女王蜘蛛ナルボンヌ⑹
シュピツ村から西の森上空に広がる紫黒い雲の下では、モルネード王国騎士達、聖属性魔法師団による、対瘴気の陣から溢れ出る魔物討伐が行われていた。
「ダン!西の森の方が苦戦しているらしい。ここはおまえの活躍により大方片付いている、西の森へ応援頼めるか?」
ちょうど、ジャイアントバイゾンを倒し終えたタイミングでラインハルトがダンに声を掛けた。
「わかった!」
振るっていた剣を鞘に収めながらダンは疲れも見せず元気に返事する。周りの騎士達が息をあげながら戦う中で3倍以上の働きをしたダン、その姿を見た騎士団長シズウェルは驚きを隠せない。ダンが西の森へ風の妖精ウェンティの用意した風に乗り向かう後ろ姿を見ながらラインハルトに問う。
「…あのダンという少年、あれだけ暴れても息一つ乱れない、何者なのですか、殿下?」
「私の大事な友人の一人だよ、さぁ、もう一踏ん張りだ!」
そんな、まだまだ暴れ足りないダンがレンダー達を襲うトロールを瞬殺し降り立った。体力も魔力も消費が激しかったレンダー達。その頼もしい姿に声を上げる。
「ダン!!」
「おー!大丈夫か?とりあえず、ラインハルトからコレ預かったから飲めー。」
ダンはポケットから虹色の液体が入った小瓶をシュアに。ピンクの果実をレンダー、カーティス、ルークに渡した。
「これっ、サランの朝露!!」
「こっちはビアの実だ、有難い。」
シュアに渡ったサランの朝露は、聖地サーリンゼルカに咲くサランという花が朝だけ花びらに不必要な成分を出し、朝露の様に見える、それを集めたもので、効果は魔力完全回復。レンダー達が口にしたビアの実は、同じく聖地サーリンゼルカに生る実で、大きさは乳児の拳ほど。効果は体力完全回復だった。
「瘴気の陣、浄化にはまだ時間がかかりそうだな、ラウルは?」
「ラウル達は、この巣の主を討伐しに地下に潜ってる。俺もシュアもここが片付いたら向かうつもりだ。」
「わかった。」
「っと、カーティス、ルーク、このゴーレムの中に捕らえた魔人とその仲間の人間が入ってる、拘束魔法をかけているが。」
すると、大地の妖精シヴがゴーレムの型を崩し、中に閉じ込めていた魔人達を出し、シヴは小さくなってダンの側に寄る。
「シヴ!頑張ったな!」
ダンの言葉に微笑むシヴはウェンティとダンの肩に座った。
「レンダー、この口の布は?」
「自害も辞さない奴だから詰めた。ラウルは取るなと言っていたぞ。」
魔人は息を荒げながら、レンダー達を睨みつけている。仲間の人間はまだのびたままだった。
「承知した。我々が責任を持って預かり殿下の元へ。」
そう、カーティスが魔人に触れようとした時、青黒い炎が現れ、拘束していた二人をあっと言う間に包み込む灰にしてしまった。
「なっ、口封じか!?一体どこから…」
瞬時に辺りを見回すが、犯人らしい人影も見当たらず、ただ上空を一羽のカラスが飛び去って行った。
「今のカラス、生きてる感じがしない…」
ダンがポツリと呟く。
「…大事な本件の手がかりだったが、仕方ない。魔人と瘴気の陣については俺達から殿下に報告しておく。ルーク、この陣の浄化はどのくらいかかりそうだ?」
カーティスが問う。聖属性魔法師団員、10人がかりで、浄化処理すること2時間は経過していた。交代待ちの師団員が状況をルーク達に説明する。
「手強いか?」
「はい、今、浄化処理している師団のランクは全てAですが、それでもやっと陣の、構築壁まで辿り着けていません。幾重にも陣が組み込まれている様で、このタイプは今回が初めてです…聖女モモ様ならあるいは…」
「そうか…。魔人、術者が消えた事により、湧き出る魔物もペースが落ちたか?」
ルークの言葉にカーティスも瘴気の陣を観察する。すると、粗方討伐を指揮を終えたダリアが姿を見せた。
「師団員達のおかげで、魔物出現のペースは落ちてきている!」
「ダリア副団長、ありがとうございます。カーティス、私は師団員達と共に浄化処理進める、貴殿には殿下へ報告をお願いしたい。」
「ああ、わかった。この伝波アイテムで大体の事はヨイチ殿に伝わってはいると思うが。レンダー達はどうするんだ?」
「俺達はラウル達に合流して、この巣の主をたたく。」
「承知した。貴殿らには大変な負担をかけてしまうが、よろしく頼む。」
「冒険者だから、その辺は気にしないでくれよ。ただ、今回の報酬は楽しみだけど。」
レンダーは冗談混じりに笑いかけた。
「殿下に相談しておきましょう。」
ルークの言葉、敬礼に続いて、カーティス、ダリア、周りにいた騎士達もレンダー、ダン、シュアに敬礼した。それに応えて3人は地下に続く闇に消えて行った。
竜騎士団長カーティスは単騎で使役する竜ザフィスに乗り、ラインハルトの元へ急いだ。近衛師団副団長ダリアは西の森の魔物討伐の指揮を執り続け、聖属性魔法師団長ルークは師団員達と共に瘴気の陣浄化にあたる。
シュピツ村と西の森の境界では、ラインハルト指揮の元、ダリア達の討伐網を抜けた魔物達の掃討が続く。レンダー、ダン、シュアは、鼻の効くダンを先頭にラウル達の元に出現するアラネアを退治しながら急ぎ、そしてモモ達は…。
「ラウル達が、見つけた魔法陣はフェイク。あれに乗ったら最期。気性の荒い腹を空かせた子グモ達に喰い殺される仕掛け。ナルボンヌの間に行くには、ボク、サッコン、フォリュリアードの核を3つ揃えるか、今はもうボクに案内させるか…だけど、本当に倒せると思ってるの?」
ペルがラウル達に問う。
「ああ、倒さなければならないからな、王国の平和の為に。ここ最近の冒険者の失踪、聖女の不可解な死は、このアラネアの巣に原因があると見ている。」
「不可解な死?」
モモが初耳という様に驚いてラウルを見た。
「モモには伏せていたが、数少ない聖女達が夜の間に何者かに襲われ、首筋から血を吸い尽くされて亡くなる事件が起きていたんだ。さっきの話からすると、多分犯人は…」
「フォニュリアードだろうね。聖女の血に異様に執着していたからね。」
モモは悪寒を覚え震えた。
(あの時、ペルが助けてくれなかったら…っ)
しかし、この時モモの感じた悪寒はもう一つあった。女王蜘蛛ナルボンヌの視線だ。
「…この娘が聖女…この者の血をヴェルグ様に献上すれば妾は…」
女王の間の水晶に映るモモの姿。そしてナルボンヌの隣に立つ大きな装飾の鏡に映る黒い影。
「そう、貴女に地底魔王の正妃の座を約束しよう。我が主に聖女の生き血を…」
そうナルボンヌに告げると影は消えた。
「妾の聖域に侵入したネズミは…8。そして、ブラッチペルマ…おまえもか。」
ナルボンヌには全て見えていた。そしてダン達がラウル達と合流した時だった。
「ラウルー!!お待たせっ、ここに来るまでに、すっごい量のアラネアに襲われたしっ」
ダンについて来たレンダーとシュアは呼吸を整えている。
「ぜ、ぜんっぶ…ダンが片付けてたよな…そんでこの元気…」
シュアは最早言葉すら出ない。
「あ!!モモ!!」
ダンはモモの姿を目にすると、喜び全開で抱きついてきた。
「きゃっ」
「良かったー!!無事でっ」
ダンに抱き上げられ、固まるモモ。
「ダン、モモがびっくりしているから、そのくらいにしておけ。」
ラウルに促され、モモを放すダンの目に入ったのは全身の色素が薄い青年、ペルだった。
「おまえ…魔物の匂いするけど。モモの友達?モモの魔力も感じる。」
「まぁ、少し違うが、モモに隷属しているペルだ。」
ラウルは隷属した詳細を省いてダンに伝えたが、特に気にする事なくダンはペルに手を差し出す。
「オレ、ダン。魔法剣士、よろしくな!」
「うん、ボクはタランチュラ種のペル、よろしくね、ダン!」
「ペル、ダンの後ろにいる体格のいいのがパラディンのレンダー、そして、まだ息の整わないのがシュアだ。」
(ラ…ラウルさん…い、言い方…)
そんな和やかな空気が一変する。
そのフロア全員を捕らえる様に足下に展開された紫色の魔法陣。
「ナルボンヌの魔法陣っ」
ペルの言葉と共に、全員の姿がこのフロアから消えた。
移動した場所は、サッコンと闘ったフロアより広い、鍾乳石で造られた空間。奥には大きな水晶と装飾の派手な鏡、その更に奥に玉座があるが、女王の姿はなかった。
「やっと会えたわ、聖女モモ。」
名を呼ばれて驚くモモの背後に立っていたのは、蠱惑的な笑みをこぼす女王蜘蛛ナルボンヌだった。淡い桃色の手に長い血の様に赤い爪。その両手がモモの首筋に触れた。肌から伝わる鋭い殺気に、モモは動けずにいた。
「モモに触れるな、ナルボンヌ…」
「おやおや、ペルマ…冷たいじゃないか。ブルーも、フォニュもおまえが殺し、最後は妾か?育ててやった恩も忘れて…!!」
ナルボンヌの人差し指がペルの喉、寸前まで伸びて止まった。
「…っ。貴女はもう昔の美しかった貴女じゃない。闇の力に手を出して何を…」
プツっとナルボンヌの鋭い爪がペルの喉に刺さり血が流れた。
「ペル!!」
ラウル達が動こうとすると、ナルボンヌが睨みつけ、眼力だけで威圧。その瞬間、ペルがナルボンヌの指を弾き、間合いを詰め、モモを奪い返し離れた。モモの側にラウルが駆け寄り、防御障壁を付与、それに続きレンダー、ザックも範囲展開した。
「大丈夫、モモ?」
ペルに抱えられたモモの手は震えていた。
「…ペルマも一皮剥けたか?動きが速くなったな。だが、妾はもう其方の言う通り以前とは違う。其方らを殺して聖女はいただく!!」
ナルボンヌが魔力を解放すると、上半身は人化、下半身は蜘蛛の姿になり、その8本全ての脚に闇の目が付いていた。右脚4本に魔力を集中させ踏み込むと、地面が揺れ、ラウル達は体制を崩すが、そこはペルが範囲に蜘蛛の糸を張り地面より上に浮いた状態の足場を作った。
「助かる、ペル」
レンダーはそう言うと、ナルボンヌに正拳突きを、ダンは妖精ウェンティの力を借り隼斬りを、続くロイドがクトネシリカで横一閃、雷撃を放った。
ナルボンヌは糸を硬化して作った蜘蛛の巣型の盾で、レンダーとダンの攻撃を回避。ロイドの雷撃は飛び上がって避けたところを、ザックが回し蹴りを喰らわし、ナルボンヌは壁に頭から突っ込んだ。この間に、ジュウトとシュアはラウル達攻撃陣に攻撃力、防御力上昇、魔力消費軽減、状態異常耐性の魔法をかけた。
「…っおのれ、人間の分際で妾に触れるとは!!」
ナルボンヌは4本の糸をを伸ばし、レンダー、ダン、ロイド、ザックを捕まえ自身に引き寄せ、そのまま壁に叩きつけた。
「ぐぁっ!!」
「いっ!!」
ナルボンヌはその中でも雷撃を放ったロイドを執拗に叩きつける。
「ロイド!!」
〝クリムゾン・エクスプロード!!”
クアラはナルボンヌに爆炎攻撃魔法を詠唱。4人の糸は焼き切れた。すかさずモモ、ジュウト、シュアが回復魔法を詠唱。4人の傷を癒す。
「くっ…お前たちを甘く見ていた。もう容赦はせぬ!!」
ナルボンヌは5体の大アラネアを喚び出し、自身は影から伸びた闇に包まれると、その表面を蜘蛛の糸が幾重にも重なり、繭の状態になった。
「ペル、あれは?」
大アラネアを相手にしつつ、ラウルが問いかける。
「あの姿のナルボンヌは初めて見る。ボクが知っている形態じゃないし…魔力の質が、変わっていく…?」
ナルボンヌを包む繭から青黒い瘴気が漏れ始めると共に、うめき声が響く。
「あぁぁ…ヴゥ…」
繭が徐々に卵型から楕円型にボコボコと音を立てて変化していく。そして内側からバキバキと音を立て、繭が二枚貝の様に割れ現れた姿を見て、ペルは息をのんだ。
「ナルボンヌ…?」
モモ達の目の前には、赤い目が4つに第5の目が縦に開眼。大きく横に裂けた口からは酸性の強い毒液が溢れ、8本の脚の関節部分にはそれぞれ闇の目があり、躰の周りを青黒い瘴気が漂っていた。
「このままの状態で攻撃しても、ダメージは与えられない、あの瘴気を…ペル!ナイフ作って、私が浄化魔法を付与するわ!」
「了解、モモ!」
モモの指示にペルは硬化した糸でナイフを作製。
「どういう事だ、モモ?」
ラウル達がモモに問いかける。
「私達が倒したサッコンとフォニュリアードもあの青黒い瘴気と闇の目を持っていて、あの瘴気が私達の攻撃ダメージを半減させるの。そして、攻撃の指令を執っていたのはあの闇の目だった。だから私の作る光のナイフであの脚についている闇の目を潰して。私は本体に纏う瘴気を浄化するわ。」
モモの作戦わ聞いていたナルボンヌはクスッと笑う。
「妾をサッコンやフォニュと同じに見てもらっては困る。あれらは、力を扱い切れなかった失敗作。妾は時はかかったが、闇の力を我がものにした。そう簡単にはいかぬ。」
ナルボンヌはモモ達の足下に3つの魔法陣を仕掛けた。
「!?」
「気をつけて!時間差で攻撃仕掛けてくる陣だ!」
ペルの忠告も虚しく、1発目の陣が発動、シュアが酸の毒液に呑まれた。
「うっああああっ!!」
すぐにモモが毒の浄化、ジュウトが、治癒・回復にあたる。
「なっ…防御障壁が効かない…?」
レンダーがたじろぐ。
「魔力のレベルが向こうが明らかに上だからな。攻撃はどこから発動するかわからない、あと2発…」
するとダンの使役妖精アクアが現れ、ルキスと共に
〝セイフレッド・スプラッシュ”
聖なる水、毒のダメージを軽減させる魔法を範囲展開した。
シュアのダメージは回復し、後衛に復帰。
モモはナルボンヌに向けてルキスと共に、天空の輝き
〝セリカ・シャイン”
を詠唱。青黒い瘴気が怯んだ、この隙を見逃さなかったペルは、ナルボンヌの左4本の脚の闇の目にモモが浄化魔法を付与したナイフで攻撃。
「ギャギャギャギャーーーッ」
ナルボンヌは体勢を崩す。
「今だ!!」
ロイドの号令で一斉攻撃を仕掛けた。その間2発目の毒液がザックを襲うが、モモとシュアでフォローする。3発目は不発に終わった。
この頃、地上、西の森の瘴気の陣浄化処理はやっと魔法陣構築壁の破壊が終わり、魔法陣の分解と、通常なら一気に浄化が進むのだが、ここで浄化魔法が弾かれた。
「な、なんだ!?」
「この、浮かぶ文字は一体…」
ルークと師団員達は初めて目にする陣の円周に現れた謎の文字に困惑。その数秒後、文字がギュンと回転し、陣が浮かび上がり大爆発が起きた。
大地が、地下が揺れた。
西の森に背を向けていたラインハルトが振り返り爆風を受ける。
「なっ…何の爆発だ!?」
ラインハルトに報告に向かっていたカーティスもザフィスを止め、爆風の中振り返る。
「…ルーク?」
この爆発で上空にあった紫黒い暗雲が晴れ、代わりにキノコ雲が上がり、雨が降って来た。
カーティスがラインハルトに向かう足をルークの元へ戻した。戻った先でカーティスが目にした光景は。
「あ…っあぁ…ルーク!!」
左腹部から下肢をほぼ失った血まみれのルーク。生きているのが不思議なくらいだった。
「師団長!!誰か!白魔法使いはいないか!?」
「師団長の回復をっ!!」
この爆発の中、この場のルークのそばにいた者達は、ルークが咄嗟に発動させた防御壁で守られたらしい。が、爆発後、魔法陣から巨大な手が現れ、ルークの左腹部から下肢をもぎ取って行ったという。聖魔法で損傷した身体の回復を試みるも出来るのは止血に留まり、白魔法使いも回復処置するも、損傷が大きく、小さな傷が消えるのみ…。
「…っセレネ!何か方法はないか!?」
同じくルークに守られたダリアが使役する月の妖精に問いかける。セレネは眠りを操る妖精。ルークを強制的に眠りにつかす事しか出来ず首を振ったが、
『…ルキスなら再生出来る…』
ダリアの心に話しかけた。
「ルキス…?ルキスとは誰の事だ!?」
『最良の医師、女神エイルの加護を受ける光の妖精。今は聖女モモに使役されている。』
「モモ?」
その言葉を聞いた師団員は、
「聖蛇ナーガ様の化身と言われている聖女様です。今はこの巣の奥で討伐に参加されていまして…」
「ああ、噂の聖女様か。ではその方ならルークを元に戻せると?」
セレネは静かに頷いた。
「地下は一体今どうなっているのか…地上でコレだぞ…」
西の森に大きなクレーターが出来ていた。
一方地下では、この大爆発により地盤が崩れ始めていた。
その瓦礫をコントロールしていたのはラウルの使役する大地の妖精シヴだった。
「なんだったんだ、今の爆発音…」
「誰か大魔法でも使ったのか?」
ザックはクアラを、ペルはモモを、ラウルとレンダーでロイド、シュア、ジュウトを瓦礫から守っていた。
ナルボンヌは瓦礫の下敷きになっていたが、右4本の脚で躰を引き摺り、衝撃波で瓦礫を蹴散らした。
「お、おのれ、妾がこの様な姿を晒すことになろうとは…っ
許さぬっ…許さぬぅ!!」
ナルボンヌは口の中に魔力を溜め始めると共に、右脚から糸を変幻自在に操りザック、レンダー、ラウルの足を捉えると天井、地面に叩きつけた。その糸は手刀、剣でも切れず。ペルはモモに浄化魔法を付与されたナイフで3人の糸を断ち切った。
「ナルボンヌ、自分の今の姿を鏡で見てみたらどうだ?
ただの醜い魔物でしかないぞ…⁇」
ラウルは心理戦を試みた。ペルの言っていた、昔の美しかったという言葉。プライドの高さが垣間見える妾という一人称。女性、美しさを大切にしているのではないかと考えたからだ。
「なんだと?妾が醜い…?バカな。妾は闇の力をモノにし闇の美しさと強さを手に入れた。鏡を見ろだと?…?」
ナルボンヌは奥に据え置かれた鏡で自身の姿を見た。
そこには、確かに魔物が映っていた。淡い桃色の蜘蛛ではなく、青黒い肌に裂けた口からは毒液が溢れ出している。赤い目が4つに第5の目が縦に開眼…醜いと言われても仕方ない姿だった。長く美しい弧を描く様な脚も、ゴツゴツとし、闇の目が付いた不気味な脚に、愕然とした。
「こ、こんな…こんな事…ウソだ!!妾は闇の美しさを手に入れたはずなのでは!?闇の番人よ!!どういう事なのだ!?」
ナルボンヌは鏡に問いかける。すると、鏡に闇の番人と呼ばれた黒い影が映った。
《女王蜘蛛ナルボンヌ、貴女は闇の美しさを勘違いしておいでかな?闇で美しいとされるのは強さであって、見た目ではない。だが、地底魔王の好みまではわからんがな》
「そんな…では、最初から妾を地底魔王の正妃にしてくれる約束は…聖女の血を献上すれば…」
《フハハハハッ、そんな話、我々が最初から求めるのは聖女の生き血。貴女になぞ使い道はあっても、我々の女王になるなど、無いわ》
「そんな…妾は!!」
《五月蝿い、女王といえど、ただの蜘蛛の魔物。我々魔族に意見など…せめて勝てる様に力を貸してやろう。》
闇の番人は、ナルボンヌの核に直接何かを施した。
「!!これは、呪印!?妾…ワラワ…ハァアアアア!!」
ナルボンヌは溢れる魔力をコントロール出来ず、自我を失い、ただ暴走するだけの毒液の魔物と化した。毒液の糸がモモ達を襲う。ペルが結界を張り、その内側に防御障壁をラウル達が重ねがけする。その間にロイドが使役する雷の妖精トールを喚び出し、クトネシリカで
〝インパルス・ストライク”
ナルボンヌに雷撃でショックを与えた。痺れて動きが止まったナルボンヌをロイドが結界から飛び出し一刀両断。したかに見えたが、第5の目が光り青黒い瘴気で邪魔をし、威力半減。続くダンがロイドと同じ場所に斬り入れる。すると…ナルボンヌが分裂した。ナルボンヌの体内はもう毒液でしかなかった。それを魔力と瘴気で体型を保っている状態だった。
「これって斬れば斬るだけ分裂するやつ?」
「そうだな…」
ダンの質問にラウルが答えた。
ペルの結界も毒液と瘴気に耐えかね、崩壊寸前になっている。そこへクアラが毒液を燃やそうと火炎魔法を詠唱。
ナルボンヌは燃え続けながら攻撃の手を止めない。
「出来た!!やるわルキス!!」
モモはそう言うと、ペルが用意した蜘蛛の糸を硬化して作った弓矢に浄化魔法を付与。聖なる弓矢が出来た。
「ナルボンヌの核は…」
「あの、第5の目の中だ!!」
ダンが叫ぶと、瞼を閉じた第5の目。ラウル、レンダー、ザックを壁に、ロイドとダンがクロス攻撃を仕掛け、クアラの爆炎魔法で第5の目が開いた。そして
〝ホーリー・アロー”
聖なる矢が第5の目に直撃。ナルボンヌの核を貫いた。
「ギャギィーーーーー!」
ヒビの入る核。次いで灰になっていく躰。第5の目がついていた躰の毒液が一気に浄化され、ナルボンヌ本来の姿が毒液の中から出てきた。
「ナルボンヌ…」
ペルが駆け寄る。脚から灰化していくスピードは変わらない。意識を失っていたナルボンヌが目を覚ました。
「…ペルマ…?」
「うん…」
「妾の…最期に付き合ってくれるのか…?」
「うん…」
「フフッ…おまえは昔から…優しいね…」
「…闇の番人て何?いつから貴女と接触があったの?どうして…地底魔王の正妃になんか…」
「フフッ…質問だらけだの…ペルマ…。全て答えてやりたいが、もう妾は躰が保てない…コレを…」
ナルボンヌは付けていた花の簪をペルに渡した。
「これは…妾が愛した人間から…貰ったもの。…妾の長すぎた生の中で、幸せだった頃の…これが今までの出来事を…記録している…」
ナルボンヌの躰は、もう胸下まで灰になっていた。
「鍵は…」
声が擦れていくナルボンヌに耳を近づけるペル。そして、女王蜘蛛ナルボンヌは灰となって消えて行った。と、同時にフロアの奥にあった鏡にヒビが入り割れた。
「ペル!急いで脱出するぞ!!崩れる!!」
レンダーがフロアにある魔法陣から叫ぶ。
「モモ達は?」
「一足先にこの魔法陣から脱出してる、ラウルの転移魔法だ。シュピツ村に出れる、行くぞ!」
「ありがとう…、確かレンダーだったよね、ボクが最初傷つけたの…」
「…もういいって!気にしてねーよ。」
洞窟全体が崩れゆく中、レンダーとペルは魔法陣の中に消えた。
同じ頃、地上、シュピツ村と西の森の境界では、瘴気の陣の大爆発後、陣は消え、魔物の残党を片付ける騎士達。負傷者を救護する聖属性魔法師団と白魔法使い。そして竜騎士団長カーティスがラインハルトに聖属性魔法師団長ルークの状態を報告し、現場にいる白魔法使いをルークの元へ向かわせる手配をしていた、まさにその時。
「ラインハルト!!」
その声の主に、ラインハルト、カーティス、ヨイチが奇跡でも起きたかの様に驚いて体を向けた。そこには、ラウル、ダンの後ろにモモの姿があった。
「ラウル!モモ殿!!よくぞ無事でっ、巣の主は倒せたのか?」
「ああ、討伐成功だ。こっちはどうだ?」
「それが…戻ったばかりでモモ殿には大変申し訳ないが、至急西の森に向かってほしい!」
「どうした?」
「事情は後だ。急を要する、聖属性魔法師団長ルークが深手を負って高度な処置を求めている。」
ラインハルトが端的に説明すると、カーティスが愛竜ザフィスに乗る様モモに手を差し伸べた。
「モモ殿、申し訳ない、どうか私と一緒に。」
「わかりました、お願いします。」
モモはカーティスの手を取り、ザフィスに乗って西の森へと急いだ。その西の森自体、地形が変わり果てた姿になっている事に気付いたラウル達。
「…ものすごい爆発音はコレか…?」
シュピツ村から続く西の森は、対魔物用に結界が張られ、爆発による被害は裂けられたが、西の森北側一体が竜巻が直撃した後の様に木々が吹き飛んでいた。
「ああ、カーティスからの報告だが、西の森に出現した瘴気の陣浄化の際、大爆発が起こり、身を挺して結界を張り仲間を守ったルーク師団長が今、意識不明の重体だ。経緯は分かり次第追って説明するが、まさかこれだけの規模の爆発、魔族も関わっているらしい…」
ラインハルトが難しい表情で現況を語る。
「魔族…」
シュアも呟いた。
「今回の件、通常の魔物討伐でも、瘴気の陣浄化でもない。国家に危機が迫っている前兆の様に思うが…」
「…そうだな…、問題は山積みだ…」
ラインハルトの言葉にラウルも深く頷いた。そこへ、レンダーとペルが合流した。
「うぉ!?この森、どうしたんだ?」
「あれ、モモは?」
レンダーとペルの問いにラウルが説明する。そして、ペルの存在に気づいたラインハルトがラウルに小声で問う。
「ラウル、彼は?」
「ああ、ペル!」
ラウルがペルを呼び寄せた。
「ペル、こちらはモルネード王国皇太子のラインハルト。で、こっちはこの度モモと隷属契約したタランチュラ種の魔物でブラッチペルマのペルだ。」
紹介を受けたラインハルトは開いた口が塞がらなかった。
「ま、魔物を使役したというのか、モモ殿は…」
「よろしくお願いします、ラインハルト殿下。」
ペルは優しく微笑んだ。
聖属性魔法師団長ルークが倒れた現場に到着したモモ。ルークに駆け寄り目に入った状態に思わず口を覆う。
「…ひどいっ、早く手当てをっ」
すると、ルークのそばにいた師団員が現状をモモに説明した。
「わかりました。すぐに処置します!」
モモはそう言うと、ルークのそばに座り、ルキスと共に治癒、再生の魔法を詠唱。
〝ヒール・レナトゥス”
ルークの身体を左腹部から下肢に光の粒が集まり、少しずつ欠損部分を再生、治癒していく。この光景を目の当たりにしたカーティス、ダリア、周囲の者達は口々にその奇跡に声をあげる。
「奇跡の力…」
「師団長の身体が元に戻っていく…」
モモが再生処置を始めて5分が過ぎた頃、ルークの欠損部分が完全に再生、治癒され、呼吸も落ち着いていた。モモが手首で脈を確認する。
「…うん、大丈夫。まだ目は醒めないと思いますが、処置は成功しました。皆さんが繋いでいて下さったおかげです。ありがとうございます。」
モモの一言で、ルークの処置に携わった者、見守っていた者、そしてカーティスとダリアは歓喜に湧いた。
「ありがとうございます、モモ様!!」
「ありがとうございます!!聖蛇の化身様!!」
モモが感謝の言葉に照れている一方で、魔力をモモにごっそり持っていかれたペルはぐったりしていた。その様子に気づいたラウルが声を掛ける。
「?どうしたペル、ずいぶん疲れている様だが…」
「モモに魔力を補充したんだけど…その量が半端なくて。」
その後、ラインハルトは全体の指揮を執り、ラウル一行も負傷者の運搬、回復に務め、モモは主に重症者の治療にあたった。救援作業は深夜まで続き、モモかわ最後に処置を終えた頃にはすでに夜明けが近づいていた。
重症者テントにラウルが様子を見に入ると、テントの隅で小さくなって眠るモモの姿があった。ルキスが静かにというジェスチャーをする。
「わかっているよ。頑張ったな、モモ。」
ラウルはそっとモモの頭を撫でた。ラウルの肩では、モモに魔力をほぼ使われたペルが蜘蛛化して魔力回復すべく眠っていた。




