ラインハルトの戦い③ ーサンツグリアー前編
パロル村、宿屋3階の勇者ヴァンの部屋。
部屋には勇者パーティーにロイド、ジュウトとラウルが集まっていた。
「こちらが勇者様達の荷物の全てです。」
宿屋のオーナーが、ヴァン達が半月前に放置して行った荷物を返しに部屋を訪れていた。
「保管していてくれて、ありがとうオーナー。」
「いえ、私たちも入山後、なかなか戻られないので心配しておりました。ご無事で何よりです。では私はこれで。」
オーナーが部屋を後にしてからヴァン達は自らの足跡を辿るべく荷を解いた。その中に黒い瓶に薄紫色の液体が入った飲み物があった。
「これは…?この瓶、記憶にある者は?」
ヴァンが小瓶を片手にジェイド達に問うも、パーティーは皆、首を横に振るだけだった。だが、ロイドが静かに口を開いた。
「それは、グアヤキラルの酒場でマスターから貰った果実酒だ。下戸のヴァンでも飲みやすく仕上がっている、ヴァン自身も気に入って飲んでいたが、覚えていないのか?」
その事実を聞かされ驚きを隠せないヴァン達。
「俺が酒を…?」
「ああ、ちなみに俺もヴァンに勧められて飲んだが甘すぎて合わなくてな。」
自分の行動に思い当たる節がないと言わんばかりに、険しい表情のヴァン。
その様子を見ていたラウルが使役妖精シヴに伝心した。
『シヴ、アクアを呼んでくれ。』
シヴはその指示に頷くと、アクアに念を送った。
「その小瓶、見せてもらっても?」
ラウルがヴァンに問いかける。
「あ、ああ。わかるのか?」
「いや、俺じゃなくて水の妖精が力になってくれます。」
「水の…?」
すると、開いていた窓から水の妖精アクアが入ってきた。
勇者パーティーで妖精が見えるのはヴァンと聖女アイラだけだった。ジェイドとピユフィーヌにはアクアの姿は映らない。
「かわいらしい妖精さん、ラウルさんが使役されているんですか?」
アイラの目に映った妖精アクアは、ラブラドライトに輝く瞳に、踝までのオフホワイトの髪、ターコイズブルーのVネックマキシワンピースに身を包んでいた。
「いや、アクアはダンの使役妖精で、俺のはこっち。大地の妖精シヴだよ。」
ラウルの肩に控えていたシヴは目の合ったアイラに笑顔を見せた。
「ヴァン、アクアは水に関する事なら何でも判る。この成分を見ても?」
「ああ、俺が飲んでいたものが何なのか、知りたいしな。頼む。」
ヴァンに了解を得たラウルは、アクアの前に小瓶を差し出した。
「アクア、この瓶の中身は果実酒なんだが、成分分析を頼みたい。」
ラウルの申し出にコクコク頷きながら聞いたアクアは、小瓶から中の果実酒を空中に収集させサーチし始めた。ジェイドとピユフィーヌにはアクアは見えないものの、その光景に目を輝かせていた。
「きれい…」
「妖精の所作は洗練されているらしいよな、ピユと違って…いてっ!」
ジェイドの余計な一言に、ピユフィーヌが踵で彼の脛を蹴った。
アクアの脳裏に滝が映る。更に、棘のある球体、毒々しいピンク色の果実。この時、思考を共有していたシヴがポツリと呟いた。
『この実は、サンツグリア…』
「サンツグリア?」
ラウルが復唱する。
「サンツグリアって、図鑑でしか見たことないけど、幻覚や思考の低下、攻撃性が高くなる中毒性の高い果実で、原産は魔界の一部だったはずだよー。」
「…なるほどな、だからあの時…」
ジュウトの解説にロイドがシュピツ村で、これを一滴舐めた時の状況を理解した。
『それに、この水はコンウィの滝のもの…以前調べた毒液もコンウィの滝…加えてこの液体にはライチゴの果汁と呪詛が籠められているみたい。口にした者を操る呪詛…。』
アクアが静かに語る。
「じゃあ、そのサンツグリアで出来たこの酒を俺が飲み続けていたということか…」
ヴァンが悔しそうに顔をしかめ、小瓶を握りしめた。
「だが、ヴァンだけじゃない。下戸のジュウト以外は口にしている。ただ、重度の中毒性に陥ったのはヴァンだけだったという話じゃないか?」
そうロイドが言うと、ジェイド達も何かを思い出し様だった。
「そういえば、酒場のマスターは、サンツグリアをヴァンに強く勧めていたな。」
「確かに…。私達にはそこそこに、ヴァンには必ず勧めていたわね、しかもタダで。ヴァンも美味しいからって飲んで…そこからの記憶が曖昧だけど…」
ピユフィーヌがそう口にすると、部屋に突然アダがポンッと現れた。
「やぁ!」
「アダ!?」
アダの登場に部屋にいた全員が声をあげた。
「モモと一緒じゃなかったのか?」
ラウルが不思議そうにアダに声を掛ける。
アダはフヨフヨと浮かびながら、ヴァンの前で止まった。
「モモとは昨日の夜にお別れしたよ。アダには帰る場所があるからね。ただ、ヴァン達が知りたいことあるかもって思ったから来たんだけど…」
「! ああ、もしアダが知っている事があれば教えてくれないか?チェルノボーグと一緒に利用されていたんだったよな。」
「うん、じゃあアダの記憶を展開するね!」
アダはそう言うと、両目を光らせ記憶を壁に映し出した。
―――今から約2年前―――
ここはモルネード王国から海を隔てた隣国、ピーニャコルダ王国の最南端、グアヤキラル州。年中温かい気候が続き、州の4分の3はジャングルだ。そこに突如現れたダンジョン。ダンジョンの主は蠍の魔物、ハリウデスキングだ。
ハリウデスキングは夜行性で、討伐するには夜中の時間帯しかボスゲートが開かない。ただ、ダンジョンは討伐記録キープが可能で、50層まであるダンジョンの掃討記録を留めておくことが出来た。
ダンジョンの前に勇者一行の姿があった。
「これで今夜には50層、ハリウデスキング戦だな、ヴァン。」
「そうだな、ジェイドは酒飲んで寝れば回復可能だが。」
「おい…」
「ピユフィーヌ達は色々準備があるだろうし…ハリウデスキングの毒の範囲攻撃、あれを攻略しないとな。ジュウトいけそうか?」
「うん、状態異常耐性切れないように頑張るよ。アイラさんの回復薬が足りないかもしれないですが。」
「はい。」
「わかった、回復薬の手配は俺がしておこう。ロイドは問題ないか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「よし、それぞれ準備して今夜またここに集合しよう。」
ヴァンの号令に、全員が頷いた。
その様子を茂みから見ていたのがブーゲンだった。
「チェルノボーグ様、やつら今夜ハリウデスキングに挑むようです。仕掛けるなら…」
《ああ、勇者の影にマークを付けておけ、後は私が動く。》
「はい。」
ヴァンが仲間たちと別れた時、その影に魔物ダイモニゾメノスがズズズっと憑依した。
勇者パーティーそれぞれが対ハリウデスキング戦に向け準備を進める中、パラディンのジェイドはいつもの様に酒を飲みに、この州でも冒険者達に人気の酒場、行きつけの〝マカラン〟という店に顔を出していた。
「やぁ、ジェイド。討伐の調子はどうだい?」
白髭で鼻から下がおおわれている、気前のいいマスターがジェイドに声を掛ける。
この時間に店を訪れるのは、大体夜行性の魔物を討伐している冒険者達だ。夜行性の魔物は昼間の魔物よりレベルが高く、それらを討伐し得られる経験値もまた、高かった。
ハリウデスキングのダンジョンはボスにたどり着かなくても、冒険者達が経験値を上げるには恰好の場所だった。
「ああ、今夜ボスに挑む予定だよ。」
「それはありがたい。夜行性の魔物で経験値を上げている冒険者には申し訳ないが、あのダンジョンが現れてから、魔物達の活動が活発で客が減ってね、商売上がったりだよ。」
「ハリウデスキングさえ倒せばダンジョンは消えるからな。」
「ただ、手練れのパーティーでさえ、瀕死で脱出して来ている。気をつけてな。」
「ああ、任せてくれ。そんじゃマスターいつものロックで頼むわ。」
「あいよ。」
そうして、本日最後の客、ジェイドが宿に戻り店の片づけをしていたマスターの下へ、黒いフードを目深に被った者が現れた。
「ごきげんよう、マスター。」
「あ、ああ、すまないね、もう店はおしまいなんだ。また日が南に昇った頃に開けるから…っ」
マスターがグラスを磨きながら、店に入ってきた黒いフードの客にそう話した時だった。喉元に鋭い刃物を突き付けられていた。
「私は酒を楽しみに来たわけではないんだよ。少し貴方にお願いがあってね。どうかな、聞いてくれたら手荒な真似はしないで済むんだが?」
「な、なんなんだお前は…わしに何をしろと…っ」
向けられる殺気に冷や汗を流すマスターの目の前に小瓶が突き付けられた。
「なぁに、簡単だ。勇者ヴァンを知っているな?」
「あ、ああ…彼がどうし…」
「奴にこれを飲ませるんだ。」
「…?これは一体…」
「こいつはただの果実酒だ。それ以外詮索しない方が貴方の為だが?」
「か、果実酒…?いや、だがヴァンは下戸だ、酒は飲まないんだよ、無理だ。」
「下戸?……なら、貴方が下戸にも飲めるよう工夫しろ。それくらいは出来るだろう?」
黒いフードの男はマスターが磨いていたグラスを手に取り、小瓶の中身を注いだ。それは毒々しいピンク色の酒だった。
「こんな色の果実酒、見た事ないぞ…一体何の果実を…うっ」
更に深く刃物が首に突き付けられる。
「だから、それは詮索する必要はない。お前の家族、にはまだ手を出してはいないが、どうなるかわからないぞ?」
「か、家族っ…!?」
「お前の返答次第だ。かわいい娘じゃないか、婚約者もいるらいしいな?」
「――――――っ、わ、わかった。わかったから、家族には手を出さないでくれ、頼む!」
マスターは真っ青になりながら、そう懇願した。
「いい返事が聞けて何よりだ。今夜ハリウデスキングを討伐後にここに顔を出すはずだ。その時までに奴が飲めるよう間に合わせろ。お前が口にするのは自由だが、まぁほどほどにな。ははははは。」
黒いフードの男はそう言うと、カウンターにあるものを置いて、店を後にした。マスターが目にしたそれは。
「―――!!…これは…娘の髪留め…っ」
逃げられないと悟ったマスターは、その場に一時座り込んでいた。
「…一体どんな果実酒なんだ、下戸相手にどうしろって…」
マスターは、グラスに入っていた果実酒を一口スプーンに掬い上げ味見した。次の瞬間、カランとスプーンを床に落とし、ガクガクと震えだした。
「…わしが家族を、ま、守らないと…ヴァンに…酒を…―――。」
そうブツブツと呟き、何かに取り憑かれた様にカチャカチャと果実酒の調合を始めた。
あっという間に陽が落ち、再びダンジョン前に勇者パーティーが集結した。ここ最近、勇者パーティーがこのダンジョンを攻めていいる事を聞きつけた冒険者達が様子を見に集まっていた。このダンジョン攻略はギルドの依頼にもあり、勇者パーティーがボス、ハリウデスキングの討伐前に少しでも経験値を稼ごうと下層階を攻める者や、ボスに挑戦するパーティーもいた。
しかし、ダンジョン前には瀕死で倒れているパーティーの姿が何組もあった。どのパーティーもランク構成は申し分なかったが、毒の症状がひどい。
「やはり、毒攻撃を攻略しないとだな。頼むぞジュウト。」
「うん。範囲で状態異常耐性重ね掛けするから、大丈夫。」
「重ね掛け…頼もしいな。よし、いくぞ!」
ハリウデスキング討伐はかつて討伐してきた魔物の中でも難易度が高く、熾烈を極めた。脱皮した第二形態の姿を目にしたのは勇者パーティーが初見で、情報がなかった。通常のパーティー布陣では第二形態に対応出来ず、後衛だったピユフィーヌも前衛に出てくるまでに。消費魔力軽減効果があっても、アイテム補充しながら、魔力は全員ギリギリ残った状態で討伐に成功した。
「はぁ…はぁ…なんとか倒せたな…」
ジェイドが盾を収納し振り返ると、あのロイドさえ大の字で倒れ、ジュウトに至っては昇天されそうになっていた。まだ体力が残っているジェイドが仲間全員にビアの実の欠片を渡し、全員が立ち上がれるまでに回復したところで、ハリウデスキングの核をヴァンが手にするとパリンと割れ、中から即死回避の指輪が出てきた。
「即死回避か。これはアイラが装備しておいてくれ。」
ヴァンはそういうと、アイラの右手中指に指輪を通した。
「ありがとう、ヴァン。」
「そろそろダンジョンが崩れだすわ、ゲートに早く!」
ピユフィーヌが仲間に脱出を促した。その時だった、ヴァンの中で何かがプツンと切れる音がした。
「――――――?」
脱出の足を止めたヴァンの後ろについていたジュウトがヴァンに声を掛ける。
「ヴァン、どうかしました?」
「…いや…大丈夫だ。」
この時、ヴァンは本体と影を切り離され、影が本体に成り代わっていた。本体はというと、影に潜んでいたダイモニゾメノスの力によって次元を通りアンプナー山のクレパス内で深い眠りに就かされた。
この様子を見ていたブーゲンは、ジュウトの存在が計画を邪魔するものと判断していた。
ゲートを通りダンジョンの外に出たヴァンとジュウトを待っていたのは、他の冒険者達に取り囲まれていたジェイド達だった。
「遅いぞ、ヴァン!さっさと祝杯挙げに行こうぜ!」
「ヴァン、私とアイラは宿に行ってからにするわ。」
「ああ、じゃあ、俺達は先にいつもの酒場に行ってるよ。」
カランカラン
酒場〝マカラン〟のドアを開けると、深夜にもかかわらず顔見知りの飲み仲間達がすでに酒盛りを始めていた。
「きゃー、勇者ヴァン様よ。」
「本当にここのお店だったんだ。」
勇者一行の姿を一目見ようと、女性客の姿もあった。
「やぁ、いらっしゃいヴァン。ジェイドからハリウデスキングを倒しに行くって聞いていたから心配していたよ。」
「マスター、苦戦しましたが無事倒せましたよ。」
ヴァンの報告に、おおおっと酒場内が歓声に沸いた。
「さすが勇者一行だ!もう蠍の化け物に怯える心配はないんだ!!」
「ありがとう、勇者様!」
「勇者様、良ければどうやってハリウデスキングを倒したか聞かせて下さい!」
ヴァン達は客や冒険者達に囲まれ、根ほり葉ほり質問攻めにあっていた。そうして落ち着いた頃ピユフィーヌとアイラが合流した。
「なによぉ、もう飲みつくしてるじゃない、ちょっとペース早いわよジェイド?」
「あー、ていうか、着替えにどんだけ時間使ってるんだよ、お前らはぁ?」
「逆よ、逆!よくあんな埃まみれのまま飲んだり食べたり出来るわね!マスターだって埃まみれの勇者達より身ぎれいな勇者達の方がいいでしょ?」
ピユフィーヌから急に話題を振られ、ダジダジのマスター。苦笑いしながらこの場を切り抜けようとしたところを常連客に助けられる。
「何言ってんだ、受けた傷も流した血も汗も男の勲章だって!」
「おお、わかるね!」
「ジェイドの屈強な体が物語ってるぞ!」
ジェイドが力こぶを作り出し、悪乗りする前にピユフィーヌが釘を刺す。
「何が勲章よ、ムサいだけだっての!」
「ぐ…なぜオレだけ、ヴァン達だってそのままなのに…ふぐぅ…」
テーブルに伏せて泣き出すジェイド、と、なんだかんだ言いながらもジェイドの隣にピユフィーヌは腰を下ろした。
宴も中盤に差し掛かった頃にそれは出された。
「ヴァン、下戸のヴァンにも飲みやすい果実酒が入ってきたんだ、一杯どうだい?」
マスターはヴァンの前に薄紫色の果実酒を小さなグラスに入れて差し出した。
「いや、俺、酒はあんまり…」
「そうか、疲れを癒してくれる珍しい果実酒だったんだが…」
マスターはそう口にしながらチラリと酒には目がないジェイドを見た。
「んお?疲れを癒す?どれどれ…」
ジェイドがヴァンに差し出されたグラスを一気に口に流し込んだ。
「…甘い、本当に果汁みたいだな、のど越しも爽やかだぞ、ヴァン。飲めるんじゃないか?」
「ジェイドがそう言っても酒豪の意見でしょ?マスター、私もいただける?」
ピユフィーヌがジェイドに続き一口味をみた。
「あら、本当に果汁だわ…ジェイドの舌狂ってなかったわね。」
「おい…」
「ヴァン、これなら飲めるわよ?」
「ピユが言うなら。マスター、もらえるか?」
「ああ、もちろん!」
不貞腐れたジェイドを横目に、ヴァンが一口コクリと喉に通した。
「…おお、確かに、喉に違和感残らないな、飲みやすい!」
ヴァンの感想に、ほっとしたマスター。
「じゃあ、このボトルはヴァンキープってことにしておくよ。ハリウデスキングを討伐してくれた礼だ、好きなだけ飲んで行ってくれ、ヴァン。」
マスターの言葉に続き、珍しくアイラが乾杯の音頭をあげた。
「下戸のヴァンが飲めるお酒に出会えたことに乾杯ですね!」
「かんぱーい!!」
この様子を店の影から見ていたブーゲン。確かにヴァンが〝サンツグリア〟を口にした事をチェルノボーグに報告していた。
「勇者が確かに〝サンツグリア〟を飲みました。ただ、調合したものを見るとかなり薄めた様ですが…色も薄紫です。」
《どう調合しようとも〝サンツグリア〟の中毒性は変わることはない、これを勇者が飲み続ければ計画はうまくいくはずだ。》
「チェルノボーグ様、一つ気になることが。」
《何だ?》
「白魔法使いが、どうも魔力サーチに長けている気がします。ここで仕留めては?」
《わかった。目立つ事はするな。私が手を打つ。お前は他の物にもマークを付けておけ。》
「はい。」
祝杯は明け方まで続いた。勇者パーティー以外はいつの間にか店を後にしていた。
「すまないな、マスター。本当に置いて行っていいのか?」
「ああ、構わないよロイド。ちなみにジェイドはいつものことだ。」
店ではヴァン、ジェイド、ピユフィーヌ、アイラが深い眠りに就いていた。
「本当にロイドさんはお酒に強いね。」
「そういえばジュウトは飲んだのか?ヴァンが飲んだ酒?」
「ううん、ぼくはお酒自体、体に合わなくて。ご飯でお腹いっぱいだよ。」
「まぁ、お前だけでも起きてくれて助かったよ。」
マスターがヴァン達一人一人に毛布を掛ける。
「ああ、本当に気にしなくて大丈夫だよ。」
そのマスターの言葉に甘え、ロイドとジュウトは店を後にし、宿に戻っていった。
すると、そこにまた黒いフードの男が現れた。
「あ、あんたは…た、確かに飲ませたぞ、これで家族には…」
「ああ、よくやった。だが、これは飲ませ続けることに意義がある。意味は分かるな。因みにどう調合した?」
黒いフードの男はヴァンの飲み残したグラスを手にした。
「あ、ああ。一口ロックでわしも飲んだが、あれでは到底下戸相手には無理な喉越しだった。だから、ライチゴ果汁と水で割ったよ。色は薄紫色に変化してしまったが、飲ませればいいんだろう?」
ライチゴの実は、皮が赤く、中身が白い小さな丸い果実で、子どもが体調を崩した時などに重宝されている自己治癒力を高める効果がある。くどくなく、ほのかに甘いのが特徴だった。
「ふん、ライチゴか。それならば成分までは壊れまい。
マスター、これを数日後、勇者は必ず求めに来るはずだ。その時、ありったけを渡せ。奴らは収納魔法を使える。作れるだけ作るんだ。いいな。」
「ま、待ってくれ…わしがヴァンに飲ませたものは一体何なんだ?それだけでも…」
「……毒の一種だとでも言っておくか。」
「毒…なんてものを…」
「なぁに、即効性はない。お前の前では死なないさ。これ以上は…」
「わ、わかった。何も聞かないよ、だから娘や家族には手を…」
「…わかっているなら、仕事をするんだな。ははははは」
黒いフードの男は不気味な笑いを残すとパチンと指を鳴らした。すると、床を這う黒い影がジェイド、ピユフィーヌ、アイラの足下から体に吸い込まれるように憑依した。
ジェイド達はヴァン同様、本体と影が切り離され、本体は次元を通ってアンプナー山のクレパス内に。
酒場〝マカラン〟に残ったのは、全員、影となった。
「……白魔法使いと、あの剣士も厄介そうだな。何か手を打たねば。」
そうポツリと黒いフードの男が呟くと、そのまま闇に溶け込んで、マスターの前から姿を消した。
「……すまない、すまないヴァン…わしは…許してくれ…」
水平線から朝陽が昇る。
マスターは自身の行為に、ただただその場で涙を流すしか出来なかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところがあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。




