聖蛇の化身・影⑶ ー美琴ー
私の目の前に立つ女性は、ドロップショルダーシャツにパンツ姿。前世で過労死した当時のままの私、百瀬美琴だ。
じゃあ、今、私はモモという人格で、影にずっと美琴の人格が、美琴が負の心であったということ…?
フー、フーと、息をあげる美琴。昂ぶる怒り抑える様、ダイモニゾメノスが第三の目を不気味に光らせた。その光を目にした美琴は魔石のナイフを手から離し、モモに崩れる様に倒れ込んで来た。
地に落ちた魔石のナイフには、本体を刺殺せんとする邪念が込められていた様で、美琴の手から離れると、邪念が紫黒い煙を上げて消えて行った。
美琴を支えようと手を差し出したモモの体に、美琴はスゥッと入って行く。
「ーーーーーっ!?」
走馬灯の様に、両親との死別、過労死から転生し、今に至るまでの過去が、美琴の記憶が流れ込んで来る。
全て私が傷付きたくなくて、知らずのうちに封印していた想い。
百瀬美琴、父は外科医、母は麻酔科医。そんな忙しい両親に構ってもらえる事もなく、常に鍵っ子だった私。そんな私を、親がアレコレ煩わしいと放任を羨ましがる友人もいたけれど、私はずっと小学校行事に親が参加してくれるクラスメイト達が羨ましかった。親子体験授業では必ず先生が私の親担当。そして囁かれる言葉。
「百瀬さんのところは、今日も不参加ね。」
「役員もまだやってないじゃない。」
「仕方ないわよ、ご夫婦揃って医者でしょ。」
「お金があってもねー…」
もう聞き慣れてしまった言葉に、先生は顔を曇らせるけれど、私の心は愛されるという事を知らずに育った。
けれど、両親の仕事は病気や怪我の人達を救う、仕事に打ち込む姿勢、両親の背中は私の自慢だった。小学校4年生頃から父や母の部屋にある医療関係の本を見ては、少しずつ医療の知識、言葉を理解し、いつしか夢は国際医師免許取得をし、海外で両親の様に活躍する事だった。
高校も英語力を付けるために、外国、国際学科のある高校に入学した。そんな高二の夏だった。
両親が地方の病院へ出張の帰り、事故に遭った。
授業中、事務職員の先生が突然、教室のドアを開ける。
「百瀬さんっ、事務室に…!」
私が事務室に駆けつけると、校長先生、教頭先生の表情が深刻な事態にある事を私に解らせた。
「百瀬美琴さんですか?私◯◯警察の…ご両親が事故で……ご遺体の確認を……」
警察からの電話を受け、私は受話器を静かに置いた。
見渡しの悪いカーブで起きた、相手のトラックがスピードを出し過ぎ、曲がりきれず反対車線にはみ出し、正面衝突したという事故だった。
当時17歳の女子高生が一人で現場に行くには遠すぎる事故現場だった。
「百瀬さん、私が車を出します。一緒に行きましょう。お祖父様も電車で来られるそうですから…」
そう声を掛けてくれたのは、女性の教頭先生だった。
それから、両親の搬送された病院へ行き、両親を確認、死亡を断定され、それから…
それからの事は、唯一の親族、父方の祖父と教頭、児童福祉施設職員達が私の身の振り方を相談したらしい。正直なところ、あまり覚えていなかった。悲しさが度を超えたからか、涙も出なかった。
その後、祖父が成年後見人になり私は無事高校を卒業、看護大学に入学し、必死に立派な看護師になるべく学んだ。そうして、看護大学を卒業と同時に祖父が老衰で旅立った。
友達はいた。それだけで人付き合いは十分だった。周りは私に恋人を作らせようと色々画策してくれたけど、人を想う気持ちと、愛する、恋する気持ちとの区別がつかない私には、何も残らなかった。
「美琴はかわいいんだから、彼氏なんてすぐ出来るのに。美琴狙いの人、今日の席でもいたよ?何がダメなの?」
合コンの帰り道、友達が不満気に美琴に問いかける。
「うーん…ダメってわけじゃないんだけど、なんかどうしていいかわからなくて…病人とかならわかるんだけどー…」
「病人じゃないから。至って健康な男達しかいませんでしたよ!?別に男の人、苦手でもないでしょ?」
「……深入り?あんまり親密になると、居なくなった時が怖いっていうか…もう、一人がラクなんだよね、あは。」
私の作り笑いは友達にはバレバレだった。
「…ご両親亡くなってから8年?」
「……うん。なんか、あっという間だったけどね。」
本当にあっという間だった。看護大学を卒業して、救急医療センターのある病院に就職。救急看護師として1から5年間勤務。24時間体制に慣れ、体がついて来たのは就職してから3ヶ月も経たなかった。後は現場での場数、経験、先輩の技術を見て、盗んで、実践するの繰り返し。毎日の様に反省。小さなミスも許されない状況に、寝ても醒めても不安がいっぱいな過密スケジュール。
それでも、助けたい。私の様な思いをする子供がいない様に。私に出来る事を…
「…せ。……もせ?…百瀬!?」
救急医師に声を掛けられて私はハッと我に返った。点滴を取り替えた患者の側に立ったままだった様だ。
「大丈夫か?ここ最近暑くなり出してるからな、水分補給しっかりしてるか?顔色も……って、百瀬のスケジュール休み入ってないぞ!?」
救急医師がスケジュール表に目をやる。
それを聞いていた先輩救急看護師が割って入る。
「ああ、◯◯さんのお子さんが急性胃腸炎で、その間百瀬さんにヘルプお願いしたんですよ。百瀬さんも大丈夫と了解済みで。」
「あ、はい。すみません、大丈夫です。」
「いやー…」
ビーッ、ビーッ!救急コールが鳴り響く。
「はい、こちら◯◯◯救急センターです………15分後にドクターヘリで事故による多臓器損傷の…」
バタバタと現場が動き出す。
その日1日がどう終わったか、覚えていない。帰り道、コンビニに寄って、軽食を買って、誰もいない部屋に帰って、寝る。その繰り返し。
淋しい?
そんな感情は、もう私は封じてしまった。一番感じてはいけない、思い出してはいけない感情。
そして、私は深い眠りについた。とても深い眠りに…
『私は淋しかったよ。ずっと、ずっと…モモは、本当にこのまま、自分に嘘付いて生きていくの?泣く事は、甘える事は、決して弱い事じゃ、悪い事じゃないんだよ。』
私は美琴の呼び掛けに目を覚ました。
転生した時とは、また別の世界。ダイモニゾメノスの影の世界でもない。暗い、冷たい空気が広がる中、私は手を仰いだ。その時、冷え切った手が私と手を合わせた。すると、装備していた聖蛇ナーガ様から賜った黒曜石のネックレスが輝き、冷え切った手の正体を照らした。
「美琴…」
『ええ、そうよ。私はあなた。転生時にナーガ様にモモと、この世界の名をいただいた時に、あなたが無意識に私を切った。あなたに切られた私は影となり、あなたをずっと見て来たわ。』
美琴に言われた、無意識に前世の自分を切った事を知ったモモは思わず耳を塞ぐ。
「…っ、ダメ。ダメなの、あれは封じておかないと私が…」
真っ青に、焦りながら俯く私の手に、美琴はそっと触れた。
『…確かに、淋しかったけど、優しさに触れた事もあったはずよ。心の鍵を開けて、モモ。あなたが私を見ないと、受け入れないと、この先の戦いには進めないわ。今も、誰にも迷惑をかけない様に死を簡単に選択した。違う?』
美琴の言葉にビクッと体を硬らせる私。蘇生システムはこれきり。そうナーガ様は言った。でも、じゃあ誰を頼れば?頼れば誰かを傷付けるかもしれない、両親の様に突然いなくなってしまったら?もし…もしそれがラウルだったら…
「……あ…」
私は右手の薬指に、はめているラウルから貰った金の指輪に気づいた。ラウルは、異世界から聖蛇ナーガ様の力を得て転生してきた私の不安を取り除いてくれた。
〝俺が貴女の剣、盾になりましょう。”
『モモ、私達はもう独りじゃないわ。今までの戦いを見てきたでしょう?ラウル達は弱くないし、あなたには治癒、回復の力がある。妖精ルキスの力があれば、蘇生も、この世界を蔓延る瘴気を浄化する事も。やる事は違うかもしれないけど、私達が幼い頃抱いた、人々を病から助けたい。この気持ちは今もブレていないはずよ。病が、瘴気になっただけ。治療の仕方が変わっただけ。』
美琴の言葉に、私は右手を左手で握りしめる。
「もう…独りじゃない…?」
『もう、とっくに独りじゃないでしょ。
離れてしまったけどペルだって、モモが思ってるよりもあなた自身大切にしてたわ。立ち上がって、モモ。淋しさに打ち勝って、人の優しさに触れて…幸せになって…』
美琴は、そう笑顔を見せて言い残すと、私と両手を合わせた。冷え切っていた手は温かく私達は無意識に額を突き合わせた。
『あなたの幸せが、私の幸せだから…』
そう、美琴の優しい声がモモの胸に響いた。
冷たい、暗い世界が一瞬にして硝子が割れる様に砕け散り、私はダイモニゾメノスの影の世界に立っていた。
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