クローブナー侯爵家
それは、モルネード王国3大病院の1つ、エディン病院に隠された診療室での出来事。
外は雷雨、雷が病院のが掲げる旗を引き裂いた。
元気な産声を上げて、この世界の空気に触れた双子。取り上げた産婆が表情を曇らせ、絶句した。
「どうした?」
医師が声を掛ける。
「…赤子が……」
医師も取り上げられた赤子を目にすると、思わず口を手で押さえた。
その様子を、息み終えたクローブナー夫人が目にした。
「…どうか…しましたか…?」
産婆と医師が目を合わせ、元気に泣きじゃくる赤子を夫人のそばへ寄せた。赤子は双子だったが、腹部から下肢が一つになっていた。
「ーーーっ!」
対面した際の夫人の表情は驚きでいっぱいだったが、次第に柔らかく変わる。
「私の…双子ちゃん…産まれて来てくれて…ありがとう…」
この現実を受け止めた侯爵夫妻は、当時敵対していたピーニャコルダ王国において進化し続ける先進医療魔術を秘密裏に受けにモルネード王国を離れ双子に施した。
双子の兄にスィフル、弟にジュウトと名前を付けた。
そして、兄スィフルは体の下肢欠損があるものの、潜在魔力値は高く、適応属性は黒魔法、火、氷、風、植物がある事が判明。対して弟ジュウトは魔力値は兄ほどではないが、父クローブナーから受け継いだか、白魔法の防御、支援に関する属性が高かった。
子供の魔力値の高さは親のそれに比例し成長していく。この時、妖精が見えないクローブナー夫妻はスィフルが闇の妖精に愛されていた事で、魔力値が異常に高く、属性に異空間がある事を知る由もなかった。
「双子なのに、こんなにも魔力値に差があるとは…」
スィフル達のデータを前に肩を落とす侯爵。
「スィフルが健常であったなら……加えて余命3年…」
「ごめんなさい、あなた…私にきっと原因が……っ」
部屋のドアに侯爵の言葉を耳にした夫人の姿が。侯爵は慌てて駆け寄り夫人を抱きしめた。
「違う、君のせいじゃないんだ。全ては聖属性魔法使い、白魔法使いの育成ばかりに力を入れ、この国の未来を担う産まれてくる子供達に関心のない国がいけないんだ。私達の悲しみを増やしてはいけない。何か手を打たなければ、モルネード王国は発展などしないんだ。」
クローブナー侯爵は少しでも、スィフルが長く生を受けれる様、双子をピーニャコルダ王国、モルネード王国の医療魔術発展の為、ピーニャコルダ先進医療魔術研究責任者、ポルデノック医師に研究個体として預けることにした。
「いいんだな、クローブナー侯爵。魔術にもリスクがある。」
「ああ、わかっている…私が全ての罰を受けても今モルネード王国には必要な事なんだ、誰かが犠牲ならなくては…私は地獄に行く覚悟は出来ている。」
このピーニャコルダ王国で研究が、進められる医療魔術とは、いわゆる胎児のあらゆる面をコーディネートする技術だった。身体の細部から魔力、適性機能まで…。
これは約30年前に妊婦を襲った、妊娠中の胎児が障害を持って産まれる病が流行した際、神の祝福により授かった生命に手を加える行為に反発もあったが、全ての誕生する生命に不自由のない体をという理念を掲げたピーニャコルダ王国、王室議会が承認した技術。
更に研究はエスカレートし、個体のあらゆる面のコーディネートまでに至る。
そして、敵対する国へ何度も足を運べないクローブナー侯爵は、その研究設備を秘密裏にオーナー権限を利用し、エディン病院に整えたのである。これを知る者は、エディン病院でも一部、クローブナー侯爵の考えに賛同する医師達のみだった。
「ご協力感謝致します、ポルデノック医師、医療魔術団の皆様。」
「いや、我々と共に研究を進めて頂ける事、こちらこそ感謝する。ここの責任者には私の部下、シュナを置く。彼女も優秀な医師の一人。」
「よろしくお願いします、シュナ医師。」
「こちらこそ、共に研究をし医療発展を目指しましょう。」
しかし、この発展した魔術を持ってしても、実体のない部位を再生する事は不可能だった。
何故この行為をクローブナー侯爵夫妻は選択したのか。
それは更に2年前に遡る。
一つに、夫人は病弱であり妊娠に耐え得る身体ではなかった上、魔力値も低かったこと。
二つに、モルネード王国では、子を宿す事は神より授けられた宝を産み出す事であり、何か不足げあったとしても産まれて来る生命を大切に愛でなければならないという教示が根強く、発展しない医療への不満。
三つに、敵国ピーニャコルダ王国に見放された者達、軍圧により力も金も無い貧困階層の者達によるブラックマーケット、いわゆる闇市。ここで高値で取引されるモルネード王国でのみ精製される〝聖水”。聖水は聖属性魔法使いしか精製出来ず、ピーニャコルダ王国では聖属性魔法使いが存在しない。それはモルネード王国が聖属性を持つ人物を王国で囲い、国外へ血統を流す事を禁じたからである。魔物討伐、瘴気の浄化に利用される聖水、王位簒奪を狙う貴族達と繋がりを持つポルデノック医師へ聖水を流す事によって、双子の研究にかかるコストカット。
この三項目に自身もハイリスクだがリターンの大きさもモルネード王国未来の発展に繋がると考え、最終的に合意したクローブナー侯爵はポルデノック医師と共謀したのである。
スィフル達が首の座る頃、誰が構う事もないのに、上機嫌に天井や寝返りをし遊ぶ姿が目立つ様になった。ジュウトが歩ける様になった頃には、何かを追いかけたり、探したりする姿が。それが何かわからない周囲の使用人達には気味悪がる者もいた。
「まただわ、ジュウト様…一体何をしているのかしら…」
「何かと話しているのを私も見たわ…ご主人様は幼児発達の上で起きるものとおっしゃっておられたけど…」
実はこの頃、二人の遊び相手は大人には見えない妖精テネだった。使役契約をしたわけではなかったが、妖精テネはスィフルを気に入り、弟のジュウトの成長も等しく見守っていた。
そして、スィフルがポルデノック医師の宣言を超えた4歳の誕生日。ジュウトだけが使用人トーマス=セクターと養子縁組を交わしたのである。
「ジュウト、これから公の場で父となるのは、トーマスだ。わかったね。」
父にそう告げられ、どうして?と聞きたい気持ちを抑え、ジュウトは笑顔で返事した。
「はい。」
その夜、双子が眠る寝室で枕を濡らすジュウト。
「スィフル、ぼくはお父さまにきらわれたから、トーマスがお父さんになるの?ぼく、なにかしてしまったの?」
そんなジュウトの頭を優しく撫でるスィフル。
「わからないけど、僕とジュウトはずーっといっしょだよ。
どこにいても。それから、テネのことはだれにもいっちゃダメだよ。」
コクコクとジュウトは頷く。ジュウトの頬を流れる涙をテネが両手で受け止めた。
「テネー……」
その夜がスィフル、ジュウト、テネで寝た最後の夜だった。
二人が5歳を迎える前、スィフルが静かに息を引き取った事をジュウトは知らされる。
「スィフルが…?」
「はい、大変残念ですが…」
トーマス=セクターがジュウトに伝えた。
「なんで?なんでしんじゃったの?」
「それは、わからないそうです。お知らせ出来るのはここまでです。」
(なんでー……)
ジュウトは座り込みただただ溢れる涙を、声を殺して流し続けた。声を上げて泣いたら使用人が来てしまうから。お父さまにめいわくをかけない様に、必死に小さいその心に悲しい気持ちを押し込めた。
別れを惜しむかの様に降り注ぐ雨。双子の兄スィフルの魂を神の住まう場所に送る祈りが聖女より捧げられる。ジュウトはその儀式を使用人セクター氏の隣に立ち、じっと見ていた。その大きな瞳に涙を浮かべながら、スィフルの言葉を思い出す。
〝ずーっといっしょだよ。どこにいても。”




