魔人の呪印⑴
(あれ…なんかいい匂いがする…)
モモが目を覚ますと、そこはシュピツ村の宿屋の一室だった。下の階では騎士達が討伐した魔物の肉が振る舞われ、祝杯をあげていた。宿屋の外もビアガーデンの様な賑わい。モモが階段を降りていくと、モモの姿に気づいた騎士達から感謝の言葉が贈られた。
「モモ様だ!!」
「聖蛇の化身、モモ様!!」
「ありがとうございます!!モモ様のおかげで騎士を続けられます!!」
その騒ぎに気付いた聖属性魔法師団長ルークがモモに声を掛ける。
「モモ殿、この度の件、傷を癒して下さりありがとうございます。」
「もう動いて平気なんですか?」
「ええ、もう大丈夫です。周りの者達なら貴女の魔法は奇跡でしかないと聞きました。あの爆発に巻き込まれ、ベヒモズの手に襲われた時は覚悟しましたが…本当にモモ殿には感謝しかありません。」
「べヒモズの手?」
「はい、爆発前に陣に仕掛けられていた巨大な魔物の事で、陣からは手しか出てきませんでしたが、人間を好物とするんです。一瞬の出来事でしたが、死を覚悟した私がこうしてまた、何不自由ない身体に戻していただいて…モモ殿、何かお困りでしたら是非声を掛けて下さいね。」
優しく微笑むルークにつられて、モモも笑顔になる。と、同時にお腹の音が響いた。
「あっ…」
赤面するモモ。周りは大笑いに包まれた。
「今日はシュピツ村の方々の好意で、美味しい料理をいただいています。良ければ私が取りますよ?」
ルークに言われ、慌てて話を変えるモモ。
「ラ、ラウルっ達は…」
「ラウル殿なら外でダン殿に付き合ってますよ。ダン殿の食べっぷりには誰も勝てないでしょうね。」
モモはラウルとダンを探しに外に出た。すると今まで騒いでいた騎士達がモモの姿を見て一斉に立ち上がり、拍手で迎えた。
「モモ様、ありがとうございます!」
「モモ様!!」
「聖蛇の化身様、万歳!!」
注目を浴びて固まるモモ、するとラウルがちかづいてくる姿が目に入った。駆け寄るモモ。
「ラウル…私、大した事してないのにみんなが…」
困惑しているモモの姿に、ラウルは笑みをこぼすと、頭にポンと手を置き
「大した事してるんですよ、モモ様は。」
「…っ、ラウルまで…」
「手でも振ってあげたらいいよ。」
ラウルのアドバイスで、モモは騎士達に手を振りながらダンの席へ移動した。
「ねぇラウル、トルチェがどうなったか知ってる?ペルの姿もないし…」
モモは不安そうにラウルに聞いた。すると、ラウルは自分の肩を指差した。
「ペル!なんか、かわいくなってる。」
ラウルの肩で、蜘蛛化して眠るペル。そのフワフワな白い毛に優しくモモが触れると、モゾっと動いた。
「今回の討伐、死人が出なかったのは、モモとペルのおかげだな。モモに足りない魔力をペルが補い続けていたからね。」
ラウルの言葉で、ペルと隷属契約した時の言葉を思い出す。
『モモの魔力が少なくなったら…』
「…私、もらい過ぎちゃったかな?」
「まぁ、ペルも無限ではないから、ほどほどにな。トルチェは治療を終え、快復に向かっているらしい。」
「良かった…。これからどうするの?トルチェに会いに行ってもいい?」
そう言うモモの行動とは裏腹に、お腹が正直に鳴る。赤面するモモ、笑いを堪えるラウル、そして。
「モモ、ちゃんと食べないと力出ないぞー?」
ダンがモモの口に肉を運ぶ。それはA5和牛の様に口の中でとろけてなくなった。
「なにっ、このお肉美味しい!!」
「だろ?まず食べよー!!」
モモは頬を両手で押さえ満面の笑み。ダンが甲斐甲斐しくモモに世話を焼く姿を見て、ラウルも優しく微笑んだ。
祝杯が一段落し、ダンのお腹もようやく満たされた頃、シュピツ村の南西に位置するアラネアの巣があった場所では陥没した場所を修復する騎士達、北西の西の森との境界では新たに結界を張り直す作業が進められ、モモ達はシュピツ村でお世話になった方々に別れを告げてラインハルトがいるモルネード王国、王宮に戻った。
王宮では宰相ラッツィに出迎えられ、モモとラウルはラインハルトの元へ。ロイド達、討伐に参加した冒険者は客室へと案内された。
「お、王宮に泊まれるって…もう二度とない気がする…」
「ぼくもー。」
ザックとジュウトは客室の豪華さに驚いていた。用意された客室は4部屋で、ロイド、レンダーとシュア、ザックとジュウト、トルチェとクアラに分けられた。
「殿下、ラウル殿がお見えです。」
「ああ、通してくれ。」
ラウルとモモが部屋に入ると、ソファに先客の姿があった。
「トルチェ!!」
「モモ様、ご無事でっ」
二人が抱き合って再会を喜び合う姿を見て、ラインハルトとラウルは優しく微笑んだ。モモ達が落ち着いた頃、ラインハルト達も席に着いた。
「まず始めに、この度の討伐、皆の働きに国王も、民達も感謝している。他の者にも国王が謁見の場で礼を述べるが、モモ殿、ラウル、そしてトルチェ殿、本当にありがとう。」
ラインハルトは深く頭を下げた。
「そんな、頭を上げて下さい、殿下。」
「そうです、私達は自国を守るために立ち上がっただけです。」
「おまえも尽力しただろ、ラインハルト。気にするな。」
そんな三人の言葉にラインハルトは微笑んだ。
「俺はいい人材に恵まれたよ。では、後ほど食事の席を設けてある、楽しんでくれ。」
「ありがとうございます」
モモとトルチェは王宮の食事と聞いて頭にたくさんのスイーツが浮かんだ。二人はラインハルトに一礼する。その時、ラインハルトはラウルにだけわかる様にアイコンタクトした。
「食事になったら侍女を部屋に向かわせる、それまで休むといい。」
モモとトルチェは席を立った。
「ラウル?お部屋に戻らないの?」
「あ、ああ。先にっと、モモ、ペル渡しておくな。」
ラウルは肩に引っ付いていたペルをベリッとはがすと、モモにポンと渡した。
「ちょっ…ラウル、雑!!」
投げ渡されたペルは無事モモにキャッチされ、そのままモゾモゾとモモの肩に移動すると、また眠ってしまった。
「ペルって、その白い蜘蛛?」
「うん、タランチュラ種の…」
モモとトルチェはペルの話をしながら部屋を後にした。
二人を見送るとラウルが切り出した。
「で、本来の用件は?王妃暗殺の件か?」
「ああ、それがどんな拷問を受けても何一つ話さないらしい。ただ犯人は判明した。数年前だが我が国でも冒険者登録の記録があった、ピーニャコルダ王国、マナーマ州在住の元Sランク弓使い、カロルという名だ。」
「ピーニャコルダ…照会はかけたか?」
「ラッツィが秘密裏に調べたが…特に犯罪履歴はない、ただ妊娠中の妻が行方不明らしい。」
ピーニャコルダ王国、とある洞窟。そこには黒いフードを深く被った者達がテーブルを囲んでいた。
「使い魔が戻って参りました。」
テーブルの上に、一羽のカラスがやって来た。カラスの脚から伝波アイテムを外し、闇の中で映像が映し出された。それは瘴気の陣、大爆発後から負傷した聖属性魔法師団長ルークを治癒、再生させるモモの姿が映っていた。
「なんだ…この娘の力は…」
「欠損部分が再生していく…」
「今、モルネード王国には、聖蛇の化身と呼ばれる聖女がいるらしく、多分この娘が…」
映像がブツっと切れた。
「…女王蜘蛛ナルボンヌも使い物にならなかった。アレはどうなった?」
「暗殺者は捕まったままです。人質はどうしますか?」
洞窟の奥に一人の妊婦が捕らえられていた。
「ああ、もう用はないからな、殺しても構わないが、せめて夫と同じ地で死なせてやるか。男の死刑も時間の問題だ。」
「…と、いうと?」
「小舟でモルネードへ流せ?たどり着けるかはわからんがな。」
黒いフード達が不気味に笑う。
「我々の目的は一つ、全ては地底魔王ヴェルグ様復活の為に!」
「この娘が何者か早急に調べろ。」
「はっ。」
舞台はモルネード王国に戻る。
王宮の一室では、ラインハルト皇太子と冒険者達の会食の席が円卓で設けられていた。次々に出てくる豪華な食事、高級なお酒に舌鼓を打つ冒険者達。一通り料理が振る舞われた後、ラインハルトが立ち上がる。
「この度の討伐、皆の働きに大変感謝している、ありがとう。」
ラインハルトの言葉に会場全体から冒険者達に拍手が贈られた。
「討伐に尽力してくれた皆はもちろん、モモ殿、貴女の懸命な手当てで、死人が一人も出なかった事、これは奇跡というしかない。」
ここで、モモにも拍手が贈られた。
「皆には、私から感謝の気持ちを込めて金貨50枚を用意した。受け取って欲しい。」
冒険者それぞれに金貨の入ったケースが渡された。
「すごっ…」
「わー、タピオカ飲み放題だぁ。」
「オレ、肉!!」
(…使い方…っ)
ジュウトとダンの発言に全員心の中でツッコミを入れた。
「それから、ここからの話は決して強制でも命令でもない事を理解頂いた上で聞いて欲しい。今回集まってくれた雷剣士ロイド、パラディンのレンダー、ザック、黒魔法使いのトルチェにクアラ、白魔法使いジュウトとシュア、君達を私直属のパーティとして雇いたいのだが、どうだろうか。」
冒険者一同がラインハルトの言葉に驚く。
「え…殿下直属?」
ただ、ここで名前も褒美も貰っていない者が一人。
「で、殿下、その、モモ様は聖蛇の化身であられるので除外なのでしょうが、ラウルとダンは?」
ロイドが尋ねる。
「ああ、この二人は元より腐れ縁だ。どうにでも動く。」
そんな酷い言われ様の中、ダンは気にせず料理を口に運ぶ。
「金貨は?俺とダンの。」
ラウルが肩肘付いて聞くと、ラインハルトはピシャリ一言。
「ない。」
ガックリ肩を落とすラウル。
(殿下とラウルの関係が知りたい…不憫…)
冒険者一同が思った。
「モモ様はどうするのですか?」
コソッとモモの隣に座るクアラが聞いた。
「私はもう入れてもらったの。この国に、殿下やラウル達、みんなにもお世話になったし、住む人達を守りたいから。あくまで緊急時に召集されて、それ以外は自由なんですって。」
モモはクアラに笑顔で答えた。すると、クアラ、トルチェに次いで円卓を囲む全員が立ち上がり頷き合い、ロイドが代表してラインハルトに応え全員が敬礼した。
「殿下、ここにいる全員がモモ様と同じ気持ちです。殿下の下で働ける事、光栄に存じます。」
ラインハルトもそれに応え、会場全体が拍手で包まれた。
一夜明け、ロイド達は一旦それぞれの場所へ、ラウルとダンはギルドへ帰って行った。モモはみんなを見送ると、ペルと共に自室に戻り、ナルボンヌに渡された花の簪のデータを見る事にした。
「素敵な簪だね。」
「うん、ナルボンヌが愛した人間から貰ったんだって。」
そう言いながら、ペルは簪から花の飾りを外し、花に魔力を込め、開いた中央に簪を差し込み時計回りに回転させた。
すると、部屋の壁にありし日のナルボンヌが人間の青年と出会うシーンが映し出された。
ある森の中をナルボンヌが歩いていると、倒れている冒険者の青年を見つけた。その手にはレスぺレンドラゴンの鱗が握られていた。レスぺレンドラゴンの鱗は人間の難病を治す薬の一つだった。青年はレスぺレンドラゴンを倒したものの、その受けた傷は深く倒れたとナルボンヌは推測した。
何故その時、この青年を助けようと思ったのか、ただの出来心だったのかはわからなかったが衝動的にナルボンヌはその青年を手当てした。
青年の名はトア。それからナルボンヌは自身が魔物である事は明かさず、二人は逢瀬を重ねた。トアには不治の病を患う妹がいて、病の進行を抑えるのにレスぺレンドラゴンの鱗と300年以上生きた魔物の血が必要だと薬師に言われ冒険者になったという。もちろんナルボンヌはその条件は満たしていたが、魔物だと正体がバレてしまったら、今の関係が壊れてしまうと思い言い出せずにいた。トアはナルボンヌの事を深く聞く事はなかった。
それから3ヶ月が経った頃、トアの妹の容態が急変した。医師からは余命3週間の宣告を受けたという。
「俺、ギルドで薬師の言う魔物の血を手に入れられそうな依頼を見つけたから参加しようと思うんだ。」
「…どんな魔物なの?」
「北山脈にいるギガンテス。俺のレベルじゃ到底敵わないけど、今回は大規模なパーティ編成でランク問わずなんだ。きっとギガンテスくらいの大物なら…」
「あ、危ないわ、ギガンテスがどんな魔物が知っているの?」
「不死に近い一つ目の巨人だよ、危険なのは承知の上さ。けど、こんな依頼滅多にないし、妹を救う為にも…」
ナルボンヌはトアの手を強く握った。彼が妹を大事にしている事も、彼のランクではギガンテスに敵わない事も、北の山脈の魔物レベルの高さもナルボンヌは全て知っていた。
死なせたくない。
この想いしかナルボンヌにはなかった。
「ナルボンヌ?」
「…明日、また会える?」
「ああ、出発は明後日だから、明日また君に会いに来るよ。」
トアはそう言うと、俯いたままのナルボンヌの頬に手を当て、不安そうに見るナルボンヌに優しく唇を重ねた。
ただ、それが彼と会った最期になった。
翌日トアがいつもの場所に来た時、ナルボンヌの姿はそこになく、赤い液体が入った小瓶と手紙が共に置いてあった。もちろん、トアに魔物の字が読めるはずもなく、トアはその手紙と小瓶をギルドの換金所へ持ち込んだ。鑑定の結果、小瓶の中の液体は500年ものの魔物の血である事が判明し、手紙には〝妹君に幸あらん事を”と書かれていた。
「これは上級の魔物の血だよ。どこでこんなものを手に?」
トアが妹の容態を話した人物は一人しかいない。
トアはすぐに持っていたレスぺレンドラゴンの鱗と小瓶の血を薬師に調合してもらい、妹に飲ませた。
「ナルボンヌ!」
それからトアはナルボンヌを探し続けた。
「ナルボンヌ…君のおかげで妹は元気になったよ…。俺は君が魔物でも構わない、一目でいいから姿を見せてくれっ。」
だが、ナルボンヌは姿を現す事はなく、時が過ぎたある日、トアがナルボンヌがいつも腰を掛けて待つ場所に、花の簪を置いて行った。それは映像を記憶出来るアイテムになっており、ナルボンヌが触れるとトアのメッセージが映し出された。〝君を愛している”
ナルボンヌはその言葉だけで幸せだった。それ以降姿を見せなくなったトア。月日が流れたある日、ナルボンヌがいつもトアと待ち合わせをしていた場所に座っていると、一人の少女が現れた。
「ナルボンヌさん…ですか?」
「?」
「私、兄トアの妹です。」
妹の名はミアと言った。と、同時にトアが依頼攻略中に亡くなった事を知った。
ここで、映像は一旦途切れた。モモが涙ぐみながら隣に目をやると、ペルが爆睡していた。
「ちょっ…ペル!なんで寝るのよ!?」
ペルの体を揺すって起こすモモ、その時、次の映像に切り変わった。
映し出されたのは、ナルボンヌのフロアにあった鏡。そこに映る黒いフードを深く被った者。
「女王蜘蛛ナルボンヌ。長い生に暇を持て余してはいないか?」
「余計なお世話よ、誰だ、妾の鏡に勝手に…」
「私は闇の番人、地底ヴェルグ様の復活を願う者。」
「…妾に何用か?」
「貴女は美しい。ヴェルグ様復活の折には是非隣にいて欲しい存在だ。我々と共にヴェルグ様を復活させ、人間の世界に終止符を打たないか?」
「…それに何のメリットが妾にあるのだ?」
「なに、ヴェルグ様の正妃とあらば、地下世界第二位の地位…」
「興味がない。地底魔王にも、地下世界の地位にも。」
「では、死んだ人間を蘇らせるとしたら…?」
「!?」
ナルボンヌは驚いて、背けていた鏡に目を向けた。
「その簪、人間の物では…?」
ここで映像と音声が乱れ始めた。
「本当…ことが…」
「ヴェルグ…可能…ただ…聖女の…血…」
そして、プツンと映像が切れ、花の飾りは灰と化した。
「ナルボンヌは、トアにもう一度会いたかったんだ…きっと…」
モモが呟くと、ようやくペルが目を覚ました。
「ん?終わったんだね。」
まだ眠そうに目を擦る。
「一緒に見るんじゃなかったの?」
「ごめん…。なんか退屈そうで…」
(…恋愛映画を観に来たのに寝て終わるパターンの彼氏だなきっと…)
「けど、モモとは思考共有出来るから大体わかった!」
「え…?」
(思考共有?思ったり考えがペルにわかっちゃうって事!?)
「とりあえず、キーワードは、闇の番人、地底魔王ヴェルグ、そしてヴェルグの復活を望む悪い奴らがいるって事だね。」
ペルの言葉に最初の方、何も触れていない事にモモは少し肩を落とした。
「あ、ナルボンヌの簪、灰になってしまって…」
「仕方ないよ。本人が灰になってしまったからね…」
「…ここでわかった事、後で殿下にお伝えしなきゃね。何か瘴気の陣とかと関係があるかもしれないし。
ところで、ペルはリンツさんに会いに行かないの?」
「えっ…あ…」
不意をつかれた様に慌てるペル。
「行きたいけど、いざ会えるとなったら緊張しちゃって、ボクの事覚えてなかったらとか色々考えちゃって…」
照れながら話すペルをかわいいと思いながら見るモモ。
「じゃあ、私も一緒に行ってあげる。」
「!いいの?」
「うん、そうと決まれば侍女長に外出する事伝えないとね。」
モモ達は部屋を後にした。誰も居なくなった部屋で残されたナルボンヌの灰となった簪が魔力の残滓により薄桃色の核となった。
モモが侍女長を探していると、衛兵達の話し声が聞こえてきた。
「王妃様は王立聖水研究所の責任者を継続するそうだ。」
「そうか、やっぱり狙いは聖水の精製だろうか?」
「だが、犯人は何も吐かないんだろ?」
「どんな拷問にもうめき声一つあげず耐えてるって話だ。」
衛兵達の話に、モモはまだ未解決事件があった事を思い出す。
(そうだ、王妃様暗殺の件…私にも何か手伝えたらいいのに…。どんな拷問にも耐えて…話せない何かがあるのかしら…)
考えながら廊下を歩いていると、侍女長ナーサの方から声が掛かった。
「モモ様、こちらにいらしたのですね。殿下がお呼びなのです、お越しいただけますか?」
何かあったのだろうか、ナーサは焦りながらもモモ達をラインハルトの待つ地下へ案内した。
豪華な造りとは異なる大きな岩肌が丸見えの地下牢。そこにはラインハルトとヨイチ、聖属性師団員と白魔法使い、医師が集まっていた。
「モモ殿、ペル。休んでいるところすまない。実は…」
ラインハルトの目の先には王妃暗殺を企てた犯人が以前会ったアドルフ第二騎士隊長筆頭に屈強な騎士達に囲まれていたが、その犯人の様子がおかしい。喉を押さえて苦しんでいた。
「毒なのか判らないのだが、急に苦しみ出してあの状態なのだ。ただ、師団員が浄化しても、白魔法使いが回復しても治らない、モモ殿の魔法ならと思い呼んだのだが…」
すると、犯人の様子を観察したペルが何かに気付いた。
「喉に、何か仕掛けられているね…魔法陣?…呪印かな?」
「え?」
ペルの言葉にルキスも姿を現した。
「…そうね、確かに呪印だわ。首を絞めてるみたい。」
「そんな、それじゃ窒息しちゃうわ、何とかしないと…っ。呪印て何?」
「それは後で教えてあげるわモモ。ペル、解除出来そう?」
ルキスの問いかけに、ペルは呪印を観察してから
「構築壁はいけそう、後は何が出てくるかだね。誰かこの人押さえていてくれる?モモとルキス姉は爆発しない様に抑えて、ボクげ解除するから。」
「お、抑えるって、どうやって…」
「大丈夫、アタシがコントロールするから、モモは魔力を首一帯を包む様に集中していてね。」
屈強な騎士達が苦しむ犯人の手足を押さえ仰向けに大の字に固定した。ペルが右手に魔力を集中させ、呪印の構築壁を解き、鍵を開ける。その間、モモは呪印が解放しない様にルキスと光の魔力で抑えていた。
「…死の予兆…破滅…消滅…死神!!」
ペルが叫ぶと、呪印から大鎌を持った死神が現れた。モモとルキスが犯人の首に鎌を向けた死神に
〝セイント・ジャッジ”
聖なる裁きを与え、死神を消滅させた。苦しみもがいていた犯人はフッと意識を失った。
「これで目が覚めたら話が聞けるよ。」
「すごい…助かったよモモ殿、ペル、妖精ルキス。大事な被疑者だからなコイツは。協力感謝する、犯人は我々の厳重な監視下で再度取り調べを行う、終わるまでゆっくり過ごしていてくれ。」
意識を失った犯人が騎士達に運び出され、別室へ移動した。
「あ、殿下。」
「ん?」
「これからギルドに行きたいのですが、外出してもいいですか?」
「ああ、構わない。護衛は…ペルがいるから大丈夫か?」
「うん。」
ペルは笑顔で返事した。
モルネード王国、王都ラダンディナヴィア。王国中心に位置し、モルネード城を囲む様にあり、常に活気に満ちていた。
(前にラウルとお出かけした時も思ったけど、石造りの街並みが外国の素敵な街の風景に似ていて、なんだか旅行気分!)
そんな気分盛り上がりのモモとは反対にペルは緊張していた。
「ねぇ、モモ。ボクの格好変じゃない?」
「ん?全然!カッコイイよ!ほら、街の女の子達、みんなペルに視線向けてるよ。」
「いや…そうじゃなくて…」
ペルとすれ違う男女問わず、この整った顔とスタイルを持つ美青年に振り返る姿が目立った。
モモとペルはギルドに到着した。ペルの緊張がモモにも伝わる。
「ペル、大丈夫?」
「…核が爆発しそう…」
「!!じ、じゃあさ…」
ギルドの中は登録者や冒険者、依頼者で溢れていた。
モモが中に入り、受付嬢に声を掛けた。
「すみません、予約はしていないのですが、リンツさんに会えますか?モモと申します。」
ギルド責任者のリンツの名が出た途端、周囲が振り返りモモに注目が集まった。すると事務所2階からリンツの声が。
「こら!ダン!!いつまで寝てるのっ、もうすぐお昼よ!ラウル!!ちゃんとダンの事見てなさいよっ!!」
ダンとラウルが揃って怒られている声がギルド中に響いた。
「す、すみません、今日は機嫌が、その…。」
申し訳なさそうに2階に目をやる受付嬢にモモも苦笑い。
この時ペルは蜘蛛化して、モモの肩に乗っていた。
「わ、わかりました、また日を改めます…」
と、挨拶し踵を返すとモモに声が掛かった。
「あら、モモじゃない!」
「!リンツさん、お久しぶりです。」
リンツは階段を降りながら
「貴女の今回の活躍、ダンから耳タコ、聞いたわよ…と。」
「モモー!」
モモの気配に気づいたダンが狐化してリンツを押し退けて階段を降りてきた。
「…っダン…」
リンツ怒り再び。
続いてラウルが姿を見せた。
「おはよう、モモ。お、ペルも一緒か。リンツに会いにきたのか?」
「…え?」
ラウルの言葉にリンツが反応する。そしてモモの肩に乗る白い蜘蛛に気づき、リンツが慌てて階段を降り、その蜘蛛をジッと見つめた。
「あ、あのペル?ブラッチペルマのペルなの?」
ペルはモゾっと動いて反応した。
「やーーーっ!!嬉しい!!戻って来てくれたのね!!
あ、ここで立ち話めあれね、さぁ事務所に入って!」
モモは背中をグイグイ押されて事務所に入って行った。それを見ていた受付嬢達はリンツの機嫌が直ったことにホッとしていた。
事務所の中で、モモがリンツにペルを手渡した。
「また会えるなんて、半分諦めていたのよね。ペルが私の前から姿を消して15年…あなたを忘れた事はなかったわ。父との宝物だったから。西の森にも探しに行ったけれど、見つからなくて…けど、元気で良かっ…」
蜘蛛化のペルに話しかけていたリンツの前で、ペルは人型に変化した。
「!?」
リンツの前に現れた、レグホーンのツイストパーマにグレーの瞳、整った顔とスタイルの美青年。
「…え?ぺ…ペル…なの?」
ペルは微笑んだ。
「うん、ボクも会いたかったよ、リンツ。助けて、拾ってくれたお礼も言いたかった、ありがとう。
一人になったリンツの役に立ちたくて、人間の姿になれる様に旅に出たんだ。もう戻れないかと思っていたけど、モモに助けてもらったんだ。ボクの事覚えていてくれてありがとう、リンツ。」
リンツはこの現実に感動し、そしてペルを抱きしめた。
この二人の再会にモモも感動し、涙腺緩んだが、リンツとラウルがペルに見えない所で親指を立て合っている姿が目に入った。若干鼻血を吹いているリンツ。
「……。」
ペルはそんな事露知らず、
「で、もしリンツが許してくれるなら、ボクここで働きたいんだけどいいかな?リンツの役に立ちたい。」
「もちろんよ!うちのかわいい受付嬢達をガラの悪い冒険者達から守ってあげて!アタシが仕事の事、手取り足取り教えてあげるわ!ダンはいいとして、ラウルなんて居座ってるだけなんだもの。」
「なんだよ、家賃入れてるだろー?」
リンツの言葉にラウルが腕を組んで不貞腐れた。
「で、いつからにする?」
「あ、今日はモモを王宮に送るから…」
「いや、ペルはここに残っていいぞ。モモの事は俺が送る。ラインハルトに用があってな。」
ラウルはモモの手を取り、二人はギルドを後にした。
「わっ、ちょっとラウルっ。」
二人は手を繋いだまま街を歩いた。道ゆく女性達が今度はラウルに振り返る。
「ラウル様よ、素敵。」
「隣の女性はどなたかしら、どこかの御令嬢?」
この空気にいたたまれないモモ。なんせモモは男性と手を繋ぐ事もろくになかった前世だったのだから。
「ラ、ラウル、手…迷子にならないよ、私。」
手を放そうとするモモにラウルは甘い声で囁く。
「俺が繋いでいたいの。ダメ?」
(ひーーーっ、耳元は反則っ…)
「や…ダメじゃ、ないけど…人目がっ…」
恥ずかしくて俯くモモを見て、ラウルはクスッと笑う。そしてただ繋いでいた手を離したかと思うと、指を絡ませてきた。
(ーーーっ!!ラウル、絶対女性の扱い慣れてるっ。お願い、早くお城に着いてーっ!)
耳まで真っ赤なモモだったが、ラウルは気づかないフリをしてそのまま王宮まで歩いた。
そんな二人を目にしたラインハルトの目は座っていた。
「ーーー。モモ殿の疲弊はおまえのせいか?」
「何の事だ?」
ラウルは素知らぬ顔でモモの手を優しく離した。
(じ、自由になったーっ…)
モモは火照った顔を手で仰いだ。
「で、今回の件はまとまったか?」
「ああ、ヨイチがまとめた資料がコレだ。」
ラインハルトがラウルに資料を手渡した。目を通すラウル。
その顔が段々険しくなっていく。
「…サーリンゼルカに、妖精王?…ヴェルグって誰の事だ?」
(ヴェルグ…?)
モモが聞き覚えのある名に反応する。
「瘴気の陣は人為的なもので、術者は魔人か…」
「更に、王妃暗殺の犯人には呪印が施術されていた。どうなってしまったんだ、この世界は…」
ラウルが口にする言葉に、ラインハルトが王宮で起こった件を付け加えた。
「呪印!?どうしたんだ、それっ」
ラインハルトは地下牢で起きた事件の詳細を説明した。
「…そんな事があったのか…」
呪印解除に貢献したモモ達の話を聞いたラウルは、モモを見つめ、ポンと頭に手を置いた。
「無事で良かった。」
その心配してくれる一言に、モモの胸は高鳴った。
「呪印はその昔、魔族が使用していた奴隷に施術する手段で逃げられない様縛りつけるものであったと聞く。
高貴な魔族ほど、創り出される呪印は複雑で、不吉とされる数字、13、17、39、666など、それらが和の解になる式までが構築壁で、それを突破して初めて魔法陣にたどり着き、それぞれの意味が表す言葉の答えを読み解いて解除出来る。出来なければ、シュピツ村の様に大爆発が起きる。あれの答えはべヒモズだったな。構築壁までたどり着くのに時間がかかった。何通りもの解だ、陣に仕掛けた魔族…いや魔人かは不明だが、かなりランクの高い地位の者だろう。
そして、今回は和の解が13で、意味は死神だったとペルに聞いた。呪印レベルは高くはないが、人間の目には見えない呪印…」
ラインハルトは壁に寄り掛かりながら考え込む。
「あの犯人が持っていた毒液、確かコンウィの滝の水を使っていたな。…一度戻ってみるか、ピーニャコルダに…」
ラウルが提案する。
「しかし、あの協定がある限り、おまえは…」
(協定?)
「そうも言っていられない状況じゃないか?王妃暗殺の件もまだピーニャコルダには知らせていないんだろう?秘密裏に動ける範囲で行える捜査は限られる。」
ラウルはいつになく厳しい顔つきでラインハルトを諭す。
「…そうだな…。陛下に動いていただく様、私から伝えておく。」
ラインハルトとラウルの会話についていけないモモだったが、呪印がどういうものなのかは理解出来た。
その時だった。扉をノックする音が響いた。
「殿下、騎士団長シズウェルです。」
ラインハルトは姿勢を正し、入室の許可を出す。
入ってきたシズウェル。
「これは、ラウル殿、モモ様もご一緒でしたか。」
「こんにちは、シズウェルさん。」
モモが挨拶すると、シズウェルは一礼した。
「殿下、急ぎ医務室へ。王妃暗殺の被疑者カロルが目覚めました。これより取り調べを始めます。」
「わかった。ラウル、モモ殿も同席願えるか?」
ラウルとモモは頷いた。
モルネード城、医務室。
ラインハルト達が姿を見せるとわ室内にいた犯人以外全員が立ち上がり敬礼した。
「始めてくれ。」
取り調べが医務室で行われる事は異例であったが、オンワーズ医務局長診察の結果、拷問で受けた傷を治癒しても、脈拍が健常者以上に早い。何かを守っている、或いは隠していると判断。パニックを起こさない様、慎重に取り調べを行うべきと、医務局長監修の下で行う運びとなった。
聴取は犯人逮捕に尽力したアドルフ第二騎士隊長が行うところであったが、どうにも犯人の様子がおかしいと感じとったモモは、ラウルに耳打ちした。
「ラウル、あの犯人何かに焦ってる、怯えてるみたい。医務局長も脈がおかしいって言ってたよね、私もスキャンしてみたらあの汗と、舌の渇きは…」
モモがそこまで言うと、ラウルはラインハルトに提案した。
「モモに聴取させてはどうだ?むさ苦しい男どもより何か聞き出せるかもしれない。」
「…確かに…頼めるか、モモ殿?」
被疑者カロルを囲む屈強の騎士達はもはや肉壁。聴取するアドルフも、何か語ろうと思える柔らかい人物では確かにない。
突然振られた重大な役目にモモは、そんなつもりは。と言う様に焦ったが、ふと、前世での記憶が甦る。
初めは中々心を開いてくれない患者もいた中で、親身になり寄り添う事で頼ってくれた。あの経験を活かせたら…。
「わかりました、やってみます。」
ラインハルトはシズウェルにアドルフ第二騎士隊長とモモの交代を指示。アドルフが席を立つ事により犯人は俯いていた顔を上げ、代わりに座るモモを見て驚いた。何故なら、自分が射た矢を受けた人物だったからだ。
「はじめまして。私の名はモモ、この国で聖女の職に就いています。」
柔らかい口調で語りかけるモモに犯人の表情が少し和らいだ。
「あなたの名前を伺っても?」
モモは予め作成してあった資料があるにも関わらず、あえて犯人に名乗らせた。
「…私の名は…カロルです。」
名前を聞いたモモは、優しく微笑んだ。すると、カロルは拘束されていた間、手入れ出来ていない姿ではあったが、背筋を伸ばしモモに向き合った。
「カロル、あなたに仕掛けられていた呪印は無事解かれました。もう大丈夫ですよ。」
カロルは驚いて、自身の首元に手を当てた。
「ほ、本当に、あの呪印を…?」
「はい、私と仲間で解除し、死神も倒しました。」
「…っ、ありがとうございます。」
カロルは目頭を押さえた。




