表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北天のアリス  作者: 埼山一
第五章 京
88/90

第五章之五 脱出

アザミ ……主人公兄妹(きょうだい)の保護者。今、息が詰まっている。

ナライ ……真・主人公。兄。疲れて寝てる。

カヤ  ……主人公。妹。夢見心地で寝てる。

黒雲(くろくも)  ……アザミの愛馬。黒い。賢い。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。茶色い。

はるかぜ……カヤの愛馬。白い。


小波間(こばま) ……(みやこ)の海の玄関口。

(みやこ)   ……秋津島(あきつしま)の中心。朝廷が置かれる。

秋津島(あきつしま) ……物語の舞台となる島。

津留崎(つるさき) ……陸国にある。津留崎家が差配する里。

陸国(りっこく)  ……秋津島最北端に位置する律令国。ナライたちの住む国。


 馬の世話の最中に熱を発したと言う宿の主人の腕に発疹を見つけたアザミ。

 それを見た彼は主人を厩に置き去りにすると、急いで部屋へと駆け戻っていた。


「ナライ! カヤ! 起きろ!」


 アザミは部屋の戸を開けるなりそう怒鳴り込んでいた。


「うわっ!?」

「な、なに?」


 そんなアザミに驚いて飛び起きたナライとカヤ。

 二人は寝ぼけることも許さない勢いでズカズカと部屋に入ってくるアザミに何事かと向き直ったのだ。


「すぐに出るぞ! 仕度しろ!」


 簡潔な指示を出しながら、率先して荷造りを始めたアザミ。


 今はとにかく時が惜しい。こんな場所からは一秒でも早く立ち退きたかったアザミだ。


「え? え? 出るって、まだ朝も食べてないよ?」


 と、事情の呑み込めないナライがそんな不平を口にしていた。

「飯は抜きだ。早くしろ。すぐにここを出るぞ」


 呑気なことを言い出すナライに殺気立つアザミ。

 ナライはアザミの只ならぬ気配を感じて黙り込んだ。

 すると今度口を開いたのはカヤで、


「ここを出るってこの宿のことですか?」

「違う! 京を(みやこ)出ると言っている! 二人ともグダグダ言ってないで早く準備しろっ!」


 余裕を失っていたアザミは、事情を理解せずに悠長なことばかり言う二人に怒りを爆発させたのだった。




 碌な説明も受けられないまま半ば強引に京を出立させられることになったナライとカヤ。

 それでも保護者のアザミの命令に従わないわけにもいかず、二人はアザミに付いて京を出たのだったが……


「ちょっとアザミ! 待ってよ! カヤが付いて来れてないんだけど!」


 足並みがそろわないことを気にしたナライが、気ばかりが急いているらしいアザミを呼び止めていた。

 カヤのはるかぜが明らかに遅れ始めていたのだ。

 はるかぜの長所は穏やかで扱いやすいところだ。しかしその代わりと言ってはなんだが、脚力と言う点では黒雲(くろくも)疾風(はやて)のそれに比べると明らかに劣る。

 だから、このようにアザミがやたらと急ぎたがる状況下に置かれると、他の二頭と距離を空けられてしまうと言うことは、はるかぜの元々の持ち主であるアザミが一番よく知っているはずなのだが。


「カヤ! 早くしろ! 遅れてるぞ!」


 アザミは後方で速度を出さずにいるカヤを叱り飛ばしたのだ。


 早く。一刻でも早く陸国へ。――そんな想いばかりが先に立つアザミだ。

 彼が宿の主人に見出した発疹は、死の危険を孕む疫病・疱瘡(ほうそう)の症状の一つだったのだ。

 もちろん医師ではないアザミには、主人が本当に疱瘡に罹ったのかなど判断はできない。

 しかし疱瘡と言う病は、それがたとえわずかであったとしても罹患する恐れがあると感じたのであれば、直ちに避難しなければならない。そう言う病だった。


「カヤ! 名残り惜しいかも知れないがモタモタしていられない事情があるんだ! 説明なら小波間(こばま)に着いたらしてやるから!」


 アザミは再びカヤを叱咤した。

 これはアザミの私見に過ぎないがだが、今回の疱瘡はもうすでに拡大を食い止めるなどと言う段階はとうに過ぎてしまっていると見て良い。

 そして感染力の強い疱瘡は、京の外に一歩出たからもう安心だなどと言える代物ではなかった。

 しかしカヤ。アザミがこれだけ言っているにもかかわらず、はるかぜをせっつく気配はなく。

 すると――


「あっ!」


 真先にそんな声を上げたのはナライだった。


 カヤの様子がおかしいことを薄々感じ取っていたナライは、妹がはるかぜから転げ落ちた瞬間を目撃してしまったのだ。




 カヤが倒れた。

 近くに避難できそうな廃屋を見つけたアザミは、土間から奥には入らないようナライに命じると、カヤをそこの板敷に運び込んでいた。


「ホウソー?」

「ああ」


 オウム返しにしてきたナライに、アザミは頷いた。


 どうしてこんなに急な出立になったのか説明したのだ。

 それはアザミにとっても認めたくない事態で、だから本当ならもっと別の、なんでもない和やかな場面で伝えたかったことなのだが……


「じゃあカヤはその、ホウソーってのにかかったかもしれないってこと!?」

「そうは言っていない!」


 焦燥をあらわに食ってかかってきたナライに、気色ばんで答えたアザミ。


 まだそうと決まったわけじゃない。毎年のようにやって来るただの感冒かも知れないのだ。


「……まだそうと決まったわけじゃない」


 アザミは絞り出すように言った。


「……」

 アザミの言葉にただ土間で立ち尽くすしかないナライだ。


 本当ならば、こんな時ぐらい兄らしく優しく接してやりたいナライだ。だが、今はカヤに触れることはおろか、近づくことすら禁じられている。


「オレ、ちょっと出てくる」

「出るって待て! どこに?」

「このままじっとしてたってしょうがないだろ? カヤに熱があるってんなら熱冷ましを取って来るよ」

「だったら俺が――!」


 今にも飛び出しそうなナライに、そう言いかけたアザミ。

 しかし、今自分が薬草摘みに出てしまったら、一体誰がカヤの看病をすると言うのか?


「……そうだな。なら差し当たっては一回分でいい。大至急で頼む」


 思い直したアザミはナライに依頼したのだった。


アザミ ……主人公兄妹(きょうだい)の保護者。責任と後悔で頭がいっぱい。

ナライ ……真・主人公。兄。今、自分に出来ることってなんだ?

カヤ  ……主人公。妹。ギリギリ意識はある。

黒雲(くろくも)  ……アザミの愛馬。黒い。賢い。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。茶色い。

はるかぜ……カヤの愛馬。白い。なんと言われようと決して歩速を上げなかった。


小波間(こばま) ……(みやこ)の海の玄関口。

(みやこ)   ……秋津島(あきつしま)の中心。朝廷が置かれる。

秋津島(あきつしま) ……物語の舞台となる島。

津留崎(つるさき) ……陸国にある。津留崎家が差配する里。

陸国(りっこく)  ……秋津島最北端に位置する律令国。ナライたちの住む国。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ