第四章之二 再逅 鹿頭
アザミ ……主人公兄妹の保護者。ヤクトの求めに応じて、一人深沢へと向かう途中、持病に苦しむ女と出会う。
ナライ ……真・主人公。兄。疾風のことなら言われなくてもちゃんとやる。
カヤ ……主人公。妹。はるかぜのためなら元気が出る。
ヤクト ……兄妹の父。深沢で一軍の将みたいなことやってる。
女 ……なんか知らんけど登場してきた。差し込みってななあに?お腹いっぱいの時に走るとなるあれ?
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
深沢 ……主人公兄妹の父・ヤクトが賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。近年の賊徒騒ぎで人が減っている。
次にアザミが足を止めたのは、出発してからすぐのことだった。
「黒雲、お前もずっと歩き通して疲れただろう。ちょっとここで休憩しよう。」
歩き出してからわずかに数歩。ヤクト宅から数えたとしてもまだ全然大したことない距離しか進んでいないのに、急にそんなことを言い出したアザミ。
そこは休憩するにはあまり適さない道のど真ん中だったが、偶然なことに黒雲の影になる場所には持病で難儀している女がいて……。
「考えてみたら、出発してからこっち一度も休憩してなかった。ここらでちょっと一服するのもまあ悪くないだろ。」
女とは黒雲を挟んだ反対側に腰を下ろしたアザミは、そんなことを独り言ちたのだった。
――それからしばし。
「……。」
黙って空を見上げたアザミ。
今の彼にはすることがなかった。
たまたま女と同じ場所で休憩しているという体裁で黒雲を日避けとして使わせているアザミだ。
だから本当は休憩など必要なかったし、それに仕事柄一人でいることの多いアザミにとってすぐ近くに他人がいるというのは何とも落ち着かないことでもあったのだ。
「ン。アー、ンンッ。」
アザミは何となく咳払いをした。
(向こうから何か言ってくれれば助かるんだが……。)
一度申し出を断られている手前、また自分から話しかけることに気が引けているアザミだ。
相手が助力を拒否している以上、無理に関わる必要もないはずなのだが、手を貸した方が良い人がそこにいるのに貸さずにいると言うのは、当然だが居心地が悪くて仕方がなかった。
しかし女の方はアザミに何の期待もしていないようで、さっきから下を向いたきりで顔を拝ませてすらくれない。
「……スマン。やっぱり俺に出来ることはないか?」
あまりにもあっさりと根負けしたアザミは、もう一度女に助力を申し出ていた。
すると女は――
「……く……。」
呻き声にハッとしたアザミ。急ぎ回り込んで見れば、女が震えていた。
「……く、く……。」
「おい、どうした?大丈夫か?」
アザミの背に緊張が走った。
いくら知らぬ相手とは言え、もう少し強引に助力を申し出ても良かったのかも知れない。
しかし今更そんなことを言ってもどうしようもないこと。
すると女は――
「く……くふっ……くふふ――」
「は?」
女の様子に困惑するアザミ。
どうやら彼女は笑っているようだった。
すると女はそんなアザミの気持ちを察したのか、こう言った。ただし、顔を上げることはなかったが。
「いえ、すみません。別に何でもないんです。だた、貴方があまりにもお人好……親切にしてくださるものですから、わたくしったら可笑……嬉しくてつい……フフ……。」
「……。」
アザミは何も応えなかった。
つい非礼を働いてしまったと詫びた女だが、どう見ても形だけの謝罪だ。
むしろその謝罪の言葉の裏に彼女の本性が見え隠れしているようで、とてもさっきまでここにいた「持病に難儀している女」と同じ人物だとは思えなかった。
「……何者だ?」
アザミは問うた。
「……お分かりに、なりませんか?」
少し間を空けてから、そう応えた女。
言葉使いは変わらないが、彼女から放たれる気は今までとは大きく変わっていた。
「……。」
怪しげな気を放ち始めた女に、アザミはいよいよ身構えた。
この女、怪しいなんてモノじゃない。今の彼女は明らかに堅気の者じゃなかった。
「……そう。お分かりにならないのですね。残念ですわ。」
無言のアザミに肩を落とす女。
そしてすぐに何かを思いついたように言う。
「ではほんの少しだけわたくしの顔をお見せいたしましょう。そしたらきっとわたくしのことを思い出してくださるはず。ええ。そうしましょう。」
こうしてアザミに向き直った女は、ついにその顔を上げたのだった。
「なっ!?貴っ様!」
ズザッ――と土埃が立つと、彼我の間合いが開いていた。
女の顔を見たアザミがたまらずに飛び退いたのだ。
「ウフフ……よかった。思い出していただけたようですね?」
まるで柳の枝みたいにユラぁリと立ち上がった女。
この女。さんざん勿体付けた挙句にようやっと拝ませたその顔は、とても人のそれとは思えないもので――
「今さら何しに来た!?鹿頭っ!」
アザミは一度は見たことのあるその異形に対峙すると、腰の刀をシャッと抜き放っていた。
「フフフ……。いけませんわ。そのように大きな声で話されては。わたくし驚いてしまいます。乱暴な殿方は女性に嫌われますわよ。」
立ち上がった女――一体いつあの鹿の被り物を被ったのか?とにかく鹿頭となった女は、敵意剥き出しのアザミをからかうように言った。
「ぬかせこの外道め。質問に答える気がないならそれでも構わん。今すぐ仲間のところに送ってやるっ!」
そう言い終わらぬうちに足にぐっと力を籠めたアザミ。
すると次の瞬間に彼我の間合いは、文字通り抜き差しならないところまで縮まって……。
「破ッ!」
気合一閃。アザミ必殺の逆袈裟が鹿頭を襲った。
それは食らえば間違いなく大事に至るアザミ本気の一撃。
間合いの外で余裕綽々だった鹿頭に避けることなどできようはずもなく――
「ほっ。だからそうガツガツすんなって。今日のオレァ、アンタと楽しくお話ししに来ただけなんだ。殺り合う気なんかサラサラないんだぜ?」
何をどうしたのか。
一瞬の間に再び間合いの外まで退がっていた鹿頭は、両手を広げるとそう言った。
「……。」
残心を解かぬまま無言で相手を睨み付けるアザミ。
あの一撃を避けられたことに驚きがないと言えば嘘になる。
しかし相手はあの鹿頭。
以前見せた超体技を知っていればこそ、平静でいられると言うものだった。
「なあアンタ、よく考ぇてくれよ。話も聞けねぇってほどオレ、アンタに何かしたか?」
「何かしたか……だと?」
今度こそ、本当の間合いの外から投げかけられた鹿頭の言葉に、残心を解いたアザミの目がギラリと光った。
「確かにアンタの連れをちぃっとばかし痛めつけはした。……痛めつけはしたが、そりゃオレがやったことじゃねぇだろ。恨むのはお門違いってぇもんだ。」
「じゃあ何か?あれは手下が勝手にやったことで、自分は無関係だとでも?」
「そうは言わねぇ。でもな、オレだってまさかあんなことになるたぁ思ってなかったんだ。アンタも相当場数を踏んでるみてぇだし、それぐらい分かるだろ?」
鹿頭は戦場の熱にのぼせた奴を止めることの難しさを言いたいようだった
アザミは再び構えをとった。
今度は八双。次の一撃で絶対に仕留める。そう言う構えだった。
すると両手を上げた鹿頭。降参のつもりなのか、こんなことを言う。
「ああもう分ぁったよ!どうしても殺りてぇってんならオレァ手ぇ出さねぇから好きにしな。――でもな。そりゃ、オレの話を聞いてくれたらってぇ話だ。それすら呑めねぇってんならしょうがねぇ。アンタの手足もぎ取ってでも話聞いてもらうからな。」
狂っているとしか思えない交換条件。
しかし、それでも鹿頭は本気のようだった。
「……話せ。」
「ほっ。意外と聞き分けの良いこって。」
アザミが刀を収めると、それに呼応して鹿頭も両手を下げたのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。ヤクトの求めに応じて、一人深沢へと向かう途中、持病に苦しむ女と出会う。
ナライ ……真・主人公。兄。疾風のことなら言われなくてもちゃんとやる。
カヤ ……主人公。妹。はるかぜのためなら元気が出る。
ヤクト ……兄妹の父。深沢で一軍の将みたいなことやってる。
女 ……鹿頭の変装。
鹿頭 ……序章に出てきた賊徒たちの頭領。アザミに団を壊滅させられて逃亡していた。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
深沢 ……主人公兄妹の父・ヤクトが賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。近年の賊徒騒ぎで人が減っている。
逆袈裟……斜め下から切り上げる太刀筋のこと。
八双 ……剣術の構えの一つ。顔の脇に刀を垂直にして構える。




