虹の雫
会議中、突然円卓の中央に空間を裂いて現れた黒い鏡。
まさか魔人の手がついにここまで?
と想定外の事態に驚き、ガタガタっと全員が立ち上がり、どよめく室内。
『ん―――、やっぱり遠すぎたかしら、距離。なんか映りが悪いわー。』
なにやら聞き覚えのある声が鏡の中から聞こえてきた。
―――――しばらくして、鏡に映ったのは。
「やっほー!モモ、久しぶりね!」
黒い鏡に映ったのは、シクラメンピンクの髪をした
「リリン!!」
茶色を基調とした、胸元が大きく開いたセパレートの姿のリリンの姿に、モモはすぐ反応した。
「ふふ、覚えていてくれてうれしいわ、モモ!ペルったら忘れていたんだからっ!」
「え…ペルも一緒なの?」
「いるわよー、ほら。」
リリンが避けると、その後ろからレグホーンのツイストパーマにグレーの瞳のペルが映った。
強くなりたいと別れてから半年。鏡に映るペルの姿は、線は細いままでも逞しい体つきになっていた。が、しかし。そんな彼の姿は傷だらけだった。
「ぺル…なんでそんなに傷だらけなの。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ、モモ。久しぶり。」
ペルはモモに向けて愛しむ様に、満面の笑みを返した。
その笑顔にモモの胸が高鳴る。
「なんかみんなで集まって、会議でもしていたの?」
「え…ええ。今ちょうど地底魔界の話をしていて。魔人の誕生とか。そうしたらちょうどペルが地底魔界に行ってるって話になって…。不安だったけど、無事で良かった。」
モモがペルの安否を確認出来、安堵したところでラウルが割って入ってきた。
「おー、ペル。元気そうでなによりー。」
「かる…笑。まぁ、そっちもモモが無事で安心したよ。」
「で、これってリリンの魔術か?今地底魔界のどの辺にいるんだ?」
ここで、ズイっとペルを押しのけてリリンが前に出た。
「そうよ、アタシの魔鏡よ。アタシの知り合いなら誰でも通信出来るわ!
ちょうどモモがペルの事を不安に思う気持ちが伝わってきたから、繋いでみたの。邪魔だったかしら?」
「いや、タイミング的にありがたいよ。」
「今、ボクとリリンは蜘蛛の王、ルブロン様の居城だよ。ついさっきまで魔人達に襲撃されていたんだよ。」
「ええ!!?」
ペルはそういうと、後方に控えるルブロンに話しかけた。
「ルブロン様、こちらに映っている女性がボクの主人、聖蛇ナーガの化身の聖女モモです。」
魔鏡が顔左半面に般若の様な面を付け、山吹色の蜘蛛紋付と羽織袴姿のルブロンを映し出した。
会議室がシン…と静まり返る。鏡越からでも伝わるルブロンの桁違いの圧。
いつもクールなラウルでさえ、息を呑んでいた。
対して、そんなルブロンの瞳にモモが映り込み、静かに口を開いた。
「はじめてお目にかかる。聖女モモ殿。聞いての通り、魔人達の襲撃で深手を負っていたが、其方の従魔ペルが余に分け与えてくれた其方の力で、人化出来るまでに回復した。心から礼を言う。」
ルブロンが鏡越しに頭を下げた。
その対応にモモが驚き焦りだす。
「わ、私の力…もしかして…?」
モモはペルに目を合わせると、ペルはモモからもらったモモの血の入った小瓶を振って見せた。
「ペルが会いたいと訪ねたルブロン様のお力になれて光栄です。どうか、顔をあげて下さい。」
モモの言葉にフッとルブロンが溜息をこぼす。
「其方の力…血は、ただの聖女の血とは似て非なるもの。高潔であり、聖蛇ナーガの化身であること頷ける。ペルが其方を守るために強くなりたいと、ここへ来たのも理解できた。
魔人達が其方の血を狙っているとなると、奴らは恐らく地底魔王サハマジャの復活を目論んでいるのではないだろうか。」
「!!」
ルブロンの言葉に、その場にいた全員が絶句した。
たった今、会議室で読み終えた伝承の物語が更に真実味を帯びたからである。
「…地底魔王サハマジャ…誰がこの物語を残したんだ…?」
ラインハルトが手に持つ絵本に目をやると、それに気付いたルブロンが懐かしそうに笑みをこぼした。
「貴殿の持つその絵本、それは海の女神テティスが描いたもの。
彼女は絵が得意でな。
余は参戦してはいないが、我々の辿った道を残したいとナーガと筆をとっていたな。」
確かに著者名が絵本のどこにも記されていなかった。謎が一つ解けた。
「ちょ…ちょっと待て。海の女神とナーガ様が描かれた絵本がなんで人間の世界にポロっとあるの?」
トルチェとクアラが顔を見合わせて驚く。
また、それを耳にしたラインハルトは絵本の表紙に触れ、何かに気付く。
「…?
この、ステンドグラス風の装丁、なにか填め込めそうな…?」
ラインハルトの言う、その絵本の表紙、黒い影絵の部分。平らなところの一部、木を描いた葉の部分に窪みがあった。
「どこだ?」
ラウルがラインハルトに問う。
「この部分だけ、何か…」
ラインハルトの示す部分にラウルが触れる。
「…確かに…窪みがあるな。」
ラウルが確認すると、ルブロンがその答えを語りだした。
「その絵本には妖精王が住まう聖地サーリンゼルカに通ずる鍵が封印されているのだ。
現状は妖精に気に入られたものしか入れないその地だが、その鍵があれば絵本から直接、妖精王のもとへの道が開ける。
その窪みに入るものは“虹の雫”という宝石だ。」
「!!
“虹の雫”って、海底火山に眠る鉱石じゃなかった?」
宝石好きが功を奏したのか、トルチェに目が輝いていた。
「私も名前は聞いたことはあったが、なかなか市場に出回らない宝石のはずだ。」
ラインハルトがトルチェに続く。
「…宝物庫の中に一つくらいないのか、ラインハルト?」
「……探してみるか?」
ラインハルトはラウルの無茶ぶりにも関わらず、真面目に捉え、控えていたヨイチにアイコンタクトで指示を出した。そうして、ヨイチは一礼すると、会議室を後にした。
「(まじかー…)」
一王国の宝物庫から宝石を拝借なんて可能なのか?と会議室にいた全員に不安が残った。
“虹の雫”とは、トルチェが言う様に、海底火山に眠る鉱物の一つで、溶岩と人魚の鱗、鱗に残る魔力が自然に合成され出来上がったもの。その由来は、虹色に光る人魚の鱗が海水で冷えた溶岩に張り付き、潮の流れで削られ雫の形となったことからだった。
人工的には合成出来ず、ごく稀に海岸で見つけられたら、ひ孫世代まで働かずして安泰と言われる代物。
しかし、海底火山付近を巣食う魔物は、地上の魔物に比べ圧倒的に強く、凶悪。“虹の雫”を見つけるには海に潜り続ける必要があるが、現状海中で戦える者はパーティーメンバーにはおらず、海底に潜る術もなかった。
「この絵本が使えないとなると、妖精王にお会いできるのはモモ、ラウル、ロイド、ジュウトだけか…」
ポツリとラインハルトが呟くと、ルブロンがこうも加えた。
「妖精王は今、再生の時期に入ろうとしている。」
「再生?」
モモが反応する。
「そう、妖精王は五百年に一度死期を迎え、再生するのだ。年を取らない代わりに死を迎え、また新たな体を手に入れる。ただ、その時期は大抵魔力が弱まる。妖精王が張った結界の効力が薄れているのがその証拠。
一度、妖精王が再生のタイミングに入ると、人間時間で五日は今の結界の状態がより悪く、効果が弱まってしまうだろう。おそらく、再生のタイミングまでは、まだひと月ほどはあるだろうが…」
あと、ひと月――――――――――。
―――――――――― ☆ ――――――――――
ルブロンから妖精王の話を一通り聞いたあと、新たな結界展開に必要な人材の話になった。
すると、ルブロンからこんな提案があがった。
「では、その結界展開に余の娘、パナマリアを派遣しよう。」
ルブロンの突然の提案に、蜘蛛騎士ジクートが異を唱えようと立ち上がるが、それはルブロンの右手ひとつで抑えられてしまった。
「土蜘蛛の王女を…ありがたいお話ですが、よろしいのですか?」
ラインハルトが、聖属性魔力の高い人材を集めていたのは確かだが、まさか一国の王女の力を借りることが出来るとは思っていなかった。
「パナマリアは以前より地上界に興味を持っていてな。信頼のおけるペルもいることだ。もちろん護衛は付けるが、この機会にそちらに行かせても構わんだろう。」
ルブロンがパナマリアに視線を移す。すると予てよりの希望が通ったことを喜んだ彼女が満面の笑みをこぼした。
「ありがとうございます、お父様。
モルネード王国の王子、結界展開が滞りなく行えますよう、わたくしも尽力しますゆえ、どうぞよろしくお願いいたします。」
土蜘蛛の王女、パナマリアは聖属性魔力を持つ人間を王妃に迎えた過去がある前土蜘蛛王との間に生まれた聖蟲から覚醒遺伝を遂げ、魔物にも関わらず聖属性魔力を保有していた。彼女が生み出す糸には聖属性魔力が宿り、その糸は地上界の防具素材として上級ランクに人気を博していた。
「ありがとうございます、パナマリア王女。王女にお会いできることを楽しみにしております。」
ラインハルトの言葉と共に会議室に拍手が沸き起こった。
「そちらも結界展開の準備があるだろう。パナマリアには蜘蛛騎士ジクートを護衛に付け、三日後の新月に地上界へ送ろう。」
「承知いたしました、ルブロン様」
ラインハルトの言葉と共に、リリンの魔力が限界を迎えたのか、魔鏡の映像が乱れ始め、会議室からフッと消えてしまった。
「動く方向が見えてきたな。」
ラウルがラインハルトに声を掛けると、ラインハルトはコクリと頷いた。
――――――――― ☆ ――――――――――
さっきまで元気だったリリンが、今では地面に足を崩してへたり込み息をあげていた。
「(どんだけ話すのーーー?地上界と繋げるだけで結構魔力使うのに…)」
そんなリリンにペルが魔力を分け与えた。
「!」
「ありがとう、リリン。助かった。」
ペルがへたり込むリリンに手を差し伸べる。
「どういたしまして!」
リリンはにっこり笑ってペルの手をつかんだ。
「ではペル。其方の件だが…」
ルブロンがペルの質問に答えようと話を戻す。
「はい。」
「其方はタランチュラ種、ブラッチペルマと言っていたが、おそらく“天界”におられる織物の神に仕えるラクネの子だろう。神の召し物の糸を紡ぐ蜘蛛ラクネには八匹の子がいた。そのうち一匹は聖蟲であったが、何らかの事故に巻き込まれ下界に消えてしまい行方不明と聞いている。それが其方の事と余は考えるのだが。」
「織物の神に仕える蜘蛛…ラクネ…」
自分が天界にいたと思われることを聞いたペルは、驚きのあまり固まってしまった。
「驚くのも無理はない。其方が人化出来るということは、誰ぞの血を飲んだのだ?」
「…ナルボンヌという…」
「女王蜘蛛か。あれも元は天界の生まれ。見目美しい蜘蛛であると聞いている。」
「え…ナルボンヌも天界に?」
「いかにも。彼女はどうしているのか?」
ルブロンの問いに、ペルは一呼吸置いてから答えた。
「ナルボンヌは、魔人達に嵌められ…この世を去りました…」
「――――――!…そうか…」
ルブロンは眉間に皺を寄せ、深く目を閉じた。
沈黙が重くなる。
「天界には簡単には行けないが、聖蛇ナーガの化身の従魔であれば、いずれ行ける機会も来よう。」
「―――はい。」
「それから…――――― 」
―――――――――― ☆ ――――――――――
今回の行方不明事態の報告を終え、与えられたモルネード城の一室で一息ついていた大地の勇者、ヴァンの脳裏に聖獣ハティの言葉が過った。
――― 海の勇者も囚われの身に…―――
(…ルカが囚われの身…?あいつらは聖獣と共にある。滅多なことでは囚われの身になんか…)
そう、思いに耽っていると、ヴァンの対面にアイラが腰を下ろした。
「…?どうした、アイラ?」
「それはこっちのセリフですよ、ヴァン。ずっと一人で考え込んでいるでしょう?今回に関連したことはヴァン一人の責任では…」
アイラが話し終わるのを前に、ヴァンはフッと笑みをこぼした。
「ありがとう、アイラ。結果ロイドとジュウトには愛想を尽かされてしまったが、アイラ達がいてくれただけで俺は救われた。
俺が今気になっているのは…」
「―――…ルカ様の事ですか?」
「ああ…今回絡んだ魔人の存在。大地のみならず、海でも魔人の力が及んでいたら、いくら勇者といえど、単騎のルカだけで手に負えるか心配になってな…ハティもルカが囚われの身になっているって情報くれたし…」
ヴァンは立ち上がり、窓の外を眺めた。
窓に映るヴァンの表情は険しく眉を顰めていた。
「そのことなら、さっき私が空間サーチで耳に入れた情報ですが。」
「?」
「モモ達は海底神殿にどうやら用があるそうですわ。けれど行く手立てがない。ここはルカ様の安否確認も含め共闘してみてはいかがでしょうか?」
「―――――!」
組んでいた腕を組みなおしたヴァン。眉間にあった皺もなくなり、ニヤリとアイラに合図を送った。
「すぐに、ピユとジェイドにも支度をさせて来ます!」
アイラが動く方向が決まった事に、笑みを浮かべ部屋を後にした。
(――――――魔人…無事でいろよ、ルカ!)
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところがあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
今回は体調不良もあり更新に1か月空いてしまいました。
また今後、職場も変わる予定があり、更新単位が1か月以上空いてしまうこともあるかと思いますが、モモ達の冒険を描き続けたい気持ちはたっぷりあるので、今後ともお付き合いいただけたら幸いです。
キャラメモ ★モモ★(百瀬 美琴)
✿前世:看護師 転生後:聖女
✿26歳=恋愛経験値0のO型
✿一人称:私
✿迷いながらも、自分や仲間を信じて壁を乗り越える元気な女性を意識して書いてます…けど、読者の皆様に伝わっていたらいいなぁ。
✿モモを書く時のBGMはいきものがかり。
※キャラメモ…なんで妖精から入ったか作者も不明ですが、気付いたら妖精から走っていたので、これから主要キャラにいきます。




