第四章之一 アザミ、深沢へ
アザミ ……主人公兄妹の保護者。
ナライ ……真・主人公。兄。
カヤ ……主人公。妹。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
深沢 ……主人公兄妹の父・ヤクトが賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。近年の賊徒騒ぎで人が減っている。
――ヤクトとの再会が延期に。
実は、どう切り出したものかと考えただけでも胃の辺りがモヤモヤして気分が悪くなっていたアザミ。
しかしそんな話題も、話してみれば物足りないぐらいにあっさりと受け入れてもらえたようで……。
「で、今から行ってくるの?」
と、たたんだ手紙を懐にしまおうとするアザミに、そう尋ねたのは例によってナライだった。
「む……まあそうだな。今からなら行って帰って来ても夜まではかからないだろうしな。」
昼真っ盛りの外の景色を窺ってからそう答えたアザミ。
するとナライは期待の眼差しをアザミに向けて尋ねるのだ。
「じゃ、今日はもうヒマってことでいいんだよね?」
――実はナライ。
ここ、ヤクト宅に逗留するようになってから今日まで、いつどういうふうに予定が入るか分からなかったせいで近所以外の外出を禁じられていたのだ。
仕方のないことだとは言え、一年ぶりの氷見沢を満喫させてもらえないこの仕打ち。
そんな理由があったからこそ、ナライは不意に訪れたこの機を逃す手はないと考えて、アザミにそういう眼差しを向けていたのだった。
「……暇、か……そうだな……。」
ナライの質問に、アザミは少し考えた。
実際のところ、今日はもう用事はないと言ってしまっても差し支えないと思ったアザミだ。
しかし、ヤクトが一体どういうつもりで呼び出したのか分からない以上、おいそれと「暇だ。好きにしてよし。」などと断言することも憚られたのだ。
しかしその一方で、今日まで外出もせずに我慢していたナライに、この期に及んで「家で大人しくしてろ」と言いつけるのもまた、少々気が引けると言うもの。
そうしてアザミが出した結論は……。
「氷見沢の中ならどこで何をしてようと構わないが、いつでも連絡が付けられるようにどこにいるかはだけはっきりさせておけよ。」
と、アザミはナライの希望に沿う答えを提示したのだった。
――一方で。
ナライと違い、特にどこに行きたいとかそういうこともないらしいカヤは、そんなことで無邪気に喜ぶ兄のことを、ちょっとつまらなそうに見守っていた。
「お前はどうする?やっとできた空き時間なんだ。今のうちに行っておきたい場所とかはないのか?」
あまり嬉しそうにしていないカヤに気が付いて声をかけたアザミ。
しかしカヤは、やはり外出事にはあまり関心が持てないようで……。
「ん……別にないです。」
カヤは至って淡泊にそう答えた。
そこでアザミは言う。
「だったらはるかぜと一緒に里を巡って来たらどうだ?」
「え?」
「お前には見慣れた氷見沢の風景でも、はるかぜにとっては初めての里だ。案内してやれば喜ぶんじゃないか?」
アザミの助言を聞いたカヤの目に、それまではなかった熱が見え始めていた。
「あ。オレも。オレも疾風連れてくからね。」
「ああ。でも今日も暑いんだ。疾風にあんまり無茶させないで、休ませるときはきちんと涼しい場所を選べ。いいな。」
「分かってるって。」
こうして三人がそれぞれに用事を見繕った秋の昼。今日も空は相変らずの晴天だった。
――氷見沢の南端にあるヤクト宅からヤクトの待つ深沢までは、道のりにしてわずかに七里ほど。
アザミの愛馬・黒雲の本気をもってすればあっという間に着いてしまう距離も、そうしなければならない理由も特に見当たらなかった彼は、黒雲の気分に任せるままに深沢へと向かっていた。
氷見沢と深沢の境界となる森を抜けると、向こうに見えたのは丘と言うのも憚られる程度に少しだけ膨らんだ地形だった。
「ん?」
そこで何かに気が付いて黒雲を止めたアザミ。膨らみの向こう側に、何かの影がはみ出しているように見えたのだ。
アザミは容赦なく視界に入り込んでくる昼過ぎの日光を避けながら黒雲に話しかけた。
「なあ。お前にも見えるか?あそこ。」
すると「ブルッ」とだけ嘶いた黒雲。
どうやら黒雲の目線からでは稜線ギリギリのところにあるあの影は見えていないらしい。
「……はっ。」
アザミが決心すると、黒雲はまた歩き出していた。
あの影が何なのか分からない。しかし、ここから見える限りではそう警戒するような物にも見えなかった。
それにあれがなんであろうと、深沢へと続く道がほかにない以上、ここを通るしかないのだ。
こうしてアザミは黒雲と共に、深沢へと続くその道を変わらぬ速さで征くのだった。
近付くほどに、そこには確かに何かがあることがはっきりしてきた丘でのこと。
「む?」
例の影が何だったのか分かるほどに近寄ったアザミが声を上げると、それはわずかに動いた。
そして、「うう……。」と呻き声を漏らすそれ。
どうやらアザミが当初、何かしらの「物」と思っていた影は、「物」ではなくうずくまった「者」だったようだ。
しかし影の正体が人であれ物であれ、こんな道の真ん中にいるなど何かしらの事情があることには違いないわけで。
「どうした?大丈夫か?」
アザミは黒雲を止めると、馬上から声をかけた。
すると弱々しく答えるその人物。
「あ、いえ。別に大したことじゃ……。ただちょっと差し込みが来てしまっただけで……。」
「む。」
それを聞いたアザミは迷いなく下馬した。
そして、その人物の傍まで寄ると、相手に合わせるようにしゃがんで尋ねる。
「俺に出来ることは?」
「いえ本当に何でもないんです。よくあることなので。」
意外と釣れない返事に、アザミはどうしたものかと思案した。
この人物、アザミの助けを断って見せた割にはよっぽどつらいのか、顔を上げることもままならない様子なのだ。
声を聞く限りでは女のようだったが、とにかくこんな状態の人を放って先を急ぐなど人の道に悖るのではないか。
「あそこの木なら休むのにちょうどいいんじゃないか?そこまで動けるか?」
アザミは少し離れた所にある木を指差して、木陰に入るよう促した。
しかし女は小さく首を振っただけで動こうとはせず、そして苦しそうな声で言うのだ。
「あの、実は連れが一人いまして……今薬を取りに行ってもらっているんです……。」
「家は近所なのか?」
「はい。すぐ戻ってくると思うんです。」
「……そうか。」
それを聞いたアザミは立ち上がった。
地元の人間がうっかり薬を忘れて困っているだけ。ならば過度に干渉して相手に気まずい思いをさせるよりも立ち去った方が相手のため。
そう納得したアザミは、その間大人しく待っていた黒雲の手綱を取ると、そのまま歩き出したのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。ヤクトの求めに応じて、一人深沢へと向かう。
ナライ ……真・主人公。兄。疾風のことなら言われなくてもちゃんとやる。
カヤ ……主人公。妹。はるかぜのためなら元気が出る。
ヤクト ……兄妹の父。深沢で一軍の将みたいなことやってる。
女 ……なんか知らんけど登場してきた。苦しそう。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い。賢い。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い。
深沢 ……主人公兄妹の父・ヤクトが賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。近年の賊徒騒ぎで人が減っている。




