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動き出した闇

翌朝、枕元にも、ギルド内のどこにもペルの姿はなかった。


〝モモを守れる様に、強くなってくるから”


ペルの言葉がモモの胸に響く。


(私も頑張らなきゃ!ペルが帰ってきたらビックリするくらい立派な聖女になってなくちゃね!)


モモは支度を終えると、まだ眠っているルキスに小さな毛布を掛け直し部屋を後にした。

隣の部屋で寝ていたラウルが、モモの足音に気づき目を覚ます。しばらくして、支度を整えたラウルが2階から降りて来る姿を目にしたリンツは驚いた。


「今日…槍でも降るのかしら…?」

「なんだよ、たまには自分で起きるよ…ってモモは?」

「キッチンにいるわ。朝食ご馳走してくれるみたい。アタシも楽しみなの。」

「え、モモが?」


この世界の食べ物、食材、調味料などは、ほぼ私のいた世界と似たものが多く、味付けが少し濃いくらい。一人暮らしだった私もそれなりに自炊スキルはあり、今朝のメニューは、オムレツに野菜たっぷりスープ、蒸し鶏のサラダ…ってヘルシーすぎかな。ダンのお腹には足りないかも。

そう思いながら、モモがスープの味見をしようと小皿に用意すると、後ろからラウルがヒョイッと小皿に手を伸ばし味見した。


「うん。美味い。俺の好きな味。」

「本当?良かった、これから盛り付けちゃうから座って…」


モモが盛り付けの準備に入ろうと、ラウルに背を向けた時、スルッとラウルがモモの腰に手を回して、耳元で囁いた。


「エプロン姿もかわいい。」

(わわっ…ラウルの声が近い…っ)


モモの頬が赤くなるのを見たラウルが微笑んだ。

リンツも揃い、食卓を囲む。


「あら、美味しい。モモの味付けは優しいわね。アタシは好きだわ。」

「俺も。このサラダもあっさりしていて朝にはありがたい。」


リンツとラウルからもらえた味付けの評価に、モモは照れつつも満足していた。


「モモは今日、これからどうするの?」


モモとラウルで食後の片付けをする姿を見ながら、紅茶を口にするリンツ。


「今日は、殿下からいただいた弓を試してみようかなと思ってます。〝破邪のカウス”って素敵な名前がつけられていて、魔力で矢を作るみたいで、難しそうだけど、楽しみなんです。」


モモの楽しそうな笑顔とは裏腹に、複雑な表情のラウルを見たリンツは笑いを堪えた。


「練習もいいけど、怪我には気をつけてね。ラウル、あなたは?」

「モモに付き合うよ。」


ラウルは何かを諦めた様に肩を落とした。


(モモにがっつりアピールしたはずなんだけど…なんか反応薄いなぁ…)



同じ頃、モルネード城、王の間では、王子ラインハルト、宰相ラッツィの他、騎士団長シズウェル、竜騎士団長カーティス、聖属性魔法師団長ルークが集まり、ラインハルトが聖女モモの〝大聖女”の称号授与について応諾した事を報告していた。


「おお、これで聖女モモ殿は我が国の…」


宰相ラッツィが言わんとする事を察した国王がラッツィに向け手を上げ、発言を辞めさせた。が、そこまで耳にすれば誰でも聖女モモを手に入れる為に、今回の〝大聖女”の称号を与え、その地位を自国に確立しようとしている事は容易に理解できた。


「この世界を司る聖蛇ナーガ様が、その化身として我が国に遣わせて下さったモモ殿。報告を受けている実績からも全ての事案解決に彼女の名が挙がっている。この紛れもない事実は、もう我がモルネード王国に迫る瘴気、魔人の脅威を払拭するには必要不可欠な存在である事は確か。彼女の持つ浄化の力、使役する妖精、魔物。そして新たに契約した悪魔の父は魔王サタンだそうだな?」

「はい。」


陛下の言葉に、ラインハルトとルークは頷いた。しかし、悪魔の件を初めて耳にした宰相ラッツィは腰を抜かし、シズウェルとカーティスは体を硬らせた。


「あ、悪魔…ですか…。

もはや我々の力が及ばない領域の話に…。」


カーティスがこぼす。


「そう、もはや転生したての、周りに怯えていた彼女はいない。精神的にも自立している。今、彼女に必要なものは居場所だと私は考える。今は王宮に身を置いているが、それでは彼女も窮屈だろう、中にはモモ殿と血縁関係を望む声もある。」

「!?モモ殿と?

モモ殿は貴族ではないし、後継人は私ですよ?」


血縁関係と口にした陛下が深くため息をついた。ラインハルトもこの件は初耳だった為、驚きを隠せない。


「社交的で明るく、性格も穏やか。これといって欠点が見当たらない素敵な女性であると私は見ている。それは他の目にも同じという事だ。たとえ平民であっても、知性、教養、人間性、そして聖蛇の化身というブランドが彼女の価値を上げるのだ。それを利用し、我々王族を失脚させようとする者達が水面下で動き始めている。」


聖女モモを取り込もうとしている貴族がいる。この世界を平和にする為尽力しているモモを、政権の派閥争いに巻き込むわけにはいかない。何とか手を打たなければと、王の間の空気が重くなった時だった。


ドゴォォン!!


大きな爆発音が響き、城全体が揺れた。


「な、なんだ!?」


城内にいた衛兵、騎士、貴族、その他全員がパニックに陥った。その原因を城壁くら見ていた衛兵達が腰を抜かしていた。仲間の衛兵が駆けつける。


「どうした、おまえ達!?一体何が……!?」


城壁から見える弓の稽古場。その稽古場の半分、的が設置された壁が破壊され、地形も一部窪んでいた。

弓を放った当の本人も、立ち合っていた者も、絶句状態。


「ど…どうしよう…壁、壊しちゃった…」


モモが〝破邪のカウス”を片手に構えたまま、固まっていた。稽古の様子を後ろから膝を組んで見ていたラウルも、その光景に笑うしか無かった。


「…どうしようかー…はは。」


バタバタと大勢の足音が稽古場に近づいて来た。

そして、破壊された稽古場を目にしたラインハルト達が弓を持つモモと破壊された現場を交互に見た。


「まさか…モモ殿が、これを…?」


ラインハルトが信じられないと言う様に恐る恐る聞く。

モモは手に持っていた〝破邪のカウス”を背に隠し。


「ごめんなさい、殿下…」


すると、ラウルが、立ち上がり、コホンと咳払いし、ラインハルトの肩を叩いた。


「あの弓、スッゴイわ。」

「いやいや、弓自体にそんな攻撃力は無いはず!!

明らかに放った人物か、矢に付与された効果だろっ!?」

「モモを責めるのか?試してみただけだぞ。〝破邪のカウス”」


そんなラウルとラインハルトの言い合いを、モモが止めに入る。


「ごめんなさい、殿下。城壁を壊したのは私です。

魔力を具現化した矢を放ったのですが、的に当たった瞬間、爆発したんです…。私もこんな事になるなんて、どう弁償したらいいか…」


騒ぎを聞き付けた者達が集まって来た。その野次馬の中には、聖女モモの姿を一目見ようとする貴族の姿もあった。


「…場所を変えよう。」


ラインハルトは、そばにいたカーティスに『ここは任せる』と目で伝えると、カーティスは敬礼し、すぐに衛兵達に野次馬を解散させる様指示を出した。

モモはラインハルトを先頭に、ラウル、ルーク、シズウェルに四方を囲まれ、稽古場を後にした。

この事態の報せは、すぐに国王の耳にも入った。


「矢で城壁を破壊する聖女か…貴族達の出方が見ものだな、ラッツィ。」

「差様にございます。今、モモ殿をお茶会やパーティーに招待を希望する貴族がすでに10件程。全て私の方で断っているのですが…」

「強行してくる貴族はモモ殿に直接接触する機会を窺っているだろう。ラッツィ、謁見の準備を早急に進めよ。」

「承知致しました。」


ラインハルト達は、円卓のある軍議の間に移動した。ここは軍事執務室とは異なり、衛兵や騎士、貴族などは入れない重要な国の軍事機密を会議する間となっている。


「ここなら貴族も貴族と繋がりのある衛兵達も聞き見を立てられまい。して、どうだったかな?〝破邪のカウス”を使ってみた感じは、モモ殿。」

「あ、はい。軽くて、持ち易いしコンパクトだから扱い易かったです。ただ、私は自分の魔力、使った技も全て、狙った的に当たれば対象を浄化するだけだったのに、今回どうして爆発したのかわからなくて。」

「では、あくまでモモ殿は標的を浄化するイメージで矢を放ったと?」

「はい…」


城壁を破壊した事を申し訳なく思うモモの姿に、ラインハルトは優しく声を掛けた。


「城壁は何とでもなる。怪我人が出なくて良かった。」


すると、ラウルが何かを思い出した様に口を開いた。


「もしかして、リリンと契約したからじゃないのか?」

「え、あの悪魔のか?」

「?」

「俺も知り合いのテイマーから聞いた話なんだが、悪魔を使役出来ると、その悪魔の能力や魔力を使うことが出来るらしい。」

「たが、リリンはサキュバスの悪魔なんだろ?サキュバスって言ったら…」


ラウルとラインハルトが揃ってモモを見た。


「え?ど、どうしたの?」


モモが二人の視線に困惑する。

サキュバスと言えば、男性を誘惑し、その欲求を満たす悪魔であったが。


「…そっちじゃないんだな。」

「…だな。」


二人の若干残念そうな反応にモモはイラッとした。


(なんなの!?)

「まぁ、冗談は置いて、先日仲間に迎えたテイマーのポッチェに、この件については聞いてみるとしよう。

で、ここからの話は、モモ殿の身に関する事だ。」

「モモの?」

「ああ、今、国政に関わる貴族の話題はもっぱら王宮に身を置く聖女、つまりモモ殿の話だ。今回のギガンテス討伐でその力を目の当たりにした者や、マピチュ村、シュピツ村でのモモ殿の活躍を耳にした貴族達が、聖蛇の化身の力にあやかりたいと、宰相ラッツィの元に茶会やパーティーの招待状を送りつけている。」

「それって、つまりモモと何らかの形で繋がりを持ちたいと?」

「まぁ、早い話そうなるな。」


再び、ラウルとラインハルトがモモを見た。


「え…繋がりとか、あやかりたいって、どうしてそんな話に…?」


この世界に蔓延る闇の瘴気を、そして人々を苦しめる呪印と、その施術者とされる魔人を浄化し、世界に平和を取り戻すのが聖蛇ナーガ様から与えられた使命だった。なのに…


モモは自分が貴族の権力争いの渦中にいる事を察し、青ざめた。


「気を悪くさせてしまってすまない、モモ殿。ただ、中には強行な手段に出る輩も現れるかもわからない。城内でも外でも、なるべく一人にならない様にして欲しい。今日はラウルが付いていたから問題無かったが…」


今まで、常にそばにいた蜘蛛の魔物、従魔のペルがいなくなって、どれだけペルの存在が大きかったかラインハルト達は改めて思い知らされた。


「大丈夫、モモには俺かダンが付いてるようにするよ。」


ラウルの言葉にホッとモモは胸を撫で下ろした。


「ありがとう、ラウル。」



モルネード王国、北東に伸びるモルネガングア山脈。ここは3つの山が連なっており、北へ行く程、魔物が強くなる。

一番東にあるアイガット山の麓にパロル村があり、山脈へ経験値を上げる為、パロル村の登山口から入山する冒険者が多い。パロル村の規模が小さいのにギルドがあるのは、この為だ。

そして、一番北にあるアンプナー山、ここは中腹辺りから雪山に変わる。その雪山ならではの、あるクレパスの中。


「…っう…?」


天井の氷柱から垂れる雫が額に当たり、青年は目を覚ました。


「寒い…ここは?ジェイド、ロイド、ジュウト、ピユフィーヌ、アイラ!?」


青年は炎魔法を人差し指に唱え、辺りを見回したが人の姿はない。洞窟内てある事はわかった。

すると、炎より出来た自身の影から青黒い瘴気を帯びた魔物が姿を現した。


「メガ サメタカ。ユウシャ ヴァン。」

「…!!お前は、ダイモニゾメノス!?

…なんだ、その凶々しい目は…」


ダイモニゾメノスの額に通常あるはずのない第三の目が開眼した。


「ココハ ダイモニゾメノス ノ カゲノ セカイ。」

「影の世界?ダイモニゾメノスは影に潜む魔物、その中にいるって事か?仲間は!?ジェイド達をどうした!?」


クレパスに倒れていたのは、行方不明とされている勇者ヴァンだった。


「ウエ ヲ ミロ。」


ダイモニゾメノスが天井を指差した。そこには勇者パーティー、パラディンのジェイド、黒魔法使いのピユフィーヌが十字架に架けられ、聖女のアイラも同じく十字架に架けられていたが、その身体を吸血植物アスポデロスに巻き付かれ、首から血を抜き取られていた。首から脚にかけ流れ滴るアイラの血が吊り下げられた瓶に溜められている。どのくらい吸血されたのか、顔面蒼白状態だった。


「アイラ達を放せ!!」


ヴァンは剣を抜き、アヌポデロスを斬りつけた。しかし、ダイモニゾメノスに纏う青黒い瘴気がヴァンの攻撃を弾く。


「くそっ!」

(どうして俺達はこんな所にいる?ここは現実世界ではどこだ?…っ思い出せない…覚えているのは、たしか…ピーニャコルダ王国で、ハリウデスキングを倒して即死回避の指輪を手に入れ…行きつけの酒場カサーシャで酒を……あの酒!?)


ヴァンは口を手で覆った。


「思い出したか?美味かっただろう、カサーシャで呑んだあの酒は。」


ダイモニゾメノスの体内から、黒いフードの男が現れた。


「お前は…?」


すると男はフードを取った。両目は斬られた痕があり額に第三の目が開眼。顔色は死人の様に青白い。


「まさか…魔人…?」

「フッ、魔人に会うのは初めてか?勇者ヴァン。どうやらあの酒の効き目は想像以上だったな。このクレパス内の気温も仮死状態を継続させるに良かった様だ。」

「なに…?」


そこへ、今度は明らかに黒いフードの魔人より魔力の高い、滅紫色のフードの男がダイモニゾメノスの体内から現れた。


「完全に目覚めたか。遊んでやってもいいが程々にな。我々には使命がある。例の聖女を見つけた。」

「では、計画は順調に?」

「ああ、この聖女は用済みだ。影がじき戻る。戻ったら始末しろ、勇者諸共な。」

「はい、その様に。」


黒いフードの魔人が指を鳴らすと、アイラに巻きつき吸血していたアヌポデロスが種の姿に戻り、魔人の手の中に収まった。


「混乱している顔つきだな。無理もあるまい、お前があの酒を飲んでからどれくらい経っていると思う?」

「…え」

「影の世界で半年間だ。」

「は、半年!?半年もここに!?」

「本体のお前は影の世界で半年、仮死状態。だが、影の勇者が現実世界でずっと大人しく過ごしてくれていたよ。」


滅紫色のフードの魔人がそう言うと、ダイモニゾメノスから新たに3人の魔人が姿を現し、ヴァンに襲いかかった。剣で応戦するも、仮死状態が長く続いたからか、体が思うように動かないヴァンは、剣を取り上げられ仲間達と同じ様に十字架に架けられた。


(現実世界と影の世界では経過する時間が異なる…だが、いつから?現実世界ではどのくらい時間ぎ経っているんだ?

何故ジュウトとロイドがいない…?何か忘れている…だが頭に靄がかかって思い出せないっ…)


ヴァンが頭の靄を晴らそうと、頭を振る。


「くくっ。その様子じゃ、何も思い出せない様だな。このまま死んでいた方が楽だったかもしれんがな。闇に堕ちた勇者よ…ふっ、ハハハハハッ!!」


クレパス内に魔人達の嘲笑う声が響いた。




王都ラダンディナヴィア上空に暗雲が垂れ込み、ポツポツと雨が降り出した。モモは休憩も兼ね一人、王宮の自室で侍女長ナーサが淹れたハーブティーを飲んでいた。


『モモ殿の力にあやかりたい貴族達…』


ラインハルトの言葉が頭を過る。モモは自分の右掌を見つめた。


(私の力…)


その時、ドアがノックされ、一人の侍女が入ってきた。


「侍女長、料理長がモモ様にお茶菓子を用意下さいました。

メニューはこちらです。」

「ありがとう。モモ様、今日はマサーパンとブニュロエスの二種ですわ、ブニュロエスにはクリームをお付けしましょう。」


マサーパンはナッツで出来た甘いお菓子で、ブニュロエスはパリパリの揚げ菓子、これにはフルーツやクリームを合わせると、とても美味しいモモのお気に入りだった。


「ありがとうございます。」

「ふふ、モモ様は甘いお菓子がお好きですものね、すぐにご用意致しますね。」


そう侍女長ナーサは言うと、やって来た侍女と入れ替わる様に部屋を出た。その時だった。侍女がモモに走り寄り。


ドンッ!!


鈍い音が響いた。


「ここです!ここにいます!聖蛇の化身!!」

「…え…?」


驚くモモの影に、侍女は魔石で出来たナイフを突き刺していた。すると魔石が紫色の光を放ち、モモの影を吸い込み、モモはその場に崩れる様に倒れた。


「モモ様!!」


侍女長ナーサがモモに駆け寄り、部屋の外にいた衛兵達が侍女を取り押さえた。が、取り押さえられた侍女は高笑いしながら灰となって消えて行った。


「アハハハハハッ!!これでモルネードは終わりよ!!」

「なっ…」


倒れたモモの実体が薄れていく。いつの間にか魔石のナイフも消えていた。


「モモ様!!誰か、殿下に!!」

「はっ!!」


侍女長ナーサの指示に、衛兵がラインハルトの元に走る。

この時、ルキスはサーリンゼルカに薬草を摘みに。ラウルとダンは城下の薬屋に薬草を調達しに。ラインハルトは軍議の間で各団長達と会議に。


「モモ…様…?」


侍女長ナーサの前で倒れていたはずのモモの姿は完全に消えてしまった。


「モモ様ぁっ!!」












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