第五章之一 トウカとの別れ
アザミ ……主人公兄妹の保護者。
ナライ ……真・主人公。兄。
カヤ ……主人公。妹。
トウカ ……津留崎のヒカズラの娘。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
小波間 ……京の海の玄関口。
京 ……秋津島の中心。朝廷が置かれる。
秋津島 ……物語の舞台となる島。
津留崎 ……陸国にある。津留崎家が差配する里。
陸国 ……秋津島最北端に位置する律令国。ナライたちの住む国。
アザミたち一行が無事京に辿り着いたのは、小波間を経ってから丸一日。宿場町を出てから半日経った昼下がり頃のことだった。
京の都――朝廷の所在地にして、秋津島最大最高の人口と文化を誇るこの都市は、その四方を山と城壁に囲まれた城塞都市だった。
京に入るためには東西南北にそれぞれ一つずつ設えられた大門のいずれかを通るよりほかになく、アザミはそのなかでも京の正面玄関とも言うべき南の門を選んで入京していた。
そしてこれは、その南の門にほど近い所にある宿に厄介になることを決めたあとでのこと――
「ナライ様。カヤ様。短い間でしたが、御昵懇にしていただき大変ありがとうございました。トウカはこれより橘様の屋敷へと赴きますが、お二人と共に過ごせた時間、トウカ、生涯の宝といたしますわ」
ナライとカヤが荷ほどきを終え部屋で一息ついていると、居住まいを正したトウカが、二人に向かってそそと頭を下げていた。
「あれ? もうですか?」
「ちょっと急すぎない?」
と、寝耳に水だったカヤとナライ。特にナライなどはトウカに釣られるように、慌てて居住まいを正すと、彼女に翻意を促していた。
しかしトウカ、ナライの言葉に残念そうに頭を振ると、こんなことを言う。
「いえ。門を通る際、わたくしは衛士に身分と目的を明かしておりましたでしょう? ですから、わたくしが京に入ったことはもう橘様のお耳にも入っているはずなのです」
あまりのんびりしていると先方にあらぬ疑念を持たれかねない。自分はあくまでも地方から送られてきた人質ですから。――と、暗に自分の立場を伝えたトウカだ。
さすがに遅参の一つや二つぐらいで粗略に扱われることはないだろうが、それはあくまでも自身が従順な人質であることを弁えた行動を取れていればこそ。
初端から相手の不興を買うようなことを率先しては、立場の弱い津留崎にどんな不利が降りかかるか分かったものではなかった。
「ま、そんなワケだから、俺はトウカさんをその橘とか言う公家野郎の屋敷まで送ってくる。京見物はそのあとになるだろうから、悪いがそれまでお前たちはここで待っててくれ」
トウカの説明を傍で聞いていたアザミは、そういうものかと得心している二人に告げた。
一行の中でただ一人、最初からこう言う手筈になっていることを知っていたアザミだ。
だからこそ、まだ驚きさめやらぬ二人とは対照的に淡々と落ち着いた様子で言って聞かせることができたのだ。
しかし、ナライ。何を思ったのか、急にこんなことを言い出す。
「ねえアザミ。それってオレもついてっちゃダメなの?」
「うん? ……いや。どうしてもダメってことはないと思うが、お前が行ったところで別に面白いような場所じゃないぞ?」
「じゃあ別についてってもいいんだ?」
「いや……いいと言えばいいかも知れんが……」
その気になったナライに、困ったアザミ。
やんわりと断ったつもりがついて行く気満々になってしまった。――ナライを本当に連れて行ってもいいものか、今さらながら思案するアザミ。
「――いや。やっぱり何の関係もない子どもを気軽に連れて行っていい場所じゃない。それに、お前を連れてくとトウカさんが先方から白い目で見られるかも知れんしな。やっぱりやめておけ」
試案の結果、アザミは今度こそはっきりと断った。
そもそもアザミたちの住む陸国は、朝廷から最も離れた位置にある、いわゆる「クソ田舎」だ。
そんなところで育った小僧が――それがたとえ屋敷の門前だろうと――京の公家に近接するのはちょっと危険がある。
しかし、ナライが頷く前に口を開いたのはトウカで。
「いえ。わたくしは構いません」
トウカはナライの提案を歓迎していたのだ。
「や。でもそれは……」
「構いません」
気乗りしないアザミに、もう一度言うトウカ。
「いいの?」
「はい。むしろナライ様とお別れするのが少しでも伸びるのであれば、わたくしとしてもそれは喜ばしい事ですし」
トウカは「ふふ」と、ナライの方を見て微笑んだ。
これでなかなかどうして元々ナライと気が合うようなところがあったらしいトウカなのだ。
だからこの決断は裏も表もなく、ただ純粋にもう少しだけナライと一緒に旅がしたいと思っている様子なのだが……
「……だ、そうだ。一緒に行く気ならさっさと準備しろ」
トウカの意向を受け入れたアザミはため息混じりに告げた。
この件に関してはトウカが主人なのだ。その彼女が良いと言っている以上、アザミに否やを言う資格などあろうはずもない。
「カヤ。お前はどうする?」
諦め顔のアザミは、カヤの意向も確認した。
このままではカヤだけが留守番と言うことになるし、だったら一人増えるも二人増えるも同じこと。
勿論カヤのことだから、もし留守番になったとしてもなんら不都合はないだろうが、着いたばかりの見知らぬ土地に、一人ぼっちではさすがに少し可哀そうでもある。
それに――
「……見物ってトウカさんを送ったあとになるなんですよね?」
カヤは、少しの間考えるようなそぶりを見せてから、そう尋ねていた。
「ああそうだな」
「じゃあ行きます」
送り届けたその足で見物に行けるんなら、戻る手間も省けるし、トウカを送り届けるまでの道中事態も見物になる。――カヤは、アザミが期待した通りの合理的に判断を下したのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。公家嫌い。
ナライ ……真・主人公。兄。好奇心強い。
カヤ ……主人公。妹。トウカ嫌い。
トウカ ……津留崎のヒカズラの娘。芯が強い。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
小波間 ……京の海の玄関口。
京 ……秋津島の中心。朝廷が置かれる。
秋津島 ……物語の舞台となる島。
津留崎 ……陸国にある。津留崎家が差配する里。
陸国 ……秋津島最北端に位置する律令国。ナライたちの住む国。




