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北天のアリス  作者: 埼山一
序章
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序章之七 開戦

ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。主人公なのに賊徒四人衆よりも台詞(せりふ)がない。でも瀕死だし仕方がない。

カヤ  ……主人公。二つ下の妹。まだまだしばらくは出番ない。

鹿頭(しかあたま)  ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。すでに勝てそうにないと思っている。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。白髪(しらが)交じりの無精(ぶしょう)ひげ。

頬腫(ほおは)らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。危険人物。こいつさえいなければ、こんな面倒事にはならなかったと鹿頭から疎まれている。

賊徒×1……新人賊徒。頭脳派志望。でも能力が追いついてない。

アザミ ……ナライの旅の連れ。保護者。成人男性。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。まだまだしばらくは出番ない。


 鹿頭(しかあたま)は突如やって来て強烈な一射を見舞ってくれたこの男の動きに注意していた。


(……チッ……こりゃあ、いよいよ本物だな。こいつらにゃ、ちぃっと厳しいか……。)


 それが第一矢からここまで、この男のことを委細漏らさず観察していた鹿頭が下した評価だった。


(さあ、どう来るよ?できりゃあ、このままお引き取り願いてぇんだが……。)


 内心では、せっかくの挨拶が男にまったく無視されたのを癪に感じもしていた鹿頭だったが、もうそんなことはどうでもいい。それよりも問題なのは、自分たち無頼(ぶらい)の徒を目の前にしても平然としていられるこの男の胆力の方なのだ。

 この男が先ほど見せた馬上弓の腕もそうだが、敵意剥き出しの賊徒を相手にこれだけ近づいても、全く動じることのないなどと言うのは普通のことではない。

 この男に一体どんな過去があれば、これほどの胆力を手に入れることができたのか。


(踏んできた場の数……いや、質が違うってぇのか?ケッ。数だけなら、ウチの連中だって負けちゃいねぇはずなんだが……。)


 ここにいる賊徒たちとは腹の据わり方がまるで違っていた。

 格が違う。――賊徒連中と目の前の男が積み上げてきた物の違いを痛感させられて、ある種の敬意のようなものを感じずにはいられない鹿頭だ。

 だから鹿頭は敵を間近にしていきり立っている賊徒たちに視線を移さずにはいられなかった。


「ああ!テメエか!?おれらの仲間二人もやってくれたのはよおっ!」

「ノコノコ近づいてきやがって!ちっとばかし弓ができるからって調子乗んなあっ!」

(ああ……やっぱダメだなこいつら……。)


 残念とかガッカリとか失望とか……興奮のせいで、より一層雑魚(ざこ)っぽい雰囲気を醸し出してしまった連中に、とにかく否定的な感情を抱いた鹿頭。

 そしてこうも思う。――やっぱりこの男は格が違う。もしこの男が人だと言うなら、こいつらは猿。男が神だと言うなら、こいつらは……それでも猿だ、と。

 そのぐらい、鹿頭にはこの男と連中とでは腹の据わりが違うように映っていたのだ。


(ハッ。だがまぁ、それでもいいさ……。)


 しかし、その分析にも鹿頭が落胆の色を見せることはない。

 割と最初から感じていた予感と違わぬ結果だった。ただそれだけのことなのだから。


(かしら)ぁ!」

「やっちまいましょう!」


 いきり立った賊徒たちが号令はまだかと催促していた。


(何もそう死に急ぐこたぁねぇだろうに、なんでそう血気に逸るのかねぇ……。)


 彼我(ひが)の実力差が見極められない莫迦(ばか)

 だが莫迦もここまでくれば、一周回って可愛げに感じられないこともない。


「いや。まだだ。マテだ。マ、テ。今は好きにさせてやれ。」


 鹿頭は、まるで犬でも相手しているかのような気分になりながら、そう伝えていた。


(莫迦はともかくとして……こんなやべぇ奴、怒らせねぇに限るだろうがよ。)


 こんな武神の生まれ変わりみたいな奴を相手にこれと言った対策など浮かぶはずもない。

 だがもし相手が穏便に済ませてくれるつもりなら、こちらから余計なことをしなければ、これ以上の犠牲を払わずに済むのだ。

 もうこんな残念な連中に執着する気はなくなっていたとはいえ、それでも勢力の拡大を目論む鹿頭にとって、それは願ったり叶ったりのことだった。




「生きているな、ナライ。」


 鼻息を荒くする賊徒たちを尻目に、男は馬を降りるとナライに声をかけていた。そして、どれだけふらふらになろうとも、未だ倒れることだけはしていなかったナライの体を力強く抱き留めた。


「ア、ザミ……?」


 男の体温を感じて目を開いたナライ。

 ナライはその温もりの正体に気付くと、それが幻でないことを確認するように口を開いていた。


「応。俺だ。今までよく耐えたな。」


 そう問われて答えたこの男。彼こそがナライの旅の連れ・アザミだった。

 アザミは鹿頭が言ったようなナライの父などでは決してないが、それでも今は父親の代わりとして、ナライたちの保護教育をしている男だった。


「ここにはお前一人か?カヤはどうした。」

「カヤ……先に……疾風(はやて)と……。」


 疾風と先に行かせた。――その答えを聞いたアザミは周囲の状況を確認した。

 確かにここにはナライの馬・疾風の姿が見えない。代わりにいるのは脚を痛めているらしく、歩様(ほよう)の良くないカヤの馬だ。


「……そうか。よくやったな。」


 アザミは柔らかな眼差しでナライを労っていた。

 だがそんな眼差しとは裏腹に、胸の内には悲しみと怒り、そして後悔の念が渦巻いているアザミだ。


(くそっ!まさか、こんなことになろうとは……。)


 俺が判断を誤ったせいで、ナライをこんな目に遭わせてしまった。――アザミは自分の見通しの甘さを責めていたのだ。

 すると口を開いたのはナライで――


「アザミ……ごめんなさい……オレ……約束……。」


 アザミの内に渦巻く怒りに気付いたナライは、ボロボロの自分を顧みもせずに、約束を破ってしまったことを謝っていた。

 それを聞いたアザミは、ハッとさせられていた。

 そして、ナライたちを送り出した時に交わした言葉を思い出す。


――いいか。俺が合図したらここから十里ほどの所にある村まで先に行け。そこまでは何があっても決して立ち止まるな。一気に駆け抜けるんだ。……ん?何でって?……いいから聞け。道中では俺の言うことに従う。そういう約束だったよな?――


 そんな約束が何だというのだ。あんなものは、所詮自分の予測の甘さから出た世迷言(よまいごと)とか妄言(もうげん)(たぐい)に過ぎない。

 なのにナライは、アザミが怒っているのは自分が約束を破ったせいだと勘違いして謝っている。


「何を言う。それは俺の言葉だろう。あんな約束をさせた俺が悪かったんだ。だから俺の方こそすまん。」


 だからアザミはナライに謝っていた。

 こんな目に遭っているのはナライなのに、それでも自分が悪かったと謝らせてしまった。大人としてこんなに情けないことがあるだろうか。


「――だが、よく生きていてくれたな。あとは俺に任せて休んでろ。」

「うん……。」


 そうしてアザミは、ナライをその場に寝かせていた。

 それから賊徒たちの方に向き直ると、それまでの柔らかな眼差しとは一転、ギラリとした怒りに満ちた眼で連中を睨み付けていた。


「貴様ら……よくもナライを……。」


 アザミが吐いたその言葉には、瞳に込められた怒りに負けずとも劣らないだけの殺気が込められていた。




「あぁ、気に入ってくれたみてぇで何よりだ。こっちもやった甲斐があらぁ。だがなぁ、こっちにしてみりゃ、テメェのくれた土産、ありゃちっとも嬉しくなかったぜ。」


 自分たちに対する害意を隠そうともしないアザミに、鹿頭はそう挑発し返していた。

 売り言葉に買い言葉――そう言う点もないことはなかったが、いくら穏便に済ませようと考えていた鹿頭だとはいえ、やはりアザミの放った矢によって二人の賊徒がやられたのは、不快極まりない出来事だったのだ。

 そこに加えてこの敵意。これでヘコヘコしていられるほど、鹿頭は枯れてはいなかったのだ。


(かしら)!まだですかいっ!?おれたちはいつでもいけますぜ!」

「早く……!早くやっちまいましょう!」


 残された賊徒の二人が号令を待っていきり立っていた。

 だが、そんな賊徒たちを茶化すように鹿頭は返す。


「いや、そう逸るなって。こりゃ、一遍ずらかった方がいいかもなぁ。」


 実に飄々(ひょうひょう)とした言い草の鹿頭。

 敵意剥き出しのアザミに挑発して見せた鹿頭だったが、決して冷静さを失っていたわけではなかったのだ。


(ケッ……どんだけムカついてようが、今ここで全滅ってぇわけにはいかねぇからな……。)


 鹿頭の頭の片隅にには、そのことが常に置いてあったのだ。

 初めは自分を含めて五人いたはずの賊徒も、今となっては満足に動けるのは三人だけ。

 減らされた二人の内、一人はアザミの第二矢をこめかみに受けて既に亡き者となり、そこに転がっていた。

 もう一人の頬腫らしは死んでこそいないものの、両手に重傷を負って戦いどころではない。あの様子では仮に両手の怪我が癒えたとしても、もう満足な働きは期待できないだろう。

 だから今残っているのは鹿頭、副首領、とそれにもう一人の賊徒の三人だけになっていたのだ。

 鹿頭は、自身がこれからも賊徒の首領として生き残っていくためには、どうしても慎重にならざるを得なかったのだ。


「頭!?」

「そりゃ、本気ですかい!?」


 だが、そんな鹿頭の算段など知る由もない賊徒たちが、撤退の方針を聞いて色めき立っていた。


(まだこっちは三人いると思って強く出やがってんな、この莫迦(ばか)ども……。こうでもしねぇと死ぬのはテメェらだってぇのによ……。)


 どうにかして全員で逃げられないものかと思案している鹿頭。だが鹿頭は同時に苛ついてもいた。

 相手の力量も満足に見極められないこの莫迦ども、本当に生かす価値があるのか?――そんな思いが、胸の内でどんどん大きくなってきているのだ。


「ああ、オレぁ本気だ。本気で逃げるぜ――」


 こいつらを見捨てるか?それともまだ護るか?――そんな複雑な心境の鹿頭。


「――と、言いてぇとこだけどよ……。」


 やっぱり見捨てるか?こいつらにまだ護る価値はあるのか? ――鹿頭の中ではどちらに転ぶべきか打算が唸りを上げて働いていた。


「――こいつ、そのガキのお仲間だろ?ってこたぁ、こいつぁ今、相当ヤベェ状態なんじゃねぇか?怒り心頭ってやつだ。だからオレらが逃げたかろうなんだろうが、こいつが大人しく見逃してくれるかは、また別の問題だよなぁ。」


 鹿頭の出した結論は、それまで考えていた逃げの一手とは真逆のものだった。

 そしてそんなことをヘラヘラとのたまいながら、アザミにお伺いの視線を向けた鹿頭。


「よく分かってるじゃないか。勿論逃がさん。逃げられるとも思うな。」


 アザミはその視線にそう応じていた。


「ほれ。だとさ……ケッ。」


 アザミの宣告を聞いた鹿頭は、つまらなそうに賊徒たちにも聞かせていた。そしてそのまま連中に向かってさらに口を開く。


「こうなっちゃあ、もうしょうがねぇよなぁ。やるしかねぇわ。ちゃぁんとおウチに帰りたきゃあ――」


 そこま言った鹿頭は、そこで一息入れた。すると鹿頭の持つ雰囲気が急激に険しいものへと変わっていき……。


「――こいつ()るしかねぇんだよっ!」


 鹿頭はそれまでの緩い空気を、一瞬にして狂気へと入れ替え爆発させていた。


「いくぜ、莫迦ども!」

『へいっ!』


 鹿頭の狂気に当てられた賊徒二人の返事がきれいに重なっていた。

 そしてやって来た戦いの機運。

 時はまだ夕刻前。――少しばかり赤みを含むようになった杪夏(びょうか)の日差しが、血生臭さが漂い始めた森の街道には不釣り合いなほどに、辺りを明るく爽やかに照らしていた。


ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。耐えて耐えて耐え抜いた真の主人公。

カヤ  ……主人公。二つ下の妹。まだまだしばらくは出番ない。

アザミ……遅れてやって来たナライの旅の連れ。保護者。ナライの父の古い友人。ナライ父よりも齢下だけれど、まあそれなりの年齢。

鹿頭(しかあたま)  ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。非情な狂人だった。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。鹿頭に比べたら常識人。

賊徒×1……新人賊徒。鹿頭に認められる千載一遇の好機に、密かに燃えている。

頬腫(ほおは)らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。危険人物。今もまだ「うぐぐう……」とかって呻いてる。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。まだまだしばらくは出番ない。


十里 ……()は距離の単位。今現在は1里が大体4㎞なんですが、昔はざっくり600mぐらいなのかな。だからここではおよそ6㎞です。

杪夏(びょうか) ……夏の終わり。


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