序章之八 戦場のアザミ
ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。耐えて耐えて耐え抜いた真の主人公。なのに賊徒四人衆よりも出番がない。でも瀕死だし仕方がない。
カヤ ……主人公。二つ下の妹。まだまだしばらくは出番ない。
アザミ ……遅れてやって来たナライの旅の連れ。保護者。ナライの父の古い友人。ナライ父よりも齢下だけれど、まあそれなりの年齢。怒り心頭。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。腹黒な上、非情な狂人だった。
副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。鹿頭に比べたら常識人。賊徒の中じゃ年長者な分だけ思慮がある。
頬腫らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。危険人物。頬と両手が痛い。今もまだ「うぐぐう……」とかって呻いてる。
賊徒×1……新人賊徒。鹿頭に認められる千載一遇の好機に、密かに燃えている。運の良さは一番かも知れない。
疾風 ……ナライの愛馬。まだまだしばらくは出番ない。
(……一対三、か……。ふん。)
これは普通に考えれば、勝負にすらならないとんでもなく不利な戦いなんだろう。
だが俺は悲観していなければ、焦りもしていない。無茶ばかりやっていた若い頃に比べれば、こんな状況は不利の内にも入らなかったからだ。
相手は三人。
だが、頭と呼ばれていたあの妙な被り物の鹿頭は、実際には戦意を見せていなかった。
上手いこと焚き付けて他の連中の士気を高めてはいたが、自分自身がやり合うするつもりはサラサラないようで、やる気がある「ふり」をしているだけだったのだ。
(ふん。隙を見て自分だけ逃げ出すつもりか?いいさ。一番厄介そうな奴が参加しないなら却って好都合だ。こっちも好きにやらせてもらう。)
俺は一旦鹿頭を連中の頭数から外すと、残った二人の様子を窺った。
「クルカァ!」
「ドシタァッ!」
いかにもそれっぽい気勢を上げた賊徒の二人。
どちらも腰を落とし過ぎてはいるが、それでも得物を八双やら中段やら、それらしい構えを取っている。腰が引けているということもなく、実戦に臆している様子もない。
(ほおう……場数だけは踏んでいるみたいだな。)
だが見た所、どっちも大した技量じゃなかった。所詮、賊は賊と言うことだろう。
年嵩の方は経験の多さからか、もう少し技の引き出しが多そうな節も見られるが、だがだからと言ってそれだけのことでこの俺の脅威になるなどありえない話だ。
(どっちからやってもいいが……まあ、こっちだろう――なっ!)
俺は最初の標的を定めると腰の刀を抜きもせずに、隠し持っていた石を若い奴に向かって投げつけていた。
「うげっ!?」
額に不意打ちを食らってひっくり返った若い賊。
「ふはっ……。」
その無様に、つい嗤いが漏れた俺。
油断し過ぎなんだよ。食らうか普通?それになんて脆さだ。そんな腕で賊をやろうなど、正気の沙汰じゃない。あれじゃ命がいくつあっても足りないだろう。
(ま、命をいくつ持っていようが、ことごとく奪ってやるだけだが……。)
死ぬまで殺す――その考えはいくら賊徒相手でも非道が過ぎるかも知れない。
だが俺は怒っていたのだ。この連中がナライとカヤの兄妹に手を出したことに。
大体、今投げつけてやったこの石だってナライの周囲にいくらでも転がっていた物の一つだ。
体中痣だらけ傷だらけで、それでも倒れることなく立ちはだかっていたナライ。
そして、そんなナライの傍に転がっていた無数の石。
と言うことは、ナライはこの石で嬲られたということで間違いないだろう。
(お前らのやったことをそのまま返しただけだ。まさか文句はないよな。)
俺は簡単にひっくり返った間抜けにはそれ以上見向きもせずに腰の刀を抜き放つと、すかさず年嵩の方に斬り掛かっていた。
「コイヤアッ!」
「発ッ!」
甲高い気合と共に、年嵩が俺を迎え撃ちに出て来ていた。
退がるどころか前に出たその気合。それだけは及第点と言ったところだろう。
そうして打ち合わされた二つの刃。ガリガリッとした鉄の感触が柄を通して伝わってきていた。
(あっ!?)
その感触に不快を感じた俺。
(こいつ……いい加減な手入れしやがって……。刃が欠けてるじゃないか。)
たかが賊なんぞに道具の手入れを求めるのもおかしな話だが、こういうのを見るとどうにも腹が立つのだ。普段からこういう所をきちっとしていない奴が強いはずがないのだ。
「フンヌヌウッ!」
年嵩が気合を入れて押し返してきていた。
その気合。一度なら褒めてやってもいいが、二度目ともなるとただうるさいだけだ。
しかも、押し合えば押し合うほどに伝わってくるガリガリとした感触が、ますます俺を不快にさせる。
(ふざけるなよ。そんな腕で本気で俺を斬れると思ってるのか!?)
木挽きと勘違いしているのかこいつは?――そう思いたくなるほどに、打ち合う箇所をグリグリガリガリとずらそうとする年嵩に腹を立てた俺。
だから俺は自分の不機嫌さに身を任せると、そのままググッと刀を圧し込んでいた。
「マダマダアッ!――ア、あれ?……や……ま……待て、待て。待て!」
そんな俺に圧されて体勢不利になるに釣れて、中断を求める声に変わっていった年嵩の気合が何とも滑稽だった。
「いや。無理だな。待てん。」
だが、俺が賊ごときのそんな希望に応える義理なんぞ持っているはずがない。
何しろこのあとが閊えている。残っているのは礫一つでひっくり返った間抜けだけだとはいえ、そいつだっていつまでもひっくり返っているわけじゃないんだからな。
それに、あのやる気なさそうな鹿頭だって逃がしてやる気など、俺にはなかった。
「おいっ!待てって言ってるだろ!……ま――」
だから俺は年嵩の世迷言には耳を貸さずに、そのまま奴の首筋を力任せに圧し斬っていた。
「――ま!……あ……ァ……。」
「ふん……。」
やはり自分の道具の手入れも満足にできない奴はその程度の腕なのだ。――足元に崩れ落ちた年嵩を見てつくづくそう思う。
それから俺は年嵩の得物を取り上げると、その刃を見た。
やはり刃のあちらこちらが欠けていた。それだけでも許せないが、さらに許せないのは曇りや錆も目立っていることだ。
一体どれだけの間、手入れをしていないのだろうか。やはり賊はどこまで行っても賊に過ぎないのだ。自分の命を預ける商売道具にすら気を遣わないで、よくも今まで生き延びていたものだ。
「チッ……。」
つまらない物を見てしまった。俺はその得物を持ち変えると、それをそのまま思い切り投げつけていた。
「――けひっ!?」
投げつけた先には、ようやく体を起こしたばかりのさっきの間抜け。
喉笛を貫かれた間抜けは、せっかく起こした体を再びひっくり返らせて二三度痙攣すると、それきり起き上がってくることはなかった。
(よし。これで残るはあいつだけか。)
俺は間抜けの絶命を見届けると、すぐさま新たな標的に頭を切り替えていた。あいつとは、当然鹿頭のことだ。
しかしあの鹿頭。見た目からしておかしな奴だとは思っていたが、結局最後まで何の動きも見せなかった。
逃げるわけでもなければ、攻めてくるわけでもなく……。つくづくおかしな奴だ。
そんなことを思いながら鹿頭の方を振り向いた俺。すると――
カンッ!
と、後方から竹を叩いたような音が聞こえたかと思うと、俺の後頭を目がけて飛んできていたのは一本の矢。
「うおうっ!?」
俺は咄嗟のところでその矢を躱していた。
(新手!?こんな時に……!?)
音に気付かなければやられていたかもしれない一撃だった。しかも何の殺気も感じさせないまま、矢だけが急に襲い掛かってきていたのだ。
だがそれは、どこぞからの流れ矢だというのでもなければ相当な手練れがそこにいるという証拠。
俺は歓迎できない強敵が現れたことを覚悟して矢の飛来した方向を睨み付けていた。
アザミ ……遅れてやって来たナライの旅の連れ。保護者。ナライの父の古い友人。歴戦の猛者で、敵と見ればどこまでも非情。
ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。少なくとも死にはしない。
カヤ ……主人公。二つ下の妹。まだまだしばらくは出番ない。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。結局何もしないまま手下が殺られるのを見ていた。しかし……。
副首領/年嵩 ……賊徒のナンバー2で仕切り役だった。鹿頭に比べたら常識人だった。賊徒の中じゃ思慮も武力もあったのだけれど……。
賊徒×1/間抜け……新人賊徒。残念なことに、アザミの目にはただの間抜けとしか映っていなかった。
頬腫らし ……外観が特徴的な荒くれた賊徒。戦闘不能で頭数に入れてもらえなかった。今もまだ傷に苦しんでいる。はず。
疾風 ……ナライの愛馬。まだまだしばらくは出番ない。
木挽き ……ノコギリのこと。ギコギコ。




