聖女の血
王宮の食堂は静かで優雅にあるべき…のはずが、ダン一人いる事により、優雅とはかけ離れた給仕達の動き。
「料理長、大変申し訳ない。ダンを誘っていた事、伝え忘れていた…。」
「で、殿下!この様な場所にと言いたいのですが、今手を離したら全滅しますっ…ご容赦をっ!!」
調理室は朝から戦場と化していた。料理長を筆頭に副料理長、他全てのスタッフが一丸となって、ダンのお腹を満たす対応に追われていた。
「あ…ああ。本当に申し訳ない…」
ラインハルトはその壮絶さに引きつつ、戦場を後にした。
「ダン、よく噛んで食べろ。」
「ほっぺにもついてるぞ?」
「あ、ちゃんと野菜も食せ。こっち避けるな。」
朝から食欲全開のダン。決してテーブルマナーは悪くはないが、兎に角一皿をたいらげるスピードが速い。
逆に朝は控えめなラウルが、甲斐甲斐しくダンの世話をする。二人の向かいに座るトルチェとシュアは、唖然とした様子。その手は止まっていた。
「トルチェ、シュア、気にせず食事を続けてくれ。いつもの事だから。」
ラインハルトが調理室から席に戻り、苦笑いしながら紅茶を口に含んだ時、食堂の扉が大きな音を立てて開いた。それに驚いたラインハルトは紅茶を吹き出した。
「申し上げます、殿下!!」
血相を変えて駆け込んで来たのは、シュピツ村から戻ったアドルフ第2騎士隊長だった。
「ど、どうした、アドルフ…げほっ」
咽せつつも、毅然とした態度を崩さないラインハルト。
アドルフは片膝を床につき、頭を垂れ、息を乱しながら報告した。
「聖女モモ様が…何者かに攫われました…っ。」
「なんだと!?」
このアドルフの報告に、ダンも食事の手を止めた。
ラインハルトが席を立ち、アドルフに目を合わせて片膝を床についた。ラウルもその場に駆け寄る。
「詳しく話せ。」
ラインハルトがアドルフに〝ヒール”をかけ、落ち着かせた。一呼吸ついてからアドルフは、シュピツ村で起きた事を報告した。
「…聖属性魔法師団員が?顔は見たのか、どんな奴だ!?」
ラウルがアドルフに詰め寄る。
「いえ、私は見ておらず、ペル殿達がそう言っていたのです。私が王都へ出発の報告をしにモモ様のところへ向かう、僅か前に、師団員の服を着た者が、私がモモ様を呼んでいると…そのまま、モモ様は人混みに紛れて姿を消したと。ただ、ジュウト殿も一緒に姿を消したので、多分モモ様にはジュウト殿が付いている筈だとも話していました。
…この様な不甲斐ない事態、申し訳ありませんっ…!!」
アドルフは頭を床に付け、謝罪した。
「ペルとロイドはどうした!?」
ラインハルトがアドルフの体を起こし、両肩を押さえた。
「二人はモモ様を助けると、私には殿下に状況を説明する様言って、捜索に…使役妖精の名を耳にしましたが…」
アドルフの使役妖精と言う言葉にラウルはピンと来た。
「ルキスと、カンナちゃんパパか?…ここからじゃコンタクトは無理だな。ラインハルト、俺もシュピツ村に向かう。シュピツ村で消えたのなら、シヴが二人の魔力を追えるはずだ。」
ラウルは立ち上がり、扉に向かおうと足を踏み出した瞬間、細かな縦揺れの振動が走り、続いて
ズシンッ
と、重いものが地面を貫く様な爆音が響いた。
「なんだ!?」
突如、モルネード城から城下東に位置する地上3階建のエディン病院が半壊していた。瓦礫が周辺に散乱、砂塵が舞い、悲鳴を上げ逃げ惑う人々で周辺はパニックに陥っていた。
エディン病院から少し離れた位置にある、王都ラダンディナヴィアのギルド管理人リンツもギルド内にいた冒険者達も、すぐに異変に気づき外に出た。そこで目にしたのは…
「ギ…ギガンテス!?」
全身濃紺の肌に巨大な一つ目、尖った大きな耳を持つ巨人、ギガンテスが現れた。
ギガンテスは辺りを踏み回し、ギロリとモルネード城を見るとゆっくりと大きな体で街を破壊しながら、モルネード城に向けて歩き出した。
「大変!!奴は城に向かっているわ!!闘える者は直ちに進行を阻止して!!無理なら街の人達を安全な場所に誘導しなさい!!」
リンツがそう指示を出すと、ギルド内にいた冒険者達が一斉に散開、各自行動に移った。
「リンツさん!怪我人の処置は僕が!」
そうリンツに回復担当を買って出たのは、まだギルドに通って間もない少年だった。まだステータスは未熟だか、彼が繰り出す〝ヒール”の速さと完治度は確かなものだった。
「ありがとう、アイク!!
白魔法使い、回復スキルのある者は怪我人の処置を!!」
素早く的確にその場を指揮するリンツに、冒険者達は従った。
ギガンテスに立ち向かったのは腕に覚えのある4人、それぞれ、剣士、テイマー、槍使い。そして、王都に戻っていた黒魔法使い、クアラだった。
城下東の様子を双眼鏡で見た、モルネード城見張り台の衛兵の一人が叫ぶ。
「なんだ、あの巨大な魔物!?」
「何!?見せてみろ!」
双眼鏡を奪い取って同じ方向に目をやる衛兵。その場に双眼鏡を落とし、足をもたつかせた。
「ギ、ギガンテスだ…!!
城下東にギガンテス!!繰り返す!!城下東にギガンテスだ!!」
そう叫びながら警鐘を鳴らした。
すぐに情報は王の間、ラインハルト達のいる食堂にも届いた。
「陛下っ…」
王の間でラッツィ宰相が、あまりの衝撃に腰を抜かしていた。
「狼狽えるな、ラッツィ宰相。近衛師団に出動要請を。民の命を最優先に。ギガンテスはラインハルトに任せよ。」
控えていた近衛師団員がすぐに伝令に走った。
「ギガンテスだと!?そんな魔物、一体どこから…」
ラインハルトが衛兵から報告を受けていた所へ、近衛師団員が駆け込んで来た。
「殿下、城下東に出現したギガンテスを至急討伐せよとの、王命です!近衛師団は民の安全確保の任に当たります!」
「王命…」
ラインハルトが復唱し、唇を噛み締めた。
(しまった、信用のおけるパラディンのレンダー、ザックを外して、あの不死の巨人を抑えられるか…?今この状況で前衛はダン…ラウルまで外すのは正直…)
考え込むラインハルトを見て、ラウルは固く目を閉じ、拳を握りしめた。
「ギガンテス、片付けるぞ、ラインハルト!」
ラウルの力強い言葉に、ダン、トルチェ、シュアがラインハルトを囲む様に集まった。
「…モモ殿は…」
「ロイドとペル、それにジュウトがいる。あいつらを信じる。おまえの大切な国と民を、俺も一緒に守るよ。」
ラウルの決意に、ダンが走り出した。
「ラインハルト、遅れんなよ!ごちそうさまでした!!」
「あっ、ダンさん!!補助かけないとっ!!待ってー!!」
ギガンテスに向かって走り出したダンをシュアが慌てて追いかけて行く。統率の取れている様な、取れていない様な曖昧なこの状況にも関わらず、一つの目的に動くダン達の姿を見たトルチェは、二人のテンションに呆然としながらも、咳払いをしてから、ラウルを見た。
「私はあの子達のスピードには追いつけないわ。」
「俺も。あいつら元気いいな、若さか?」
「おまえもいくつだよ、ラウル…」
ラインハルトはラウルの肩に手を置きながらツッコミを入れ、二人は拳を突き合わせた。
「トルチェ、ダン達は正面から仕掛けるはずだ。俺達は背後を取る。ラインハルト、ドラゴン借りて行くな。」
「ああ、私もカーティス団長と共に向かう、それまで頼む!」
ラウルは頷くと、トルチェと共に竜騎士団獣舎に向かった。
「ちょっと、ラウル!私、ドラゴンに乗った事ないわよ!?」
「大丈夫、竜騎士団員に任せれば!空中戦も気持ちいいぞ。」
(…そーゆーものなのかしら…⁇)
ラウルの爽やかな笑顔に疑念を抱いたトルチェであった。
(…土の匂い…頭がボーっとして、体に力が入らない…)
横たわっていたモモの指がピクリと動いた。
「……モっ!……モモ!!しっかりして!!」
モモが目を覚ますと、視界に妖精ルキスが飛び込んできた。
モモが重い体を起こす。
「ルキス…私…?」
「モモ、あの時、モモを呼びに来た聖属性魔法師団員の奴、アイツに薬を嗅がされたのよ。大丈夫⁇」
その薬がまだ抜けないのか、視界がボヤけるモモだったが、自分のいるすぐ先に倒れているジュウトが目に入った。
「ジュウトさんっ!?」
ジュウトに駆け寄ろうとしたモモだったが、バチッと激しい音と共に紫色の結界が発動し、行く手を阻まれてしまう。
「きゃっ…」
「モモ、ここは今、あいつら魔人の結界内なの。外の空間と完全に遮断されているわ。」
そうルキスが状況を説明した時だった。
「がっ…!」
ペルがモモ達の目の前に吹っ飛ばされ、バチッと結界に弾かれ、そのままその場に倒れた。
「ペルっ!!」
ザッザッと足音を立てて、スキンヘッドの魔人がモモに近づいて来た。
「効果の強い薬と聞いていたが、目が覚めた様だな、聖女。」
スキンヘッドの声は結界内には届かなかったが、不敵なその笑みにモモは立ち上がり「ここから出して!」と叫び、魔人を睨みつけた。
「フッ、そう怒るな。アンタの相手はこいつらを片付けたらたっぷりしてやるさ。大人しく待っているといい、聖女の血、楽しみだ。
おっと、あの黒魔法使いも片付けないとな…!」
スキンヘッドの魔人が、ジュウトにとどめを刺そうと足を踏み出した時、倒れていたペルが素早く立ち上がり、魔人に回し蹴りを繰り出した。瞬時にペルの攻撃を躱した魔人だったが。
ズンッ
回し蹴りをした体勢から更に身体を捻り、ペルの右ストレートが魔人の左顔面を捉え、膝を付かせた。
「そう簡単にっ…ハァ、モモの相手出来ると思わないでよね!!」
「…づぅ…この…ガキッ…!!」
魔人が外れた顎をゴキっと戻すが、まだ立ち上がれない。
「あと、ジュウトも片付けさせないっ!」
ペルが切れた口元の血を拭いながら魔人に言い放ち、ジュウトに駆け寄る。
「…ペルー…、ぼくのついで感がハンパないよ…」
ジュウトが仰向けの体勢で力なく呟く。
「起きてんのかよ!?」
モモが、閉じ込められている結界はペル達のいる空間とは完全に遮断されていたが。
『モモ様、聞こえる?』
ジュウトの声がモモの頭の中に響く。
「ジュウトさん!大丈夫!?」
『まぁ、なんとか大丈夫ー。今、テネとルキスを介して話しかけてるよ。』
モモがルキスに目をやると、ルキスは黙ってコクリと頷いた。
『モモ様を閉じ込めている結界だけど、何重にもなって見えるけど、雑な部分があるんだ。ぼくがそこを狙って印を付けるから、モモ様は内側からそこ一点集中で破壊出来る?』
ジュウトの指示に、モモは周囲を見渡した。
「内側から…何か…」
モモはアイボリーのカシュクールワンピースのポケットを探った。すると、ペルが護身用にと作ってくれた蜘蛛の糸を魔力で硬化した刃が1本入っていた。これは以前アラネアの巣討伐の際、サッコンを倒した刃と同じタイプのものだ。
「大丈夫、ジュウトさん、出来るわ!」
ジュウトはロイドとペルが相手している魔人達に悟られない様に、倒れたままモモを閉じ込める結界をサーチすると、一箇所、結界の結びが甘い部分を見つけた。
〝アイシクル・ナイフ”
氷の刃をジュウトはその一箇所に狙いを定め、放った。
バチバチバチバチッと激しい音と紫色の稲光を結界が放つ。
結界の魔力よりも、ジュウトの魔力が上回っていたのか、ナイフへ弾かれず、貫通しなかったものの、モモに位置を示す事は出来た。
それを目にした魔人達。
「馬鹿な!!あの結界に傷を!?」
対ロイドと交戦中の短髪の魔人が、ロイドの攻撃を躱し、間合いを取った。
「あの小僧っ!!」
スキンヘッドの魔人がターゲットをジュウトに切り替え、タックルを喰らわせに向かった。
「あっ!!」
ペルが追いかけるも、僅かに間に合わない。
すると、スキンヘッドの魔人がスッと姿を消し、次の瞬間、フィールドの上空から突如現れ、地面に叩きつけられた。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
それは、異空間を操る闇の妖精、テネの仕業だった。
『テネ、ナイス!!』
ジュウトの肩に仁王立ちのテネは、ドヤ顔で親指を立てて応えた。
「モモ、ここ!狙って!!」
ジュウトが氷の刃を突き刺した部分を、ルキスが内側から体全体を使ってモモに示す。その位置は、モモの背丈よりも上であったが、ルキスと共に光の魔力を込めた刃を両手リバースグリップし、助走をつけてジャンプ。ルキスが示す位置に突き刺した。
光の魔力が結界全体を這う様に走り、ピシピシと硝子にヒビが入る様な音を響かせ、
バリィンッ!!
モモを閉じ込めていた結界が砕け散った。
「やっ…たぁ!!」
息を切らしながら、モモはすぐにジュウトに駆け寄り、〝ヒール”をかけた。
ロイドが短髪の魔人と間合いを詰めて行く。魔人は、どんなに早く攻撃を繰り出しても、躱し反撃してくるロイドにイラ立ちを隠せずにいた。
(くそっ!!俺は魔人だ、魔人になったんだ!!人間の全てを凌駕する力を持つはずなのに、なんだこの有り様は…っ。あいつも苦戦してやがる、このままでは…)
その時、第三の目が魔人達に指令を出した。ドクンと、身体をビクつかせる魔人達。
《ー聖女モモを殺せー》
《ー聖女を殺し血を奪えー》
「…聖女を…」
魔人達の白目が濃い紫色に変わり、スキンヘッドの魔人が短髪の魔人にアイコンタクトを取り、お互いの相手をチェンジした。スキンヘッドの魔人はロイドに、短髪の魔人は素早さを活かし、ペルに猛攻撃を仕掛け、二人の距離が縮まった時、スキンヘッドの魔人がロイドとペルの首を力技で抑えつけた。
「しまっ…!!」
ロイドが魔人の腕から抜けようとするも、ガッチリロックされている。短髪の魔人がモモ目掛けてナイフを3本投げ放ち、自身も両手にナイフを構え、モモに襲い掛かる。
「モモ!!」
「モモ様っ!!」
ペルは短髪の魔人に向かって片腕をなんとか伸ばし、糸を飛ばすが躱され、ロイドはクトネシリカをリバースグリップし、スキンヘッドの魔人の腹を一突き。
「がぁっ!!」
絞められていた魔人の腕の力が緩んだ隙に、魔人の胸ぐらを逆さに掴み上げ、ペルごと背負い落としを喰らわした。
「うがぁっ!!」
「げっ!!」
ロイドに技をかけられた魔人の腕の力が緩むと、ペルはすり抜け、魔人の腕をロック、腹に膝蹴りをめり込ませ、第三の目を糸を魔力で硬化させた刃で一突き。とどめを刺した。
「ぐぶっ…ギアァァァァ!!」
モモを狙って放たれた3本のナイフ。その場で恐怖に固まってしまっているモモに当たる直前、空中で氷漬けにされ地に落ちた。
「くそっ!!邪魔なんだよ、黒魔法使いがぁ!!」
モモの前に立つジュウト目掛けて襲い掛かる短髪の魔人。
「ジュウトさんっ!」
〝リプカ・インフェルノ”
短髪の魔人はジュウトの地獄の業火により何も残らず、スキンヘッドの魔人は灰となって消えた。
襲われる恐怖と、ジュウトの魔法の凄さに驚き動悸が止まらないモモの体は、フラッとよろけてしまう。すかさずジュウトが受け止めた。
「モモ様、もう大丈夫だよ。」
ペルと、ロイドも駆け寄ってくる。
「モモ!大丈夫か!?」
「ありがとうございます、みんな…無事で良かった…」
ジュウト、ペル、ロイドの顔を見て安心したモモの目に涙が溢れていた。
3体の魔人が消えたと同時に、フィールドの壁が音を立てて崩れ落ち、モモ達が本当にいた場所が露わになった。暗闇の中を辺り一面、エメラルドに光る物質が輝く。
「マカウスの洞窟だったのか…」
ロイドがクトネシリカを鞘に収めながら口にした。
「へー…ここが、ぼく初めて来ました。」
ジュウトと、ペル、モモは、その自然が作り出した光景に圧倒された。
「マカウスの洞窟…綺麗…何が光ってるのかな?」
モモの言葉にロイドが応える。
「ここ、マカウスの洞窟は、ナーガ神殿と西の森の間にあるポーカテペトルという名の山の中腹にあり、この物質はヒカリ苔です。僅かな光に反射して発光している様に見えるんですよ。」
「へー!!」
ジュウト、ペル、モモ三人がそうなんだと感心した。
と、その時。
ロイド、ジュウト、ペルは、凄まじい魔力を感知。それは、人間でも、魔人でもない、顕要な地位にある魔力。
「聖女モモには、屈強なナイトがたくさんいるんだね。」
その声は、モモの頭の上から聞こえ、モモは後ろを振り返った。背後には二本の角を生やした花紺青に金の刺繍をあしらえた、膝より長い丈のローブに身を包んだ、青鈍色の瞳を持つ、男性とも女性ともとれない妖艶な笑みを浮かべる者が立ち、物珍しそうにモモを見つめていた。
「あ…の…?」
突然現れた謎の人物に、どうしていいかわからない困ったモモが、肩に乗っていたルキスに目をやると、ルキスは身を震わせていた。
「光の妖精ルキス、闇の妖精テネブラールム、私に挨拶はないのかい?」
その言葉に、ルキスとテネは人型化し、謎の人物の前に平伏した。
「も、申し訳ありません、オティウス様!下界で拝謁叶うなど、驚いてしまって、失礼致しました!」
テネの慌てた様子を見たジュウトが、ロイド達に平伏す様促した。
「オティウス様、この様な場所にどうして…」
ルキスの問いに、オティウスはモモの肩に手を伸ばした。
「ああ、ナーガが呼び寄せた異世界の人間に中々会わせてくれないから、眠いのを我慢して来たんだよ。」
オティウスはそう言うと、モモの体を自分に引き寄せ、顎に手を添えた。
「……っ」
モモは突然の事にびっくりして対応出来ない、されるがままの状態だ。
「はじめまして、聖女モモ、いや、百瀬美琴さん?私はこの世界の闇を、ナーガとは対の時間を司るオティウス。以後御見知り置きを。」
オティウスは優しく微笑み、モモの首筋に唇を当てた。
「きゃっ…」
その行為を見ていたペルが立ちあがろうとしたが、ルキスに一睨みされ、制されしまった。
「フッ、中々興味深い存在だね。モモも、ナイト達も覚えておくといい。何故、魔人が聖女の中でもモモの血を狙うのか。」
「え…私の血?狙われてたんですか?」
モモの天然ぶりにガクッと肩を落とすオティウス。
「いやいや、攫われてたでしょ…大丈夫かな、ナーガが過保護になるわけだ。モモ、キミの血は聖属性の中でも高潔。光の妖精ルキスの力を借りれば、死人を蘇生出来る。モモ自身だけの力だけでも、難病から怪我、瘴気の浄化が可能である事は知っていると思うが、逆にその高潔な血は魔族にも有効、魔族にはルキスの力が無くても、キミの血を口にするだけで蘇る事が出来る。」
「…!それって…」
ルキスとテネが勘づき、顔をあげオティウスを見た。
「そう、魔族は魔人を使って何かを蘇らそうとしている。その何かは私にも見えない。
近年の世界を脅かす瘴気、聖女の失踪、魔人の存在、そして妖精王オベロンの魔力を凌ぐ魔族の存在…」
「オ、オベロン様の魔力を…?やはりオベロン様は…」
テネが立ち上がる。
「…その様子だと、ナーガから何も知らされてはいないんだね。自ら動くつもりか、或いは…モモ、ナーガにはなんて言われているのかな?」
オティウスの質問にモモが答えようとした時、ルキスも立ち上がった。
「ナーガ様には、この世界の瘴気を浄化し、平和な世界を取り戻す様にって…」
「アタシもそのように命じられ、モモに仕えています。」
「……なるほど。大体わかった。
とりあえず、私が今言える事は、この世界の事態はもう瘴気の浄化だけでは済まなくなっていると言う事だ。
それがわかる事態が現在、王都ラダンディナヴィアで起きている。」
「一体何が…?」
ルキスの問いに、オティウスはルキス達の足下に転移の魔法陣を展開させた。
「行けばわかる。君達を王都に送ろう、魔人達がやろうとしている事を掴むのだ。」
オティウスはそう告げると、モモ達を王都に転移させた。
「…ナーガの奴…何を隠してる…?」
洞窟に一人残るオティウスが呟いた。
一方、モルネード城、城下東では、突如現れたギガンテス対ギルド冒険者達の激闘が繰り広げられていた。
「避難状況はどう?」
リンツが民間人の避難を手伝う冒険者達に尋ねた。
「リンツさん、ここの区域一帯は大丈夫です。後は逃げ遅れと、エディン病院内に取り残されてる人だけです!」
「わかったわ、隙を見て引き続きお願いね!
…こんな時に、ラウルとダンはどこに行ったのかしら…」
ギガンテスは、モルネード城に向けて進行を始めた。その足元には、ギルドから緊急参戦した女剣士ナナ、槍使いイーサンとテイマーのポッチェが立ち塞がり、ギガンテスの進行を抑えていた。
「…っ重さが足りない!!抑えきれないっ!!」
優に地上3階を越える巨人、素早さが売りの剣士達では到底抑えられるものではなかった。
「応援が来るまで堪えるのよ!!」
〝フェゴ・ブレイズ!!”
激しく燃える炎をクアラが連発するも、ギガンテスの硬いウロコ肌に傷付ける事が出来ない。何故なら、体中から放たれる青黒い瘴気が防御膜を張るからだった。
「…っ!なんなの、あの瘴気!?邪魔されて攻撃が当たらない!!」
その時、ギガンテスの大きな目がギョロリとクアラを捉えた。モルネード城からターゲットを黒魔法使いクアラに切り替えたのだ。
〝アンスロート・ヘイル!!”
大粒の雹がギガンテスの目を猛撃するも、やはり青黒い瘴気に弾かれ、壁だった者達を一蹴。
「ああっ!!」
「ぐあぁっ!」
ギガンテスはクアラ目掛けて、右手でパンチを繰り出した。
巨大な体から繰り出されるパンチは周りを巻き込み、ゴオッと音を立ててクアラを捉える直前。
ザンッ
鋭く大きな音を立てて、ギガンテスの右腕が斬り落とされた。そして、狙われたクアラは瞬時に現れたラウルの腕の中にいた。
「大丈夫か、クアラ?」
ギガンテスの攻撃に目を瞑ったクアラが、聞き覚えのある声にゆっくりと目を開ける。
「ラ、ラウルさん!?」
ラウルは両腕に横抱きしたクアラを下ろし立たせた。
「よく頑張ったな、俺が壁になる。援護頼むよ。」
そう言うと、ラウルはクアラの背中にポンと手を置いた。
「ラウルさん、ギガンテスに魔法が通じないの!あの纏っている青黒い瘴気が邪魔をして…っ!」
「ああ、今上空から確認した。ギガンテスの頭頂部に第三の目が開眼してる。あれが青黒い瘴気をギガンテスに纏わせ防御膜を張るみたいだな。トルチェが竜騎士隊と上空からあの第三の目を潰す。右手も潰したから……!?」
ラウルがギガンテスの右腕が再生しているのを見た。そして
「マジかっ!!」
ギガンテスの右腕を斬ったダンが、再生した右腕に攻撃され吹っ飛び、建物の壁に突っ込んだ。
「ダンさん!!」
「ラウルさん、再生したんじゃないです!青黒い瘴気が切断部位を引き寄せてくっつけたんです!!」
その瞬間を見ていたシュアが説明する。
「やー…それは厄介だなぁ…」
ラウルはそう口にしながらも、剣を手にギガンテスの両脚を横一閃、たがその一撃を青黒い瘴気が一閃に這うように現れ吸収していった。
「…なるほど…手強いな。」
シュアはラウルに防御力強化と重さ上昇の補助魔法をかけた。
ギガンテスに吹っ飛ばされ、民家に突っ込んだダンが瓦礫を避け立ち上がった。
「やってくれるじゃん。」
ダンは建物と、ギガンテスを交互に蹴り上げ、ギガンテスの頭頂部より更に高く飛び上がった。
「ウェンティ!!」
使役する妖精の名を叫び、両手でリバースグリップした剣に風を纏わせ一気に頭頂部にある第三の目に目掛けて刺し込んだ。しかし、ダンの一撃に青黒い瘴気が迎撃。ぶつかり合った衝撃が上空で爆風を発生させた。
それを下から見ていたラウルは
「ヤバい!!シヴ結界!!」
ダンの攻撃で辺り一面が吹っ飛び、更地になった一角もあった。
上空からその攻防を見ていた竜騎士達はゴクリと生唾を飲んだ。
「じ、城下が…」
シヴがL範囲で展開した結界で、避難した人々に怪我はなかったが、近くの建物に身を隠していた、ギルド管理人リンツが出てきて、着地したダンに説教した。
「ちょっとダン!!ここ街中なのよ!?アンタが本気出したらここら一帯吹き飛んじゃうわっ!!」
「あ、ごめんっ、けど、あの青黒い瘴気をなんとかしないと、コイツ倒せないぞ、ラウル!!」
ダンの攻撃の結果に焦りを見せたラウル。
(あの、ダンの一撃を抑える青黒い瘴気…瘴気だから聖属性なら消せるのか…?いや、この国に聖属性で攻撃出来る人物はいない…いや一人、モモだ!
光の妖精ルキスを使役するモモがマピチュ村で瘴気の陣を浄化した時、光の矢を放っていた。あれなら………?
待てよ、これが全て仕組まれた事だったら?
モモを攫って、光と聖属性の力がないと倒せない魔物にモルネードを襲わせる…あり得ない話じゃない!!)
ラウルの元にラインハルトが駆けつけた。
「すまない、遅くなった。が、ここは街中だぞ!?もう少し力を加減…ラウル?」
「ラインハルト、聖属性魔法師団員、使えるのは何人だ?」
「今、ここに来ているのは10人だが怪我人の処置に…」
「怪我人は白魔法使いに任せて、聖属性魔法師団員を竜に乗せて上空からギガンテスの頭頂部にある第三の目に浄化魔法をかけてくれ!!ダンとトルチェがそこに攻撃する!!俺はここでギガンテスを抑える、急いでくれ!」
「わかった!!」
ラウルは自身に重さ倍増の魔法をかけ、ギガンテスの進行を抑える。ラインハルトは聖属性魔法師団員達と竜騎士達を集め指揮を執った。
ダンの一撃により、城下東区域一帯を爆風が襲った頃、城下南西に位置するフォンテーヌ病院前にモモ、ペル、ロイド、ジュウト、4人の姿があった。
「ここは?」
モモは辺りを見回す。
「…フォンテーヌ病院って事は、城下南西部だねっ…と!」
東から地響きと爆風がモモ達を襲う。
「きゃっ!!」
飛ばされそうになるモモの体をペルが支えた。
「なんだ、この風!?」
ロイドとジュウトも飛ばされないように重心を低くした。
すると、ルキスが上空に飛び、城下東にめをやると
「ちょっ、ちょっと!!東に巨人がいるわ!!街が襲われてる!!」
ルキスの言葉に、上を見上げて驚くモモ達。
「巨人?ギガンテスか?」
「そう!それだわ!一つ目の濃紺色の肌よ!」
「ギガンテスだ!よくわかったね、ロイド、けどギガンテスってモルネガングアの山頂辺りが住処じゃなかった?」
「ああ、なんだって街に?」
ルキスがモモの元に戻りながら呟く。
「…オティウス様、転送する場所を間違えたのかしら…」
「いや、オティウス様に限ってそんなことは…」
テネも姿を現した。
その時、モモがある事を思い出した。シュピツ村へ出発前、オンワーズ医務局長がラインハルトに報告していた件。
『カピルス村で3件…
患者達はそれぞれ、エディン病院、ブレナム病院、フォンテーヌ病院に入院…』
モモが、東に体を向ける。
「東にある病院は?」
「エディン病院だよ、どうしたの?」
モモの問いにジュウトが答えた。
「何かわかったの、モモ?」
ペルが爆風が収ったのを確認し、モモを支えていた手を離した。
「ちょっと気になる事があるの、ついて来て!」
モモはそうペル達に言うと、フォンテーヌ病院へ駆け込んで行った。
「あ、モモ!?」
ペル、ロイド、ジュウトもモモの後に続く。院内に入ると、静まり返った異様な空気が漂っていた。すぐに目に付く受付カウンターに人の姿も、1階フロアに人の気配を感じなかった。
「きゃあああっ!!」
上の階から響いて来た女性の叫び声。瞬時にジュウトは院内をサーチする。
「2階の北側奥の部屋に、魔物と魔人の魔力を感じる!」
モモ達は上に昇る階段を見つけると駆け上がった。そこで目にしたものは。
医師、看護婦人、患者達が廊下に倒れていた。それは北側奥に続き、奥は青黒い瘴気で澱んでいた。
「この瘴気…サッコンの時のじゃない?」
モモがペルに確認する。
「そうだね…あの時のとそっくりだ。」
「アラネア討伐のやつか…って事は魔物を第三の目が操っているわけだな?」
ロイドの言葉にペルが答えた。
「多分ね…」
「この人達、気を失っているだけならいいんだけど…」
モモが手前に倒れている白衣を着た男性医師の脈を確認しようと首に手を伸ばした瞬間、男性医師がモモの腕を掴み、もう片方の手で、モモの首を鷲掴みにした。
「ひっ!!」
「モモ様!!」
「モモ!!」
ロイドが医師を蹴り飛ばし、モモから引き離し、ペルがよろけるモモを支える。
「…っゴホゴホっ…」
ロイドの蹴りをまともに喰らったはずの医師だったが、何事も無かったかの様に立ち上がり、ゆっくりとよろけながらモモに近づいてくる。その姿は上から見えない糸で操られている人形の様であった。
「…セイ…ジョ…ミツケタ…」
医師がそう口にすると、フロアに倒れていた全ての人達が次々に医師同様に起き上がり、モモを捕えようとペル達に襲いかかって来た。
「何これ!?こわっ!!」
ジュウトが身構え、ロイドとペルがモモとジュウトを庇う様に立ち、襲ってくる医師、看護婦人、患者達を体術で振り払っていく。
「……っ?第三の目がコイツらには見当たらない、何かに操られているのか?」
ペルが観察しながら振り払うも、次々に立ち上がりキリがない。そこへモモが浄化魔法を襲いかかる医師達に向けて放った。
〝ピュリフィーン!!”
「ギャャャャャー!!」
すると、医師達の体から青黒い影が抜け出し、浄化され消えた。
「ダイモニゾメノス!本体が奥に潜んで、誰かに憑依しているはずだ!」
ロイドがクトネシリカを構え、ペルとジュウトも臨戦体制に入った。再び、青黒い瘴気が渦巻く廊下奥に向かって、モモが浄化魔法を放つと、奥の部屋から魔物の叫び声が響いた。
「ギュギャギャギャギャギャ!!」
開いていた部屋のドアの縁に人間の手がかかり、ズズッと体を引き摺りながら青年がぐったりした状態で頭を垂れ、モモ達の前に現れた。その胸には紫色の呪印が。そこから青年の影の姿をした魔物が出ていた。
「呪印から魔物が!?どうして…」
青年の状態に驚くモモ。今まで対処した、カロル、アザレアの呪印は、その構築壁の解除に成功し、初めて封印された魔物が姿を現し討伐出来ていた。解除に失敗すれば、施術された者は魔物に殺されてしまう、はずだった。
「施術者が強制解除して、魔物を解放したのよ、あの青年はまだ生きているわ。上手く魔物だけ倒さないと…」
ルキスの答えにペル達が青年への攻撃を躊躇してしまったその時、影の魔物ダイモニゾメノスがロイド達の動きをロイド達の影に潜み封じてしまった。
ビシッとロイド達は金縛りに合ったかの様に動けなくなった。
「しまっ…!!」
「みんな!!」
じわじわとダイモニゾメノスがモモに近づいてくる。
「逃げてモモ!!」
「…っでも青年を助けないとっ!!」
「くそ、解けないっ!!」
縛りを解こうとすると、強烈な痛みがペル達を襲う。
「ぐあっ!!」
(…私がなんとかしないとっ…どうやったらあの呪印を、魔物だけを青年から離せるの?)
モモが考えを巡らせる。
「セイジョ…コロス…」
ダイモニゾメノスがモモを捕らえようと、影の手を伸ばして来た。咄嗟に避けるモモ。
「……っ!!」
「モモ!!逃げるんだ!!」
そうモモに叫ぶペルにダイモニゾメノスは風魔法を放ち、ペルの体を切り裂いた。
「ーーーづっ!!」
「ペル!!」
モモはペルに〝ヒール”をかけながら、ある物を目にした。
「ペル、これ借りるわ!」
モモが手にしたのは、携帯用のタクティカルナイフだった。
「モモっ!?」
「モモ様!!危ない!!」
モモはペル達の前に立ち、魔力をタクティカルナイフに集中させた。ナイフが聖属性魔法で白く輝き、そこへルキスが光の魔力を注ぐ。
『ありがとう、ルキス!』
『チャンスは一回よ、モモ、狙って!!』
集中するモモに、ダイモニゾメノスが鎌鼬の攻撃を放った瞬間、モモは一気に青年の胸の呪印を狙って、タクティカルナイフを刺しこんだ。
モモの体は鎌鼬の攻撃により各所切られたが、呪印に刺しこんだ光のナイフはダイモニゾメノスのみを捉え、見事消し去った。と、同時にペル達の動きを封じていた影も消えた。
その場に倒れ込む青年と、モモにペル達が駆け寄る。
「大丈夫、モモ!?」
「モモ様、無茶しすぎだよ、どうなるかと…あ。」
ジュウトがナイフを握ったままのモモの手に触れた。
「モモ様、もう魔物はいないから、ナイフ離して大丈夫だよ…って、ガード付いてないじゃんコレ!ペル!?」
「いやいや、だってまさかモモが使うなんて、こっちがびっくりしてるんだけど!?」
「あー…両刃、握っちゃったか、モモ様、手開ける?」
ロイドがモモの指をゆっくり開く。
「……っいたっ」
モモの半泣き状態に、ルキスがやれやれと言わんばかりに息を吐いた。
「モモったら、我関せず突っ込むんだもの、肝が冷えたわ。」
ジュウトがモモに〝ヒール”をかけ、手や鎌鼬で受けた傷を癒した。呪印と魔物の憑依から解放された青年は、モモに治癒回復魔法を施され、一命を取り留めた。
院内に立ち込めた青黒い瘴気も一掃され、倒れていた医師達が目を覚ます。
「…?私達は一体…?」
「あ!カピルス村の青年は!?」
その言葉に、モモが医師達に起きていた事を説明した。
「そう、だったんですね。魔物に私達は…ありがとうございます、聖女様。」
フォンテーヌ病院院長がモモ達に頭を下げ礼を述べる。
「そういえば、確かブレナム病院にも、カピルス村から搬送された患者が居ましたが…」
「え!?じゃあ…」
「ええ、原因不明で魘されていると聞いています。もしかしたら…」
「ブレナム病院、行ってみましょう!」
モモの言葉にペル達が頷いた。




