ダンの過去
王妃暗殺事件から一夜明け、犯人の矢手は投獄された。
これから身元、犯行の目的、王宮への侵入経路、そして毒液の入手経路を問いただす為、拷問もあり得ると、ラインハルトはモモ達に説明し、詳細が分かり次第報告するとも言っていた。
ラインハルトにはこの件に加えて、シュピツ村の地下に存在する蜘蛛の魔物、アラネアの巣の討伐も課されていた。どちらも急務であり、更に悪い事に村の護衛に配置した騎士団の一部隊から連絡が途切れたという。部隊を立て直し竜騎士団を偵察として派遣しているが…。
一方、矢を射られたモモは完治、快復したが、念のため休息を取る様言われ、今日は一日のんびり過ごそうとしていた。
傷が癒えて間もないからか、侍女達も無理にドレスを用意せず、今日のファッションはゆったりテントラインワンピースだった。
「そういえば」
ベットメイクしながら1人の侍女が口にする。すると、もう1人いた侍女が、クスッと笑いながら
「あ、今日はダン様のアメバの儀式でしたね。」
「アメバの儀式?」
「はい。Sランクのダン様だけに王宮が特別に用意している
3ヶ月に一度行われる、騎士団参加の儀式なんです。」
「へー、なんかすごい。」
「大変なんですよ、暴れるダン様を屈強な騎士団でも選ばれた精鋭5人がかりで行うんです。」
「え?ダンが暴れるんですか?」
すると、ベットメイクを終えた侍女が笑いながら教えてくれた。
「今日は、ダン様の一番嫌いな注射の日なんです。狐化したダン様に特別室で行われるもので、大暴れで嫌がるので騎士団の方々に押さえられて処置するんです。それでつけられた名前がアメバの儀なんです。」
「確か、9時からでしたわ、モモ様、ダン様の応援に行かれてはいかがですか?ダン様も喜ばれるかもしれませんわ。」
(狐化したダンを押さえつけてする処置…注射かな?)
モモの頭をよぎったのは小児科の予防接種の様子だった。
「そうですね、じゃあ見てみようかな。行ってきます。」
モモはそう侍女達に言って部屋を出て、医務室横の特別室に向かった。
特別室に向かう途中、ステンドグラスの回廊が続く。陽が差し込むとまるで宝石箱の中にいるみたいだった。
特別室に近づくにつれて、すでにギャーギャー騒ぐ様子が伺えた…。特別室の前では王宮専属医務局長が注射器を持ってスタンバイしていた。どうやら今、室内でダンを騎士達が取り押さえつけているようだ。
「おはようございます、オンワーズ医務局長。」
「おはようございます、モモ様。その後左肩の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫です、ありがとうございます。あの、ダンが今日…」
オンワーズ医務局長は苦笑しながら、注射器をコレと言うように指さした。モモの思った通り、どうやら予防接種の儀式の様だ。
「この国では、ペットや保護動物に対して3ヶ月に一度、又は半年に一度、アメバヴァクスという薬を接種する制度があります。アメバとは寄生虫の名前で犬や狼、狐などがアメバに寄生されている鼠などを食べておこす病です。嘔吐や下痢を引き起こし最悪死に至ります。」
(…赤痢みたいなものかしら、エキノコックスや、狂犬病の類かなぁ)
「ダン様は亜人なので、本来は必要ないのですが、狐化して散歩をされると拾い食いしてしまうらしく…ラウル様から依頼されて行っているのです。まぁ以前その件でダン様も痛い目に遭っていますから…」
(拾い食い…)
モモは少し呆れ顔。
しばらくしてダンが観念したのか特別室内が静かになった。
そこへオンワーズ医務局長が入りダンの左腕に処置をした。
ダンの表情はこの世の終わりの様な、半べそかきながらジッと我慢していた。その姿は犬の種類ではグレートピレニーズに似ており皮毛は純白と茶のマーブル。毛並みはツヤツヤで
つり目の大きな金の瞳が、涙で溢れていた。
処置が終わった部屋から騎士達が一仕事終え清々しい表情で出てきた。モモの姿を見て敬礼し、騎士団駐在所に戻って行った。
「終わった〜」
と言う声が聞こえてきそうだった。
続いて人化したダンが目を拭って出てきた。片手には小さい手帳を持っていた。
「頑張ったね、ダン。」
モモが優しく声を掛けると、ダンは抱きついてきた。
「モモー!!痛かった、恐かった、おれ頑張ったーっ」
本当に子供みたいな甘え方によしよしと、モモはダンの頭を撫でた。するとそこへラウルが姿を現した。
「頑張ったな、ダン」
「ラウルー。なんで今日は一緒じゃなかったんだよー。」
ダンはラウルにも抱きついていった。
その出立ちから想像するにあまりに子供すぎるダンに思わずモモはラウルに聞いた。
「ダンはいくつなの?」
「まぁ人間で言うと12歳。精神年齢は5歳だな。」
「5歳…」
「ダンは色々あって、精神的な成長が遅れているらしい。
ぱっと見は健常なんだけどね。ちなみに俺はダンの飼い主です。」
「飼い主⁈」
ここじゃ人目につくからと、モモ達はモモの部屋に移動した。儀式で体力を使い果たしたのか、ダンは狐化しベッドの上でモフモフのしっぽにうずくまって寝ていた。
「ダンは元々人身売買の輩に捕まって、この国に連れてこられたんだ。」
ラウルの言葉に思わず口に手をやるモモ。
「この世界には昔奴隷制度があって、実はそれがまだ一部根強く残ってる闇があるんだ。ほとんどの国が制度撤廃に動いたが、闇ルートで人身売買が行われている。その中でも亜人は人気が高い。亜人は体力値が人間に比べて非常高い為、用途が様々だ。特に子供は狙われやすくて小さい頃から手懐けると忠誠心が深く決して主人を裏切らない、と言われている。ダンも攫われてきたが、狐化と人化が安定せず売れない商品として闇市でぞんざいな扱いを受け取り残されて、捨てられていた。」
モモはダンを見た。
「攫われた当時のダンは4歳だった。到底4歳には見えない姿だったが。ギルドにもダンの話は来たんだ。狐の亜人は珍しいからね。俺が見に行った時、ダンは脱水症状が酷く痩せ細り瀕死の状態だった…。その時ダンを慕う妖精が2体俺に助けを求めてきた。一体は以前モモも会ったウェンティだ。
妖精の力でギリギリ生きてた状態だったのかもな、今思えば。」
ラウルはダンのそばに行き体を撫でた。
「俺は人身売買商に有り金出してダンを買ったんだ。
ギルドから王宮の医務局に口添えしてもらって、ダンは一命を取り留めた。体は徐々に快復したが、精神的に受けた傷は癒ず、8歳まで狐化、人化が安定せず夜泣きもあった。
一度、攫われる夢を見た時に、一緒に寝ていた俺は狐化したダンに左肩を噛みつかれて大怪我をした。牙がもう少し食い込んでいたら肺はダメだっただろうな。その一件に酷く落ち込んだダンは少しずつ俺や俺に関わる人に心を開いてくれる様になって、今かな。」
ダンの過去を聞いたモモの瞳からは涙が溢れた。
「あの甘え方からすると、モモの事野生的に母親みたいにおもってるかもね。」
ラウルが微笑む。
そんな酷い過去があって、自分とはまだ会って間もないのに、甘えてくれるダンが愛おしく見えたモモはダンを挟んでベッドに腰掛け、ダンの前足を握った。
「ありがとう、話してくれて。うれしい。」
ラウルは優しく笑う。
「モモは今日、これからどうするつもり?」
「うーん、決まってない…」
「良かったら、城下に行ってみないか?女の子は買い物すきだろ?」
モモはベッドから立ち上がって「うん!!」と二つ返事。
「じゃあダンが起きたらランチも兼ねて行こう。」