気付かれてしまったのである。封印された地底魔城へ続く道を…。
「まだ息のある人間をこの国の王都に送り込む。」
この指示を出し、王都ラダンディナヴィアを襲撃した混血魔族がいた。地底魔王軍四天王の一人、チェルノボーグだ。
「やっと見つけた入り口だ。今邪魔されるわけには行かない。この瘴気を王都に持ち込むには…
魔人化した村人達に呪印を仕掛け、ギガンテスを使うとしよう。」
「うぅ……っ」
チェルノボーグが足蹴にする近衛兵が魔人化に苦しみもがいている。
「…そういや、近衛兵王都になにやら報告していたな。気付かれるのも時間の問題だ。
その前に、必ず地底魔城への封印を解くのだ。私は獲物を処理してくる。」
「獲物…でございますか?」
「ふふ…“大地の勇者”だ。ヤツを殺し、聖獣の核を奪えばサハマジャードへの道もすぐに開けよう。」
「しかし、それでは海の女神の涙も必要になるのでは?」
「案ずるな。方法は一つではないが、聖獣の核のエネルギーだけでも道の半分は開ける。半分さえ開けられればあとは、ヴォルグ様の御力でどうにでも出来よう。これが成功したあかつきには、四天王の地位から右腕に格上げに違いない。はーはっはっはっはっは――――――!!」
今や、混血魔族達の奴隷と化したカピルス村の村人達。とはいっても、残っているのは体躯のいい
屈強な精神を持つ魔人化した男達のみとなった。
井戸奥深く封印された、地底魔城への転移門の掘削作業に日夜追われている。
「あれからチェルノボーグ様の姿、見てないな。」
ムチを振り回しながら混血魔族が村人を働かせる。
「案外、返り討ちに遭ってたりしてな。」
「―――――――――!!」
「なんだよ、急に青ざめて?」
そう口にした混血魔族の背後に、地底魔王軍四天王ヴァラクのサーヴァント、クバリーがひらりと
降り立ち、地に足を付けた。
「やぁ、立ち話をしているくらいだから、もう掘削作業は済んだのかなぁ?」
腕を組み、不気味な笑みを混血魔族達に向ける。
「く…クバリー様!!」
「しっ…失礼しました!!」
仕事場に慌てて戻る混血魔族を払いのけ、クバリーの前に、彼の術【パペット】で操った、地底魔王軍四天王バラムが姿を現し、片膝を付き現況を報告し始めた。
「クバリー様、掘削作業はほぼ終えて、転移門が確認出来るフィールドまで到達しております。」
「ご苦労様です。バラム、お前に報告しておくことがある。」
「はっ。」
「このカピルス村に聖蛇の娘達一行が向かっている。どうやら我々の転移門に気付いた様だ。他の者は殺して構わん。聖蛇の娘は生かして捕らえよと、ヴァラク様の仰せだ。」
「承知。」
「俺は一度、地底魔界へ戻る。ヴォルグ様が永きに渡る眠りから覚めた様だからな。隔世には清らかなる者の血が必要だ。くれぐれも娘には傷を付けるなよ。」
「心得ました。」
クバリーは、そう言うと風と共に静かに姿を消した。それを確認したバラムは、ガンっと拳を地に突けた。その一撃で辺り一面がクレーターの形に砕けた。
―――――くそっ、サーヴァントの分際で忌々しい!【パペット】さえなければ、自由が取り戻せるのにっ!!
クバリーの運命の輪【パペット】は絶対服従の人形になるもの。術を解くには術者を殺すしかない。
この四天王であるバラムの不覚!!ヴァラクもクバリーも、必ず息の根を止めてやる!!――――――
―――――――――― 魔界のとある城 ――――――――――
地上界とは異なり、暗雲と雷鳴が響き、黒い森が各所に点在する、どこまでも続く薄暗い大地。
連なる山々は岩肌が剥き出し、色めきだつ花などは一切ない。吸血植物、肉喰い植物が、その蔓を使って魔物を捕食する。更にその植物を草食魔獣が食し、それを肉食魔獣が狩る。弱肉強食の世界。
名高い魔族は城や屋敷を持ち、人化可能な高位の魔獣種族を従えている。
魔界を統治するサタンはもちろん、この城の主も――――――。
ワイングラスを片手に、その悪魔は従魔を相手にチェスを指していた。
局面は終盤を迎え、白の従魔のキングを斜めから複雑に、黒のナイトが仕留める。
「チェックメイト、また僕の勝ちだね。これじゃあ暇潰しにもならない。」
悪魔は立ち上がり、クラシックサイドテーブルに用意されたワインボトルに手を掛けた。すると、
コンコンとドアをノックする音が響く。
「入れ。」
城主の許可と共に、扉が開いた。
執事と思われる百獣の王の顔をした従魔が、姿を見せたかと思えば、指先を鳴らし、白い大きな布が被さった台を引く、サーヴァント達を部屋に通した。
「遅くなり申し訳ありません、ベルゼ様。本日の生贄でございます。」
サーヴァントの一人が白い大きな布を剥がす。するとその台には、両腕を頭の上に縛り上げられ、身動きが取れないよう両足にも枷を付けられ拘束された人間の少女が磔られていた。
もちろん、声も出せぬ様、口は布で塞がれている。
「駆け出しの聖女でございますが、我が君が好む生娘でございます。」
「ほう…久しく手に入らなかった生娘か。」
久しく手に入らないとは、聖女が純潔の乙女と呼ばれた遠い昔とは異なり、今は年頃になれば教会を経ち婚姻する者も少なくない。また生娘はその治癒能力も高くなる為、護衛兵達のガードが堅く、
手を出しにくい状況になっていた。
悪魔ベルゼが、乱雑に少女の纏うカシュクールの布をその長い爪で引き裂いた。
「うむぅっ……!!」
露わになる白い肌に、桃色に熟した小さな芽。
恥ずかしさのあまり、悶える少女。
更にベルゼは、生娘か確かめる為、ラップスカートを捲り上げた。すると少女の太ももにうねうねと貼りつくタコ姿の触手魔獣が、少女から滴る血を吸い、赤く染まっていた。
ベルゼにたどり着く前に、何度か絶頂に達したか、甘く濃い蜜が足筋を通り、滴っていた。
「なるほど。」
ベルゼがそう呟くと、執事以外の者達が席を外した。
「快楽のままのほうが、うるさく食事をせんで済むな。」
「ん…んん…むぅぅ…」
触手魔獣の荒業に、少女がまたも絶頂に達し、手枷がギシギシと響き鳴る。
その時だった。ベルゼは、快楽に悦がる少女の左胸を鷲掴みにし、牙を立てたのである。
「!!!!」
ジュルジュルと卑猥な音を立て、生き血を吸う悪魔に、少女は抵抗出来るわけもなく、されるがまま
気を失っていった。
ぐったりと台に横たえる少女の顔が青ざめ、白くなっていく。胸から牙を抜いたのは、少女が息絶えた時だった。執事に差し出された白い布が潜血に滲む。
「―――美味い。さて、これからが食事だ。肉体と魂が完全に離れる前に、いただくとしよう――。」
そういうと、ベルゼは左手に嵌めていた黒い手袋を取り外した。
緑色に光る左手が少女の頭に触れると、ふわっと少女の魂が肉体から引き剝がされた。
そして――――――、ゴクン。とベルゼの喉が震えた。上唇を下でひと舐めする。
「ふふふ、やはり若い贄はいい。力が漲るよ。この肉塊は好きにするといい。」
「仰せのままに。」
パンパンと執事が手を叩くと、従魔達が部屋に入り、素早く少女の亡骸を片付け、部屋を後にした。
少女の胸に牙を立てた際、返り血を浴び、服が汚れたとベルゼは着替え、城内の場面は玉座の間に移る。
「さて、僕が仕掛けた女王蜘蛛もベラドンナも、聖蛇の娘にやられてしまったわけだ。」
「左様に…」
「まぁいい。聖蛇ナーガ達が地底魔王を封印した“闇のオーブ”の欠片。僕の手に二つ。
あと一つ手に入れたいが、どうにも探知出来ない。一体海の女神はどんな魔物に隠したんだ?」
ベルゼが怒りと焦りを露わにし、手の中にある黒い欠片をクルクルと手の上で転がす。その怒りを収めんとする様に、外では冷えきった雨が降っていた。
「……おそらくは、魔物ではない者。いえ、魔物としての生を終え、従魔として生まれ変わった者が手にしていたら、彼の者の探知にも掛かり得ないのではないかと…」
「なんだと?」
「魔物の中にはいるのです。人間や妖精などの手によって懐柔され、契約を結び従魔となり新たな生を受ける者が。」
ベルゼの前に、一人のニンフが、両手の自由を後ろ手に奪われ、頭を地ベタに押し付けられた状態で
連れられてきた。
「どうなんだ、ニンフ?お前は海の女神に仕え、あの者の力を追えたはず。
お前が見つけ出した高位の魔物は確かに“黒い欠片”を持って…いや、知らずの内に埋め込まれていた。
魔物以外だと探知できないのか?」
ベルゼの問いに応えろと、長い髪を後ろに引っ張り上げられる。
「は…はい…っ、魔物が、従魔になってしまうと、契約主の魔力が上書きされ、探知出来ないのです…
どうぞ、お許し……っ。」
――――――――――― ゴトッ…
ニンフが命乞いを言い終える前に、その首が地ベタに転がった。
「ふん…役立たずがっ」
ベルゼの長い爪から、ニンフの血が滴り落ちる。それをペロリとひと舐めしたが、すぐにブッと
吹き出した。
「不味い。」
執事がベルゼの爪を磨く。
「我が君、どうぞ怒りをお収め下さい。このまま聖蛇の娘を泳がせてはいかがですか?
聖蛇の娘が三つ目を手にしたところで、奪い、その生き血も、魂も我が君のものに…」
ふと、ベルゼが執事の意見に耳を貸す。そして笑みを浮かべ高笑いし始めた。
「ははははは!!お前も中々あくどいな!
その手があった!果報は寝て待てか!悪くない。」
主人の怒りを諫めることに成功した執事は、深く頭を下げた。
「くくく…この世界の王は、もはやサタンではない。地底魔界を征し、奴らの力を手に入れれば、あの老いぼれも、神も人間も抹殺してやれる。そしてこの僕が新たな魔王になるのだ!」
執事は下げていた頭を上げ、ベルゼの言葉に深く賛同した。
「すべてを成す鍵は、“ヴォルグ”と“地底魔城”。それらを機能させるべくなくてはならないものが“聖蛇の娘の生き血”か。
やつらはまだ、“ヴォルグ”にはたどり着いていないな?」
「左様に。……しかしながら、ある筋の情報で、サタンの娘の一人が聖蛇側にいると…。」
「誰だ?」
「たしか…――――――リリンとかいうサキュバスの。」
ベルゼの脳裏に、もやっとシクラメンピンクの髪を持つ女が浮かんだ。その態度はどうにも大きかったのだけ思い出していた。
「――――――いや、わからない。サタンにはアホみたいに子供がいるからな。とりあえず、その情報が確かなら、僕に色々つながると厄介だ。」
「現在、“カピルス村”に向かっている一行には、悪魔の魔力は感じられませんでした。」
「となると?」
「奴らは、“虹の雫”を探しにも行っているそうです。おそらくは、その中に…」
「なるほど。有能な執事を持つと情報が早くて助かる。」
ベルゼがパチンと指を鳴らすと、彼の配下の悪魔達の影がその場に集った。
「やることは、わかったな?」
『御意』
『しかし、サタンの娘となれば報復は避けられませぬぞ?』
影の一人が異を述べる。
『海の藻屑にしてやればいいのさ。悪魔も死んでしまえば悪魔にあらず。海深くまでサタンもテリトリーにはしていまいよ。』
『では、我が君の仰せのままに。』
影たちは散開し、方々に消えて行った。
執事がベルゼの煙管を用意し、彼に渡す。満足そうに笑みを浮かべ、煙管を口にする。
脚を組み、玉座の背もたれに身を任せ、一服したベルゼから煙管を執事が受け取る。
「神々も知らないんだろうなぁ、誰が一番の裏切り者かを――――――。」
その一言と共に、彼の高笑いが城内に響いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところばかりではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




