魔界からの珍客
モルネード王国、城下南西に位置するフォンテーヌ病院で起きた、影の魔物ダイモニゾメノスによる、人間に憑依し聖女の血を狙った事件。モモの活躍で見事、ダイモニゾメノスを討伐し、カピルス村の呪印を施術され、体を乗っ取られていた青年も救う事に成功した。
「聖女モモ様、この度の件、本当にありがとうございました。カピルス村から受け入れた時点から苦しんでいた彼でしたが、まさか魔物が潜んでいたとは…
実は同じ様な症状の女性が、城下北にあるブレナム病院にも入院していまして、彼と同様に魔物の仕業であれば大変な事に。どうかブレナム病院の女性もお救い下さい。」
フォンテーヌ病院院長はモモ達に深く頭を下げた。
「みなさん無事で良かったです。情報をありがとうございます、院長先生。これからすぐにブレナム病院に向かいます。」
「どうか、お気をつけて。」
モモはフォンテーヌ病院院長に別れを告げると、ロイドを先頭に北に向かって走り出した。
城下東で起きているギガンテス襲来に、東側の民達が一斉に南側、北側に逃げて来ている。あちこちから聞こえてくる悲鳴に、建物崩壊の音、地響き。対ギガンテスとの戦闘の壮絶さが伝わってくる。民達がパニックになりながらも秩序が保たれているのは近衛師団員達の誘導や救助活動のおかげだった。
「ギガンテスの方は大丈夫かしら。」
人を掻き分けながら走るモモが東を見ながら口にした。ブレナム病院へは、ロイドに続きジュウトそして、モモにペルが並走していた。
「ギガンテスとはラウル達が戦っているわ、さっきシヴの魔力を感じたもの。」
モモ達と共に飛んでブレナム病院に向かうルキスが答えた。
「そっか、なら任せて安心だね。私達はブレナム病院の女性に集中しよう。」
モモの言葉に、ロイド、ジュウト、ペルがそれぞれ返事をした。
「ああ」
「はーい」
城下の街並みは、白や薄いクリーム色の建物が階段状に並び、代赭色の石畳がどこまでも続く。高台にあるモルネード城を囲う様に城下が広がり、そこから見えるエメラルドの海や森の緑、情緒あふれる…と、走り出した当初思っていたモモだったが。
「坂道…ばっかり…」
「この坂を登って右に曲がったらブレナム病院ですよ、あと少しです、頑張ってモモ様!」
ロイドが平然な顔でモモに声を掛けた。ペルも爽やかな笑顔でモモの背中をポンと叩いた。
(…なんかの番組のマラソンみたいだわ…)
「…って、ジュウトがいない!
あんな後ろに!!ロイドー!」
ジュウトはいつの間にかモモ、ペルに抜かされ坂道に差し掛かる手前で息を上げながら、もはや歩いていた。
「ぼ…ぼく、もうムリー…先行ってー」
と、ジュウトの言葉を使役妖精テネがペルとロイドに伝えた。
「体力ねーな。モモ様を見習え」
ロイドは呆れ気味で、ペルは苦笑い。
なんとか坂を登りきったモモ達が右に曲がり目にしたのは、5階建のブレナム病院を包囲する騎士団員達だった。その物々しい雰囲気は、すでに中で何か起きている事が窺えた。
「中で何が起きているんだ?」
近くにいた騎士にロイドが尋ねた。声を掛けられた騎士が質問に答えようとした時、騎士の目に酷く疲弊したモモが映った。
「せ、聖女様!!来てくださったんですね!!」
「え?」
「中でルーク師団長がお待ちです!どうぞこちらへ!」
騎士に案内され、院内に入ろうとした時だった。上階で爆発音が響き、騎士団員と聖属性魔法師団員が数名、爆風に吹き飛ばされ、院内から外に投げ出された。
「わぁぁぁ!!」
瞬時にペルが付近の建物とブレナム病院とで蜘蛛の巣を張り、投げ出された者達を受け止めた。
「…っ、あ、蜘蛛の巣…?」
「た、助かった…」
投げ出された者達に外で待機していた騎士達が駆け寄る。
「何があった、おまえら!今の爆発は!?」
「あ、ああ、呪印を解除しようとしたら、いきなり爆発したんだ。」
答えたのは聖属性魔法師団員。
「何階だ?」
ロイドが師団員に尋ねる。
「4階です!」
待機していた騎士達が4階に向かって駆け込んで行く。
「モモ様、俺達も。」
「ええ、行きましょう。」
モモ達も騎士達の後に続いた。因みに、その頃ジュウトは、坂をようやく登りきったところであった。
「やっと着いた…なんなの、今の音…?」
「ジュウト、あと少しでブレナム病院だ、頑張れ。」
テネが陰ながら応援していた。
ブレナム病院、4階の一室でその爆発は起きた。
ドアや壁、柱も破壊され、廊下に転がる騎士、師団員達の姿。その中に、聖属性魔法師団長ルークの姿もあった。
(何故だ…呪印の構築壁にたどり着く前に魔物…いや違う、こいつは魔族か?)
破壊された部屋に巻き上がる粉塵の向こう、黒い翼を広げた
シクラメンピンクの髪をローポニーに纏め、茶色を基調とした、胸元が大きく開いたセパレートのロングスリットに身を包んだ魅惑的ボディの女が立っていた。
「ここが人間達の世界!」
高揚した声で叫んだ女は辺りを見回し、翼を広げ窓から飛んで行こうと足を掛けたその時、ルークの結界に捕らえられた。
「悪いが、ここから逃すことは出来ない。キミは魔族だな?」
「………」
女は窓から足を下ろし、ため息を付いてから腕を組み、ルークに向き合い上から下までジロリと観察する。
それからパチンと指を鳴らすと、パァンという音と共にルークの結界ぎ弾き消された。
「なっ!?」
「この程度の結界で、アタシを捕らえられると思ったの?
まぁ、好みじゃないけど、美形だから許してあげるわ。貴方以外はアタシの魔力だけで吹き飛んでしまったし、お腹空いたから貴方で我慢してあげるわ。」
女がレースアップサンダルでカツカツとルークに近寄る。ルークは剣を抜こうとするが、女と目が合った瞬間、金縛りにあった様に体が動かなくなった。女がルークの剣を抜く手を左手で上から押さえる。右手をルークの左頬に当て、それを首筋、鎖骨、胸へと下ろしていった。
「細身だけど、筋肉の付き方は中々ね。」
「え、いや、ちょっ…」
そこへ瓦礫を掻き分け、騎士達が姿を現した。
「酷い光景だ…!ルーク師団長!!」
モモ達も騎士達を追い4階にたどり着くと、目に映った光景は、跪く騎士達、皆目がハートになってしまっていた。
「…え、みなさんどうした…!?」
モモが騎士達の見つめる先に目をやると、ディープなキスを交わすルークと悪魔姿の女が。
二人の姿を見てボンっとモモの顔は湯気が出る程真っ赤になってよろけてしまった。
「あっと、モモ、大丈夫?」
モモを支えるペル。因みに、ロイドは無表情。
「ああ、私にもリリン様の愛を。」
「俺にもどうぞわけ与え下さい。」
騎士達が口々に懇願する中、ルークは女から解放され、その場に崩れ落ちてしまった。
「ーーーっ」
「アタシのキスに溺れないなんて、つまんない男。新しい餌も集まってきたし、どれにしようかしら…!?」
そう騎士達がリリンと呼ぶ女の目に、ペルに介抱されるモモ。その奥で、モモにパタパタ風を送るロイドの姿を捕らえた。
「モモはこーゆーの免疫あまりないみたいなんだよね。」
「なるほどな、まぁでもモモ様はまだ10代後半くらいだろ?これから…」
「ロイドさん…私これでも26です…」
「ええ!?」
モモのカミングアウトに驚くペルとロイド。
(この容姿と処世術なさすぎな感じで?)
(異性との経験値があまりない…?モモ様のいた世界って結婚適齢期いくつなんだ?)
「はっ!カピルス村の女性は…?」
気を持ち直したモモが立ち上がると、目の前に魅惑的なボディを持つ魔族の女がこぼれ落ちそうな豊満な胸の下で腕を組み、モモの行く手を阻む。
「ねぇ、アナタ。そこの剣士の方の何なの?」
「え…?あ、ロイドさんは仲間だけど?あなたこそ、いきなり現れて、ここ壊したの?」
「仲間ね。
ここは壊したんじゃないわ、アタシの魔力に耐えきれず勝手に壊れたのよ、脆いのね。人間達の建物って。
アタシはサキュバスのリリン。魔界と人間界の狭間で呪印ていう罠にハマってもがいてた大量のピンフィー達を見つけたから、解放してアタシが暇だったから人間界に遊びに来たの。」
「暇って…遊びに来られても…」
リリンの話に肩の力が抜けた3人。
「で、アタシ一目でロイドを気に入ったわ。アナタのじゃないならいただいてもいいわよね?」
「え、や、そんなこと私に言われても…!!」
モモがそう返答している間に、リリンがモモを押し退けてロイドの前に立った。
「ロイド、アナタをアタシの男にしてあげるわ。どうかしら?」
リリンはロイドの両肩に手を添え、額を突き合わせ、股にスリットから出た脚を絡ませた。
誰もがこんな魅惑的パーフェクトボディの美女に誘惑されたら断れないはず、だが。
「悪いな、俺あまり積極的な女と巨乳はタイプじゃない。」
と、バッサリ。
「なっ…!?
そんな…今までアタシの色香で堕ちない男なんていなかったのに、どんな男もアタシに跪いて愛を欲しがったわ!アタシの何が気に入らないの!?」
「いや、だから…」
「そっちの、アナタは魔物ね。アナタはアタシで欲求を満たしたいと思わない?」
突然振られたペルだったが、ペルもバッサリ。
「まぁ、巨乳は嫌いじゃないけど、ボクも控えめな子のがタイプかなぁ、モモみたいに?」
「そうだなー、モモ様なら育てる楽しみもあるし?」
話題の的の飛び火にモモを睨むリリン。
(こんな凹凸のない身体と色気もない子に、このサキュバスのアタシが負けるなんてあってはならない事だわ!)
するとリリンは、ツカツカモモのそばにやってくると、ペルから引き剥がし、モモの胸に手を当てた。
「きゃっ!」
だけかと思いきや、今度は両手で揉み始めた。
「や、やだ、ちょっと、やめ…」
モモはリリンを突き飛ばし、両腕で胸を覆い隠した。若干涙目のモモ。
「アナタ…着痩せするタイプなのね。
でも、だからと言って引き下がらないわよ!二人がアナタの方がアタシより魅力的だって言うなら、どっちがキスが上手いか試してみましょう!」
「はぁーーー!?」
モモに続きロイドとペル、その場にいたルークが話の展開に驚いた。そこへ事情の知らないジュウトがやっと姿を現した。
「わぉ、キレイなお姉さん、黒い翼って事は悪魔!?みんな今、悪魔と闘ってたの!?」
「やっと来たか、ジュウト……いやもう来なくても良かったが、今別の意味で大変な事に…」
ロイドが説明しようとすると、リリンが割って入ってきた。
「ちょうどいいわ、この子にしましょう!この子をキスでイカせられた方が、より官能的にも魅惑的にも優れている女ということよ!わかったかしら、ええっと…」
「あ、モモです。」
「ありがとう、わかったわねモモ!審査員はそこの3人よ!」
グイグイくるリリンにだじだじのモモ。何に巻き込まれてるかわからないジュウトの頭には「?」の文字が浮かぶ。
「だ、ダメよ!キ、キスは本当に好きな人としないと、意味がないというか…いけないというか…」
言いながら、どんどん顔を赤らめていくモモ。
「ふーん、そう。よくわからないけど。ならアナタの好きな相手にしてあげてもいいわよ?ここにはいないの?」
「あ…え、と…いなくて、好きとかよくわかなくて、その…」
指先まで赤くして、もじもじするモモにロイド、ペル、話がわかってきたジュウトが。
「ラウルじゃないの?」
「ええっ!?ラ、ラウル!?私の事、いつもからかって遊んでるし、きっと私、女性として見られてないし、ラウルモテるから…」
(ラウルの奴、不憫…あのアプローチじゃ届いてないんだな…)
(モモも大概鈍感だなぁ…)
ロイドとペルが残念そうにラウルを思い浮かべた。
「わかったわ。なら、そのラウルってので勝負しようじゃない!?もう逃さないわよモモ!そうと決まったら、そのラウルはどこにいるの!?」
「ラ、ラウルなら今、東で魔物を討伐していて、私もやる事があるから…」
「やる事?」
「呪印を施術されて苦しんでいた女性を…」
「ああ、あれかしら?」
リリンはモモに見える様に指差した。カピルス村の女性はスヤスヤと静かに横になっていた。
「あれなら大丈夫よ。呪印てのはアタシがマジックキャンセラーで解除したし、身体に傷一つないわ。これでアタシとの勝負に集中出来るハズよ!」
「良かった。……本当に勝負しなきゃダメなの?私はリリンさんの方が魅力的だと思うわ、その、肉体的にも。」
リリンはやれやれとため息をつく。
「ダメに決まってるじゃない。アタシはサキュバス、男性を誘惑する悪魔なの!アタシの魅力に堕ちない男がいるなんて事が魔界で知られたらアタシの評判はガタ落ち!アタシより魅力的だと言う女がいるなら勝たないとアタシのプライドが許さないし、魔界に帰れない!!」
リリンの圧に押されるモモ。
「じ、じゃあ、その、キ…キスをラウルにすれば…」
「もう、わかったわ。そうね、ラウルにキスをして、どっちが気持ちいいかを決めてもらいましょ!!さぁ、行くわよ、東ね!!」
リリンが翼を広げ、モモを抱き上げブレナム病院から東へ飛び去ってしまった。
「きゃああああっ!」
「モモ!!」
ペルは蜘蛛に変化し、蜘蛛の糸を飛ばしながら屋根伝いに風を捕らえ、モモを追った。ブレナム病院に残されたリリンに夢中だった騎士達は我に返る。
「何してたんだ、俺たち?」
「早く、怪我人の手当てを!」
「ルーク師団長、大丈夫ですか!?」
「ああ、大した事ない。ロイド殿達は追わないのか?」
ルークに促されるも、ロイドとペルは遠くを見ながら。
「なんか…今回はいいわ。ラウルに任せよう。」
「よくわかんないけど、ペルがいれば大丈夫でしょ。ぼく、怪我人の手当てしてるわ。」
その頃、城下東ではギガンテスとの激闘に苦戦するラウル達の姿があった。竜騎士達とギガンテスの頭頂部にある第三の目を狙う黒魔法使いトルチェ。しかし、トルチェの魔法も、ダン、ラウルの攻撃も青黒い瘴気に阻まれ、威力激減。ギガンテスに与えるダメージは少なく、このままでは魔力の枯渇は必至。聖属性魔法師団員達がトルチェ同様、竜騎士達と共に青黒い瘴気の浄化を試みるも、浄化魔法の軌道を青黒い瘴気に変えられてしまう。
(元々基礎魔力が高いギガンテスに、第三の目による魔人化、青黒い瘴気の硬いガード…このままでは…)
そう、ラインハルトをはじめ誰もが思った時だった。
「あれ、ギガンテスじゃない?なんでこんな所に?」
リリンが人間界の街を荒らすギガンテスを見て不思議に思う。
「あれが、ギガンテス…北の山にいるって前に聞いたけど…」
モモは以前倒した女王蜘蛛ナルボンヌとトアの話を思い出していた。
「そう、ギガンテスは北の寒い地域にいる魔物のはずよ。
魔界でもそう、暑さに弱いの。だから…さっきのピンフィー達みたいに誰かが捕まえて、街を襲わせようとしたんじゃない?」
「あ、あの頭の目、あれは第三の目?魔物にも現れるの?」
「第三の目?…確かにギガンテスの頭頂部にあの子の目じゃない禍々しい魔力の目が開眼してるわね…あれじゃあ、アタシの声も届きそうもないわ。」
リリンの言葉に、気になるワードはたくさんあったが、今はそれよりも、あの青黒い瘴気をなんとかしないと、いくら攻撃しても当たらない事を知っていたモモ。
「リリンさん、私をギガンテスの真上に持っていける?」
「どうする気?」
「あのギガンテスに纏う青黒い瘴気を浄化するわ、道具無しでやるのは初めてなんだけど、試してみたい事があるの。」
「瘴気の浄化?アナタ、聖女なの?
わかったわ、協力してあげる。アタシとの勝負も忘れないでね!!」
モモは苦笑いしつつ、光の妖精ルキスと共に、両手を組み、その魔力を体の中心に集中させた。
そのモモの姿を上空で目にしたトルチェ、下からはラウル、ラインハルト、ダン、クアラが揃ってモモの名を口にした。
「モモ!?」
「モモ殿!?一緒にいるのは…ま、魔族…?」
第三の目がギョロリとモモ、リリンを捉え、ギガンテスがモモ達に手を伸ばした瞬間。
〝セイクレッド・クロス!!”
モモが両手を広げ、十字に展開する神聖なる光が蛇の様にギガンテスに巻きつき、纏う青黒い瘴気を浄化していく。
「ギ…ギャギャギャギャー!!」
第三の目も悲鳴と共に浄化、抹消され、ギガンテスを支配していた闇の力が消えた。
「…これが、ただの聖女の力…?」
リリンはモモの浄化魔法の威力に驚きを隠せないでいた。
ギガンテスを支配していた第三の目の浄化の瞬間を見ていた竜騎士達やトルチェ、下からはラウルやラインハルト達、そして、街の人々もその圧倒的な浄化の威力を目の当たりにし
自然と口からこぼれ出していた。
「…聖蛇の化身…」
その魔法を放つモモの姿は、まるで女神の様に人々の目に映り、ギガンテスの浄化だけでなく、降り注ぐ光の粒は傷ついた人々の怪我を治癒して行った。
「お、俺の足、折れたのが治ってる!!」
「私も!傷が!!」
「坊やの擦り傷も!!」
(アニメ的な技をイメージしてやってみたけど、成功して良かった…ただ、魔力消費が大きいのが痛いわ。)
モモの体に一瞬力が入らなくなり、リリンの手から落ちそうになった。
「おっと!大丈夫、モモ?あとは任せて!」
リリンはそう言うと、我に返ったギガンテスがキョロキョロする目と、目を合わせた。
リリンのペリドットの瞳が光ると、ギガンテスの大きな一つ目はトロンとなり、全身の力が抜けた様にダランと体を丸くする。
「アナタの棲む世界はここじゃないわ、アタシが送ってあげる。何処から来たの?」
リリンの問いかけにギガンテスが魔物語で答えた。
「やっぱり…誰かに召喚されたのね。
もう大丈夫よ、アナタの世界に戻りなさい。」
リリンの言葉に、ギガンテスは頷き、リリンの展開した足下の魔法陣に身を委ね、魔界に帰っていった。
「す、すごい!リリンさん、魔物とお話出来るなんて!」
「普通よ、だって悪魔だもの。アナタの聖力の方が脅威だわ。さぁ!それよりギガンテスは片付けたわよ、ラウルはどこ?」
「覚えてたのね…」
「当たり前!」
「あの、銀髪の人よ。」
「へー、中々色々いいじゃない!」
リリンはモモを連れ、フワリとラウルの前に降り立った。
「ラウル、怪我はない?」
モルネード城で別かれてからまだ二日しか経っていないのに、久しぶりの様なモモのギクシャクな素振り。
「モモ…」
モモの無事な姿を見て安堵したラウルが、モモに近寄ろうとしたその時、後ろからダンにタックルされ吹っ飛び、モモはダンにハグされた。
「モモ!!心配したよ!!攫われたって聞いたし、酷いことされなかったか!?」
「あ、ありがとうダン、ペル達が助けに来てくれて大丈夫だったよ。…ラウルが大丈夫かしら…」
「で?こっちのねーちゃんは?モモの友達?」
ダンがリリンを見た。リリンもダンのやんちゃ振りに若干の引き。ダンに吹っ飛ばされたラウルも、ラインハルト達もモモの元に集まってきた。
「はじめまして、人間のみなさん。アタシはサキュバスのリリン。モモとはついさっき会ったばかりで、モモと勝負する為にここに来たわ!勝負の証人がたくさんいていいわね、モモ!」
「……!」
(う、嘘でしょ。こんなにギャラリーがいるところで、あの勝負しなきゃならないの!?待ってーーっ!)
「モモと勝負?」
ラインハルトが尋ねた。
「ええ、そうよ。アタシは誘惑の悪魔、なのにさっきアタシに見向きもしない男どもが現れたのよ?アタシの発する魔力と、この魅惑的なボディに屈しない男なんていないはず、そう、あんな風に跪いてアタシの愛を求めるのよ!」
はっと、ラインハルトが辺りを見回すと、ラインハルト、ラウル、ダン、リンツ以外の騎士、師団員、そして男性の民達
が目をハートにしてリリンに跪いていた。
「なっ…」
「アナタ達にも、アタシの魅力が伝わらないようね。いいわ、とりあえずラウル!」
服の埃を払っていたラウルは、ダンに吹っ飛ばされ少々不機嫌だったが。
「ん?」
「アナタにこれからアタシとモモがキスするわ。どちらが気持ちいいか判定してちょうだい!」
リリンの言う勝負内容に、ラインハルト達は騒然。何がどうなってこんな事になっているのか把握出来ない事態だが、
ラウルは余裕の笑みをこぼす。
「へぇ…キスね。悪魔と交わすのは初めてだけど、俺は構わないよ。」
「ですって、モモ!これで私が勝ったらロイドにアタシの方がアナタより魅力的だって伝えなさい!」
「ん?ロイド?」
「ええ、そうよ。アタシ、ロイドに一目惚れしてアタシの男にしてあげるって言ったのに、タイプはモモだって言ったのよ!アナタにはもう、タイプなんて聞かないわ、サキュバスのキスでアタシにメロメロにしてあげるんだから!」
リリンの、ロイドのタイプがモモ発言にカチンときたラウル。ラウルの唇はリリンが背伸びしなくてもキスを交わせる高さにあった。二人共周りの空気を完全無視してオトナの空気を醸し出す。そんな二人をさっきまで焦っていたモモが冷静に見ていた。
(わぁ…二人共背があるし、美形だから絵になる…外国映画のキスシーンみたい…)
ポーっと二人を見ていたモモだったが、その場に崩れ落ちたリリンを見てハッとした。
「リリン!?大丈夫…」
リリンに駆け寄り声を掛けるモモ。しかし、リリンにはキス前の余裕は無くなっていた。
「こ…これが…人間のキスなの!?アタシが…アタシが感じて崩れるなんて…アナタ何者!?」
リリンは頬を真っ赤にして、息を荒げ、ラウルを見上げた。
その表情は余裕。逆にモモには悪魔に見えた。
「ごちそうさま、サキュバスのわりに対した事なかったな。」
「なんですって!?悔しい!!次はモモなんだから!!」
「…や…私…」
「ほら、モモ立って!勝負なんだから、逃げないでよね!」
ドンっとリリンに押され、ラウルに受け止められたモモ。
恥ずかしさに顔を上げれない。
(ど…どうしよう…キスなんてした事ないし、心臓が飛び出そう…)
すると、ラウルがモモを抱きしめた。
「…無事で良かった…攫われたって聞いて、どれだけ心配したか…」
その言葉がモモの胸に染み渡る。本当に攫われて薬を嗅がされ眠りに就く瞬間、走馬灯の様にラウルとの思い出が頭をよぎった。もう会えないかもしれない、不安に駆られながら闘って、また抱きしめて貰えただけでモモは胸がいっぱいだった。モモの涙がラウルの手に溢れた。
「あのサキュバスは勝負って言ってたけど、モモがまた俺に会えて嬉しいって思ってくれてるなら…キスして。」
モモの体がビクっと震えた。
「モモ…」
ラウルが甘い声で、耳元で囁く。
モモがラウルの腕に手を添え、俯いていた顔を上げた。
(きっと涙が溢れて酷い顔になってる…、こんな顔見られたくないけど…)
モモがそう思って涙を拭うと、ラウルが目元の涙を啜った。
「ま…また、会えて…うれしい…抱きしめてくれて…ありがとう…ラウル…」
モモの涙ながらの笑顔に、ラウルの胸が高鳴る。
モモがそっと精一杯のキスをラウルに届けた。あまりに一瞬すぎて逆にビックリのラウルは、優しく微笑むと、恥ずかしさに俯くモモの顔に手を添え、腰に当てた手をグイッと引き寄せた。
「モモ、顔見せて…」
ラウルの甘い声にドキドキしながら顔を上げるモモ。
ラウルとモモの唇が優しく重なった。震えていたモモの手をラウルがそっと包む。
「……んっ……あ……はっ……」
モモの吐息が漏れる。背伸びするモモの脚がガクガク震える。もう自分で支えられないくらいのラウルの甘いキスにクタっとモモは崩れてしまった。
「おっと。」
ラウルはモモを支え、抱き上げると、優しく額にキスをした。
「なによ、そんな笑顔見せられたらアタシの完敗だわ。
モモとアナタには見えない何かがあるのね。」
リリンは二人の姿を見て、自分には無いものを感じていた。
「あー、まぁいわゆる愛ってやつかな。」
「…愛…?」
「悪魔にはないのか?愛する心。」
「そんなもの、知らないわ。アタシが知ってる愛は快楽だけよ。愛する心、それがあればロイドは私に振り向くかしら?」
「それはわからないが、その見た目に愛もあれば最強なんじゃない?」
リリンはうーんと考え込むと、何か閃いたらしく、ラウルに抱かれるモモに駆け寄る。
「モモ!アタシ人間界で愛する心を手に入れるわ!!モモのそばにいれば何か掴めるかも!!アタシ、モモの事も気に入ったから、モモに印を付けておくわね!」
「え?」
リリンはそう言うと、モモの首筋にキスマークを付けた。
「…んっ」
モモの首筋にリリンの印が付けられた。
「なっ…勝手に…」
モモより先にラウルが怒りを露わにした。
「何よ、キスマークくらいいいじゃない。まぁ悪魔のキスマークは、そう簡単には消えないけど、これで他の悪魔やインキュバスもそう簡単にモモに手は出せないわ。アタシは本来男性に快楽を与えるんだけど、モモは特別!色々教えてあげるわね!」
リリンとの急展開に言葉が出ないモモ。
(い…色々って…何…!?)
「そうと決まれば、パパに報告してくるわね!すぐ会いに来るわモモ、待っててね!」
「パ、パパ?」
リリンは魔界への魔法陣を展開しながら、とんでもない一言を発して還ってしまった。
「魔王サタンよー。」
その場にいた意識のある者達がピシッと固まった。
まさかの魔王の娘が突然現れ、嵐の様に去って行った。また、モモにも注目が集まる。ラウルとの公開キスではなく、
妖精ルキスと魔物のペルを使役し、更に魔王の娘リリンと契約を交わした。この聖女の枠を、テイマーを、ある意味勇者を超えた存在を人間界でどう扱えばいいのか…頭を悩ませるラインハルトとラウルだった。
リリンが姿を消すと、我に返っていくリリンに魅了されていた騎士達や師団員、民達。ギガンテスの姿が消え、モモの活躍が蘇る。そのモモの姿を目にした者達が次々に声を上げる。
「聖女モモ様!!」
「聖女モモ様、万歳!!」
「ありがとう、モモ様!!」
しばらくの間、歓喜の声は止まなかった。観衆の声に手を振ってやれと、ラインハルトに促され、モモが手を振りながら、リンツの管理するギルドに避難出来た頃にはもう夕方になっていた。
ギルド奥の事務所のソファにグッタリ掛けるモモ。
「あはは、大変だったわねモモ、お疲れ様!疲れを取るハーブティーよ。」
リンツがモモ達にハーブティーとお菓子を差し出した。
「はは、ありがとうございます、リンツさん。」
「ペルもよく頑張ったわね!」
リンツはモモの肩で蜘蛛化して眠るペルに労いの言葉をかけた。
「本当に、ペルとロイドさん、ジュウトさんがいなかったら私今頃どうなってたか…ロイドさん達にもお礼しなきゃ。」
「殿下やロイド達は王宮かしら?」
「ああ、ラインハルトが伝波鳥を飛ばしていたな。」
ラウルがハーブティーを嗜みながら狐化したダンの毛並みを整える。
「モモはもう遅いし、今日はここに泊まっていきなさい。」
「ありがとうございます、リンツさん。」
ギガンテスに破壊された城下東の街は急ピッチで職人や騎士達が復旧にあたっていた。
最初にギガンテスが現れたエディン病院では、カピルス村から搬送された中年男性患者が胸から血を流して死んでいるのが発見された。胸には呪印の痕が残されており、強制的に何者かが呪印を解放しギガンテスを城下に放ったとみている。
これはリリンと同じ見解だった。まだ解析しきれていない呪印、一体誰が、何の目的で人間に施術し、魔物にモルネード城を襲わせたのか。
アラネアの巣討伐同様、一羽の鴉が現場を旋回し飛び立っていった。
ピーニャコルダ王国、とある洞窟。
バリィンと岩壁にグラスが投げつけられた。
「なんだ、この結果は!?魔人を3体、魔物も送り込んだのにも関わらず…全滅だと!?終いには、悪魔があの小娘と契約…」
「あの聖女を護る者達が中々の手練れ、冒険者Sランクの者ばかりです。なんとかあの護りを崩さない事には…」
「……こうなったら少し早いがアレを使うか。アレならそうそう警戒はされまい。」
「では、その様に。」
闘いの終わった夜、モモのベッドではルキスは酔い潰れ、ペルは静かに眠っていた。モモは二人にそっと小さいリンツ特製の毛布を掛けた。
(これからもっと、こういう危険が街の人達、ペルやルキス、ラウル達を襲うのかしら…今の私はみんなの足を引っ張るばかりで、モモ様なんて言われてるけど、本当はみんなのおかげ…何とか闘う力を身につけないと……はっ!)
モモはふと目の前にある姿見に映る自分を見て、首筋にあるリリンに付けられたキスマークに触れた。
(…これが、キスマーク……付けられた時少し痛かった…
ラウルとキス…しちゃったし、どんな顔して明日会えば…
ーーーっ…眠れない、なんか熱いし、夜風に当たってみようかな…)
モモは、静かに窓を開けて、バルコニーに出た。夜の街は静まり返り、月と星の光だけが夜空に輝いていた。
「…きれい…」
モモが静かに星を眺めていると、フワッと温かいストールが肩を覆った。
「こーら。嫁入り前の娘がなんて格好で外出てるんだ?モモのいた世界はその辺緩いのか?」
「ラ、ラウル…あ、起こしちゃった?バルコニー続いてたんだね…」
モモはストールで胸元を隠し、昼間の恥ずかしさが込み上げ俯いてしまう。部屋に戻ろうと踏み出すと、ラウルに抱きしめられてしまった。耳まで赤くなるモモを見てフッと笑うラウル。
「昼間のキス、嬉しかった。あれはリリンとの勝負だから?俺に唇を委ねてくれたのは、モモの本当の気持ち?俺、モモに本気出していいの?」
ラウルはモモをバックハグして離さない。耳元で甘い声で囁く。
(やーーーっ。そんな事聞かれても、これ私答えないと離してもらえないの!?誰かっ…)
モモは顔を両手で覆い隠し、動けないでいた。しばらく沈黙が続き、離してもらえない事がわかったモモは、口で言う代わりに首を縦に振った。それを見たラウルは、モモの体を自分に向けると、顔を覆い隠すモモの両手に触れ、真っ赤なモモを見て微笑み、モモを優しく抱き寄せた。
「好きだよ、モモ。もう、魔物にも、悪魔にも簡単に印なんて付けさせないし!……俺も印付けたい、いい?」
ラウルの申し出に、半ば諦め気味にモモは腕の中で頷いた。ラウルはモモの後ろ髪を避けると、そっと印を付けた。
くすぐったい様な、少し痛い様な変な感覚にモモは声を出してしまった。
「んっ…」
(やだ…変な声出ちゃ…)
モモが口を手で覆うと、すぐにラウルに避けられてしまい、二人の唇が重なった。昼間とは違う、貪る様なディープキスにモモの吐息が荒くなっていく。呼吸のタイミングがわからなくなるくらいの激しいキスに、モモはラウルから逃げようと腕に力を入れるがびくともしない。
ラウルの舌がモモの舌を捕らえて離さない。
(もっ…息が…ダメ…頭が働かない…もう…)
モモの力が体から抜け、体をラウルに預ける。ラウルの腕の中で、色っぽい喘ぐ様な呼吸をするモモは、そのまま眠りについてしまった。
「明日からまた忙しくなりそうだよ、今日はゆっくりおやすみ。」
ラウルはモモを部屋に運ぶと、ベッドに寝かせ額に優しくキスをした。




