ユレネード
私は今、社交界デビューに向けて、舞踏会のマナー講義を受けている。
なんでこんな事になってるんだろう…ことの発端は侍女長ナーサの一言だった。
「モモ様。突然ですが、明後日陛下開催のパーティーにご出席いただきます。」
「へ?」
私に有無を言わさず、ナーサがパンパンと手を叩くと、ダンスの講師が入ってきた。
「はじめまして、聖女モモ様。講師に就かせていただく光栄、必ずや立派にダンスを踊れるよう努めさせて頂きます。」
「……っ」
いやいや。私、リズム音痴なんですが…まだテーブルマナーとかの方がありがたい…と心では叫んでも誰にも届かず、ダンス講師は挨拶を済ませると部屋を退出していった。
「さぁ、モモ様。先生をお待たせしてはいけませんわ。モモ様をドレスに召し換えて!」
ナーサの一言で侍女達が急ピッチで私を練習用ドレスに着替えさせた。
(ビスチェのしめあげ…エグすぎ…)
ドレスに着替えた私は、すぐにダンスの先生が待つ部屋に通された。そこにはただの練習と聞いていたのに、オーケストラ的な集団も…ここまで用意されたらイヤとは逃げ出せない。諦めて先生に一礼した。
「モモ様は姿勢がとてもきれいですね。今回お教えさせていただくダンスは三拍子のゆったりした曲に合わせたワルツです。このダンスにだけモモ様はご参加されると伺っておりますので。」
何も聞いていない私はナーサに目を向けると、いつもとは違う〝モモ様にダンスをマスターさせる〟使命感に燃えた彼女がコクリとだけ頷いた。もう、どうにでもして下さい…。
「そう固くならずとも大丈夫ですよ、モモ様。お相手の男性がリードして下さいますから。」
「は、はい。」
「では、モモ様。私たちはこれで失礼します。しっかりと、お願い致しますね。」
ナーサ達が退出した後、先生はリズム音痴の私にまず、踊る曲を聴かせて体に馴染ませてくれた。それからステップの練習に入ったので、苦手意識が強かった私もなんとか形にはなるまでになった。オーケストラの方々も、私のつたない練習にあくびもせずじっと先生の合図を待って演奏してくれた。なんてありがたい。
夕方、ようやくダンスの練習から解放された私は、炭酸が飲みたくて仕方なかった。
『なんとか踊れるようになって、良かったわねモモ!』
「もー、ルキスが変わってよー…ヘトヘト。そういえば、この世界って炭酸ないよね?」
『炭酸?美容に使うシュワシュワの水のこと?』
「美容?まぁ、美容にもいいんだけど、そうじゃなくて飲む炭酸のこと。」
『えー?飲まないわよ、炭酸なんて。口の中爆発しちゃうんじゃない?』
「しないよー。」
(酒豪のルキスがこの反応って事は、お酒の炭酸割もないってことなのかな。)
そこで私はダンスの汗を流す折に、侍女長ナーサに聞いてみた。
「ねぇ、ナーサ。」
「はい、モモ様?」
「美容で使う炭酸って飲めないの?」
「た、炭酸を飲む…ですか?」
びっくりして引いてしまったナーサだったが、気を取り直して説明してくれた。
「モモ様。この世界で炭酸は天然ガスが地下水脈に入り込み溶け込んで出来たものでして、主に湧き出る場所は決して人が口にするモノがある所ではございません。なので、飲み物ではないのです。…モモ様のいらした世界ではお口にされていたのですか?」
「ええ。炭酸はもちろん肌の引き締め効果もあったり、血行促進されたりと美容化粧品としても使われたり、頭を洗ったりしたりもするんだけど、ジュースやお酒を割ったりして飲んでいたわ。あのシュワシュワ感が疲れた体を癒してくれるのよ。」
「まぁ、そんな使い方が…ですが…」
「ちなみに、王宮に炭酸水はあるの?」
「ございません、城下の井戸にでしたら沸いているところがあると聞きましたが。」
城下の井戸、いくつもあって探すのが大変だわ…これは諦めるしかないかー…とうなだれる私にナーサがある提案をしてくれた。
「では、騎士団に頼みましょう。彼らなら街の隅々まで熟知しています。炭酸の沸く井戸もすぐに見つかるでしょう。モモ様は明日のパーティーまで外出禁止の身ですもの。ただし、それをどうされるかお教え頂いてもよろしいですか?」
「ありがとう、ナーサ!ふふ、料理長のところに行ってレモネードをもらう作らせてもらうのよ。それを炭酸で割って飲むの!」
「レモ、ネード?」
「あ、この世界ではユレカね。ユレネード。果汁を薄めてシロップを加えた飲み物のことよ。ユレカにはビタミンもたっぷりだし、疲れにもお肌にもいい飲み物よ。」
湯あみが終わった私は、炭酸水はナーサと騎士団に任せて、ディナー準備に大忙しの調理室へと移動した。もちろん、衛兵と聖属性騎士団員2名付で。彼らには申し訳ないけどと思いつつも、私の作るものに興味を示してくれたので、そこは良かった。
「料理長、お忙しいところすみません。」
「モモ様、事前に連絡を頂けて助かりました。このような場にお越しいただけることの方がもったいなく存じます。それで、ユレカと砂糖と蜂蜜でしたね。事前に侍女長からモモ様の指示をいただいておりましたので、そのように瓶に詰めてございます。」
「ありがとうございます!もう水分が結構出てますね!」
私が急に調理室に現れたら大混乱が起きかねないとナーサに言われ、事前に作ってほしいモノを頼んでおいた。レモンに似たユレカという果実を薄くスライスし、砂糖、蜂蜜をドバッとかけ、それを二層作って欲しいと。
「ユレカをこのような形で利用するのは初めてです。あくまでユレカはメインの引き立て役ですからね。一体どうされるのですか?」
「うん、あと少し時間を置いてから炭酸とシロップで割って飲むのよ。」
「た…炭酸??ですか?」
案の定、料理長も驚いて口が開いたままになり、作業をしていた他の調理師たちも手が止まってしまった。
「で、でもモモ様がお口にされるのなら、私も飲んでみたいです!」
料理長のその一言に、周りの調理師たちからも期待の眼差しが向けられたのを感じた。
「あ、じゃあ出来たらお持ちしますね!!これ、ありがとうございます、料理長!!」
とは、言ったものの…足りるかな。なんだか私が作るものに期待が先走ってしまっているような感じか否めない。
しばらく部屋で待っていようと戻った私の目に入ったのは一冊の本だった。
本棚にはなかったもので、と手に取ってみるとタイトルに〝創世の大地〟とあった。このタイトルにハッとした。以前この世界で伝承とされる物語があるって殿下が言っていたのを思い出した。
「お待たせ致しました、聖女モモ様。炭酸水でございます。」
ゴトっと置かれた樽いっぱいの炭酸水。
「み…緑…」
思っていた炭酸水と色が違っていた。無色透明だと思っていたのに。でもここで違いましたなんて言えない。ただ強炭酸であるおかげで、すぐに気抜けしないのがありがたかった。
「この緑色は、井戸にいる微生物に反応して変化しているんです。本来なら無色透明なんだそうですよ。美容関係者が色々工夫してこの微生物を殺菌して美容製品にしているそうです。」
「そうなんだ、てことは。」
〝ピュリフィーン〟
炭酸水に浄化魔法を施した。すると緑色から無色透明に変わった。
『モモ…魔法の使い方…』
「まぁまぁ、かたい事言わないでルキス♪」
それをコップに取り一口飲んで見せた。見守る侍女たちがゴクリと唾をのむ音がした。
「はぁ~、きくぅ!美味しい!」
「ほ、本当でございますか、モモ様。では私も一口…」
ナーサが私に続いてコップに一口。するとあまりの強炭酸に咽かえってしまった。
「ほ、本当に飲み物なんですか!?」
「あはは、飲みなれていないとキツイかもしれないけど、これをね。」
私は部屋に用意されたコップに、料理長に漬けてもらったユレカシロップを炭酸水で割った。
「ん。美味しいけど、もう少し甘い方かウケがいいかしら?」
そう言いながら普通のシロップを追加した。
「ナーサ、これなら飲めるんじゃない?」
「……い、いただきます。」
疑いの目のまま、ナーサは一口、モモ製ユレネードを飲んだ。
「あ。甘酸っぱくて、それにこのシュワシュワがシロップを割って飲むことによってのど越しも良くて爽やかです。」
ナーサの一言で、ユレネードはたちまち王宮内に振舞われた。そして私は、報告書作成に明け暮れるラウル達の下へ差し入れに顔を出した。扉を開けたそこは、地獄と化していた。血走った眼で部屋にいた、殿下、ラウル、ヨイチさん、ロイド、ジュウトが一斉に私を見た。
「こわっ…」
「ああ、すまない。モモ殿だったか。また書類の再提出を求めにラッツィが来たかと…」
殿下がやや病的な笑みを見せる。相当やられてると見た。
「殿下、少しだけ休憩しませんか?」
私の一言に縋りつくような目で殿下を見るラウル達。
「あ、ああ。少しだけなら…その飲み物は?」
「ユレネードです、お口に合うといいのですが。」
「レモネードをユレカで作って下さったんですか、モモ様!」
「ええ、ヨイチさんの口にも合ったらうれしいです。」
早速、シュワシュワしたその飲み物を躊躇せずヨイチが一気に飲み干した。
「くぁ~っ、実に美味しいですな。疲れた脳にピッタリです。ありがとうございます、モモ様!」
同郷のヨイチさんにはウケが良かったが、果たしてみんなにはどうかしら。と、その心配もなく、ユレネードは秒で飲み干された。
(なんだろう…ちょっとさみしい…もっと味わってくれても…)
と、思っていたら、殿下がワインを味わう様に舌鼓。
「これ、炭酸か?」
「はい、炭酸水を浄化して飲めるようにしてからユレカシロップと調合しました。いかがですか?」
「うん、ヨイチの言う通り、美味しいよ。この酸っぱさが疲れを取ってくれるようだ。モモ殿の世界の飲み物なのか?」
「ええ、ちなみに果実酒も炭酸で割ったら美味しいですよ。」
「なるほど。…みな今日のディナーは特別に豪華にしてもらっているから、頑張ってくれ!」
殿下はラウル達に喝を入れると、またデスクに戻った。
昨日、トルチェ達と恋バナをしたからか、ラウルの事を意識してしまい上手に笑顔を作れていたか心配だったけれど逆で、そのラウルが報告書漬けでも涼しげな顔でペンを走らせる姿が絵になっていた事に気付いた。
(一瞬、血走った目に見えたのは気のせいだったのか…)
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところがあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
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