第四章之十三 トウカ
アザミ ……主人公兄妹の保護者。おひとり様上等。
ナライ ……真・主人公。兄。齢相応にスケベ。
カヤ ……主人公。妹。下ネタ嫌い。
ヤクト ……兄妹の父。深沢で一軍の将みたいなことやってる。アザミへの信頼が大きい。
イサル ……ヤクトの下で働く兵。ナライとカヤの友人。兄妹の母の元へ手紙を届けに向かう。
鹿頭 ……序章に出てきた賊徒たちの元頭領。アザミと秘密同盟を結んだ。
女性 ……市で声をかけてきた。何考えてるのかよく分からない人。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
深沢 ……主人公兄妹の父・ヤクトが賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。近年の賊徒騒ぎで人が減っている。
安賀多 ……氷見沢最寄りの港町。西にある。
小波間 ……京の海の玄関口。
京 ……秋津島の中心。朝廷が置かれる。
秋津島 ……物語の舞台となる島。
賀来礼 ……アザミの家がある所。
「ねえアザミ」
と、ナライが横から声をかけてきたのは、市での食探しの代わりに入った居酒屋で、出された皿をあらかた片付けてからのことだった。
「ん?」
「なんでこの女、オレたちと一緒にメシ食ってんの?」
「さあ……」
ひそひそ声で尋ねてきたナライに、同じようにひそひそと返すアザミ。
アザミの正面には今、ついさっき声をかけてきた例の女性が、すました顔で最後の一皿を平らげているところだったのだ。
「何でだろうな?」
困惑顔で答えるアザミだ。
この女性、なんでそうなのか知らないが、とにかく何を聞いても口を開こうとしないのだ。
これまでのやり取りで、アザミに用があるらしいことまではどうにか分かったが、それ以上のことが何も出てこない。
なにしろ彼女の返答と言えば首を縦に振るか横に振るかの二種類しかなく、「要件を聞かせて」と具体的なことを尋ねたりすると、こんどは首をかしげて「何でそんなことを?」と言いたげな感じを醸し出してくるだけ。
終始こんな調子なものだから、彼女と意思の疎通を図るなんて大抵の労力では適うはずもなく……
「ふん。無視して置いて来ちゃえばよかったんですよ」
ナライの隣に座っていたカヤがぶすっとした顔で言った。
「ちょ、待てカヤ。本人の前だぞ」
本人を目の前にしても何も憚ろうとしないカヤに、気まずそうに注意するアザミだ。
確かにこの女性は一行の誰もが知らない人物だが、自分に用があるらしいところまでは判明している以上、あんまり無下に扱うわけにもいかないのだ。
しかしそんなこと知ったこっちゃないカヤは、ちっとも批判の声を抑えようとはせず、
「別に聞かれたっていいじゃないですか! この女、誰も知らない人なんでしょ? だったらわたしたちと一緒にご飯食べてる方がおかしいんだから、ちゃんと言ってあげないと!」
「そ、そりゃそうかも知れないが……」
なんだか怒りの矛先が自分に向けられているような気がしてタジタジになったアザミだ。
すると、それまでただ食べることだけに集中していた女性がおもむろに口を開き……
「申し訳ありません……急に、お腹の虫が騒ぎ出してしまいましたもので……」
出された物をすべて綺麗に平らげた女性がぺこりと頭を下げていた。
「は?」
「え?」
「しゃべった!?」
突然しゃべり出した女性に驚きを隠せない三人だ。
それまで聞いた彼女の声と言えば、最初に会った時の「こんにちは」だけ。それもひどくか細い感じで、今になって思えば、あの雑踏の中で聞き取ることができたのはとんでもない幸運だったんじゃないかと、思えるぐらいのもので……
「お恥ずかしながらわたくし、お腹が空きますと、しゃべれなくなってしまうところがありまして……」
「え? じゃ、なに? あなた、今までしゃべらなかったの、お腹が減ってたから?」
カヤの問いに恥ずかしそうに、コクリと頷いた女性。
「申し訳ございません……」
彼女、よっぽど恥ずかしいのかうつむいてしまう。
するとそれを見たアザミは、
「なるほど。だったらあらためて聞かせてもらうが、アンタ、俺に用事があるってことでいいんだよな?」
と、彼女の要件を問い質したのだった。
「失礼ながらお伺いしますが……貴方様は賀来礼のアザミ様……で、いらっしゃいますよね?」
「ああ」
女性の誰何にアザミは頷いた。
すると彼女、懐剣をそっとアザミの前に差し出して、
「わたくし、津留崎のヒカズラの一女で、名をトウカ……と、申します」
「なっ!? 津留崎のヒカズラだと!?」
差し出された懐剣に刻まれた家紋に驚くアザミ。
――津留崎とは、その名が示す通り津留崎家が差配する里だ。
アザミの賀来礼とはそう遠くない距離にあり、お互いにその存在を認識し合ってもいたが、その一方でこの二つの里は昔から諍いが絶えなかったのだ。
特に津留崎家現当主のヒカズラは、歴代でももっとも賀来礼を蔑視する領主として有名で、そんなワケだから、彼の代になってからもう十年以上もの間、両里の関係は険悪な状態が続いていたのだが……
「ヒカズラの娘が俺に用だと? ヒカズラと言えば賀来礼の名を聞くだけでも真っ赤になって絡みついてくるから、まるで緋色の葛。今じゃみんな面倒臭がって誰も近づこうとしないと言うじゃないか」
ヒカズラの娘に対して、アザミはそんなことを言い放った。
この娘が得意先の使い番だという可能性を考えて今までそれなりの扱いをしてきたが、津留崎の手の者だと知った以上、もう遠慮は無用。それどころかむしろ多少嫌な思いをさせてもいいから、津留崎に追い帰してやりたいぐらいのものだったのだ。
しかしそんなアザミの挑発にも負けず、トウカはいたって冷静に応える。
「はい。その緋色の葛の娘が、アザミ様に折り入ってお頼み申し上げたきことがございまして」
「……津留崎の娘が、賀来礼の俺にか?」
「はい。ですからそう申し上げております。まずはこれを――」
そう言って手紙を差し出したトウカ。
その様子を胡散臭そうな目で見ていたアザミ。それからバッと奪い取ると、トウカを横目に見つつ、その手紙を開いて――
「……っ! あいつ!」
アザミはすべてを読み終える前にその手紙をくしゃっと握りつぶしていた。
「え? なになに? どうしたの?」
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
と、事の成り行きを見守ることに我慢できなくなったナライと、兄を止めるカヤ。
するとアザミは「ふっ」と肩の力を抜いてから二人に向かって告げる。
「なんでもない。それよりも二人とも、俺はこのトウカさんと話すことが出来てな。悪いが先に宿に帰っててくれないか?」
「え? なんでさ?」
オレたちがいちゃダメなのかとごねるナライだ。しかしアザミに譲歩する気なんて毛の先ほどもなく。
「いいから大人しく帰れ。事情は後で説明することになると思うから」
「なんだよそれ。だったらここにいたって一緒じゃん」
粘るナライだ。すると、そんなナライの袖をカヤがくいくいと引っ張りながら、
「いいよもう……お兄ちゃん、行こ?」
カヤは傷心のようだった。
アザミがトウカと二人きりにしてくれと言ったことに傷付いている様子だが……
「すまんな、カヤ。ナライを連れて行ってくれるか?」
「はい……先生も、なるべく早く戻ってきてくださいね」
アザミは言い訳もせずにカヤとナライを送り出した。
カヤが何か誤解しているらしいことは分かったが、だからと言って、今誤解を解く気もなければその必要もない。
ともあれ、こうして話し合いのために一人残ったアザミだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。独身なんだから遊んでても文句は出ないはず。
ナライ ……真・主人公。兄。もうちょっと妹を労わろうか?
カヤ ……主人公。妹。兄の邪推のせいでトウカをアザミの良人だと思ってる。
トウカ ……津留崎のヒカズラの娘。敵対するアザミに用事があるらしい。
ヤクト ……兄妹の父。深沢で一軍の将みたいなことやってる。アザミへの信頼が大きい。
イサル ……ヤクトの下で働く兵。ナライとカヤの友人。兄妹の母の元へ手紙を届けに向かう。
鹿頭 ……序章に出てきた賊徒たちの元頭領。アザミと秘密同盟を結んだ。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
深沢 ……主人公兄妹の父・ヤクトが賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。近年の賊徒騒ぎで人が減っている。
安賀多 ……氷見沢最寄りの港町。西にある。
小波間 ……京の海の玄関口。
京 ……秋津島の中心。朝廷が置かれる。
秋津島 ……物語の舞台となる島。
賀来礼 ……アザミの家がある所。
津留崎 ……津留崎家が差配する里。




