第三章之十三 ナライの苦悩(後編)
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。子どもに振り回されてる大人。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。悩み多き齢頃だけど、なんかちょっとズレてる。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。今水汲みに行ってるから不在。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。ちょっとアレな性格だけど悪性ではない。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。
「ぶっはっはっはっはっはっはっはっ!」
ナライが打ち明けてくれた悩みを聞いたアザミは、不覚にも笑いが溢れるのをこらえることができなかった。
(ダメだ。笑うな。こらえろ。こらえろよ、アザミ。)
そう思ってはいても、この可笑しさはちょっと止められそうもない。
「え?何!?なんだよ!?」
そんなアザミの目の前では、その態度に驚いたナライが目を白黒させている。
「あっはっはっはっ……いや、だってお前……俺が……お前の……お、義弟って……はっはっはっはっ――」
笑いが止まらない。そんなこと一度だって考えたこともなかったアザミだ。
勿論、理屈としてはあり得ることだろう。
でも!
しかし!!
この想像はあまりにも突拍子もなさ過ぎる内容なものだから……。
「な!?なんだよ!それの何がおかしいんだよ!?別にどこもおかしくないじゃん!」
「そ、確かにそうかも知れないけど……ふひっひっひっひっひっひ……。」
「ワケ分かんないよ!なんでそんなに笑うんだよ!これでもオレ、真剣に悩んでたのに!」
「はっはっはっはっ……ああ、そうだな。すまん……。お前の気持ちも考えないで笑ったりしたらいけな……ぷふっ……くっくっ、あっはっはっ……。」
「もうっ!いい加減にしろよ、アザミィッ!」
自分の感情だというのに、まったく思うに任せなくなったアザミがこの笑いを収めるまで、まだもう少しかかりそうだった。
頬と脇腹が痛くなるぐらいにひきつって、ようやく笑いを収めることができたアザミ。
アザミはようやっとのことで気持ちの切り替えに成功すると、その間ずっと辛抱強く待ってくれていたナライと、真剣に向き合うのだった。
「――いいかナライ。これは大事なことだから何度でも言うが、俺とカヤの間に特別なことは何もないからな。そこだけは間違えてくれるなよ。」
すっかりいつもの調子を取り戻したアザミ。
悩むナライに「その懸念はどこまで行っても杞憂に過ぎないのだ」と諭すその様子は、確かに大人らしい落ち着きを感じさせるものだ。
それに対してナライは言う。
「それはもう何回も聞いたし分かったよ。でもさ……。」
「ああ。カヤの言ったことだよな。」
「うん。」
困り顔のナライは続けた。
「なーんかあの時のカヤ、あんまりカヤらしくないって言うかさあ……あいつ、いつもならそんなこと絶対言わないじゃん。」
例の「先生はカヤの旦那さまです」発言の真意を測りかねているらしいナライが、あの時の妹のちょっと普通じゃない様子を気にかけていた。
そんなナライに対して、同じような顔をしたアザミは――
「さあなあ……なんでだろうなあ?」
なんだか他人事みたいにそう応えたアザミ。
アザミはそれから一度視線を外して、入口の様子を見た。
この辺りに人の気配はない。水汲みに行かせたカヤが帰るまで、もう少しかかりそうだった。
「……なあナライ。お前、カヤのことどう思う?」
「え?どうって?」
唐突に質問をしたアザミ。
しかしナライは怪訝な顔をして聞き返すばかりで……。
「……いや。なんでもない。今のは忘れてくれ。」
「……?」
アザミはすぐにその質問を取り消していた。
そして首をかしげてますます訝しむナライの視線を避けるように、また入口の方を見やる。
(何聞いてんだ俺は?馬鹿か?)
あまりにも迂闊な質問を仕出かした自分を、アザミは詰らずにはいられない。
――実はアザミには、あの時カヤが口走った「旦那さま」発言の意味がある程度分かっていたのだ。
しかし、ならばなぜそのことをナライに教えてやらなかったのか。それは……。
(言えるかよ。カヤは俺に惚れてるみたいだから、つい本音が出ちまったんだろうなんて……。)
そう言うことだった。
アザミにして見れば割と確信的なことではあったが、そんなことを言えば、、ナライに自意識過剰の自惚れ屋だと思われるだろう。
――カヤが自分に好意を寄せている。それは勿論、アザミにとっても嬉しいことだ。
しかもカヤは、この齢ながら氷見沢では評判の小町で、今そこに転がっているイサルほど積極的ではなくとも、密かに我が物としたいと狙っている男どもなど、挙げれば切りがないほどだ。
だからアザミにしてみたって、そんな娘に好かれているとあれば正しく男冥利に尽きると言うものだ。
しかし……。
(手は出さないし、出すつもりもない。それが人の道ってもんだ。)
アザミにとってのカヤは、小町云々以前に旧友からの大切な預かり物だった。
そうでなくても正しく親子ほども齢が離れている「小娘」なんぞに手を出そうなんて考えたこともないアザミなのだ。
そんなアザミにして見れば、カヤの少々行き過ぎた好意は困惑の原因でしかない。
だからアザミは、嬉しいのか悲しいのかよく分からない感情に苛まれて、つい身近にいたナライに救いと言うか、事態解決の糸口を求めてしまったのだが……。
――実はカヤ、これまでにもアザミと二人きりになると、しばしばドキッとするような目で見つめてくることがあった。
勿論、本人にそんな自覚はないのだと思う。
しかし、この一年などは一人の女性へと成長しつつあるカヤにそういう視線を向けられると、居ても立ってもいられずに席を立つことが多くなっていたアザミなのだ。
(いくらなんでも無理だよなあ……。まさか妹が色目使ってくるからなんとかしろだなんて……。)
アザミにはとてもそんなこと言えなかった。それはカヤの尊厳にかかわることだ。
第一、カヤの好意に困ってはいても、迷惑だとか嫌いだとかそう言うことでは決してないアザミだ。
だからカヤが傷付くようなやり方だけは絶対に採れず、カヤの実の兄貴であるナライにも当然相談なんてできるわけもなく……。
「――むうう……。まあ、あいつもそろそろそういう齢だからな。さすがにそんな齢頃の女子の考えることなんて俺にだって分からんさ。でもなナライ。お前だけは何があってもあいつの味方でいてやれよ。」
「はあ?」
お前、あいつの兄貴だもんな。――結局今のアザミにはそう付け加えるだけのことしかできないのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。子どもの悩みを笑う悪い大人。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。笑われても我慢できた。エラい。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。水汲みが長い。すぐそこなのに。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。悪性ではないけどちょっとアレな性格。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。




