ラインハルトの戦い④ ーサンツグリアー後編
―――――聖蛇ナーガの聖域―――――
水晶玉に地上界、モルネード王国、王都ラダンディナヴィアの一角が映し出されていた。
透き通る様な白く長い指で映し出す位置を変更していく。止めたそこには、ラインハルトの姿が。
「…そろそろ彼も決意が固まる頃でしょうか…」
ナーガの脇に控える白銀の耀く鱗を持つ龍が一度、彼女の問いに瞑っていた目を開けるも、すぐ目を閉じて首を明後日の方向へ向けてしまった。
「そう、剝れないで下さい、ネロ。もうすぐモモに会わせてあげますから。その前に、彼にこれを。
頼みましたよ、今彼を失うわけにはいきません。」
ネロ、そうナーガに呼ばれた龍は、以前マピチュ村で幼体化し左翼を失っていたところをモモに完全体にまで回復させてもらった〝ニーズヘッグ〟と呼ばれる、地上界では伝説上の龍だった。
ナーガに託されたそれを前足に引っ掛け、ネロは聖域からフッと姿を消した。
「…もう私の力だけでは…テティス、どうしたら…」
場面は地上界に移る。
モルネード王国、王都ラダンディナヴィアの一角。ポートマン公爵家に現れた青い一つ目のトロールが3体。
「青い目…確か竜巻を起こすタイプ。こんな街中で竜巻を起こされたら…!」
ラインハルトが周囲に目をやると、まだ逃げきれていない人々が眼に映った。
(なんとしても、被害をここだけに留めなければ…)
ラインハルトは剣を抜き、前衛にいる剣士ナナ、槍使いイーサン、テイマーのポッチェに、攻撃力強化、防御力上昇、魔力消費軽減、状態異常耐性をかけた。速度はジュウトに劣るものの、逆にその効果時間はジュウトの1.5倍だった。しかし
「殿下、こいつらの体から青黒いモヤが…っ!」
イーサンの攻撃が、突如現れた青黒いモヤによってトロールへの直撃を躱された。また、トロール真上に飛び上り、斬撃を繰り出そうとしたナナが目にしたものは、第三の目だった。
「殿下!あの時のギガンテスみたいに、頭頂部に第三の目がっ!!」
ナナの攻撃に対して、第三の目が発光し、目くらましでナナの攻撃態勢を崩させた。
「きゃあ!」
体勢を崩したナナは、そのまま空中を真っ逆さまに落ちた。
「ナナッ!!」
そんな彼女を空中で拾い上げたのは、キングイーグルだった。翼を広げると5メートルにはなる、テイマー、ポッチェの相棒だ。
「…っ、あ、ありがとう。」
ナナが翼に掴まり、キングイーグルにお礼を言うと、言葉を理解したのか、グァッと鳴いて返した。その時、ポッチェは、一体のトロールの動きを封じていた。テイマーの能力の一つにある“同化”という技だった。ただ、同化している間は本体が無防備になる為、その間は何処かに隠れるかしないといけないわけだが、その役は近衛師団長バズフォードの盾が担っていた。
(一体をポッチェが抑えているが、それもいつまで保つか…、青黒いモヤに、第三の目…聖属性魔法師団で防げるか?考えろ、ラインハルト!今ここに、モモ殿も、ラウルもいないんだっ…俺に瘴気と戦える力があれば…っ)
ラインハルトが自分の無力さに、剣を握りしめる。
(…いや、無いものは仕方ない、今ここを打破出来る最良の手は…)
そう、ラインハルトが焦りつつ全体の把握に気を取られていると、トロールのターゲットになっていた。はっと、それに気づいた時には、ラインハルトにトロールの拳が迫っていた。
「ーーーーー!!」
「殿下っ!!」
トロールの拳が迫るラインハルトの前に身を挺して立ったのは、騎士隊長シズウェルと避難していたはずの婚約者、ジャスミン・フロリアだった。
「ジャスミン!!」
ラインハルトは剣を手放し、ジャスミンを力ずくで自分の腕の中へ引っ張り込んだ。
大切な婚約者を抱え込む彼の脳裏に幼い記憶が甦る…―――――
社交の場で必ず耳にする大人たちの言葉。
「いやぁ、実に優秀ですなぁ、ラインハルト王子は。」
「学園での成績も常にトップですもの、ギルドランクにすると、この年齢にして〝A〟だとか。」
「ただ、職種が…それに経験もないとか…」
どの国の王や王子も武闘派だったが、俺は武才に恵まれなかった。
「ええ、白魔法使いですって…」
「まぁ。王子ですのに…王や王妃には残念でしょうね…」
姫であれば、聖女や白魔法使いが望ましく、王子であれば当然、武道や剣技を極めし者と。それが当然の認識だった世界で俺は育った。だから、武才は無くとも、視野を広く持ち、他者の意見を尊重し、戦いの場では絶対的なフォロー役に徹しようと、白魔法を極める決意をした。それは当時6歳の頃。
しかし、周囲の評価は変わらない、俺は「主役にはなれない王子」と影で言われていた。
婚約者が決まったのはその翌年だった。フロリア公爵家令嬢ジャスミン。彼女は幼い頃より聖女としての力を見出され周囲の者や、城下へ出ては人々の病やケガを直していた。まだ5歳だった彼女の聖女としての務めを果たす姿に俺は劣等感を抱いてしまった。
一国の王子とは名ばかりの自分に。自身が持てなかった。白魔法使いとして初陣もまだの俺に、果たして彼女の婚約者が務まるのか。そんな自己嫌悪に陥ていた俺を救ってくれたのは、海を隔てた隣国ピーニャコルダ王国から人質としてやってきた同い年の第二王子ラウルだった。
銀髪で色白の王子ラウル、その細身の体格からは想像出来ない武才の持ち主だった。俺とは真逆の存在だ。従者と時折行う稽古で、剣技、武術は大人を圧倒するものだった。更に妖精を使役しているらしい。
(同じ王子なのにここまで違うなんて…きっと彼の耳にも俺の情報は入ってる。白魔法使いの王子なんて
見下されるに決まってる…)
そう思っていたある日、用意された部屋を勝手に出ていたラウルが従者にきつく叱られているのを目にした。
「ラウル王子!あなたは人質としてこの国にいるのです。勝手な行動は慎んでいただかないと困りますよ!」
不貞腐れた様子のラウルと目が合ってしまった。
「あ…ラ、ラウル王子だったよね、良かったら城内を案内しようか?」
突然の俺の提案に俺の従者を務めていたヨイチも驚き、それを止めた。
「王子、ラウル王子は人質なのです、城内の案内など王の耳に入ったら…」
その時、俺の中で優越感が生まれた。〝人質〟と言われている彼を哀れんだ自分がいた。
「ヨイチが黙っていればいいだろう?」
「なっ…」
俺の様子を見ていたラウルは八重歯を見せてニカっと笑った。その笑顔を見た俺は自分の心の醜さに胸がチクリと痛んだのを感じた。ヨイチとラウルの従者をその場に残し、俺はラウルを連れて城内を回った。
最後に案内したのが自分の部屋だった。終始つまんなそうにしていたラウルがそこで声を掛けてきた。
「なぁ、ラインハルト。」
(よ…呼び捨て…)
「お前、ジョブなに?」
(…きた…その質問…ここで言ったら…)
「白魔法使いとかじゃね?」
「え…っ」
「あ、当たり?だって、覇気全然ないし、女子みたいな体してんだもん」
ラウルの言葉に黙ってしまった俺は、本当の事を言われてカチンと来てしまった。
「…だ、だったら…」
「俺と組もうぜ?」
「へ?」
ラウルの突然の提案に口が開いたままになってしまった俺。
「く、組むって何を?」
「もちろんパーティーだよ。俺はパラディンなんだ。まぁ、剣も使えるけど、武道の方が得意かな。
ずっと探してたんだよ、白魔法使い。お前、城内の大人が言ってたけど、初陣まだなんだって?」
「……うん。」
「じゃあ、行こうぜ!初陣!」
「え!?」
「低ランクからでいいからさ、経験値上げに行こうぜ!」
―――――こ、こいつ本気か?俺は初陣どころか、頭でっかちな白魔法の知識しかないんだぞ?低ランクって言ったって、俺達だけで城外に、しかも人質の意味わかってんのか?……けど―――――
「…なぁ、ラウル王子は…」
「あ、俺ラウルでいいわ。王子いらないからさ。」
「―――――っ。ら、ラウルはさ、」
「ん?」
「俺の事、馬鹿にしないのか?王子で白魔法使いって…」
「 ? するわけないだろ?どの戦闘だって、優秀な白魔法使いがいないと成り立たないんだぜ?まぁ、力で押し切るパーティーなら別だけど、俺は背中預けられる白魔法使いがいいわ。お前…じゃなかった、ラインハルトは視野が広いだろ?」
「…え?」
「前に、近衛師団の稽古で剣技習得してるラインハルト見てたけど、ケガしてた騎士のこと治してただろ。」
以前、陛下から剣の型だけでも身に付けよと言われ、近衛師団で稽古を付けてもらっていた。ラウルの言う通り、確かに稽古中に負傷した騎士の傷を治していた。近衛師団付の白魔法使いと聖女に仕事が取られると泣かれていたっけ。でもそれを見ていて視野が広いと褒めてくれたのはラウルだけだった。
その日以降、俺はラウルを連れて城を抜け出し、西の森で魔物討伐に明け暮れた。城にこっそり帰って来ても、ヨイチとラウルの従者に泥だらけの姿が見つかり、いつも怒られていた。そんな日々が続き、俺は一時でも、ラウルが人質であることに優越感を抱いたことを恥ずかしく思った。俺を認めてくれる、命を預けられる背中を、俺に自信をくれた唯一の友人を…。
今まで、言われるがままの自分を変えてくれたのは、間違いなくラウルだ。彼との出会いが無ければ今の自分はいない。白魔法使いの王子である自分は…。
「突然、話があるとは、何かなラインハルト王子?」
ある日俺はヨイチも連れずに、王に謁見した。
「王子、陛下は公務に…」
宰相ラッツィの言葉を王は手を上げて遮った。俺が正装で姿を現した決意を組んでくれた様だ。
「陛下にお願いがあります。
隣国ピーニャコルダの第二王子、ラウルを私の友として人質の立場から解放して下さい。」
「な、なにを仰るかと思えば、あのピーニャコルダ王国の王子は我が国と戦をしないという契りにより…」
ラインハルトの願い出に驚くラッツィの言葉を、陛下は再び遮る。
「おまえの道は見えたのか?」
「はい、俺、いえ、私はラウルと共に戦のない世界を、国を治められる王子になってみせます。たとえ、他国の王子に比べられようとも、この国を、民を守れる白魔法使いになれるように努めます。」
「……そうか。一時、おまえは道を見失いかけていたが、その心配はないんだな?」
「はい。」
「わかった。ラッツィ、ラウル王子に我が国の賓客としての扱いを命じる。」
「なっ…!!」
「ありがとうございます!」
―――――――― ラウルとの出会いがきっかけで、ジャスミンの隣にも誇りを持って立てるようになった。白魔法使いの自分も好きになれた。主役になれなくたっていい、この国と民を、そして愛する者をこの手で守るんだ!!
そう強く想った時だった。
ドン!!
ラインハルトの前に黒曜石が剣の軸に填めこまれた聖剣と思われしものが現れ、トロールの拳を放たれる光が弾き返していた。その光にトロール、青黒いモヤが怯む。そして上空には白銀の耀く鱗が美しい龍の姿があった。
「ニ…ニーズヘッグ…?まさかっ…」
伝説上の龍を前に、その場にいた全員が空を仰ぎ、息をのんだ。
『モルネード王国、王子ラインハルトよ。我は聖蛇ナーガに仕えし者。ナーガよりその光の剣、〝クレイヴ・ソニッシュ〟をそなたに遣はす。この場を切り抜けて見せよ。』
ニーズヘッグはそう言うと、遠い空に姿を消してしまった。
「〝クレイヴ・ソニッシュ〟って、あの聖剣の?」
ナナが目を輝かせていた。
「知っているのか、ナナ?」
「ええ、聖剣の一つで、それは敵を斬るものではなく、浄化の光を放ち、悪を断ち切る剣と言われています。殿下、それであの青黒いモヤを断ち切れれば私達にも勝機が!」
「―――――! ああ!」
ラインハルトは支えていたジャスミンを離すと、目の前の〝クレイヴ・ソニッシュ〟を手にした。
「―――――っ!?」
「殿下?」
「だ、大丈夫だ。ジャスミンは避難してくれ。必ずこの場を抑えてみせる!」
ラインハルトの自身に満ちた笑みに、ジャスミンは寄り添おうとした手を引っ込めた。
「ジャスミン令嬢、ここは危険です、どうぞこちらへ。」
シズウェルがジャスミンを保護しに戻ってきた。
ジャスミンがこの場を離れるのを確認したラインハルトは、改めてその剣に触れた。
(力を吸い取られる…魔力を糧にして浄化の光を放つのか?なんでもいい、とにかく聖蛇ナーガ様より賜ったこの聖剣を信じ、悪を断ち切る!!)
ラインハルトは、自身の魔力を込めた〝クレイヴ・ソニッシュ〟をトロール目掛けて、横一閃。すると光の斬撃が放たれ、トロールの体を纏う青黒いモヤが断ち切られた。攻撃を防御する青黒いモヤが消えた瞬間、ナナ、イーサンが一気に仕掛ける。
「イケる!」
「殿下!攻撃が効きます!」
だが再生し出現する青黒いモヤ。そしてダメージを受けても立ち上がるトロール。
(モヤは断ち切れても、やはり頭頂にある第三の目を潰さないと勝ち目がないか…火力も欲しいところだが…)
そうラインハルトが思った時だった。
〝リプカインフェルノ!!〟
燃え上がる地獄の炎がトロール達を包んだ。
「殿下!!ご無事ですか?」
先行して行方不明だった勇者パーティーの足取りを探るため、城下で聞き込みを依頼していた黒魔法使いトルチェと白魔法使いシュアが駆け付けた。
「トルチェ、シュア!……あ!!ポッチェ!!」
「へ?」
「いや、ポッチェが、一体のトロールと同化して動きを止めていたんだが…」
「えええええ!?」
「トルチェさん、加減しないからー…」
すると、バズフォードの盾の影からトルチェの攻撃の直撃を避けていたポッチェが姿を見せた。
「あ…あぶな…はぁ、はぁ…」
「あら、生きてたわ。」
「いやいや、生きてたわじゃないですよ、他に言うことありません?トルチェさん??」
「シュア、ポッチェ回復しておいて。」
「…はい。」
トルチェの態度が府に落ちないシュアだったが、彼女の指示通りポッチェの回復をしに駆け寄った時だった。トロールの手がシュア目掛けて降ってきた。
ドゴォォン!!
「シュア!!」
ポッチェが咄嗟に盾を片手に、更にシュアを抱え、後方に飛びのき直撃を避けた。
「……っ」
「大丈夫ですか、シュアさん?」
「あ、りがとう、ポッチェ。ポッチェこそ大丈夫?トルチェさんが同化しているの知らずに攻撃しちゃって…」
「大丈夫、喰らう寸でで自分の体に戻りましたから。それより、このトロール達。トルチェさんとナナ達の攻撃を喰らって相当なダメージを負っているはずなのに、やっぱりあの第三の目に強制的に操られているのか?」
ポッチェの考察にラインハルトが賛同した。
「ああ、頭頂部にナナが確認している、第三の目。あれが魔物を支配しているんだ。あの頭頂部をどうたたくか…」
「イーサン!」
「ん?」
「高いとこ行けるか?」
「ああ、大丈夫だ…って、まさか。」
イーサンがポッチェの脇に空から戻ってきたキングイーグルに目をやった。
「なるほどな、イーグルで空からか。」
ラインハルトがポッチェの作戦を一早く理解した。
「はい、殿下が先ほどの光の斬撃でモヤを怯ませていただいたところを、俺とイーサンで第三の目をたたき、下からはナナとトルチェさんで攻撃するのはどうでしょう。」
「よし、それでいこう!シュア、フォロー頼む。」
「はい!」
一方、パロル村、宿屋3階の勇者ヴァンの部屋。
アダの記憶を見たヴァン達は、この事実に衝撃を受けていた。
「あ、あのマスターが…俺に…」
ヴァンがマスターの置かれた状況に、仕方なかったとは頭では理解したが、その拳は固く握りしめられていた。静まり返った部屋で、ヴァンが冷静に振り返った。
「…いや…ジュウトは、あの時俺の変化に気付いていたのか?」
ヴァンのいうあの時とは、ハリウデスキングのフィールドからゲートに向かう時の違和感だった。
「…はっきりとはわからなかったけど、魔力の質が若干変わった気がしたのは覚えてるよ。けど…」
「ああ、俺があの時〝大丈夫〟と言わず、相談していれば…俺のミスだ…」
一層部屋の空気が重くなる中、アダが居た堪れなくなりロイドの傍へフヨフヨと移動した。
アダの気持ちを察したロイドが、静かに語り出す。
「それからの事は聞きたくないだろうが、一応俺がパーティーにいた間の事は話しておく。
ヴァンは〝サンツグリア〟の依存性に嵌り、グアヤキラルにいる間はマカランに入り浸りだった。
それから、徐々にヴァンの性格が歪みだし、金と権力に執着し始め、ジュウトを切り捨てた。
(第16部:「勇者パーティー」参照)
その後、白魔法使い不在のままヴァン達は何かに取り憑かれたようにピーニャコルダ全域で魔物を狩り始めた。どれも強敵ばかりで、白魔法使い職がいないのは不利な状況だったが、戦闘時は冷静さを保っていたからかギリギリ倒せていたな。だが、そんな戦闘も長続きはしなかった。ヴァンだけじゃない、ジェイド達の様子も変わって来て、俺の手には負えないと判断して俺はパーティーを抜けた。
だが、チェルノボーグの言葉を思い起こせば、ヴァンに召喚獣を出させる為にしていたんじゃないのか?」
「……!!そういえば、ハティの核がどうとか…」
ヴァン達がアダを見た。アダはロイドにくっついたまま、申し訳なさそうに話し出した。
「うん、チェルノボーグが言ってた。地底魔王を蘇えらすのには勇者が持つ聖獣の核と、聖女の生き血、そして呪われた聖杯。だから、ヴァン達を戦闘で窮地に立たせて聖獣を召喚させた所を常に影からチェルノボーグは狙ってた。」
「―――――っ」
「だけど、アダには途中からわかったことがあった。影のヴァンじゃ召喚出来ないって。」
「え…」
「影をいくら支配しても、本体と契約した聖獣との契約紋までは、コピー出来ていなかったんだ。」
「そのこと、チェルノボーグには…?」
「チェルノボーグは知らない、アダ教えなかった。」
アダがポロポロと涙を流し始めた。
「魔物は一度核になっても始祖ならある程度眠って、魔力を溜めればまた復活が出来るんだ。アダは影の魔物の始祖だから今地上界、魔界にいるチェルノボーグが造り上げたダイモニゾメノスから力を得て復活を待ってたけど、どんどんチェルノボーグが暴走していって、アダの力じゃ止められなかった…」
アダの〝止められなかった〟という言葉を不思議に思ったアイラが、口を挟んだ。
「アダはチェルノボーグを止めたかったの?魔物だからてっきり…」
「あ、言うの忘れてた。アダはオティウス様の眷属なんだ。オティウス様と色々あって、チェルノボーグに捕まってしまったんだ。オティウス様は地上界の混乱なんて望まない。だから、アダの力が利用されているの止めたかったけど、アダ一人じゃどうにも出来なかった。」
アダの言葉にラウル達は驚きを隠せなかった。
「オティウス様の…」
「眷属…」
ロイドがそっとアダの涙を拭いとる。
「そんな時、ピーニャコルダの隣国、ここモルネード王国に聖蛇ナーガ様の化身が現れたのをチェルノボーグが仲間たちと話しているのを聞いて知ったんだ。だからアダはこっそりダイモニゾメノスを使ってモモを探した。最初にモモに会えたのはフォンテーヌ病院で、医師たちの体を乗っ取ってしまったけど、一人の青年に紛れ込んでモモに接触したんだ。」
アダの話にロイドとジュウトは王都ギガンテス襲来の際、別で起きていた事件を思い出した。
(第22部「聖女の血」参照)
「あの時の青年に憑依していたダイモニゾメノスの中にアダが潜んでいたのか。」
「うん、あの時モモ達ならきっと助けてくれるって思った。だから、ピーニャコルダ王国からヴァン達の影をモルネード王国に移動させていたのを機に…モモを魔人に攫わせるのに協力したんだ…」
しん、と重い沈黙が続く。それを破ったのはヴァンだった。
「話してくれてありがとうな、アダ。アダも辛かったんだな。」
「―――うん。」
「〝サンツグリア〟の件、飲んでしまった、過ぎてしまった事はもう仕方ない。こうして体もラウルやモモ殿達のおかげで取り戻せた。」
ヴァンはそう言うとスッと椅子から立ち上がり、ジュウトに向かって頭を下げた。
「謝っても許してはもらえない事は解ってる、けど、ジュウト。俺が不甲斐なかった。すまない。」
ヴァンから謝罪されるとは思っていなかったジュウトは驚いて固まってしまった。
「ロイドにも、迷惑をかけた。パーティーを抜けてしまうのも仕方ない事だ。」
ヴァンの姿に、アイラ、ピユフィーヌ、ジェイドが続いて頭をジュウト、ロイドに向けて下げた。
ロイドも驚いた表情を見せたが、一息つくと、隣にいたジュウトを肘でつついて〝この空気を何とかしろ〟と促した。
「…いや、頭を上げてよヴァン、みんな。もう過ぎた事だよ。ヴァン達に起きた事も理解できたし、すっきりしたよ。」
「じゃあ、パーティーには…」
「ごめん。」
「悪いなヴァン。今、俺とジュウトはモルネード王国の王子専属なんだ。」
ロイドのバッサリした口調に、もうパーティーには戻る気はないと窺えたヴァンは一度深く目を閉じ気持ちを切り替えた。
「わかった。ありがとう。こうやってまた話せる機会を作ってくれたラウルにも感謝だな。」
ヴァンのその言葉にラウルは微笑んだ。
同じ頃、マピチュ村には子ども達に囲まれるモモと護衛で来たダンの姿があった。
村の中心に建つナーガ像の周りでダンと遊ぶ子ども達。そして
「また、貴女様にお会いできるとは光栄です、聖女モモ様。」
「みなさんもお元気そうで、何よりです。ミモロさんは体調に不安はありませんか?」
司教や村長、村人達、そしてモモが初めて蘇生魔法で生き返らせた元騎士のミモロがモモを囲んでいた。
「ええ、騎士時代に負った古傷まで治ってしまって、これでは妻より私の方が長生きしそうですよ、はは。」
「あの時頂いた奇跡は一生忘れません、モモ様。」
ミモロの妻に続いて、モモに声を掛けてきた子どもがいた。
「モモ様!ずっとお礼が言いたかったんだ、あの時ぼくの事見つけてくれてありがとう!」
マピチュ村に瘴気の陣が現れ、逃げ遅れ井戸の中にいた子どものテオだった。
(第2部 「聖女の力」参照)
「うん、元気な姿を見れて私もうれしいわ、テオ。」
刻は昼下がり、村人たちが作った食事を持ち寄って簡単な立食ランチを頂いたモモ達。
村を吹き抜ける風は心地よく、お腹いっぱいになった子ども達がお昼寝に家に戻るのを見送っていた時だった。
ドッスー!
「いっ……てぇ!」
ダンの額に伝波鳥が突き刺さった。
「こっの、へたくそはリンツだなぁ?なんだ!」
「だ、大丈夫?ダン…」
ダンは伝波鳥のくちばしを乱暴に額から抜いた。そこに浮かび出た文章は
《どっちでもいいから戻って!!》
だった。
「こ、これってリンツさんから?」
モモがダンの額を撫でながら聞く。するとダンはリンツの意図をすぐに察知した。
「モモ、王都でなんかあったんだ。どっちでもいいからってのはオレかラウルの事だ。戻ってもいいか?」
「うん!」
このダンの様子を見ていた司教が声を掛けてきた。
「王都で何が起こったんだい?」
「いや、行ってみないとわかんないけど、リンツが伝波鳥を飛ばす事体、緊急なんだ。」
「モモ様、お気をつけて…」
モモ達はマピチュ村のみんなに見送られナーガ像を使って、王都ラダンディナヴィアに転移した。
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところがあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。




