勇者パーティー
モルネード王国、南西に位置するシュピツ村。村人30人程の集落で、主に西の森や、近くの海に現れる魔物討伐、東に隣接する聖地サーリンセルガへ薬草採取する冒険者達で賑わう村である。
又、各所に点在する村で唯一、装備品の修理屋があり、先般のアラネアの巣討伐において、隠密効果が付与されたストールがボロボロになってしまったジュウトは、それを修理に出していた為、討伐後再びシュピツ村に戻っていたのだった。因みに王都ラダンディナヴィアにも修理屋はあるが、なんせ修理代が高い。高度な修理技術が必要な物なら利用するが、ストール程度ならこちらの方が格段に安く直して貰える。
ジュウトと一緒にいるロイドは、以前所属していたパーティーが前衛と白魔法使い、どちらもSランクを募集している事を耳にし、今回のアラネアの巣討伐後、Sランクに昇格したジュウトがこの情報についてどう思っているのか聞くべく、
ストール修理に付き合っていた。
込み入った話から子供達を遠ざける為、海辺で子供達と遊んでいたロイド。
「案外、子供好きだったんですねー、ロイドさん。」
「ん?まぁ嫌いじゃないが、あまりあの場には居させたくなかったしな。騎士団への報告は終わったのか?」
「はい、後は指示待ちです。」
「そうか。」
遠くから子供達を呼ぶ親の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん達、またね!」
子供達はロイドとジュウトに大きく手を振って、家に帰って行った。海辺には小波の音が静かに響き、水平線から半分顔を覗かせている夕陽がロイド達を照らす。
「ロイドさん、何かぼくに話があったんじゃないですか?ただ修理に付き合うとかないでしょ。」
「あ、ああ、まぁ、その…」
言葉を濁すロイド。
「言いにくい話なんですか?場所変えます?」
「いや、おまえにイヤな思いをさせたい訳じゃないんだが、ヴァンの話なんだ…」
「……何か、あったんですか?」
〝ヴァン”とは、この世界に存在する3人の勇者の一人で、ロイドとジュウトが以前所属していたパーティーだった。
ロイドは当時からすでにSランクで、雷剣ロイドの通り名で剣士、魔法剣士では知らない者はいない腕の持ち主だった。変わって、ジュウトはパーティー加入当時はBランクからAランクに昇格したばかりだったが、その類稀なる重複無詠唱魔法と、速度が高く評価されフリーになったところで勇者パーティーから声を掛けられた。
勇者パーティーの討伐難易度は高い。経験を積んでいく2人。
しかし、あるダンジョンを攻略した後から勇者ヴァンの様子が変わる。誰もが恐る、人々を恐怖に陥れる魔物、魔族に立ち向かい、世界の平和を守る勇敢で勇ましいとされる勇者が、事もあろうか突然全ての依頼は報酬次第と言い出した。
「報酬次第……?」
ヴァン以外の全員がその時は驚いた。
「ああそうだ。金にならない依頼をこなしたところで何かメリットがあるか?」
「それは、各国からの緊急要請もですか?」
聖女のアイラがヴァンに確認する。
「あーー……それは流石に受けざるを得ないが…」
緊急要請とは、国が危機に脅かされる事態に陥った際に各ギルドに通達される依頼とは他に、勇者の称号を持つパーティーに直接依頼される討伐案件の事。これを断る事は、他国の依頼遂行中以外は勇者の称号剥奪に関わる世界裁判に挙げられてしまう。この世界で、勇者の称号を与えられしパーティーは、全ての冒険者の模範であり、人々の平和を守るべく、各国は顔パスで出入り出来、各国に屋敷が与えられ、手厚い歓迎を受ける事が出来る。
「緊急要請以外については俺の考えは変わらない。異論のある者は?」
ヴァンの問いかけにジュウトが手を挙げた。
「…意外だな、ジュウト。キミが俺に意見するのか?」
「いつものヴァンらしくないよ、どうしたの?お金が必要なら…」
「俺らしくない?特に何も変わらないさ。常に命懸けの戦いに身を投じているんだ、何か楽しみくらいないとなぁ。わかるだろ?」
話し方、仲間に対する態度そして顔つき。それらがいつもと違うのは、パラディンのジェイド、黒魔法使いのピユフィーヌ、そして雷剣ロイドも感じ取ってはいた。しかしここでヴァンの反感を買っては、勇者パーティーでいられなくなる可能性が高くなる。〝勇者パーティー”という肩書きは、他の冒険者から一目置かれ、身につけるアイテムから利用する店まで全てに注目が集まり、人々から憧れの存在として扱われ、時には各国主催の晩餐会などにも招待される程だった。
「それは、命懸けの戦いについては対魔物のレベルも高いし仕方のない事だと思う。けど、ぼくに声を掛けてくれた時のヴァンは人々の平和を願って…っ」
「五月蝿い、ジュウト。」
ヴァンは部屋の空気を制し、ジュウトを威圧した。ピリッと針が刺さる様な空気。
「俺のやり方について来れないなら、キミはクビだ。Aランクのフリー白魔法使いとして頑張ってくれたまえ。キミに下した処分についてはこちらでギルドに報告を入れよう。ピユ頼んだよ。」
「は、はい。ヴァン…」
この時、誰もジュウトを引き止める事はなかった。ロイドもただ静観していた。
「シュピツ村に戻る前に王都の酒場で耳にしたんだが、ヴァンのパーティーで前衛と白魔法使いを募集しているらしいんだ。」
「へー。」
あまりに興味無さそうなジュウトの返事に、どこかホッとするロイドが続ける。
「ただ、面接を受けた者達の話だが、様子が明らかにおかしかったらしい。勇者ヴァンの目は虚で、パーティーに入るには上納金が必要、更に、ジェイドとピユフィーヌは酔い醒めぬ状態でアイラに至っては聖女らしからぬ露出の多い姿だったらしい。俺がパーティーを抜けた時はそこまで酷い状態ではなかったのに…」
あまり他人事に首を突っ込むタイプではないロイドが、珍しく口数多く語る姿を見て、ジュウトが静かに微笑んだ。
「まぁ、それは心配ですねー。」
「……棒読みじゃねーか。」
「ぼくも気にはなっていたんですよ。取り合ってはもらえなかったけど、最後にぼくが一緒に入ったダンジョン。確かピーニャコルダの一番南の州、グアヤキラルでしたよね。」
「ああ、そこでハリウデスキングを倒したんだったな。即死回避のリングを手に入れたんだったな。」
「その後なんですよ。あの大サソリを倒した後、異空間から戻る時、ヴァンだけ遅れて戻って来たんです!覚えてませんか?」
「え…そうだったか?」
辺りはすっかり暗くなり、雲間から僅かに顔を出す月明かりが2人を照らした。
「やっぱり、みんな気づいていなかったのかな。
ヴァンの魔力に違和感を覚えたんです。なんかこう、邪気の様な…」
ジュウトがそう説明すると、深く考え込むロイドの表情が更に険しくなった。
「何か他にも気づいた事が?昔のよしみですし、協力しますよ、ぼくで良かったら。」
ジュウトの言葉に、ロイドは眉間に寄せていた皺をといた。
「…悪い。俺はおまえに最後酷い態度だったのに…」
「あの時は、クビ宣言された時は悲しかったですけど、もう2年も前の話ですよ。ぼくには今ロイドさんも、使われ方は酷いですけど、ラウルさんやダンさん達、素敵な方々と出会えましたから。勇者パーティーには未練はないです。」
ジュウトの優しい笑顔に、ロイドもつられて微笑んだ。
「そっか。
そういえば、俺がパーティーを抜けた件は話していなかったな。」
「ええ、正直、気になってました。」
「実は、ヴァンが酒に手を出したんだ、俺も勧められたんだが、コレだ。」
ロイドは収納魔法から雫型の緑の小瓶を取り出した。
「え?ヴァンは下戸じゃなかったでしたっけ?」
「それもあったはずなんだが、この液体、明らかに酒とは違う何かが混入されてると思う。ヴァンに注がれて呑んでいたジェイド、アイラ、ピユフィーヌの依存性が尋常じゃなかった。ジュウトは何か感じるか?匂いとか…」
ロイドはジュウトに小瓶を手渡した。
ジュウトは香りを嗅ぎ、一滴掌に垂らすと、ペロっと口にした。
「あっ、おい…っ。」
ロイドが慌てて吐き出す様促すが、ジュウトは何事もなかったかの様に味を吟味する。
「甘いね。何の甘さだろう、ベリー系?の奥に深みとコク…」
そう言うと、ジュウトが胸を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
「だ、大丈夫か?何でもすぐ口に入れるなよっ…」
座り込むジュウトを介抱しようとロイドが手を伸ばすと、ジュウトがガシっと手首を掴んだ。何かを抑え込んで耐えている様に見える。呼吸が荒く、顔色が真っ青になっていた。
ロイドの腕を掴む力も、普段のジュウトからは考えられない強さに、思わずロイドも顔を歪める。
「……っ」
(ジュウトのやつ、こんなに力あったか?何が今起こっているんだ?)
それから数分後、ジュウトがロイドの腕を放し大きく深呼吸した。
「大丈夫か?」
「うん、ごめんロイドさん…。あの酒、危険だよ。飲んでいたらきっと今頃は中毒症状が出てるんじゃないかな。さっき少し口にしただけなのに、ぼくのステータスが全体的に上がったのを感じた。もちろん握力も…腕、痛かったよね…」
ロイドの腕に残った跡を目にしたジュウト。
「いや、気にしなくていい。何を抑えていたんだ?」
ロイドの問いに、ジュウトは俯いて答えた。
「ぼくがどう転んでも敵わないのはわかっているのに、ロイドさんを殺れると思った自分…」
「え?」
ジュウトの口にした〝殺れる”という言葉にロイドは表情をこわばらせた。
「や…本当どうした、ジュウト。おまえ、そんな言葉簡単に口にしないだろ?」
「うーん……アレを口にした途端、すごいテンション上がって、自分じゃないみたいに凶暴性が増した感覚におそわれて、今は落ち着いたけどーー…ねぇロイドさん、この件ぼく達だけでは荷が重いし、ムリっぽいからラウルさん達に相談してみましょう!」
「えっ、ラウル?何でそこでラウルなんだって…ちょっ」
ジュウトはロイドが止める間も無く、ラウルに伝波アイテムを繋いでいた。
「あ、ラウルさん、ジュウトですー。…………あ、はい、はーい、承知です!」
ジュウトの表情が百面相なのに気づいたロイド。
(あれ?あいつ相談してるんだよな…?気軽に相談出来る仲だったのかー……)
パタンとコンパクト型の伝波アイテムを閉じると、ジュウトは一息ついて、ロイドにヘラッと笑いかけた。
「明日、モモ様がさっきの妊婦さんの件でここに来るから、よろしくだそうです。」
「……まぁ、何一つこっちの相談事項発言してなかったしな、おまえ…」
「ラウルさん、基本ぼくの扱い雑なんですよ、あ、ダンさんもだった。まぁ、今日はもう休んで、また相談しましょう。」
ロイドはやれやれと言う素振りで立ち上がった。
「そうだな、相談する相手間違えたわ。時間もらって悪かったな。」
「えー、そんな冷たい事言わないで下さいよ、ロイドさん。悩み溜め込むの色々良くないですから、話聞きますからー。」
「うるさい。その話し方から本気かわかんねーよ、おまえ。」
そう言いながらも表情は柔らかいロイド。
足早に宿屋に向かうロイドを追いかけるジュウト。夜明けと共にロイドとジュウトが気にしていた件に知らずに足を踏み入れて行く事をまだ2人は知らない。
翌日、モルネード城北にあるナーガ神殿、転移クリスタル前では騎士団第二隊長アドルフが2部隊の最終体制を整えていた。
「アドルフ隊長、出発準備整いました。」
団員がアドルフに報告する。アドルフは頷くと、ちょうどナーガ神殿に到着した聖女モモを乗せた馬車に向かった。
馬車から先に降りてきたのはモモの隷属ペルだった。ペルがモモをエスコートする。
「モモ様、我々第二騎士団は出発準備整いました。モモ様達は大丈夫でしょうか?」
モモはペルの手を取り、馬車から降りながら
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」
「では、先に第一部隊がシュピツ村に転移し、宿屋へ向かいます。モモ様達は私と共に第二部隊と転移致します。」
「わかりました。ありがとう、ペル。急に呼び出してごめんね、ギルドのお仕事もあるのに。」
モモの気遣いにペルは微笑む。
「気にしないで、リンツもモモの事優先で大丈夫って言ってくれてるし、ボクはモモの為ならどこでも一緒に行くよ。」
モモ達はシュピツ村に転移した。
すでに到着していた部隊が宿屋の主人に挨拶し終え、宿屋の外で待機していた。アドルフの到着を待っていた団員が、モモの姿を見ると慌てて駆け寄ってきた。
「アドルフ隊長、モモ様、宿屋の主人には話は通してあります。遭難していた女性の容態が、うなされ方が酷い様で…」
「わかりました、すぐ伺います。ペルは私と一緒に、アドルフ第二隊長は、呪印の解放の準備をお願いします。」
「承知しました。」
ペルは頷き、モモと宿屋の中に入って行った。するとそこでロイドとジュウトも待機していた。
「ロイドさん、ジュウトさん!」
「おはようございます、モモ様。来て頂いてありがとうございます。事情は聞いているとは思いますが。」
ジュウトがモモとペルをアザレアの部屋へ案内する。すると、部屋の外までアザレアの魘される声が聞こえてきた。
それは魘されるというより、何かに怯え逃げているようだった。産婆達がアザレアの手足を抑えている。
アザレアが引っ掻いたのか、壁紙は剥がれ、血の跡も見られた。身体の自由を奪われたアザレアが、口を大きく開け下を出した瞬間を見逃さなかったペルは自分の腕をアザレアの口に当てた。
「……づっ」
「ペル!」
「大丈夫、アザレアさんこのままじゃ舌噛んじゃうよ、何か口に挟めて!」
ペルの指示に産婆達、女性陣がすぐに布を用意し、アザレアの口に挟めて固定した。指は壁や喉元を掻きむしってボロボロになっていた。
〝アネスシージャ”
モモは麻酔をアザレアにかけた。アザレアの体が淡い緑色に包まれ、アザレアはゆっくりと眠りについた。
手足を抑えていた漁師や産婆達が一息つく。
「アザレアって言うのかい、彼女は。貴女が聖女様かい?」
産婆が汗を拭きながら、ペルの手当てをするモモに問いかけた。
「あ、はい。申し遅れました、モモと申します。昨日アザレアさんの遭難から流産の事を受けて参りました。詳しくは後で説明します、これからアザレアさんに巣食う呪印の解除を行います。宿が被害に遭うといけないので、彼女を外に出す事ご協力いただけますか?今、モルネード第二騎士団方が外に処置する場を設けています。」
「わかりました!」
モモの指示にに漁師達がすぐに動いた。
「呪印って、彼女に?」
ロイドの問いかけにモモは頷いた。
「ロイドさん達も手伝って貰えますか?」
「あ、ああ。」
モモは外に出ながら呪印解除の段取りをロイドとジュウトに説明する。
「アザレアさんの胸元に呪印が施術されていて、アレが彼女を苦しめている原因です。まず、ペルが呪印の構築壁を解除して、そこから現れる魔物を退治するのがロイドさんとジュウトさんのお仕事です。」
「にしては、結構な団体で来たな。」
ロイドが外に待機している騎士団を見渡す。
「何が仕掛けてあるかわからないんです、呪印の魔物。アラネアの巣でルーク師団長を襲ったのはベヒモスの片腕だった。」
モモの言葉にペルが続ける。
「ベヒモス自体が出てきたら、ロイドでも危ないんじゃない?
今回は魘されているって言うから違うかもだけど、何にせよ準備は万全にしておかないとってね。」
「たしかにー。了解、とりあえず解除開始すぐに補助魔法かけるよ。任せて、モモ様。」
「ありがとう、ジュウトさん。」
そこへ産婆が現れ、モモの前で一礼した。
「アザレアという名なんですね、彼女。聖女様、どうぞ彼女をお救い下さい、あんなひどい仕打ちを受ける様な女性にはどうしても見えないんだよ…赤子も流れてしまった…」
モモは産婆の手を取り、握りしめた。
「貴女がアザレアさんの処置をして下さったんですね、ありがとうございます。必ず、彼女を苦しめる原因から救ってみせます。この闘いが終わったら一緒に彼女の身体と心をケアしていただけたら嬉しいです。」
モモが微笑むと、産婆は涙ぐみながらモモの手を額に当てて祈りを捧げた。
モモ達が、宿屋の外に出るとアドルフ第二騎士隊長が声を掛けてきた。
「モモ様、呪印解除の準備整いました、お願いします。」
宿屋の外に広がる開けた場所に、アザレアが眠るベッドを囲む様に、中心にアザレア、一重目のアザレアの両脇に2人の聖属性魔法師団員、二重目に4人のアドルフに選ばれた手練れの騎士団員、三重目に第一部隊全員が配置されていた。
そして、アザレアの頭側にモモ、足側にペル、二重目の4人の騎士団員と共に、モモの後ろにロイド、ペルの後ろにジュウトがそれぞれ付き、ペルが他を巻き込まない様、蜘蛛の糸で結界を張った。
「ジュウト、なんかヤバい気配感じたら騎士団員と聖属性魔法師団員に結界内から撤退を指示しろ。」
ロイドの言葉にジュウトが目を丸くして驚いた。
「え、ぼく?」
「ヤバい気配感じ取るの得意だろ?任せる。」
「あ…わかった。任してー。」
ジュウトの返事に続いてペルが補足する。
「了解、じゃあ、ジュウトの合図で結界の出入り緩和するわ。それじゃ、始めるよ。」
ペルと聖属性魔法師団員2人が手に魔力を集中させ、アザレアの胸元にある呪印の構築壁の鍵を解き始めた。構築壁に一度手をつけると、時間制限が施術者の力量に、比例して設けられる。その時限内に鍵を解けなければ、シュピツ村に魔人達が仕掛けた瘴気の陣の様に爆発し、封じられている魔物が放たれてしまう。
モモはその時限をコントロールすべく、妖精ルキスと共に、ルキスの持つ光の魔力をモモを介してアザレアの胸元の呪印を覆う様に展開させた。
モモがペル達の魔力によって浮かび上がった紫色の構築壁を目にした。
(カロルさんの時は自分の事で手一杯で解除しているところを見られなかったけど…)
そう思ってペル達の手元を見ていると、横からひょっこりルキスが妖精型で姿を現し、モモの頭の中に直接話しかけてきた。
『カロルの時は解と構築壁が、単純な構造だったのよね、ただペルの解く速さと正確さは凄かったわ、今も見て。
今回は五芒星型で、不吉とされる解は《250》ね。』
アザレアの上に浮かぶ五芒星型の構築壁、星の中心に《250》と数字が刻まれ、星の先端の五角にそれぞれ紫色の輪が。そこから中心の五角形に赤い光が伸び、中心の5辺に黒色の輪が浮かんでいた。
(どうして250が不吉な数字なの?)
モモの問いかけにルキスがモモの肩に腰を掛けながら答えた。
『古来の言い伝えでは、人を侮辱したり、軽蔑したり、劣ったものとして馬鹿にする考え方があるとしか私も知らないんだけど、魔人達が人間の命を軽んじている事は間違いないでしょうね。』
(そうなんだ…《13》はなんとなくわかるし、後《4》と《9》とか。カロルさんの時はなんだったんだろう…)
モモが考えている間に、次々に紫色、黒色の輪に数字が当てはめられては弾かれを繰り返す。何通りもの組み合わせから施術者が当てはめた数字と一致しないと鍵は解かれない。今回の時限は9分、そして今残り7分でペルが五芒星の先端、五角の数を当てはめた。
アザレアの頭側から時計回りに《14》《31》《99》《57》
《49》、すると紫色の輪が炎に変わった。これを元に中心に伸びる赤い光の先、黒色の輪へそれぞれの和が《250》になる様に解を当てはめていく。
残り3分、ペルと師団員2人が黒色の輪へ解をアザレアの頭側から同じく時計回りに《236》《219》《151》《193》《201》と当てはめ、炎へと変わったが、中央部分の《250》と刻まれた鍵が解除されない。
「…解は合っているはず、全て炎になっているのに、何故開かない…?」
師団員2人がペルの表情を窺う。ペルもその事に焦りを見せていた。時限内に解かないとモモとルキスに負担がかかる。
すると、モモがある事に気づく。
「ねぇ、ペル!中心の《250》と黒色の炎の和は《1250》で、先端の紫色の炎の輪も《250》になるから五芒星の《5》で中心から先端の和を割っても解は中心の《250》になるんだけど、どうかな⁇」
モモの説明にペル達はハッと気づく。
「確かに!」
「先端から中心に伸びる赤い光がそのまま残ってる!」
ペルが師団員2人に呼び掛ける。
「よし、2人共《5》をイメージして中心に魔力をぶつけよう!」
「はい!!」
ペル達は中央の《250》に魔力を集中させた。すると、中心から先端へ赤い炎が走り、先端の紫色の炎は反時計回りに、中心の黒色の炎は時計回りに急速回転し、カチっと鍵の開く音が響いた。制限時間残り3秒だった。
ホッと息をつくのも束の間、呪印の鍵を開けた今、周辺の空気がピリッと張りつめ、五芒星の中央が割れ、異空間きら霧が大量発生し結界内の視界が奪われた。と、共に封印されていた魔物がペルの結界を崩し、地上に姿を現した。
象の様に大きな耳、獏な様な顔を持つ体長7m程の全身を黒い体毛に覆われた魔物。
「も、モルフィムだ!!」
「悪夢を見せると言われる…こんな巨体だったのかっ!」
モルフィムは二重目と三重目の間、アザレアの足側、ペルとジュウトに近い位置に現れ、攻撃態勢を整える騎士達に対して、それよりも早く三重目、第一部隊及びジュウトを含む西側一帯に大きな耳をバタつかせ衝撃波を繰り出した。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ぐぁっ!!」
西側の騎士達はその強烈な衝撃をまともに喰らい、吹き飛ばされ、宿屋や修理屋の壁、地面に叩きつけられ一時的なショック状態に陥った。ジュウトはペルが素早く抱え高く飛び上がり、直撃を回避していた。
「あっぶなー、ペルありがとう!」
地面に降り立つペルにジュウトはお姫様抱っこされていた。
「ジュウト、降りろ!
ペル、戦闘場所を西の森側に移す、援護を頼む!」
ロイドはそう指示すると、自分にモルフィムの注意が向く様斬りかかった。
「了解!モモはアザレアを安全な場所へ!」
ペルの指示にモモは頷く。
ペルとジュウトはロイドに続きモルフィムを追いかけ、二重目にいた4人の騎士達もそれに続いた。
「負傷者の手当てを急げ!戦える者は村人に被害が出ない様防御線を張れ!西の森南側に第五騎士団がいる!必要なら援護を要請しろ!私の指示だと伝えろ!」
「は!!」
アドルフ第二騎士隊長の指揮の下、騎士達が素早く動く。その様子を見ていた漁師や村人達も負傷者の手当てに参加した。
「聖女様、彼女の事は私達にお任せ下さい。」
モモの側へ産婆達女性陣が駆け寄る。
「ありがとうございます。よく眠っていて、今は容態も安定しています。このまま、皆さんは宿屋に避難していて下さい。」
「わかりました、聖女様もお気をつけて。」
モモはアザレアを産婆達に任せると、アドルフの元へ走った。そこでは、集められていた負傷した騎士達が横たわり、ペルと共に呪印を解除した師団員2人が騎士達を治癒する姿があった。
「アドルフ第二隊長、状況は?」
指揮をとっていたアドルフはモモに敬礼した。
「負傷者は全部で8名、幸い重症者はおりません。こちらは大丈夫です、ここは部下に任せ、私はこれからモルフィム討伐に向かいます、モモ様は…」
「では、私も一緒に。」
アドルフは頷くと、モモを先導し二人は村の西側に広がる霧の中に消えて行った。
一方その頃、モルネード城軍事執務室で待機していたヨイチの同僚、ジャンの元にシュピツ村のモルフィムの情報が入ってきた。
ジャン=ローレンス、見た目40代だが実はヨイチと同時期に聖蛇ナーガによって転生した実年齢83歳。腰が弱く、ギックリ腰を繰り返している人物。同室でカロルの報告書を作成中のヨイチに声を掛ける。
「ヨイチ、カロルの妻、アザレアの呪印解除の連絡が入ったよ。」
「モモ様はご無事か?」
ヨイチは執筆の手を止めた。
「それはこれからみたいだが、悪夢を見せるモルフィムが出たそうだ。」
〝モルフィム”、その言葉を耳にしたヨイチはガタンと席を立った。
「なに!?モルフィムはモルネードには生息個体はいないはず…今、討伐にいるのは!?」
「雷剣ロイド、白魔法使いジュウト、ペルと第二騎士隊長アドルフそしてモモ様だね。」
「……そのパーティーだと火力が足りないはず…すぐに殿下に報告を、席を外す。」
ヨイチはラインハルトのいる部屋に急いだ。
「Ok .I got it!(了解!)」
モルネード城、王宮3階、南東の角にヨイチの目的地はあった。カツカツと足早に向かうヨイチの姿に、すれ違う宮仕えの者達は圧倒されていた。また、目的地前にたつ衛兵も然り。
「急ぎ殿下にお伝えしたい事が。」
ヨイチの唯ならぬ空気に衛兵の扉のノック音も大きくなった。
「殿下、ヨイチ殿が至急にと…」
「通せ。」
扉を開けるとそこには、机を囲むラインハルト、ラウル、レンダーにザック、そして狐化したダンがソファに伏せていた。
「どうしたヨイチ、らしくないな。」
急ぎ足でここまで歩き止まった為、ヨイチの額は汗まみれ、ハンカチでそれを押さえつけ口を開いた。
「殿下、お取り込み中申し訳ありません。モモ様の向かわれたシュピツ村ですが、モルフィムが出現しました。」
「!?」
その場にいた全員が驚いた。
「モルフィムって、モルネードにはいないはず…」
レンダーの言葉にヨイチが頷く。
「左様、モルフィムはピーニャコルダの一部に生息する魔物。」
「今、討伐にいるのは第二騎士隊とモモ殿にペル、確かシュピツ村にジュウトと、ロイドか!」
ラインハルトがここである事に気づき、ラウル達と目を合わせた。
「モルフィムは一見黒い体毛が柔らかそうに見えるが、実はその下は硬い皮膚で覆われている。そしてヤツの出現フィールドは水に浸かり、発生する霧で視界が悪くなったはず。」
ラウルの説明にレンダーが加える。
「あと、耳の衝撃波は回避しないと、一時的にショック状態にもなったはずだ。」
その話を聞いたザックがここで漸くヨイチが慌てて来た理由に気づいた。
「水ってことは…今のパーティーで一番攻撃力のあるロイドさんの天敵って事すか?」
ヨイチは侍女の用意した水を口にする。
「天敵までは言わなくとも、討伐はしにくいはずだ、アドルフ第二騎士隊長は騎士だがパラディン並みの力はある。それで抑えても攻撃力に不安が残るな、ロイドとペルだけで、あの鎧を着ているかの様な皮膚を攻略するには、黒魔法使いがいた方が楽だろう、ラウル、トルチェに連絡…」
ラインハルトがラウルとレンダーに目を向けると、既に二人は誰かと伝波アイテムで連絡を取っていた。
(流石っす、ラウルさん、レンダーさん)
二人の行動の速さにザックは感心するばかり。
先にアイテムを閉じたのはレンダーだった。
「クアラはダメだ。今、別パーティーのヘルプに入っているらしい。しかも西の森にいるらしいが、シュピツ村の宿屋を利用していた黒魔法使いはクアラだけだったみたいだ。」
「そうか…」
ラインハルトが表情を曇らせる。
「……え?ジュウトが!?」
何やらラウルが意外そうな顔で返答している。
「⁇」
ラインハルト達が不思議そうに見ていると、ラウルがスピーカーをオンにして机にアイテムを置いた。相手はトルチェだった。
『一緒にいるのはジュウトなんですよね、だったら大丈夫ですよ。実は私は彼とは王立魔法学園の後輩なんですけど…』
続くトルチェの言葉に、その場にいた全員が声を上げた。
「ええ!?」
部屋の外にいた衛兵も、思わず振り返る。
シュピツ村、西の森近く。そこにモルフィムのフィールドが広がっていた。雄叫び、耳をバタつかせモルフィムが衝撃波を繰り出す。それを飛び上がり回避する、ロイド、ペル、ジュウト、そして騎士達4人。
モルフィムの脚には動けない様、ペルが蜘蛛の糸を何重にもし自由を奪っていた。しかし、拘束出来る時間は僅か、すぐに破られてしまう。
「くそっ、服が水を吸収してジャンプ力が…パラディンも必要だったな。」
ロイドが呟く。
パラディンの防御障壁を纏えると、水浸しにはならないからだ。
「水に潜るぞ!!」
モルフィムがフィールド内に身を隠す。どこから現れるかわからない。ペルがフィールド上に衝撃回避の為、L範囲に蜘蛛の巣型の結界を張った。
ロイド達に緊張が走る。そこへモモ達がフィールド内に入ってきた。
「ペル!」
モモに気づいたペルはすかさず駆け寄り、その身を抱き上げた。
「わっ…」
「今、モルフィムが水の中に身を潜めてる、どこから仕掛けてくるかわからないんだ。アドルフも気をつけて。」
「ああ。」
ペルの忠告にアドルフが返事をした瞬間、騎士二人の背後からモルフィムが大きな水音て共にペルの結界を破壊し現れ、一人はその衝撃で高く吹き飛ばされた、フィールド外の地面に叩きつけられ気絶した。もう一人は左前脚の下敷きになっていた。
「ぎっ、あぁぁぁぁっ…っ」
何トンにもなる重さが一人の騎士にのしかかり、バキバキと骨の砕ける音が響き、騎士は気を失った。
と、同時にロイドとアドルフがモルフィムの脚を目掛けて斬撃を飛ばすが鋼鉄の皮膚に弾かれてしまう。
「あの皮膚…硬すぎだな、直接いったら剣の方が折れるんじゃ…」
「かもですねー。」
アドルフの言葉にジュウトが応え、又補助魔法を素早くかけた。
「アドルフ隊長、今、防御力強化と重さ上昇をかけました。
アレ抑えられます?」
アドルフはジュウトの一瞬の出来事に驚くものの、すぐに切り替えた。
「あ、ああ、わかった!!任せてくれ!!」
移動速度は遅いモルフィムが、モモ達目掛けて向かってくる、その前にアドルフが剣を縦に立ちはだかり前進を抑えた。
「ジュウト、一体何を?」
普段から前には積極的に出ないジュウトが、アドルフに出した指示に驚きを隠せないロイド。
「ロイドさん、ペル、騎士さん達、勝負は一瞬ですよー。多分今のモルフィムのターゲットはモモ様です。現時点で目の前にいる隊長に見向きもしていない。ぼくが今から本気出すんで、それに合わせて止め刺して下さいねー。」
ジュウトは相変わらず緩い口調だが、ロイドも今まで目にした事のない表情、ビリっと両手に光る溢れ出る魔力に思わず身体を強ばらせた。
「おまえ…」
ジュウトが目を瞑り、両手に魔力を集中させるとモルフィムの足下に魔法陣が現れた。
〝イグニース・トルネード”
ジュウトが詠唱すると、魔法陣から烈火の如く炎が竜巻の様に立ち昇り、モルフィムを襲う。
「ブォー!!ブォー!!」
纏わりつく烈火の炎がモルフィムの硬い皮膚を溶かす。
「ジュウトっ、攻撃っ…」
「今でーす!!」
あまりの高温にフィールドの水が煮え立つ。
モルフィムにアドルフが縦一閃、続いてロイドがクトネシリカで隼斬り、ペルが鋼の硬さの蜘蛛の糸で切り刻み、モルフィムを倒した。モルフィムは原型がわからないくらいの超ヴェルダン、カットステーキの様な有り様、それを目にした騎士達は思わず息をのんだ。
モルフィムのフィールドが完全に消えると、モモは下敷きにされた重症の騎士に駆け寄り、すぐに治癒魔法をかけた。淡い優しい光が騎士を包む。
「…っう…」
騎士が目を覚すと、目に映ったのは優しく微笑む聖女モモ。
「せ…聖女様…俺…」
「安心しろ、今モモ様が治癒魔法をかけて下さっている。バキバキの骨も傷ついた内臓も完治するよ。」
アドルフがモモの後ろに立ち、騎士に声を掛けた。そこに仲間の騎士達が集まって来た。
「完全に逝ったかと思ったよ、良かった。」
「モモ様の魔法の色、温かいですね。」
モモと騎士の周りにはこんもり人だかりが出来たが、そこはアドルフが仕切った。
「ほらほら、お前ら、怪我してない奴はモルフィムの後処理にまわれ!!」
騎士達がくものこを散らす様にバラバラと解散し、任務に戻って行った。
フィールド外に出された騎士にはジュウトが回復魔法をかけていた。
「どこか違和感ないですかぁ?」
「大丈夫です、ありがとうございます白魔法使い様。」
回復した騎士はジュウトに一礼すると、一緒にフィールドに入った、モモに治癒を受ける仲間に駆け寄った。
「聖女様、こいつは…」
「重症ではありましたが、今、快癒しましたよ。安心されて眠りについているだけですよ。」
モモは騎士に優しく語りかけた。
「…ありがとうございます、こいつとは幼馴染で…悲鳴を聞いた時はもうダメかと…ありがとうございます。」
騎士は涙ぐみながら幼馴染の手を握りしめた。
「あの、緩いジュウトが黒魔法使いSSランク⁇」
「魔道士の称号?あの、常に怠そうなジュウトが⁇」
ラウルとレンダーが口々にジュウトの意外な事実を口にする。
『ふふ、ひどい言われ様ですが、そうなんです。アラネアの巣討伐で再開した時は私の事気まずそうに見たので、話しかける事もなかったんですが、黒魔法では右に出る者はいないくらいの種類を操り、その威力も地形を変えてしまう程。学園を僅か2年で卒業してしまったんです。
なんで白魔法使いに転職したのかはわかりませんし、あんなに緩くはなかったんですが…とりあえずジュウトがいるなら大丈夫ですよ。』
トルチェとの話を終えると、ヨイチのアイテムにジャンから連絡が入った。
「……そうか、わかった伝えるよ、ありがとう、ジャン。」
ヨイチはそう言うと、アイテムを閉じた。
「殿下、モルフィムは無事討伐された様です。負傷者はおりますが死者は出ていません。それと…」
「決着つけたのはやはり、ジュウトか?」
「ジュウト殿の名前は出ませんでしたが、もの凄い威力の炎がモルフィムを包み、原型を留めていないそうです。」
ヨイチの言葉にゾッとした空気に包まれたラインハルト達だった。
「……ジュウトが勇者パーティーだったのってこれか?」
ラウルが呟く。
「いや、確かパーティー履歴には白魔法使いとあったはずだ。」
ラインハルトがラウルに続く。
「謎っすね、ジュウトさん。怒らせたら怖そう…」
ザックの一言に、全員が頷いた。だがしかし、全員の脳裏に浮かぶジュウトはにへら〜と笑う、ゆる〜いジュウトだった。




