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転生

 目が覚めた時、そこは真っ白な世界だった。私は何かにもたれかかっているのに気づき、体を起こして振り返るとそこには。


「はじめまして、百瀬 美琴(ももせ みこと)さん」


この世の者とは思えない純白の髪に、ルビーの様に輝く瞳、透き通る長く伸びた手…


「え…」


私は後退りしながら、もたれていた者の姿全体を見た。


「へ…蛇」


驚く私に対して、蛇の身体を持つその女性はにこりと微笑む。


「私はこの世界を司るナーガと言います。美琴さん、貴女は元の世界で過労死してしまいました。」

「私…死んだの?じゃあ、ここは…」


ナーガは私を包むように近づき、美しく細い声で話を続けた。


「ここは私の聖域です。ここには魂しか入れません。」


ナーガの言葉に俯きながら私は自分の身に起こった事を走馬灯の様に思い出した。

私は百瀬美琴。看護大学を卒業後、看護師として日々勤めて、昨日の夜勤明け自宅に戻ってすぐ…


「美琴さんは、疲れて深い眠りに入りました。激務に追われて身も心も疲れ果ててしまったのです。貴女に触れて、貴女の世界と記憶を見せていただきました。」

「そう…だったんですね…私。死後の世界なんですか、ここって」


私の質問に、ナーガはふふっと微笑し、その手を私に翳すと私を女神の様な格好にしてしまった。そして、黒い宝石の入ったピアス、ペンダント、腕輪をつけられ


「わっ…」


驚きっぱなしの私にナーガは姿勢を正して語りかけた。


「ここは、美琴さんの世界の言葉で言うなら異世界です。

眠るように亡くなってしまった貴女を、私の世界に転生しました。貴女の他人を想う気持ち、病や怪我で苦しんでいる人々に寄り添い、尽くしている姿に感銘を受けました。

貴女がもし、まだ生を望むのならば、わたしの世界で聖女になりませんか?」

「え…?聖女?」


ゲームとか、漫画に出てくる、あの聖女に私が?

確かにこの格好、聖女っぽい…けど、聖女って何するの?

私RPGはクリアした事ないし、というか、異世界で暮らすってー…と悩んでいると、ナーガが両手で私の顔を包み


「大丈夫、貴女なら立派な聖女になれます。

今、この世界は邪悪な瘴気に包まれつつあります。

どうか、瘴気を浄化し、自然豊かな活気のある世界に戻す力を貸して下さい。」


この、断れない雰囲気で私は言ってしまった。


「は…い」


ナーガは私の言葉に喜び、右手を上げた。すると、パァっと眩しく辺りが輝いたかと思うと、ナーガの隣に虹色に包まれた美しい女性が現れた。


「お呼びですか、ナーガ様」

「ルキス、よく来てくれました。貴女を使役する聖女を見つけたのです。」

「では、瘴気の浄化を?」

ナーガは私の後ろに周り、肩に手を置き、紹介した。

「こちらは百瀬美琴さん、私が異世界より召喚した聖女です。ルキス、百瀬さんの力になり世界を取り戻すのです。」

「かしこまりました」


ルキスという名の女性は、虹色の透き通る様な姿で、羽根があり金色の布を纏った


「百瀬さん、ルキスは光の妖精です。

貴女のそばに常にいて、助けてくれます。心配はいりませんよ。」

「ナーガ様、百瀬さまにこの世界での名を差し上げた方が良いのでは?」


確かに、百瀬美琴は異世界風じゃないよね…と思っていると


「では、モモにしましょう」


ーわりと簡単。


「では、モモ様、私は光の妖精ルキス。私の力は瘴気の浄化時に発動します。また、貴女が呼べば実体化も可能です。

よろしくお願いします」


ルキスはそう言うと、スッと私の体の中に消えて行った。

あまりの展開の早さについて行けない私を余所に、ナーガは


「ではモモ、これからよろしくお願いしますね。これより貴女を地上に送ります。私に御用の際はルキスに尋ねて下さいね、では!」


そう言って、私は光に包まれた。


 ナーガ様にでは!と言われて思わず目を瞑ってしまったままでいると、足元が水に浸かっているのを感じた。

恐る恐る目を開くと、目の前には多くの人達が横目にポカンと私を見ていた。何かの祭礼の最中だったのか、人々の手には飲み物や食べ物、そして神義に使われる様な白い服に身を包んだ者たちが数名と、煌びやかな衣装と黒い鈴を片手に持つ踊り子達。そして、目に入ったのはさっきまで一緒にいたナーガ様のクリスタル像。思わず


「ナーガ様…」


と口にした私。すると誰かが歓喜の声を上げた。


「ナーガ様の化身だ!」


その声に続く人々。


「ナーガ様が瘴気を浄化すべく遣わされたんだ!」

「あの光はなんだったんだ?」

「黒曜石と同じ黒髪だわ!」


人々が口々にナーガ様の名を言い、私を取り囲もうとするのに慌てて体勢を崩しそうになった時、水に濡れながら私を支えてくれたのは、顔の整った銀髪のイケメンだった。

「あ…ごめんなさいっ…」


私は支えてくれていた腕から離れようとしたが、足が水に捕られて逆に顔からそのイケメンの胸の中に収まってしまった。その時、シャランと付けていたピアスが音を立てた。

黙っていたイケメンが口を開いた。


「これってナーガの…」


そこまで言いかけた時、年配の男性が割って入ってきた。


「おい、ラウル!いい加減そこから出てこい!風邪ひいちまうぞ」

「あ、ああ。そうだな、失礼、手を」


私達がいたそこは村の中心にある噴水で、そこから出るのに、ラウルという青年に支えられてようやく地に足をつけた。とにかく、色々な事が起こりすぎて目が回ってしまった私はその場に崩れるように倒れてしまった。


 私はどのくらい眠っていたのだろう。目を覚ますと白い天幕の張られたベッドの上だった。部屋には誰もいない。

その部屋は客間なのか、豪勢ではないが清潔感のある家具も揃えられた見事な部屋だった。とりあえず部屋を出ようと扉に触れようとしたその時。ガチャっと逆に扉が開いて、私は額を豪快にぶつけた。


「きゃあ、すみませんナーガ様の化身様!」

「あ、いえ、こちらこそ」


そう、額を押さえながら言う私に、侍女の後ろから


「そんな格好で部屋の外へはいけませんよ」


と、顔を上げると噴水で私を支えてくれていた青年が立っていた。私も自分の姿を見返すとネグリジェのままだった事に気づいた。


「気が付いたんですね。起きて大丈夫なら着替えて下に来て下さい。」

「あ、はい」


ラウルはそう言うと部屋を後に下へ降りて行った。


「ご気分はいかがですか?倒れられてから2日眠りについたままでしたので心配致しました。」

「私、2日も寝ていたんですか。ありがとうございます、介抱していただいて」

「とんでもございません!ナーガ様が遣わされた方にお仕え出来るなど誉でございます!何なりとお申し付け下さい。私はこの村の長に仕えます侍女サラスです、よろしくお願いしますナーガ様の化身様。」


テキパキと支度を整えながら自己紹介をしてくれたサラスさん。その早さに私は自分で着替えられると言う間もなく、あっという間に純白のマーマイドワンピースに着替えさせられてしまった。もちろん、ピアス、腕輪、ペンダントも。

髪も梳かして整えらた。

私は鏡を見て思わず顔を触ってしまった。

濡羽色(ぬればいろ)の髪に美白のきめ細かい肌。転生前は仕事に明け暮れ夜勤明けには目の下にクマがあり、肌もボロボロ、目立ちはしないがそばかすもあった。それがこんなくっきり二重の美人に転生出来るなんて。ナーガ様ありがとう。でもこれからどうなるんだろう私…と思いながら、青年に言われた通り下に降りると、そこにはあの夜私達に声をかけて来た男性と私を支えてくれた青年。ガタイのいい髭を生やした男性に赤いショールに身を包んだ女性が私を待っていた。

部屋にいた全員が立ち上がり、私に向かって頭を下げた。


「ようこそ、このパロル村にお越しくださいました、ナーガ様の化身様。」


私はビックリして、後退りしながら頭を下げた。


「あ、頭を上げて下さいっ。私こそ助けていただいてありがとうございます!」


姿勢を正した、あの夜声をかけて来た男性が口を開いた。


「私はこのパロル村を治めるアドフォード。私の妻のヨルダ。そしてこちらがギルドの管理人カイドと、今この村の護衛をしてくれているSランク冒険者のラウルだ。貴女の名を伺っても?」

「ありがとうございます、私はモモです。」

「モモ様ですか、可愛らしい名前ですね。」


そうアドフォードに言われ、照れる私をラウルが席までエスコートする。


「様とか、そんなんじゃなくて、どうかモモと呼んで下さい」


ラウルの行動は紳士的で、動きに無駄がなく洗練されたものに思えた。


「そんなことありません。あの夜、この世界を司る聖蛇ナーガ様の祭礼で祈りを捧げた時に、光と共にモモ様が現れました。ナーガ様の化身と言わずにはいられません。私達の世界は今、邪悪な瘴気に包まれつつあり、モンスターの襲撃により次々と街や村が被害に遭っています。」


ヨルダはショールを握りしめながら口にした。


「モモ様、どうかこの世界を救って下さい!」


これからどうすればいいか模索していた私には荷の重い話ではあったけれど、ナーガ様にも邪悪な瘴気を浄化する様言われた。光の妖精ルキスも力になってくれる。聖女になるにはどうすればいいかわからないけど、私に出来る事をしないとだよね。私は両手を前に揃えてナーガ様との出来事、私が転生者である事をゆっくり話した。みんな、笑いもせず真剣に聞いてくれていたことに、一通り話終わった後胸を撫で下ろした。


「転生者…本当に存在したんだな。神蛇ナーガ様の化身とあればモモ様の存在に村全体に緘口令を敷こう。」


静まり返った中で口火を切ったのは、村長アドフォードだった。その手を顎に当てながら悩ましげに話した。この意見に賛同したのが、ギルド管理人カイドだった。


「そうだな。モモ様の御力がどれほどのものかわからないが、ナーガ様の化身、転生者、光の妖精、聖女。これだけの重要ワードに、黒髪も目立つ。悪い輩がいないわけではないからな、人攫いにでもあったら大変だ。」


その言葉にヨルダ、ラウルも黙って頷いた。私はその様子を見てただごくりと唾を飲み込む事しか出来なかった。

すると、ヨルダが手を叩いてスッと立ち上がった。


「さぁ、難しい話は今日はこれくらいにしましょう。モモ様、良かったら私達の所に一緒に住まないかい?うちは子供もいないし部屋はいくつも空いているから。」

「そうだね、モモ様さえ良かったら是非ともさ!」


ヨルダに続いてアドフォードも立ち上がり笑顔で提案してくれた。ただ、さっきまで私の存在が重い話をしていたのが頭を過った私は俯いてしまった。


「あ、ありがとうございます。でも、私がいてもしお二人に迷惑が掛かったら…」


そう言いかけた時、ラウルがそっと私の手を握ってその甘い優しい声で不安を取り除いてくれた。


「大丈夫、転生者のモモ様は今行くところがないのは皆承知の上です。アドフォードもヨルダも元冒険者ですし、頼っていいんですよ。もちろん、俺も村の結界は強化しておくので」


私が顔を上げて見た村長夫妻はグッとガッツポーズを決めて


「任せておくれ、普段の生活には不自由させないから」


頼っていいと言う言葉、任せてと言う言葉、私はそれらの言葉にふっと安心してしまい、思わず涙が溢れてきてしまった。


「…っ、よろしくお願いします」


私はヨルダに抱き寄せられ、その温かさに安堵した。

その様子を見ていたカイドも立ち上がり、


「じゃあ俺は村中にこの緘口令敷いておくわ。モモ様、俺はギルドにいるから必要な時は遠慮なく声掛けて下さい。」


そう言うと、ラウルの肩にポンと手を当てた。

ラウルもそれに応える様に部屋を出ようとした時、

「あの、ラウルさんっ

私、あの夜から迷惑かけてしまって」


お礼を言おうとした私にラウルは近づき、その場に片膝をついて私の右手を取り口元にあてた。


「ラウルでいいですよ、モモ様。

あの程度、気になさらないで下さい。俺は貴女にお会い出来て光栄です。貴女の力になれるのであればいつ何時でもお呼び下さい。俺が貴女の剣、盾になりましょう。」


あまりの騎士プレイに私は真っ赤になり、ラウルに口付けされた右手が熱かった。結局お礼は言えず


「は…い」


とだけ、伝えるのが年齢=喪女の私は精一杯だった。

その場にいた全員がラウルにドン引きだったが、


「おまえ、そーゆーキャラだったか?」

「カイドさん、俺、旅の目的言ってませんでした?」

「……あ。あー…え?」


百面相のカイドを無視して、ラウルは収納魔法を解除し、金の指輪を私の右手薬指にはめた。


「え、これは…?」

「その指輪にモモ様の魔力を込めると俺に伝わります。モモ様の位置にすぐ飛べる転移アイテムです。」


ラウルはニコッと笑ってカイドと屋敷を後にした。

アドフォードとヨルダは、私の指輪を見て


「ラウル、今回はマジみたいね…」

「いいのか?」


この時、私はまだこの指輪の意味を知らずにいた。


 村長のお屋敷で私に与えられた部屋は2階の角部屋、私が最初にこのお屋敷で目覚めた部屋だった。子供に恵まれなかったヨルダがいつか女の子を養女にしようと整えていた部屋だというだけあって、可愛らしい小物や家具が揃っていた。

皆が寝静まった夜、私は自分に何が出来るのか確認しようと「ステータス」

と口にした。これはカイドに教わった生活魔法の一つ。唱えるとヴンという効果音と共に液晶画面が出てきた。

そこにはこう記されていた。


モモ=百瀬 美琴

Lv.52

聖蛇の化身

職業:聖女

使役妖精:光

HP:5,260/5,260

MP:7,830/7,830

戦闘スキル:弓

聖属性魔法Lv.♾

聖属性スキル:HP回復、MP回復、状態異常回復

       治癒、浄化、死者蘇生


 色々あるけれど、どうやって使うんだろう。唱えたりするのかなとステータスを見ながら考えていると、辺りが光に包まれ、妖精ルキスが現れた。その現れ方は幻想的で思わず見入ってしまい呆けてしまった私に、ルキスは膨れっ面で、


「こんばんは、モモ。中々呼んでくれないから来ちゃったわ」


そう言うと、私の隣に腰を下ろした。ルキスは光の妖精で、聖蛇ナーガ様によって使役させてもらった。全体的にパールホワイトで腰までの長いゆるふわパーマのかかった髪、前髪は8割横にふんわり寄せてマーキスカットで5枚の花にみせたバレッタで留めていた。長いまつ毛に角度で変わる虹色の瞳。袖なしの胸元の開いたマキシ丈ワンピースに、背中から虹色の羽根が生えていた。


「ごめんなさい、色々あって…」

「そうよね、それより何か悩んでいるの?」

「んと、ステータス。私に何が出来るか知りたくて。

でもどうやったら使えるのかなって、ルキスわかる?」


私の問いかけに、ルキスがジッとステータスを見た。そして髪をかきあげながら、


「うーん…浄化と死者蘇生はアタシの力があれば可能ね。

回復と、治癒は魔力を使うから…」

「何か唱えたりするのかな?」

「回復対象に手を翳して念じるだけでいいはずよ」

「へー」


私は辺りを見廻し、ペーパーナイフを見つけ手に取ると、スパっと人差し指を切った。これにビックリしたルキス。


「ちょっ…何してるのモモ!」


ルキスの声を他所に、切った指先に手を翳し念じてみる。

すると患部が白く輝き、スーッと傷口が塞がった。

私はニッコリ顔を上げて、


「出来た!出来たよルキス!」


子供の様に喜んでしまった私をジッと睨みつけるルキス。


「急に変なことしないで、ビックリするじゃない!

聖女なんだから治るのは当たり前でしょ!もうっ!」


体を乗り出して怒るルキスに、


「ほ、本当に治せたりするのか試してみたくて、心配してくれてありがとう」


心から心配してくれるルキスに申し訳なくなり謝る私をルキスは抱きしめた。


「アタシ、ご主人様を持つのは初めてなの。自分を大切にしてね、モモ。前世の過労死?この世界では聞いたことないわ。」


私は、ははっと笑ってルキスと額を合わせた。


 翌日、私はギルドでカイドさんに冒険者登録をしてもらった。最初は誰でもEランクからだそうで、魔物の討伐、魔石やアイテム採取、人助けなどの依頼をこなし、実績を積んで経験値を上げランクアップをしていくそう。

依頼についてはカイドさんが選んでくれて、Sランク冒険者のラウルさんが一緒に付いてミッションをこなしていった。

ラウルさんは銀髪の色白で見目整ったイケメン。その佇まいはまるで騎士の様だけど、職業は武闘派のパラディン。

ラウルさんも妖精を使役していて、大地の精シヴさんを紹介してもらった。

シヴさんは、アッシュブラウンの髪を一つに纏めたペリドット色の瞳を持つ方で、右肩を広く出す黒のチューブトップに、ロングのプリーツレース巻きスカート姿。スモーキークォーツで出来た首飾りをしていた。大地にあるあらゆる鉱物などを自在に操る力を持っていて、戦闘では防御力を高めたり、障壁を作り土中から鉱物を取り出し加工して攻撃も援護してくれるという。


村の人々とも打ち解け、私は練習も兼ねて怪我や、病で苦しむ人を治癒、回復する日々を送っていた。

戦闘スキルにあった弓、前世の私は中学生から大学まで弓道部に在籍していた。このスキルが役立つなんて思わなかったけれど、戦闘で後衛になる聖女、護身術として弓のスキルをこの際高めようと朝と夕方にギルド冒険者の弓使いの方に、稽古をつけてもらっていた。


ギルドには度々、王国の西側に現れる魔物達、瘴気の陣の情報が入る。今は王国の騎士団と、聖属性魔法使い、白魔法使い、黒魔法使いが主として防衛に務めているが、聖水を精製する聖属性魔法使いが討伐に駆り出される為、聖水が足りない現状に王国もギルド、冒険者達も頭を悩ませていた。

その情報を耳にした私は、ギルドでカイドさんの手伝いをしていて、冒険者が持っていたポーションについて話を聞いていた。ポーションはHPを回復する液体で、精製出来るランクがステータスと用いる薬草で大きく変わる。カイドさんが、魔力と薬草があればポーションは私でも作れると教えてくれた。ただ、設備自体はこの村にはなく、王都にある王立製薬研究所で主に精製されていたり、薬屋で設備を持つ所もあると教えてもらった。


 それから2ヶ月が経ったある日、私は村の子供達とナーガ像の近くで遊んでいた。すると急に空気が冷たくなるのを感じて、風邪をひいたら困ると思い子供達に家に帰る様伝えた時だった。村から南東に位置する空がどす黒い紫色の雲に覆われているのに気づいた。


「あれは…」


そう呟いた時、村の入り口が人だかりが出来ていた。


「急いで薬師を!医者は?」

「誰か、手を貸してくれ!」

「いや、触るなら聖水を飲んでから!」


ただならぬ状況に、右往左往する村人達が取り囲んでいたのは屈強な体格の男性だった。しかし、その首から胸にかけて紫黒く肌が焼け爛れていて、呼吸ままならぬ状態で必死に何かを伝えようとしていた。急いで駆け寄った薬師は男性の状態を診て


「これは…瘴気の霧を吸ってしまったんだ、早く処置しないと!」


そう言うと、自身の手に聖水をかけ男性の気管辺りに聖水を染み込ませた布を被せた。しかしあくまで応急処置、毒素は両腕にも迫っていた。それを見た私は人をかき分け、薬師と顔を合わせた。薬師も私の言いたいことを即座に理解し頷いて、その場を譲ってくれた。

私は男性の胸元に手を翳し『毒素浄化、皮膚組織回復』と念じた。男性の胸元が白い光に包まれ、次第に壊死し掛かっていた皮膚が快癒していった。肩で呼吸をしていた男性も次第に落ち着きをみせ、自分の体を見渡した。


「は…あ、奇跡だ。もうダメかと思っていた。」


男性の回復に取り囲んでいた人々も胸を撫で下ろし喜び合った。男性は目の前にいた私の両手を握りしめ

「ありがとうございます!貴女は命の恩人です!なんとお礼をすれば…」

「それより、おまえは隣村の司教じゃないか、一体何があった?」


私と男性の間に割って入ったカイドの言葉に私は男性を二度見してしまった。


…し、司教様?この体格で?この村の司教様とはずいぶん違う。ゴツい…。まるでプロレスラーだわ。


パロル村の司教は細身の背の高いイケおじだった。

するとカイドの問いに司教は血相を変え震えながら語り出した。


「と、突然だった。風が鎮まり空気が冷えてきたかと思うと空が澱んだ雲に覆われ、瘴気の霧に村全体が包まれたんだ。

外にいた者達は私の教会や家に逃げ込んだが、逃げ遅れた者はその霧を吸って毒に冒されその場に倒れた。私はありったけの聖水を、教会中に撒き、助けを求めにここへ馬を走らせた。その馬も瘴気にやられて…

聖水の効果もいつまで保つか、他の者達の安否も分からず仕舞いだ。」


聞いていた村人達も青ざめ、悲惨な状況に息を呑んだ。

でも、私は前世が看護師だったからか、冷静な自分に気づいた。毒に冒され爛れた皮膚も、火傷や、熱傷と同じ。これより酷い状態の患者を幾人も見てきた。今ここで私が怯えてる場合じゃない。私は立ち上がりカイドさんに言った。


「私を隣村まで連れて行ってくれませんか?」

「…っしかし、ここまで来た司教も馬もこの状態だ。

転移石で行く事は出来るが、霧の中に包まれることになるぞ」


転移石とは、登録された土地に転移可能な黒曜石で、パロル村では、ナーガ像の中に埋め込まれている。一定の魔力を込める必要があり、魔力が低い者は使えない。

パロル村の転移石には、隣村のマピチュの他に、王都ラダンディナヴィアが登録されている。

マピチュ村の転移石も村の中心にあるナーガ像に埋め込まれていた。


「そうだわ、ラウルは?こんな時にラウルは何処に行ったんだい?」

ヨルダが辺りを見廻して叫んだ。

「ラウルなら今頃王都に…そうか!

モモ様、ラウルから貰った指輪に魔力を込めて下さい!」


カイドに言われるままに指輪に魔力を込めた。

すると、足元に魔法陣が現れ、手荷物いっぱいのラウルが魔法陣から出てきた。現れたラウルにヨルダが駆け寄り、


「何呑気に買い物してるんだ、ラウル!」

「えー…ヨルダさんに頼まれた香辛料とかめあるんですが…」

「ーーーあ…」


そのやり取りを仲裁したアドフォードは、ヨルダの前に割って入りラウルに今、隣村て起きている事を話した。瞬時に状況を把握したラウルは、収納空間から装備を取り出し装着した。その姿は漆黒の鎧に包まれた騎士様で、思わず見惚れてしまっていた私にラウルは優しく声を掛けてくれた。


「モモ様、貴女の事は俺が必ず護ります。俺の結界を使ってここからマピチュ村へ転移します。結界内であれば瘴気を遮断出来ますので、まずは状況を確認しに行きましょう。」


そう言うと、私の体を引き寄せ結界を展開させた。


「2人だけで大丈夫か…?」


カイドが心配そうに声を掛ける。


「霧で包まれているのなら、人数は少ない方が動きやすい。

王都のギルドにも伝令しておく。」


ラウルがパチンと指を鳴らすと青い鳥が現れ空へ消えていった。その手でナーガ像に触れ魔力を注ぐと、私とラウルはパロル村からマピチュ村へ転移した。


 これから危険な場所に行くのに、私は別の意味で緊張していた。だって、男性に抱き寄せられた事なんてなかったから。しかも相手はイケメン。私が下を向いたまま落ち着かない様子に気づいたラウルは大丈夫という様に更に強く抱き寄せた。私は耳まで真っ赤になってしまった。どうにかして落ち着きを取り戻さないとと思っていると、頭の上からフッと微笑われた。わざとやってるのかと、ラウルを睨んでしまったが、上手なラウル。微笑みで返された。


「…っひどい濃霧だな」

「ここがマピチュ村?」


私達が村の中心のナーガ像に転移した時、誰かが戦っている姿が微かに見えた。ラウルが私の前に立った次の瞬間、強い風によって一部濃霧が晴れ、目の前に淡く青く光る妖精が現れた。

「ウェンティ!?って事は戦っているのはダンか?」

ラウルの問いに妖精はニコリと笑って応えた。













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