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北天のアリス  作者: 埼山一
序章
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序章之六 鹿頭

ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。痛みに耐える精神力がある。瀕死。

カヤ  ……主人公。二つ下の妹。まだしばらく出番はない。

鹿頭(しかあたま)  ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。突然飛来した矢に一瞬驚きはしたけど、立て直すのも一瞬。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。慌てていても、するべきことをすぐに見つけて指示を出せる。これも経験がなせる(わざ)

頬腫(ほおは)らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。頬は鹿頭に殴られて腫れた。迂闊(うかつ)な上に品がない。そのせいで手の指も失った。憎念が強く執念深い。そのせいで手に風穴(かざあな)が開いた。

賊徒×1……ネガティブな原因で一絡(ひとから)げの扱いから逃れられた新人賊徒。満足に戦える(ひら)の賊徒が自分一人になっていることに、彼はまだ気付いていない。

アザミ ……ナライの旅の連れ。保護者。成人男性。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。まだしばらく出番はない。まだ成長途中。


(……チッ……莫迦(ばか)どもが……。)


 弓手も碌に見つけらずにてんやわんやしている賊徒連中に苛立った鹿頭は、一人腹を立てていた。

 もうすでに二本、矢を受けている。第一矢(いっし)は不意打ちだったし、何歩か譲ってやれば仕方がないと言えるかもしれない。

 だが、警戒しているところに受けた第二矢はどう譲歩してやればいいのか。

 まだ弓手が見つけられずにいるというのは、どう考えても無能の証明でしかないと感じていた鹿頭。


「……北っ!」


 鹿頭はそう指示を出すと、一人弓手の方角を睨み付けていた。


(まさか、ガキの妹が人数連れて戻って来たんじゃねぇよなぁ?)


 ほんの一瞬そう思いもした鹿頭だったが、それはないと即座に否定に転じる。

 何しろ今鹿頭が睨み付けている方角は、ガキの妹が逃げた方向はまったくの反対だったのだ。救援に戻ってきたのだとしても、わざわざ反対側に回り込んで来る必要がどこにあるというのか。

 それに、村からの救援を否定できる材料がもう一つ。


(強すぎる。こんな矢ぁ使える奴が、あんなちんけな村にいるはずがねぇ。)


 だから鹿頭は、北の方角を油断なく見据えて第三矢に備えていたのだった。




「ど、どこです!?」

「誰もいませんぜ!」


 鹿頭がせっかく弓手の方向を教えてやったにもかかわらず、何も発見できていない賊徒たちが喚いていた。

 だが、これ以上は何も教える気がないらしい鹿頭は、黙ってこの街道の曲がり角をじっと睨みつけるばかり。


「来いよ。まさかこれで終わりってこたぁねぇよなぁ……。」


 鹿頭がそんなことを独り言ちていた。

 すると三本目の矢が、その言葉に応えるように正確に鹿頭の眉間に襲いかかってきて……。


「ふん。」


 鹿頭は半身をひねって矢を躱していた。


(かしら)ぁ!?」

「大丈夫ですかい?」


 それを見て、ますます驚きふためくのは二人の賊徒。

 連中はよっぽどこの鹿頭を慕っているのか、心の底から心配しているようだった。


「莫ぁ迦。来ると分かってりゃこんなもん、どうってこたぁないんだよ。」


 だがそんな連中の心配を余所に、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で己の回避術を誇り始めた鹿頭。

 実際、この矢を何の苦もなく避けていた鹿頭だ。こんな遠距離から、しかも来ると分かっている矢を食らうほど愚かではないつもりなのだ。


「それよりもお前ら……見えたんだろうな?」


 だから鹿頭はそれができていない賊徒たちを、今までのヘラヘラした雰囲気から一転したギラリとした視線で睨み付けていた。

 実は、鹿頭は弓手を挑発してわざわざ的になってやっていたのだ。賊徒たちが弓手を見つけられるようにするために。

 だが、これだけしてやってもまだ見つけられないと言うのなら、こいつらを見切ることも考えなくてはならない。――そう考えていた鹿頭。


「へ……へい。そりゃ勿論ですが……あれ、ですかい!?」

「いくらなんでも遠すぎやせんか?あんな遠くからどうやって!?」


 とりあえず、今すぐに鹿頭に見切られることだけは免れた賊徒たち。

 だが、不用意に発した「弓手が遠すぎる」との評が、またしても鹿頭の不信を買っていたことまでは気付けなかったようで……。


(ハァ………こりゃもぅ仕方がねぇか……。)


 結局、「積極的に見切りはしないが、いなくても困らない連中」まで評価を落としてしまっていた賊徒たち。

 しかし、それはこの鹿頭が賊徒の中でも抜きんでた才を持っていたからこそ下せる評価。連中が「弓手が遠い」と評価したのは無理もないことだったのだ。




 いかに凡愚(ぼんぐ)ぞろいの賊徒たちだとはいえ、矢を受けた方向ぐらいは分かっているはずだった。それなのにその出所を見つけられなかったのは、弓手の居場所が本当に遠すぎたからだったのだ。

 賊徒たちは自分たちの経験に基づいた常識的な場所ばかりを探していた。だから、いつまで経っても、自分たちの予想を超えてはるか遠くにいた弓手を見つけられなかったのだ。


(チッ……思ったよりつまらねぇ連中だったか。世の中にゃ常識外れの奴がいるってぇことにすら気付けねぇとは……。)


 頭数(あたまかず)欲しさのあまり、誰でも彼でも受け入れ過ぎていたと反省した鹿頭。

 だが、それでも一度はこの連中を受け入れてしまった手前、そんなことをおくびに出さず訳にもいかず、鹿頭はただ淡々とこの残念な賊徒たちに言って聞かせていた。


「莫迦。お前たちがどう思おうが、実際に矢は届いてんだろうが。ちったぁ腕に覚えがある奴ってことなんだろう。ほれ、気ぃ抜くなよ。うかうかしてると殺されんぞ。」

『へいっ!』


 鹿頭の叱咤の元、気合を入れ直した二人の賊徒。

 賊徒たちの腹が据わっているのか、それもと鹿頭の統率力が優れているのか。

 浮足立っていたはずの連中は、たったそれだけの言葉で冷静さを取り戻し、次なる矢に備えて身構えていた。


「ケッ、ついてねぇ……。これがただの手練れって距離かぁ?こんなつまらねぇガキ一人(つつ)いたせいで、とんでもねぇ野郎が出てきたもんだな……。」


 鹿頭は歓迎できない新手の登場に、独り毒づいていた。

 面白半分に藪をつついていたら、蛇どころか伝説に語られるような大ミズチを呼び出してしまった。そんな気分になっていたのだ。


「へえ?何か?」


 だが、そんな鹿頭の独り言を耳聡く聞いていたのは副首領で――


「何でもねぇ。いいから前向いてろ。死にたかねぇだろ。」

「へい!」

(ふん。まったく……。普段は何も聞こえねぇくせに、余計な時ばっか聞こえてるんじゃねぇよ。)


 自分の不注意から独り言を聞かれていた鹿頭は、不用意にこちらを振り向いた副首領を(たしな)めると密かに悪態をついていた。


(大体、テメェらがウダウダ遊んでたから、こういう奴が出てきちまったんだろうが。)


 もう連中が何をしようとも評価を下げる気にしかならなくなっていた鹿頭。

 こうして、鹿頭の賊徒連中に対する評価は、自身でもそうと気付かないうちに地に落ちきっていたのだった。




 鹿頭と賊徒が二人。連中が油断なく身構えるようになってから時の経つこと少し――

 結局、それ以上の矢が襲って来ることはなかった。その代わりに近づいて来たのは思わず聞き入ってしまいたくなるほどに軽妙な蹄の音。


(軽い……それに速いな……。ふん。やっぱり手練れかよ。)


 鹿頭はその蹄の音とともに迫って来る男を警戒しながら、そう値踏みしていた。

 乗り手の重さを感じさせない軽快な蹄の音。迷いなく突っ込んでくる胆力。そして再三にわたって見せた弓術。――これだけの条件がそろっているような奴が、ただの素人な訳がないのだ。

 一方で、鹿頭にそんな高評価を付けられた「その男」はと言えば……。


「――()っ!」


 男は、颯爽と馬を駆り弓を構えると、ギリギリっと弦を引き絞って、そして――すれ違いつつあった鹿頭に容赦なく矢を射かけていた。


「チィッ!」


 舌打ちしながら襲いかかってきた矢を横っ飛びで避けた鹿頭。

 今度の矢はさっきのように目を狙った一撃などではなく、丹田(たんでん)――体の重心をを狙った一撃だった。つまり、男は威しではなく必殺を狙っていたのだ。


(――っの野郎っ!)


 鹿頭はそのまま転がり起きると、り過ぎて行った馬上の男の背中を睨み付けた。

 すると、そのまま駆け抜けていた男は、少し離れた場所で馬を反転させている。やはりまだやる気のようだ。

 また騎射(きしゃ)が来る――そのことを警戒した鹿頭だったが、幸いなことに男はその場に立ち止まり、辺りの様子を窺っているばかりだ。

 鹿頭はこの隙を突いて、空矢に終わり地面に突き立ったままの矢に視線を移していた。


(こいつ……何て矢ぁ撃ちやがる。)


 大地に刺さったこの矢。地面への()()()()()が尋常ではなかった。この男、一体どれだけの強弓を操っているというのだ。


(チッ!厄介な奴が来たもんだ。)


 矢の威力をはっきりと確認してしまったことを後悔した鹿頭。

 鹿頭は未だに次の一射を用意しようとしない馬上の男と、地面に突き刺さっている矢を交互に睨み付けて、そんな苦々しい気分になっていた。


(こんな奴ぁ、できればなるべく穏便に済ませてぇもんだが……。)


 たかが弓手の一人如きに怯んだわけではない。だが、いささか雲行きが怪しくなってきたことを感じ取らずにはいられないのだ。

 だから鹿頭は、その雲行きを正しく把握するために、馬上の男に向かって両手を広げていた。


「これぁようこそ遠路遥々(えんろはるばる)。で、会って早々にちっとばかり不躾(ぶしつけ)で悪ぃが、ひょっとするってぇとアンタ、こいつのお父ちゃんかい?」


 それまでの敵意をひた隠しにして、表向きは大歓迎と言った態度を取った鹿頭。だが勿論、男の動向を警戒することを忘れてはいない。

 何しろ相手は既に仲間を二人始末しているのだ。そんな奴が、いまさら自分たちみたいな賊徒を相手に、一体何の遠慮してくれるというのか。

 だが、男はそんな鹿頭の上っ面ばかりの歓迎の言葉など、歯牙にもかけようとはしなかった。男はこの辺りの惨状を目の当たりにして落胆をあらわにしていたのだ。


「はやりナライか……。くそ。なんてことだ……。」


 その男は、今やその場にへたり込むだけになっていたナライを見ると、ただ無念そうにそう呟いていた。


ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。意識が朦朧(もうろう)としているけどまだ落ちてない。

カヤ  ……主人公。二つ下の妹。まだしばらく出番はない。

鹿頭(しかあたま)  ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。さっきまで退屈にしてたのが、一瞬にして警戒態勢。手下の莫迦さにおかんむり。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。実は昔、ナライぐらいの子どもがいたことがある。けど、全部忘れた。

頬腫(ほおは)らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。危険人物。だが、今やギャアギャアやかましいだけの道化と化した。

賊徒×1……新人賊徒。イキリ散らかした武勇よりも冷静な機転を認められたいタイプ。

アザミ ……ナライの旅の連れ。保護者。成人男性。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。まだしばらく出番はない。


丹田(たんでん)……体の中心。へその下。武道なんかやってると、「ここに力を籠めろ!」と、割と言われたりします。


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