黒魔法〝絶対零度”
双子の兄スィフルを亡くした弟ジュウトは悲しみを堪え、自分の適性を見極め、魔法について学ぶ事に時間を費やした。
黒魔法、白魔法関係なく、全ての魔法の知識を頭に叩き込み自分に適性があるものが白魔法だとわかると、そのスキルを極限まで高める事に集中した。攻撃時支援魔法が売りなのはこの時の努力の賜物だった。
6歳になったある日の事、いつも様に王立図書館に通い、書物を選んでいた時、通路反対側で管理員が本棚を整理し、上に乱雑に積んでいた本が崩れた。
「あっ…」
管理員の声にジュウトが上を見上げると、大量の本がジュウトに向かって落ちてきた。
「ーーーっ!」
反対側にいたジュウトはその下敷きになり意識不明に。
「大変だ!子供が本の下敷きに!!」
「誰が!!救急隊に連絡を!!」
駆けつけた救急隊に運ばれたのは、エディン病院だった。
〝ーーート………て”
(遠くから頭の中に聞き覚えのある声?)
〝ジュウト……起きてっ”
(…スィフル…スィフル?どこ⁇)
ジュウトが立っていたのは、真っ暗な空間。そこにスィフルの声だけが響く。
〝言っただろ、ずーっと一緒だって。僕はずっとジュウトの心の中にいたんだよ。”
(ほ、本当?でも、今まで何回呼んでも……)
〝ごめん、ずっと心の中にいてジュウトの成長を見てた。けど、こうやって話せる様になったのは今なんだ。図書館で本の下敷きになったジュウトが脳震盪で済んだのは、彼のおかげなんだ。覚えてる?妖精テネだよ。”
真っ暗な空間にポゥッと妖精テネが現れた。
(……テネ!!いつの間にか見えなくなっていて、もう会えないんじゃないかと思ってた…)
ジュウトは両掌にテネを乗せた。
〝見えなくなってたんじゃないよ、ジュウトが僕を失ったショックのあまり、意識的に見なくしていたんだよ。テネもずっとジュウトの隣にいたんだよ。”
テネは腕を組んでドヤ顔をして見せた。
(そう…だったんだ…そばにいてくれたのに、気付かなくてごめんね、テネ)
ジュウトはテネを抱きしめた。
〝目を開けて、ジュウト”
スィフルの声と共に目を開いたジュウト。そこはベッドの上ではなく青い魔法陣の前だった。
「この魔法陣は?」
〝ここはエディン病院、院長室の隠し扉の奥。地下3階にある何もない壁。この魔法陣はその奥のエリアに行く鍵なんだ。”
「どうやって開けるの?」
〝その前に、ジュウトには今隠密魔法がかかってる。つまり透明人間だ。これから見せる光景全てジュウトには、辛いかもしれない。けど、知ってほしいんだ、父が何をしているのか、助けて欲しいんだ、僕を…”
「え…?」
すると目の前に異空間が現れ、吸い込まれ様に足を運ぶジュウト。暗闇から一気に開けた真っ白い空間に。目に入ってきたのは、目に映ったものは。見た事もない高性能な機器と、並ぶ楕円形の保存容器。そこには、臍の緒の付いた胎児達が培養液の中で眠っていた。
思わず口に手を当て、足を止めるジュウト。
(な…に、ここ…)
〝ジュウト、ここを通り過ぎた奥に僕がいる。”
(スィフルが…?)
震えながら前に進むジュウト。研究員と思われる白衣を着た者達が胎児のデータを記録している。
そして、スィフルの言った奥にもまた扉の前に青い魔法陣が。
〝ここは鍵が厳重でね、中からじゃないと開かない。誰かが明けるのを…”
そうスィフルが言うのと同時に、鍵が開き中から女性が出てきた。
〝今だ、入って!!”
スィフルに言われるまま、魔法陣の先に進んだジュウト。そこで目にしたのは…
大きな保存機器。沢山の管。そして、下肢のない自分そっくりな顔を持つ
「スィ…フル…」
一方、魔法陣の外では。
「ねえ、今入り口の陣に警戒アラームを感知したんだけど、何もなかった?」
女性が研究員に問う。
「いえ、何も…」
「そう…アラームが故障するわけないから、一応クローブナー侯爵と、院長に連絡入れようかしら。」
「確か、二人で今日は会食でしたね。」
「ええ。」
女性は培養液内の胎児達に目をやる。
「それにしても、この子達の内、何人が今回の研究で生き残れるのかしらね…」
研究員はデータに目を通す。
「そうですね、今回はパラディンです。肉体の強いのが残れるはずですが…」
「魔術団はいつ来るの?」
「はい、明後日に…」
その時だった。バリィンッと魔法陣の奥でガラスの割れる音が響いた。
「な…何!?」
カツカツとヒール音を立て魔法陣に戻る女性。しかし。
「あ…開かない!?どうして!?」
集まってくる研究員達。
「本当に何もなかったの!?侵入者がいたはずよ!?」
「いえ、侵入者がいれば室内にアラームが。」
女性は魔法陣に何度も手を翳す。
「開かない!!魔法陣を書き換えたんだわ!!すぐにクローブナー侯爵と院長に連絡を!!」
「はいっ!!」
「こんな事態、表沙汰になったら大変な事になる…一体誰が。」
しかし、この事態は二人に連絡が届く前に終焉する。
魔法陣が一気に消滅した瞬間、隠された部屋が露わになった。割られた培養ケース、培養液で水浸しの室内。そこに立っていたのは。
「こ…子供…?」
「い…いいえ…この顔、スィフルの弟…ジュウト…どうやって…」
ジュウトは肉眼でも見える黒い魔力を纏っていた。左手は培養ケースを割った時に負った傷で血まみれに。右手には黒い魔力の集光体。ジュウトの魔力で満たされた研究室。次々に割られていく培養ポット。どこからともなく出現する黒い炎に研究員達は悲鳴を上げ外へ出ようと、入り口の魔法陣に殺到する。
「開かない!!」
「何やってる!?どけっ!!」
ジュウトが放つ威圧に立っていられない女性と研究員達。
「あ、あなた、自分が何をしているか解っているの!?この研究はあなたのお父様が長年費やして…」
ヒタヒタと裸足のジュウトが女性に近づく。培養液を被ったのか、泣いているのか判らない彼の表情は絶望に満ちていた。
「なにも聞きたくない。」
いつの間にか、培養ポットで保存されていた胎児達が姿をけしていた。
「聞きなさいジュウトくん!!あなたのお父様は、あなた達と、この国のっ」
〝絶対零度”
ピシィっと音を立てて、部屋中が一瞬で氷漬けになった。そこに存在した全ての者、物、空気までが、刻が止まった空間に変わった。
魔力を消耗したジュウトが白い息を吐きながら倒れそうになるのを抱き止めたのは人化したテネだった。テネはそのままジュウトを抱き抱え、異空間に姿を消した。
同じ頃、会食を終えた院長とクローブナー侯爵を乗せた馬車がエディン病院の前に停まった。二人が目にしたのは騒がしい院内。
「何かあったのかね?」
院長が受付に尋ねた。
「あ、院長お帰りなさいませ。実は入院していたはずの男の子が姿を消してしまって、只今捜索しているところなのです。」
「男の子…?」
「はい、ジュウト=セクターという6歳の子で…」
院長とクローブナー侯爵は目を見合わせた。
「私は病室に!キミ、何号室だね!?」
院長はそう言うと急ぎ捜索に加わった。クローブナー侯爵は伝波鳥を使用人セクターに向けて飛ばした。
(ジュウトの事はトーマスから成長過程の報告を受けるばかりだったが…まさかな。)
すると、院長が大慌てでクローブナー侯爵に駆け寄って来た。
「侯爵っ、クローブナー侯爵!!大変だ、すぐに院長室へ!!」
「ーーーえ?」
エディン病院、院長室。
そこの本棚に隠された地下へと続く通路から上がってくる凍てつく空気。院長とクローブナー侯爵が地下へ降りていくと、地下1階からすでに氷漬けになっていた。
「こ、これは一体…?」
地下はすでに氷点下だった。吐き出す空気もダイアモンドダストの様にすぐ様凍りつきパラパラと舞った。
「氷の壁?熱で溶かすしか…」
「いえ、院長、これは氷魔法でも難易度が高い絶対零度です。」
「ぜ、絶対零度?それでは永久に…」
パリパリと静かに忍び寄る氷が二人の足を氷つかせようとしていた。
「院長!足元!!一旦引きましょう!!」
クローブナー侯爵は院長の手を引っ張り、力づくで氷を蹴落とし、なんとか院長室へ戻ってきた。
「あれは…あの氷は意志を持ってる…研究所はどうなっているんだ、あそこにはシュナ医師がいたはず。」
クローブナー侯爵はダンっと机を叩いた。
「…ポルデノック医師と魔術団に連絡を…」
侯爵は前髪をクシャっとかき上げた。
「承知しました、すぐに。」
院長は急ぎ筆を取った。そしてクローブナー侯爵の元にトーマスから伝波鳥が戻ってきた。
「…帰っていない…。一体何処に消えたんだ、ジュウト!」
クローブナー侯爵は両指を組みそこに額をつけた。
(ここまで来たんだ、我が子を犠牲にしてここまで…私の血の滲む努力、心引き裂かれんばかりの研究、注ぎ込んできた資金、そしてこの国の未来…ここで潰される訳には行かない!!)
クローブナー侯爵はジュウトのいた病室に向かった。すると病室の前に人だかりが。
「っと、失礼、通して。」
人を掻き分けて入室したクローブナー侯爵。そこで目にしたのは、姿を消したと騒がれていたジュウトがベッドに横たわっていた。
「ジ…彼はいつここに戻った?」
ジュウトの奥でへたり込む看護婦人がその問いに声を震わせながら答えた。
「き、気づいたら…眠っていたのです。私が陽が暮れるのでカーテンを閉めて振り向いたら…そこに…本当です!本当に突然現れたのです!!」
「呼び掛けても目覚めないのですが、脈には異常なくて…」
看護婦人達が口々に起きた事を報告する。一体ジュウトに何が起きたのか謎のまま、翌日。
前日、病院で一夜を明かしたクローブナー侯爵。あれから観察していたがジュウトに不可解な事は起きなかった。まるで息をしていないのではと驚くくらい静かに呼吸し眠るジュウトに目をやり、椅子の上に掛けていた上着を取った、たった一瞬目を離し振り返ると、ビクッとクローブナー侯爵は身体を強ばらせた。
ジュウトが身体を起こし、自分を見ていたのだ。その目つきは今まで見てきたジュウトのそれではなかった。
「ジ…ジュウト…?」
ジュウトは自分を見る時、どこか怯えていた。機嫌を窺う様だった。しかし今の彼はどうだ。
「どうしたんですか、クローブナー侯爵。まるでゴーストでも見ているかの様ですね、ご自分の息子の顔、忘れましたか?」
話し方、自信に満ちた瞳、所作、どれを取っても重なるのはスィフルだ。スィフルの姿がイヤでもジュウトに重なる。
「い、いや、心配したんだ、図書館で倒れたと聞いて…」
「ご心配ありがとうございます、でも、もう大丈夫。ぼくはセクター家に帰りますね。」
ジュウトが緊急搬送された時に着ていた上着を手に取り着替えようとし、又看護婦詰所にコールを掛けた。
すぐにバタバタと看護婦人達が駆けつけた。
「ジュウトくん、目が覚めた…の…?」
看護婦人達が目にした病室内の空気は異様だった。
朝の澄んだ空気が室内に吹き込み、カーテンを大きく揺らす。二人の姿を隠していたカーテンが元に戻った時、何かに驚くクローブナー侯爵に、淡々と着替えを進めるジュウト。
「あ、看護婦人方。この度はご迷惑をお掛け致しました。申し訳ないのですが、父に連絡をしたいのでアイテムお借りしても?」
この大人びた口調、本当に6歳の男の子なのだろうか。一瞬呆気に取られた看護婦人だが、直ぐに伝波アイテムを取りに看護婦人詰所に一人が戻った。
「大丈夫ですか、クローブナー侯爵?額に汗が…」
もう一人残った看護婦人が愕然と立ちすくむクローブナー侯爵に声を掛けた。しかし、依然何かに驚いた表情のまま、そして部屋を立ち去るジュウト。窓から差し込む朝陽が彼の横顔を照らす。まるでクローブナー侯爵をゴミでも見るような眼に、看護婦人は背筋を凍らせたという。
「ぼく達双子は、あんたを絶対に許さない……。」
エディン病院、院長室に隠された地下階段が氷漬けにされてから2日後。ピーニャコルダ王国から医療魔術団と、院長の知らせにより急遽ポルデノック医師もモルネード王国の地に同行した。その時すでに院長室内の隠し扉まで氷が迫り、院長室は氷点下。室内から漏れ出す冷気を不振がる職員も出始めていた。
この日は休診日。院内には数名の医師と、看護婦人がいた。
「さむっ…」
「この刺さる様な寒さが例の?」
まだ院長室に到着しない間に、その冷気を体感した医療魔術団。院長が部屋のドアに手を掛けた時、ドアのぶがピキピキと氷始めた。慌てて手を離す院長。
「ま、まさか…ここまで…っ」
院長は成す術のない、この意志を持つ氷に頭を抱え座り込んだ。
「なるほど、厄介な氷の様だ。」
ポルデノック医師はそう言うと、手を挙げた。
「例の作戦を決行する時が来た。」
「はっ!」
ポルデノック医師に同行した秘書がその場からフッと姿を消した。
「い、一体、何を…?」
院長が恐る恐るポルデノック医師に尋ねる。
しかし、その問いは鼻であしらわれた。
「それより、クローブナー侯爵の姿が見えないが、どうかしたのかね?」
「…彼は心を病んでしまいました。まるで廃人の様な姿で入院しています。理由も話す事なく、私を殺して欲しいとそれだけを口にして…」
そう院長が答えている間に、医療魔術団は手分けして全ての階に〝ヒプノシス”を詠唱。催眠魔法を展開し、それは院長にもかけられた。
「な、何を…待て、わた…し…は…」
院長の目に映るポルデノック医師は不適な笑みを浮かべていた。視界がぐにゃりと歪み、強い睡魔が院長を襲う。
「ふっ、もっと時間がかかるかと思ったが、チャンス到来だ。これでモルネード王国の三大病院の一つを我が手中に下るのも時間の問題。」
ポルデノック医師は院長を足蹴にした。
「こいつは始末しろ。保身ばかり図る奴はもう必要ない。全てをコピーコーディネートした者を置け。不備は出すな、わかったな。」
「はっ!」
医療魔術団の2人が院長の脇を抱えズルズルと運び出した。
「他の者は、このエディン病院に結界を張れ。私は地下施設入室を試みる。
ああ、後、壊れた侯爵様の記憶も…どうするかわかっているな?」
「承知しております、お任せを。ポルデノック様もお気をつけて。」
ポルデノックは白衣を纏い、さもエディン病院の医師であるかの様に振る舞いながら病院の外に出た。建物影には先程姿を消した秘書と合流した。秘書の隣にはピーニャコルダで雇ったパラディンと黒魔法使いが立っていた。
「もと、王国暗殺部隊の二人です。契約金は…」
秘書は宙に500,000と数字を描いた。
「まぁ、私の今後を考えたら安いものだ。よろしく頼む。」
屈強な体格のパラディンは腕を組み、黒魔法使いは会釈した。
秘書がエディン病院の図面を広げた。
「我々の魔法陣は、この病院の地下3階。ちょうどこの真下約10mのところです。」
「結界に不足はないか?」
「はい。」
エディン病院の四方に赤い結界が現れた。
「さぁ、始めようか。」
ポルデノック医師の号令により、パラディンが地面を破壊し始めた。
同時刻、催眠魔法で眠りにつくクローブナー侯爵に忍び寄る影。医療魔術団の一人がクローブナー侯爵の催眠状態を確認すると、鋭いナイフを心臓目掛けて振り下ろそうとした、その時、クローブナー侯爵がその腕を掴み捕らえた。
「なっ…馬鹿な!貴様、催眠魔法がっ?」
魔術団員の手足が意思とは違う方向に引っ張られた。
(なんだ!?身体が勝手に…っ)
クローブナー侯爵に向けていたナイフの刃先が自身の心臓を捉えている。
「やっ、やめろぉ!!!!」
ドスッと鈍い音が病室内に響き、血飛沫がクローブナー侯爵の入院着を染めた。
病室の外を警戒していたもう一人の魔術団員が悲鳴を聞き入室してきた。
「どうした……っがっ…」
入室してきた魔術団員を躊躇いなくナイフで一突き。魔術団員は、その場で絶命した。
「顔色一つ変えないんだね、驚いたよ。助かった、ありがとうスィフル、ジュウト。」
入院着を脱いで、自身のシャツに袖を通すクローブナー侯爵。左手を血塗れにしながら、ナイフを魔術団員の上にポンと落としたのは、スィフルだった。
「僕が殺したいのはあんただからね。」
「……そうだったね、さっきの魔法も黒魔法なのかい?身体の自由を奪ったものだったね。」
「…あれは、僕の持つ属性だけれど使ったのはジュウトだ。植物の蔓を利用した〝マリオネット”。ジュウトは勤勉なんだ。僕の知らない魔法の知識を幾つも持ってる。」
ジュウトの身体でスィフルが話す。
「そうか…」
ネクタイを締めながら、淋しそうな表情をするクローブナー侯爵。
「スィフル、ジュウト!私のした事は決して許される事ではないと、殺したい程憎まれるのも最初から覚悟していた!けれど、会う手段だけは断たないで欲しい…母さんの為にも…頼む…」
クローブナー侯爵は、二人に深く頭を下げた。
「クローブナー家の財産は好きに使って構わない、二人が良ければ別邸も用意する!だから…」
「その言葉、忘れないでね。会う手段はジュウトが決める。
ほら、片付けに行くよ。ピーニャコルダの悪魔を。」
スィフルは父親に片手を差し出す。クローブナー侯爵は、その手をしっかりと握った。
「力、入れすぎ…」
クローブナー侯爵は泣きそうになりながら、スィフル、ジュウトと共に異空間に入っていった。
院外にいたポルデノック医師達はパラディンの力で地下3階の魔法陣に到達していた。
「こんな書き換え、造作もない。」
ポルデノック医師は、青い魔法陣に手を翳すとパァンと音を立てて魔法陣を解除した。そこから溢れ出る冷気。研究施設の現状を目の当たりにしたポルデノック医師達は絶句した。
まるで地獄絵図の様な。逃げ惑う研究員、助けを乞う姿のまま氷漬けされたシュナ医師の姿。破壊された機器、散乱する書類。
「これが…絶対零度にして意志を持つ氷…」
黒魔法使いも、その範囲と威力に身体を強ばらせた。すると意志を持つ氷がポルデノック医師達の足元に忍び寄る。
「わ、私達を敵と認識したんだ!!早く攻撃を!!」
ポルデノック医師の秘書が黒魔法使いに命じる。
黒魔法使いは炎魔法を氷に向け連発するも、一向に溶ける様子が無い氷。逆に絶対零度範囲が広がる一方だった。
「な、なんだ、何にも効いていないぞ!?王国暗殺部隊の手練れではなかったのか!?」
息が上がる黒魔法使い、パラディンも攻撃するが、威力を吸収されるばかり。
「僕の魔法は、そんなレベルの魔力じゃ傷すら付けられないよ。全員氷漬けにしてやろうか。」
空間に響く子供の声。
「誰だ!?どこからっ!?」
ポルデノック医師達が周囲を警戒すると、背後の壁に異空間が発生。そこから。
「ク、クローブナー…?子供?……その顔…!!」
ポルデノック医師は研究個体だった彼の顔を思い出した。
「クローブナー、貴様謀ったな!?」
「何を。元よりこの病院とモルネード王国を狙っていたのは貴方の方じゃないですか。」
「バカな、何を証拠にも無いことを……」
すると、ジュウトがスィフルが収納魔法から一冊の本を取り出した。金縁に焦茶色、タイトルには閲覧禁止の文字が。
「その、本は…」
ポルデノック医師が後退りした。
「おや、見覚えが?大変便利なアイテムがピーニャコルダにはあるんですね、まさか記録が書記ではなく発言した声だなんて。シュナ医師と貴方のやり取りがしっかり録音記録されていましたよ。」
クローブナー侯爵はスィフルから閲覧禁止の本を受け取ると、付箋のついたあるページを開いた。
『某日、モルネード王国での研究成果は十分、クローブナーの言う障害のない胎児は確実に誕生させる事が出来ます。今後は我が国の研究に力を注いでも⁇』
シュナ医師の声が響く。
『ああ、申し分ない研究成果だ。あとは好きにしていい、ピーニャコルダからサンプルデータも送ろう。我が国ピーニャコルダの軍事力、私の軍隊を作り上げ、手始めにエディン病院から乗っ取ってしまおう。』
ポルデノック医師の違わぬ証拠言質がそこにはあった。
『クローブナーは?』
『どうにでも始末出来るさ。我が子を犠牲にした研究が自国を更に追い詰める結果になろうとはな、残念すぎる男だ。はっはっはっ』
『承知しました。では聖属性を持つ個体の研究を進めます。全てはピーニャコルダの為に。』
『そう、全ては我がピーニャコルダの為に。』
バタンっと大きな音を立ててクローブナー侯爵は本を閉じた。
「これが動かぬ証拠だが、何か?」
クローブナー侯爵は怒りを抑えながらも紳士的に振る舞う。
「そ…その本を、どうやって手に入れた…?あの部屋には貴様は入れなかったはず……」
ポルデノック医師の言うあの部屋とは、スィフルが研体として培養されていた部屋である。そこはピーニャコルダの研究員の為の部屋だとクローブナー侯爵の出入りは禁止されていた。
「私には優秀な子供がいてね。
これ以上は貴方とは話す価値がない、消えていただく。」
「何を…私が姿を消した事がピーニャコルダにバレたら戦争になるぞ!?」
必死になってその場を切り抜けようとするポルデノック医師。
「なに、コピーコーディネートした個体を作ればいいんでしょう⁇簡単ですよ、最早その技術を私は手に入れた。」
「なっ……お、お前達、早くこいつらを始末……⁇」
ポルデノック医師が周りに目をやると、そこには黒魔法〝絶対零度”で凍らされたパラディン、黒魔法使い、秘書の姿が。
「ひぃ!!」
恐怖で思わず腰を抜かしたポルデノック医師。
〝サイレント”
〝ヒプノシス”
スィフルはポルデノック医師の声を消し眠らせた。
「耳障りだからね。」
スィフルの辛辣さに、フッと笑みをこぼすクローブナー侯爵。
「あとは、私が引き受けよう。ありがとう、スィフル、ジュウト。…もし可能ならジュウトの戸籍を戻すが…」
「……いや、ジュウトはこのままの方が都合がいいと言ってるよ。貴方にも、自分にも…」
まさかこんな酷いことをした自分の都合まで考えてくれる、まだだった6年しか生を受けていない子供にクローブナー侯爵は感服した。
「ありがとう、ジュウト。
私はこれからも研究は続ける…形は変えるが。スィフル、ジュウトが私に与えてくれた時間を無駄にはしない。」
その言葉を耳にしたスィフルが研究所を指差した。
「じゃあ、魔法解かないとね。」
スィフルが研究所に一歩足を踏み出すと、それをクローブナー侯爵は止めた。
「大丈夫、この研究設備は我が家の地下にもあるんだ。
まぁ、これは掛かったけどね。」
クローブナー侯爵はお金のマークを手で示した。
「あー…そう…。
じゃあ、僕達は帰るよ。医療魔術団は院長室に突っ込んであるから氷漬けになってる。外の結界もジュウトが張り替えた。〝絶対零度”は僕達にしか解けない。必要ならセクターに連絡して。あの人も一口噛んでるんでしょ?」
スィフルはそう言うと異空間に足を踏み入れた。
「ああ。わかった。」
「…と、ジュウトが……」
展開した異空間が消え、クローブナー侯爵の懐にスィフルが突っ込んだ。驚いたクローブナー侯爵は両手を上に上げたまま動けない。
「ス、スィフル…?」
「………お父様…ぼくのこと嫌いだったから、セクターに養子に出したの……?」
鼻水を啜りながら、その飛び込んできた小さな子供は声を絞り出して聞いた。
「……ジュウト……
違うよ、私も苦渋の決断だった…決してジュウトを嫌いになったわけではないんだ、研究を進める為に、この国の生殖医療発展の為に必要だった…。」
クローブナー侯爵の頬も涙が伝う。
「愛しているよ、ジュウト、スィフル。君達が私の誇りだ。」
クローブナー侯爵は柔らかい父親の顔で、胸に飛び込んできた小さな身体を力いっぱい抱きしめた。
そこには、実体の無いスィフルとジュウトの姿があった。




